第1話「いつの間にか、いる」
開店前のPANDEMONIUM BURGERには、仕事が三十一人分あった。
ぱむちゃんの分だけ、なかった。
午前六時四十分。
渾沌ちゃんが、客席の椅子を下ろしている。
一脚。
二脚。
三脚。
四脚目には、小さなハンバーガーが座っていた。
金色の上バンズに、白ゴマが三粒。
黒い縦長の目が二つ。片側の目には黄色い四芒星がひとつ重なっている。
チーズと緑の具材、赤いソースの層。ソースは片側だけ、ぴょこんとはみ出している。
そこから丸い手足が出ていた。
ぱむちゃんだった。
「おはよ。そこ、いま下ろす椅子」
ぱむちゃんは降りた。
代わりに椅子の脚へ抱きつく。
「手伝う?」
ぱむ。
椅子は動かない。
ぱむちゃんの足だけが浮いた。
「椅子の勝ち!」
「勝敗をつけないでください」
秩序ちゃんは点検表へ線を引いた。
《客席・椅子 完了》
担当欄には、三十一人分の名前が並んでいる。
ぱむちゃんの名前だけが、ない。
◇
午前六時四十七分。
理性ちゃんがカウンターでソースを数えていた。
「赤が十六。白が十二。昨日より白だけ一本多いのう」
ぱむちゃんが横へ並ぶ。
「数えるか?」
ぱむ。
「では、赤はいくつじゃ」
ぱむ。
「ほっほ。そこは変わらんか」
理性ちゃんが空のかごを脇へ置く。
ぱむちゃんは、すぐに持ち上げた。
「それは空じゃぞ」
ぱむ。
「片づけたいのかの」
今度の返事は早かった。
ぱむ!
「場所は知っておるか?」
返事が止まる。
理性ちゃんは少し待った。
「分からんものを、分かったことにはせん方がよい」
スタッフ用の扉を指す。
「あちらじゃ。置き場所は中で聞くとよい」
ぱむちゃんは、かごを抱えて歩き出した。
扉の前で止まる。
取っ手は頭より高い。
押しても、届かない。
中では誰かが冷蔵庫を閉めた。
ぱむちゃんは、かごを下ろさず扉の前にいる。
五秒。
十秒。
後ろから渾沌ちゃんが来た。
「通る?」
ぱむ!
扉が開く。
ぱむちゃんは中へ消えた。
すぐ戻ってきた。
かごも一緒だった。
「置き場所、分かんなかった?」
ぱむ。
「じゃ、今度は一緒に探そ!」
二人でまた入っていった。
◇
午前六時五十八分。
空のかごは棚へ戻った。
ぱむちゃんは今度、紙ナプキンを一枚持っていた。
カウンターの端を拭く。
同じ場所を、もう一度。
さらに、もう一度。
「そこだけ新品になるよ」
渾沌ちゃんがナプキンを回収した。
ぱむちゃんは次にモップへ向かう。
「それは大きい!」
注文端末へ向かう。
「それは勝手に押しちゃだめ!」
厨房へ向かう。
「そこはまだ!」
止められるたび、別の仕事へ向かう。
最後に、点検表の前へ戻った。
三十一人分の名前。
三十一人分の仕事。
ぱむちゃんは紙の端へ手をかける。
「それは仕事じゃなくて記録!」
渾沌ちゃんが取り返す。
ぱむちゃんは、何も持っていない手を見た。
◇
「働こうとしているように見えます」
秩序ちゃんが言った。
「うん。ずっと」
「何ができるかは未確認です」
「じゃ一個ずつ試そ!」
「同時に試さないのであれば賛成します」
理性ちゃんが棚から、小さな赤い札を出した。
《作業中》
「先に立場を決めてやればよかろう」
「立場?」
「客でも、商品でも、片づける物でもない。仕事を探しておる者じゃ」
秩序ちゃんは札を見た。
「担当未定のまま作業中にするのは、順序が逆です」
「なら、希望だけ先に確かめよう」
三人がぱむちゃんを探す。
ぱむちゃんはもう、厨房の受け渡し口にいた。
完成したバーガーが一個、トレーへ置かれる。
身体が、ぴょんと跳ねた。
トレーの横を歩く。
運ぶクルーと同じ速さで、受け渡し口までついていく。
バーガーには触れない。
置かれるのを見届けると、何かを待つように両手を前へ出した。
何も渡されない。
手を下ろす。
◇
「ぱむちゃん」
秩序ちゃんが呼ぶ。
振り返る。
「店の仕事をしたいのですか」
ぱむ!
今度は、その場で一度跳ねた。
「確認できました」
点検表の一番下へ、一行増える。
《ぱむちゃん 担当未定》
「未定なのに書くんだ」
「未定であることを記録します」
「そこは譲らないんだね」
理性ちゃんが赤い札を見せる。
「つけてもよいかの?」
ぱむちゃんは少し前へ身体を傾けた。
首から赤い紐が下がる。
《作業中》
秩序ちゃんが、その下へ小さな紙を足した。
《仮》
「ちっさ!」
「仮ですから」
「文字の大きさまで仮にしなくてよくない?」
◇
午前七時。
入口の照明が点いた。
鉄板が鳴る。
フライヤーが低く唸る。
渾沌ちゃんは入口へ。
秩序ちゃんはレジへ。
理性ちゃんは、一本多い白いソースを調べに戻る。
三十一人が、それぞれの場所へ散っていく。
ぱむちゃんだけが残った。
首には《作業中》。
その下に、小さな《仮》。
行き先は書いていない。
スタッフ用の扉が目の前にある。
誰も指ささない。
ぱむちゃんは扉の前まで歩いた。
取っ手には、まだ届かない。
赤い札を押さえたまま待つ。
内側から扉が開いた。
トレーを持ったクルーが出てくる。
「通る?」
ぱむ!
ぱむちゃんは身体で扉を押さえた。
トレーが通り終わる。
それから、自分も中へ入る。
◇
点検表の担当者は、三十二人になった。
仕事はまだ、三十一人分しかなかった。




