間章(3)
彼女は水底で夢を見ている。
それは、昔々で語られるべき物語。我々にとって三百年前の出来事だ。
それは物語の終焉。吹き荒れる炎に彩られた暗闘にして、一匹狼を貫き続けたある男の最後だった。
強烈な雨に叩かれる須貝五郎左の背後で燃え盛るのは、先ほどまで隠れ家だった寺。
十重二十重に自分を囲む包囲網の向こう。赤く照らし出された襲撃部隊の最後方に位置する陣笠を、五郎左はにらみすえる。
「あのような男にシッポを振っておったとはな……」
こみ上げる笑いは、自嘲。うすうすはこうなるだろうと五郎左にも分かっていたのだ。
足下に目を転ずれば、退けなかった理由が転がっている。己と苦楽を共にし、一足先に黄泉路へ旅立った郎党たちは、三倍する陣笠の手勢と折り重なるように倒れ伏していた。
すでに、己ひとり。
対し、陣笠側は目に見える限りでいまだ三十余名を数えていた。
五郎左は手傷に顔をしかめつつ、戦況を分析していく。
いかに数が多く、個々の戦闘力は油断ならないとはいえ、集団戦闘の経験がある者など絶無。五郎左の腕なら、立ち回り次第でなんとかなるかもしれない。
ただ、そのためには指揮能力を持つ陣笠をつぶさねばなるない。たどり着くためには少なく見積もって十は切り伏せる必要がある。長槍を持ち出している者もいるし、そもそも日本刀は三十もの敵を斬り捨てられる強度を持たない。途中で刀を奪えればいいが、敵もそれなりの手練れぞろい。それを許すほどに甘くはあるまい。
不可能だ。
ならば、逃走はどうか。
現実的な選択と言えた。が、すでに時機を逸している。郎党が生きていれば、彼らを楯――郎党共とて、自分に付いてくる以上はそれくらい覚悟している――に逃走して意趣返しの機会をうかがえばよかったが、己すら手傷を負った今となっては、これも不可能だろう。
と、すると。
「本能寺、か……」
是非もなし。血気と手柄に逸った雑魚を一合で斬り捨てながら、五郎左はつぶやいた。刀を無形に構え、じりと踏み出して威圧するかたわらで、己の死に様について思考をめぐらしていく。
切腹する気は毛頭なかった。このようなだまし討ちを行う連中がそれを許すほど武士道に忠実であろうはずがないし、そもそも自殺は連中を喜ばせるだけ。ならば、一人でも多く道連れにした方がよい。
「ふ……」
ふと、五郎左は嗤う。汗と雨。すすと泥。返り血までを化粧にし、炎を背に嗤うその顔は、凄惨の一言に尽きた。
「ハハハハハハハ……!」
嗤いは、やがて哄笑へ。これまで以上の気をみなぎらせ、狂ったように目をギラつかせる五郎左に、気圧された陣笠たちは思わず後ずさる。
「答えは、今しがた俺が自分で吐いたではないか。では皆の衆、さらばである。先に地獄で待っておるぞ」
言い捨て、五郎左はくるりと後ろを向いた。恐怖から解放されザコがまた一人打ちかかっていくが、歩みをゆるめぬ五郎左は振り返りざまに哀れな首を斬り飛ばす。そのまま、
ひゅおん、と。
血ぶるい一つ。
死に急ぐなら、付いてこい。
背で語る五郎左は、心底からの笑いを途切れさせることなく、今にも焼け落ちんとする仁祥(にんしょう)寺へと踏み込んでいった――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
さて、今回は登場シーンがほとんどないにも関わらず目立つ男、須貝五郎左の最後を書かせていただきました。
実はこのキャラ、筆者はかなり思い入れがあります。
というのも、舞台版として公開された本作において須貝を演じたのが、他ならぬ筆者だったからです(爆)。
ちなみに、私はそれまで舞台経験ナシ。殺陣の経験もナシ。
しかも、諸般の都合で役を決めた(変更した)のが本番一週間前という荒技ぶり。
小兵太役のK君と侍役のU君。この場を借りて、もう一度お礼を言わせていただきます。ありがとう。ホントに迷惑をかけました!




