婿養子の父には庶子がいた
女伯爵だった母が亡くなった。
私は、ロカ伯爵令嬢ナタリエ。
母譲りの金茶の髪と、梨色の瞳の貴族令嬢だ。
未成年の十六歳でまだ学生だったが、唯一の嫡子だった私が伯爵家と爵位を継承して新たなロカ女伯爵となった。
葬儀と、煩雑な当主や爵位の継承手続きが終わってようやく一息つけるようになった頃。
父ミゲルが執務室にやってきて、恐る恐るといった様子で、ある告白をしてきた。
「ナタリエ。実はだな、私には外に子供がいるんだ」
婿養子の父ミゲルは、私とは違って金髪と茶の瞳の穏やかな紳士だ。亡くなった女伯爵の母とは政略結婚だった。
それでも娘の私から見て仲は良かったし、父は女伯爵の伴侶として、実務面では秘書でもあったから、ほとんどの時間を共に過ごしていたはずだ。
つまり、不貞を犯す隙はほとんどなかったはずなのだ。
訝しげな私に、父は応接間に弁護士を呼んであると言って、一緒に会うことになった。
いきなりの出来事に困惑する。だが父は母の生前と変わらぬ穏やかさを保っているし、不貞を堂々と開き直った感じでもない。
その後、弁護士立ち合いのもとで父から詳しい話を聞かされた。
「私には君の母と結婚する前、学園生時代に恋人がいたんだ」
「つまりそのお相手との子供だと?」
「ああ。だが、君の母との婚約が決まって、卒業前にお互い納得して別れていた。だが……」
――ああ、別れた振りでその後も続いていたのね。
そう呟くと、父は慌てたように「違う!」と叫んだ。
「相手とはきちんと切れていた。彼女、パオラというんだが、平民だったから卒業後は社交界で会うこともなかったし、だからパオラとの間に娘ができていたことを私も知らなかったんだ」
「ロカ伯爵様、事実です。お父上は恋人ときれいにお別れされておりまして、以降の交際事実はありません。……まあ、婚約が学園卒業間近で急に決まりましたから、その頃までですね」
如何にも仕事のできそうな銀縁の眼鏡をかけた弁護士が捕捉してきた。
弁護士が言うならひとまずは信じようと思う。
「パオラは私と別れた後、娘を産んだ。実家が平民とはいえ裕福だったのでな。両親が堕胎せず産むことを勧めたようなんだ」
「なぜ、妊娠が発覚した時点でお父様に連絡がなかったのですか?」
間違いなく父の子供だったというなら、父には養育費を支払う義務があったはずだ。
それは父が貴族で、相手が平民だからとかは関係がない。この国の法律で決まっている。
「……私が、この家に婿養子に入る立場だったことを知っていたからだそうだ。妊娠がわかった頃には、私はもう君の母と結婚してこのロカ伯爵家に婿入りしていた」
「迂闊に知らせればお父上の立場が悪くなるし、お母上だった亡き女伯爵様の心象も悪くなる。幸い、ミゲル様が仰ったように実家が裕福だったので、生まれた子供はそのままパオラさんの私生児として育てることにしたそうです」
「……なるほど」
話の経緯はわかった。だが、本題はこの先だろう。
「それで、今になって昔の恋人との子供の話を、なぜ私にするのですか?」
まさか、その恋人と再婚したいとでも言うのだろうか。
いくら現伯爵の父親とはいえ、婿養子の分際で前伯爵の婿が再婚などは許されない。
したければ亡くなった私のお母様と離縁し、伯爵家から除籍される必要がある。
「いや、そういう話じゃない。……パオラは娘を産んだ後、実家の両親に預けて他国に出稼ぎに行ったそうなんだ。数年前に両親と娘に仕送りが届いていたが、あるときを境にそれが無くなったと」
「仕方なく、祖父母が孫娘を育てていたようです。それが」
なるほど、話がようやく読めてきた。
「その祖父母が亡くなったのですね。そして子供だけが残されたと」
「……ああ。だが家と財産はあったが、私生児だったせいで他の親戚にむしり取られて困窮していたようでな……一家の主だった祖父殿の遺言状を見つけて、町の役場を通して連絡が来たのが二週間前だ」
「二週間前って」
ちょうど母が亡くなり、葬儀を行なっていた頃だ。
「そうでしたか。葬儀の混乱の中、お父様も大変でしたね」
「……うん、本当に」
それからさらに詳しく聞くと、町役場からの手紙には父の婚外子の状況、祖父母が亡くなり引き取り手がいないこと、遺産を親戚に奪われて生活に困窮し、一時的に町役場経由で孤児院が保護していることなどが書かれていたそうだ。
「ただ、少しややこしいことになっておりまして。庶子はナタリエ様より二ヶ月年上ですが、お父上のお相手と家族が扱いを決めかねて、出生届を遅れて提出していたようです」 「というと?」
「実質姉ですが、書類上はナタリエ様の妹、つまり年下ということに」
「……ややこしいわね。異母妹と今後は認識するわ」
この国の成人年齢は王侯貴族も平民も十八歳。実質姉の異母妹もまだ十六歳の未成年だ。
私も同い年でまだ学園生だが、この国には爵位を継承した時点で成人とみなされる貴族法の特例があるので、未成年ではなくなっている。
「それで、だ。ナタリエ。女伯爵となった君に、婿養子の私がこんなことを頼めた義理ではないのだが……」
来た。さて何を言い出すか?
「知らなかったとはいえ、婚外子を作ったことを申し訳なく思っている。だが、もう一人の娘が成人して独り立ちするまで面倒見ることの許可を貰えないだろうか?」
「お父様」
このお願いには驚いた。
我が父ながら、ビックリするほど〝まとも〟だ。
私は深呼吸して呼吸を整えた後、父の目をまっすぐ見て言った。
「お父様は私が結婚しても引退するまでは伯爵家の仕事を手伝ってくれるのですよね?」
「もちろん。君が婚約者と結婚した後は別邸に移るけど、現役のうちは伯爵家のために尽くすよ」
「ならば、お父様の収入の範囲で面倒を見るというなら私はかまいません。住む場所はここ、王都屋敷の敷地内の別宅を貸し与えます」
以前は私の祖父母が暮らしていた建物だが、亡くなった今は誰も住んでおらず倉庫になっていた。本宅の四分の一もない規模だが、私と同い年の少女が住むだけなら過分なぐらいだ。
ちょうど弁護士も立ち合ってくれている。この場で私と父ミゲルは、婚外子の扱いについて契約書を作成しておくことにした。
まず、先ほども言ったように婚外子――キアラの生活費は、現伯爵の私の父ミゲルの収入で賄うこと。
ロカ伯爵家は彼女の生活費など必要な費用を一切負担しない。
「『本邸への立ち入り、異母妹の女伯爵ナタリエ様との謁見は認めない』これも必要ですな」
「当然ね。もちろん、『伯爵家の持つ権利は一切与えない』。我がロカ伯爵家の血は入っていないのだから」
弁護士はこのようなケースの事例に詳しいようだ。持参していた契約書のテンプレートをいくつか提示して、私たちに確認しながら契約書の草案を組み立てていく。
『婚外子キアラは、成人後はロカ伯爵家の別宅を出て、平民として職を持ち生きていくこと』
その際、職場が王都なら、住む場所は新たに父が手配することになるようだ。
他、婿養子の父の庶子とはいえ、一応貴族の父親を持つキアラの教育をどうするか。
「王都の庶民の学校に通っているようだから、そのまま通学させて卒業させよう」
「貴族学園に転校させないのですか?」
「キアラはもう十六歳だ。今さら貴族令嬢の礼儀作法は覚えられまい」
残るは遺産分与について。
キアラの実の祖父母の遺産は、母方の親戚たちにむしり取られてしまっている。
父が手を回せばいくらかは回収できるだろうが、それは手切れ金代わりにくれてやるつもりだそうだ。
「その代わり、キアラとの縁を切らせる。貴族の私が後見人になるからな、念には念を入れておく」
父はキアラを認知して、身元引受人と後見人となるようだ。
「あとは、生活費と同じで、私が死んだ後の私有財産の一部をキアラに相続させたい。その分、ナタリエの取り分が減ってしまうのは申し訳ないのだが」
「伯爵家とは別にお父様が投資をしておられるのは知っています。ご自分の資産ですから自由にお決めになってください」
「……ありがとう」




