運命婚 白馬の王子様はヤクザ? 1
世の中に、運命というものは、あるか?
ひとに、運命というものは、存在するのか?
考える。
そもそも、運命というものがなければ、占い師は、存在しない…
占い師は、ずっと昔から、存在する。
だいいち、そんなに当たらなければ、すでに、今の時代に、職業として、存在していないはずだ…
つまり、運命は、存在する。
私、竹下クミは、そう思う。
実際、運命というものは、脇において、自分自身を考えたとき、私は残念だ…
なにが、残念かといえば、あらゆることに、中途半端なのだ…
率直にいって、容姿は、そこそこ美人…
問題なのは、そこそこ美人というのが、当てはまるぐらいの美人だということ…
中学でも、高校でも、例えば、友達が私を見て、
「…クミには、絶対勝てない!…」
と、断言するレベルではない…
が、私が、友達に負けているわけでは、決してない…
まあ、アイツに比べれば、クミのほうがマシというレベル…
それが、そこそこ美人という意味…
仮に、ここに女のコが、20人いれば、上から、3番目か、4番目の美人という立ち位置…
実に、難しい立ち位置だ(笑)…
仮に、20人、女のコがいて、誰が一番キレイか、決めるのは、簡単だ…
二番目にキレイなのも、決めるのは、簡単だ…
だが、三番目あたりから、少々難しくなってくる。
二十人、女のコがいても、普通、そんなにキレイな女のコはいない…
だから、あくまで、二十人の中で、キレイというレベル…
それでも、一人や二人は、選べるが、三番目あたりから、難しくなってくる。
どれも、似たり寄ったりで、キレイなコはいないからだ…
つまり、その中では、私、竹下クミがいいということだ…
その程度のレベルということだ…
身長は、160㎝…
別に、胸も大きくない…
水着になれば、誰もが、私を振り返って見る…
そんな夢みたいなことは、決してない…
すべてが、平凡だ…
ただ、冒頭に言った、占い師の一件…
「…アナタは、23歳か、24歳の頃に運命が変わります…それも、劇的に変わります…」
そんなことを言われていたが、与太話の類いだと思って、真剣に受け取ってなかった…
そんな、漫画みたいに、運命が劇的に変わるはずもないからだ…
運命が劇的に変わる見本といえば、芸能人になることだが、そもそも私の容姿では、無理筋…
いや、無理筋ではないかもしれない…
私レベルの容姿の芸能人もいる…
しかし、そのレベルでは、ドラマの主役どころか、主役の何人かいる友達のひとりというレベル…
セリフも、一言二言で、下手をすれば、大勢のクラスメートのひとりで、セリフも何もない役…
せっかく、芸能人になったのに、これでは、運命が劇的に変わるわけがない…
昔は、裏方と思われた声優という仕事も、今やルックスが重視される時代…
私では、これも無理筋だ…
だから、運命なんて、劇的に変わるはずはない…
私は、ずっとそう思っていた…
しかし、あの美男子、高雄悠から、
「…ボクと結婚しませんか?…」
と、コクられたとき、
「…冗談でしょ?…」
と、言いながらも、瞬間、
「…アナタは、23歳か、24歳の頃に運命が変わります…それも、劇的に変わります…」
という、ずっと前に占い師に言われた言葉を思い出していた。
それまで、すっかり忘れていた言葉だが、ふいに、脳裏に思い浮かんだのだ…
同時に、気付いた。
普通ならば、
「…ボクと付き合いませんか?…」
と、ここは、いうところだ…
なぜなら、私は、この日、高雄と会ったのは、初めてだったからだ…
会社訪問で、偶然出会ったのが、高雄だった…
しかし、それが、会って、いきなり、
「…ボクと結婚しませんか?…」
とは、どういうことだ…
「…アンタ…頭おかしいの?…」
と、言ってやりたいところだが、それは、無理だった…
高雄は、身長は、175㎝で、それほど、長身ではないが、美男子…
イケメンだ…
なにより、颯爽としている…
なにやら、爽やかな風が、高雄の背後から、サーッと吹いてくる…
そんな気がする…
そんな高雄を目の前にして、
「…アンタ…頭がおかしいの?…」
とは、口が裂けても、言えない…
だから、
つい、
「…わ…私で、よければ…」
と、言う、言葉が、いつのまにか、口を突いて、出た。
自分でも、ビックリした…
私の言葉に、高雄も、驚いたようだ…
どういうつもりで、初対面で、会って、いきなり、
「…ボクと結婚しませんか?…」
という言葉が出るのか?
疑問だった。
しかし、それでも、初対面の相手である、私が、
「…わ…私で、よければ…」
と、答えるなんて、ありえないと思っていたに違いない…
あの美男子が、驚いた表情で、私を見ていた。
しかし、私に言わせれば、その驚いた表情も素敵だった…
この日、私は、就職面接のために、会社訪問に行っていた…
昨今は、就職氷河期から一転して、売り手有利というか、会社から内定を受け取るのは、難しくない状況と言われている…
しかし、そんな世間の声とは、裏腹に、なぜか、私、竹下クミは、苦戦していた…
理由はわからない…
あえていえば、昔でいえば、大殺界…
運命が今、最悪の状況で、あるからかもしれない…
そこそこ美人であるはずの私が、就職の面接に行くと、なぜか、そこに、私以上の美人が何人もいたことがあった…
しかも、
しかも、だ…
それが、一度や二度というレベルではない…
当然、面接が始まると、質疑応答と言うか、質問に入る…
すると、鼻の下を伸ばした親父の面接官が、当然のことながら、美人に質問を集中させる。
初めは、志望動機とか、御社をどう思いますか? という質問から始まるが、いつのまにか、
「…休日は、どうお過ごしですか?…」
とか、
「…付き合ってる男はいるんですか?…」
とか、
まるで、就職の面接に来た女を口説いているような光景になったことは、これも、一度や二度ではない…
例えば、5人の女のコが、揃って、横に並んで、面接官の前に座る…
しかし、
その中に、ひとり、美人がいる!
すると、そのコに質問が集中する。
面接時間が、仮に10分とすれば、優に5分以上は、そのコ一人に質問が集中する…
残りの時間は、申し訳程度に、他の4人に、志望動機とか、ありきたりの質問をするだけ…
誰が見ても、最初から、興味ないとわかる態度だ…
私は、そんな面接を何度も経験した…
そして、これも、当然のことながら、不合格だった…
最初から、相手にされてなかった(涙)…
そもそも、面接が始まったばかりで、誰もが気付く事態だった…
だから、私は、焦った…
当たり前だ…
すでに、就職活動は、終盤に向かっていた…
にもかかわらず、私は、今だ内定ゼロ…
これでは、焦るなという方が無理…
無理筋だ…
そんな苦境にあったときだから、私は、頭の中で、運命とか、を考えた。
思えば、生まれて、大学をもうすぐ卒業する22年間で、もしかしたら、今が一番、苦境かもしれない…
ピンチかもしれない…
いや、
苦境かもしれない、ではない…
ピンチかもしれない、ではない…
明らかに、苦境だった…
明らかに、ピンチだった…
これは、断言できる…
力を込めて、断言できる…
それほどの苦境だった…
それほどのピンチだった…
バイト先の店長が、
「…クミちゃん…就職がうまくいかなかったら、ウチで、働きなよ…」
と、言ってくれたが、冗談ではない…
別に、バイト先が嫌いではないが、そのまま、そのバイト先に居ついたら、就職もしないで、フリーターの道にまっしぐらではないか?
それは、どうしても、嫌だった…
就職氷河期だったならば、それも仕方ないと、納得できる…
しかし、今は、そうではない…
売り手市場…
学生が、企業を選ぶ時代だ…
私が、企業を選ぶ時代だ…
なのに、なぜ?
なぜ、私だけ、こんな目に?
思えば、謎だった…
ビックリするほどの謎だった…
金田一なら、この謎を解くに違いない…
コナンなら、迷宮入りなしの名探偵のキャッチフレーズだから、これも、謎を解くだろう…
しかし、この竹下クミには、無理…
無理筋だった…
だから、高雄から、初対面にも、かかわらず、
「…ボクと、結婚しませんか?…」
と、言われたときに、
「…わ…私で、よければ…」
と、思わず、言ってしまったのは、このような理由からだ…
つまりは、就職に苦戦している…
ゆえに、高雄の、
「…ボクと結婚しませんか?…」
と言う言葉は、すなわち永久就職を意味した…
専業主婦を意味した!
つまり、いきなり、就職をすっ飛ばして、お嫁さんになり、主婦になる…
旦那に養ってもらえる…
こんな夢のような話が、脳裏に浮かんだのだ…
当然のことながら、今の時代、専業主婦は、無理…
無理筋…
子供が、小さいときは、ともかく、小学生にでもなれば、外に働きに出るのが、普通…
さもないと、生活ができない…
旦那の給与だけでは、生活ができないのが、大半だ…
そんなことは、百も承知のくせに、そんな夢のようなこと…
専業主婦になることを夢見た…
つまりは、私は、このところの就職活動の苦戦続きで、気持ちが正常でいられない…
正常な判断ができない状態だったのだ…
ちょうど、空腹で、腹が減って、減って、仕方がないときに、目の前に、テーブルいっぱいのごちそうを出された気分だった…
そして、そのごちそうは、ずばり永久就職だった…
お嫁さんだった!
世の中に、こんな虫のいい話は、どこにあろうか?
こんな都合のいい話が、どこに転がっているというのか?
思えば、このとき、気付くべきだった…
気付くべきだったのだ!
しかし、高雄はイケメン…
正統派のイケメンだ…
これが、罠だと直感で気付いていたが、私には、無理だった…
この竹下クミには、無理筋だった…
こんなイケメンが、冗談とはいえ、
「…ボクと結婚しませんか?…」
と、言ってくれれば、私は、
「…ハイ…喜んで…」
と、言ってしまう…
そんなパブロフの犬状態だった…
つまり、条件反射という奴だ…
しかも、訊いた話では、高雄の家は、金持ちで、有名な地方の名家らしい…
平凡な私、竹下クミとは、雲泥の差だ…
ちなみに、私は竹下という姓だが、あの女優の北川景子の旦那のDAIGО(ダイゴ)のお爺ちゃんの竹下登とは、なんの関係もない…
ただ、名字が同じというだけだ…
つまりは、平凡の中の平凡…
ザ、平凡が私、竹下クミだった…
しかし、この日を境に、平凡では、なくなった…
なぜなら、私は、金持ちに嫁入りするからだ…
私は、そう思った。
私は、そう確信した…
だから、就職面接が終わって、その会社から帰るときに、真っ先に、高雄悠から、小さなメモ用紙を渡された。
メモ用紙には、当然のことながら、ケータイの電話番号と、メールアドレスが書かれていた。
私は、それを見て、思わず、ニンマリした。
この会社の就職活動で、合格するかどうかは、わからないが、これほどのイケメンと出会えたことで、そんなことは、帳消しだった…
どうでも、よくなった…
結婚がホントかどうかは、正直、わからない…
しかし、これほどのイケメンに口説かれたのは、大げさに言えば、自慢…
もしかしたら、人生最大の自慢…
この先、何十年も生きていて、これほどのイケメンに口説かれるのは、生涯ないかもしれないと思えたほどの自慢だった…
だが、
しかし、だ…
そんな有頂天にいた、私をなにやら、冷ややかに見る視線が、存在した。
しかも、
しかも、だ…
その視線は、一つや二つではない…
何十と言えば、大げさだが、要するに、その会社で、高雄といっしょに働いている、若い女のみならず、なぜか、男…しかも、若い男から、中年のオヤジに至るまで、つまりは、そこにいた全員の視線が、私に集中した。
冷ややかな視線が、集中した。
これは、一体なぜだ?
どうしてだ?
私は自問自答する。
たしかに、高雄はイケメン…
イケメンだ…
しかし、いかにイケメンといえど、たかだか、知り合ったばかりの女のコに、ケータイの電話番号やメールアドレスを渡しただけで、周囲の全員が、私に冷ややかな視線を送るのは、おかしい…
それになにより、その視線は、どこか私に同情的だった…
なにやら、私に、憐憫というか、憐れと言うか、そんな視線を感じた。
だが、そのときは、なぜ、そんな視線を浴びるのか、当然のことながら、わからなかった…
いや、わからなかったのは、それだけではない…
会社員の高雄が、なぜ、会社訪問に訪れただけの、私に、突然、
「…ボクと結婚しませんか?…」
と、言ったことを、周囲の人間が、咎めないのか、考える必要があった。
これは、要するに、ナンパだ…
就職説明会にやって来た、女子大生を口説いているのだ…
普通、そんなことを、すれば、大騒ぎになる…
まして、今は、コンプライアンスとか言って、一昔前までは、普通に、若い男女に、
「…付き合っているコはいるの?…」
と、聞くことはあったが、今は真逆に、それを聞くだけで、セクハラにあたると判断される…
そんな時代だ…
そんな時代にあって、堂々と、就職訪問にやって来た女子大生に、
「…ボクと結婚しませんか?…」
と、言うのは異例…
いや、
異例ではない…
明らかに常軌を逸している…
しかし、なぜか、高雄はそれを許されていた…
それは、一体なぜなのか?
思えば、そのとき、気付くべきだった…
気付くべきだったのだ…
あのとき、気付いていれば、私の人生が、激変することはなかった…
占いが当たることは、なかったのだ…
私は、考える。
考えながら、自宅に帰り、ニヤニヤした。
あれほどのイケメンに、口説かれたことを、思い出して、ニヤニヤしたのだ…
正直、就職活動なんて、もはや、どうでもよくなった…
本当ならば、今すぐにでも、メールでも、電話でもしたいが、やはり駆け引きというものがある…
あまりにも、短い期間で、返信すると、ちょうど、魚釣りで、竿を池に投げた途端に、魚がかかるように、あまりにも、呆気なく感じる…
要するに、価値が低く見られるのだ…
私は、それを心配した。
私は、20人いれば、3番目か、4番目の美人…
そこそこの美人だ…
あまりにも、早く連絡すると、元々大した価値のない私なのに、十把ひとからげのように、なんにも価値のない女のように見られてしまう…
私は、それを心配したのだ…
私は、それを恐れたのだ…
しかし、風呂に入りながらも、自分の部屋で、一人で、ジッとしているときも、いつのまにか、自然と、拳を握り締めて、静かに、喜びを噛みしめていた。
人生最大の逆転劇…
ありえない、逆転劇だった…
もはや、就職なんて、どうでもいい…
私は、考えながらも、やはり、ジッと高雄から、もらったメモを見てしまう。
連絡するべきか?
連絡しないべきか?
考える。
今日、メモをもらったばかりなのに、すぐに連絡を入れるのは、やはり、マズいか?
私が軽い女だと思われてしまうか?
私の価値が下がるか?
そんな色々のことを考えて、しまう…
しかしながら、やはり、どうしても、連絡を入れたい…
早く連絡を入れれば、私の誠意をわかってもらえる…
せっかく、イケメンに連絡先のメモを渡されたんだ…
グズグズして、どうするんだ?
他の男に獲られてしまうぞ!
そうも、思う…
要するに、自分が、一時も早く、高雄に連絡したいから、何事も、自分に都合よく考えてしまうのだ(笑)…
私は悩んだが、やはり、連絡をすることにした。
しかも、連絡方法は、電話だ…
メールのやり取りは、簡単だが、やはり、直接、声が聴けるメリットは、大きい…
私は自室で、スマホを握りしめ、メモ帳に書かれた連絡先に、電話した。
プルルルル…と、しばし、鳴った後、電話口に人が出た。
私は、自分から、
「…竹下…竹下クミです…今日、杉崎実業の会社訪問に伺った…」
と、言おうとしたら、電話口から、
「…ハイ…高雄…こちら、高雄組です…」
という声がした。
しかも、その声は、わざと作ったような、だみ声…
電車の車掌がするように、わざと作った声だった…
なぜか、私の脳裏に、ヤクザ映画のワンシーンが浮かんだ。
「…はい…こちら、高雄組ですが、どちらさんでしょうか?…」
私は、あまりのだみ声に、ビックリして、声も出なかった…
当然のことながら、なにかの間違いだと思った…
「…す…すいません…間違えました…」
言いながら、急いで、電話を切ろうとした。
そして、電話を切ろうとしながらも、しっかりと、メモ帳に書かれた、電話番号を確認した。
スマホに表示された、電話番号と、合わせてみた…
確認した。
…間違いはない!…
私は、それに気付いた。
そして、もう一つの事実に気付いた…
…なんで、いまどき、固定電話の電話番号を渡したんだ?…
私は、その事実に気付いた。
いまどき、知り合ったばかりの女のコに、固定電話の電話番号を教える男はいない…
これは、女にしても同じ…
固定電話の電話番号を教えるのは、住所を教えるのと、同じ…
危険がありすぎる。
ネットを駆使すれば、誰でも、電話番号から、容易に、住所を知ることができるからだ…
それが、どうして?
私は考えた。
そして、そんなことを考えながら、スマホを握っていると、なにやら、電話の向こう側が騒がしくなった…
「…バカ野郎…今日、坊ちゃんが、女のコから、電話があったら、取り次げって、言ってたのを、聞いてなかったのか?…」
そんな声が聞こえきた…
幻聴ではない…
たしかに、聞こえてきた…
それから、少しして、
「…いいんだよ…マサさん…」
と言う声が、背後からして、
「…もしもし、お電話代わりました…高雄…高雄悠です…」
と、言う声が、スマホから、流れてきた…
その声は、明らかに、高雄…
昼間会った美青年だった…
あの爽やかな美青年の声だった…
しかし、だったら、今、その前に電話に出たのは、なんだ?
あのだみ声は、なんだ?
明らかに、ヤクザ関係の声だったぞ…
明らかに、その筋の関係者の声に違いなかったぞ…
私は、思った…
と、同時に、このまま、電話を続けるか、どうか、考えた。
切るなら、今だ、とも、思った…
が、切れない…
高雄に未練があるわけではない…
いかにイケメンとはいえ、今日の昼間に、一度だけ会った男に、過ぎない…
私が、電話を切れない理由は、ただ一つ…
恐怖だ…
あのヤクザ特有のだみ声を聞いただけで、腰の辺りから、一気に、力がなくなって、ヘラヘラと、その場にしゃがみ込みそうになった…
それほど、怖かった…
そもそも、私は、非暴力主義…
ヤンキーが大の苦手な女だ…
そんな私に、ヤクザ特有のだみ声は、あまりにも、重かった…
怖かった…
いわゆる、ガタブル状態…
ガタガタ、ブルブルとカラダが震える状態だった…
「…もしもし…」
私が、そんなことを考えていると、電話の向こうから、高雄の声が聞こえてきた…
私は、どうして、いいか、わからなかった…
なにをしていいか、わからなかった…
ホントは、すぐさま、電話を切るべきだったが、それもできない…
恐怖で、カラダが、ガチガチに固まったままだったからだ…
しかし、
しかし、だ…
「…竹下さん…今日は電話をありがとう…また、後日、お電話します…」
と、だけ、言って、高雄の方から、電話を切った…
いきなり、電話を切ったのだ…
だから、私はホッとした…
が、同時に、一体どうして?
一体なぜ?
考えた。
そもそも、自分の家が、ヤクザ屋さんならば、どうして、その家の電話番号を私に教えたんだろうか?
そんなことをしないで、自分のケータイの番号を教えればいい…
まさか、いまどき、ケータイを持ってないことはないだろう…
一体なぜ?
私は思った。
同時に、気付いた。
これは、私を試したんじゃないだろうか?
わざと、自分の家=ヤクザの電話番号を教えて、私が、どういう対応をするのか、試したんじゃないだろうか?
そう考えると、高雄の行動が読めてくる。
なぜ、わざと、家の固定電話の電話番号を教えたのか、読めてくる…
だが、
しかし、だ…
私は、一体、これから、どうすればいいのか?
考えた。
高雄から、電話番号を渡されて、その番号に電話した。
しかし、よくよく考えてみると、昼間、一度会っただけの男だ…
放っておけばいい!
とっさに閃いた…
いかにイケメンでも、ヤクザ屋さんの息子かなにかでは、関わらないに、越したことはない…
なにより、私もまだ、22歳…
これから、高雄以上のイケメンに会う機会もあるだろう…
決して、高雄と会ったのが、この竹下クミの人生で、生涯ただ一度のイケメンとの出会いであるわけがない…
高雄以上のイケメンと会う機会だって、無数にあるはずだ…
私は、そう結論を出した。
そして、高雄のことは、忘れることにした…
なかったことにした(笑)…
いかに、イケメンでも、ヤクザ屋さんの息子では、論外…
相手にしてはならない…
そんなことより、就職だ…
私は、スマホをいじりながら、考えた。
一刻も早く、就職先を探すことだ…
スマホをいじりながら、就職先を探すべく、会社を検索した。
それから、数日後…
二次面接の知らせが、メールで送られてきた…
…やった!…
私は、喜んだ…
嬉しかったのだ…
ここ最近は、二次面接のメールすら、送られてこなかった…
そこそこ美人の私ですら、だ…
これほどの学生有利といわれる、就職市場で、売り手有利に関わらず、だ…
だが、これで、運命の糸は手繰り寄せた…
私は、その感触を明らかに掴んだ…
そう思った…
そう思いながら、そのメールを送って来た、会社の名前を見た…
杉崎実業…
あの高雄と会った会社だ…
まさか、あの高雄と再び会うのか?
私は、考えた。
いや、
そうとも、限らない…
そもそも、高雄の配属部署がわからない…
あの日は、たまたま就職の説明をしたときに、いたが、あれは、偶然かもしれない…
いや、
そもそも、高雄が人事部の人間ならば、就職活動にやって来た、大学生に、
「…ボクと結婚しませんか?…」
と、言うわけがない…
そんな人間を、人事に配属させるはずがないからだ…
いかにイケメンといえど、そんな人間を配属させるわけがない…
いや、
もしかしたら、高雄は、あの会社、杉崎実業の就職用のモデルかもしれない…
私は、閃いた。
要するにサクラだ…
婚活パーティーでも、サクラがいるのは、もはや公然の秘密だ…
婚活パーティーに出向いて、いかにも異性に縁のなさそうな地味な男女が大勢集まっては、その婚活パーティーに、以後、誰も参加しない可能性がある…
今の時代、その実態が、すぐにネットに晒されるからだ…
だから、いかにもモテそうな男女をいわば、婚活パーティーの看板にして、派手な雰囲気を演出する。
それと同じではないか?
私は考えた。
今は、就職活動は、売り手市場…
会社が、学生を選ぶのではなく、学生が、会社を選ぶ時代だ…
高雄のようなイケメンを置いておけば、男はともかく、女には、圧倒的にウケがいい…
あんなイケメンがいる会社ならば、と、誰もが下心を抱くからだ…
そして、高雄が、もし派遣会社から、派遣されてきた、広告塔ならば、高雄が私をナンパしたのも、納得できる…
そもそも派遣会社から派遣された広告塔に過ぎない高雄が、会社でなにをしようと周囲が過剰に目くじらを立てない可能性がある。
そして、なにより、高雄は広告塔…
杉崎実業に、女子学生をリクルートさせるのが、目的だ…
いわば、圧倒的な広告塔…
この会社に入れば、高雄のようなイケメンと、いっしょに仕事をすることができますよという餌だ…
豪華な餌だ…
だが、そんなことも見抜けない、この竹下クミではない!
竹下クミではないのだ!
所詮は、餌…
高雄は餌に過ぎない…
あの杉崎実業に入社しても、決して、高雄といっしょに仕事ができるわけはないのだ…
私は、その事実に気付いた…
気付いたのだ…
甘いな…杉崎実業…
甘すぎだ…
私は思った。
イケメンを広告塔にすれば、女のコをリクルートできる…
イマドキ、こんな竹下クミにでも、たやすく見破れる手を使うとは…
弱冠、22歳の女子大生に過ぎない、竹下クミに、こんなにも、あっけなく見破られるとは…
しかし、そうは、言っても、今だ、内定ゼロ…
とにかく、就職しなければ、ならない…
私は、思った…
一週間後、私、竹下クミは、杉崎実業の面接に臨んだ…
いわゆる、二次面接…
そして、これが、おそらく最終面接だろう…
なぜなら、失礼ながら、この杉崎実業程度の規模の会社で、そう何度も面接があるわけはない…
なにより、そんなに何度も面接をすれば、就職希望の学生が、他社に逃げてしまう…
今は、そんな時代だ…
それが、わかっている私は、リラックスして、面接に臨んだ…
そして、やはり、私の勘は正しかった…
面接は、学生が、私を含め、5人…
会社側の面接官も、また5人…
ある意味、合コンと同じだった(笑)…
違うのは、年齢だけだ…
私たち、5人の女子大生は、皆、22歳ぐらい…
それに対して、面接官は、皆、私たちの父親ぐらいの年齢だった…
そして、面接の中身もまた、この竹下クミの予想通りだった…
つまりは、最終確認…
御社に入社して頂けますか? という、入社意志の確認に過ぎなかった…
私を含め、その場で、面接に臨んだ、5人全員が、
「…ハイ…」
と、答えた。
もちろん、本当に、この杉崎実業に入社するかどうかは、わからない…
この杉崎実業よりも、大手で、世間に知られた会社に内定をもらえれば、誰でも、そっちの会社に入社するからだ(笑)…
当たり前だ(笑)…
そして、その半ば儀式のようなやりとりが終わってホッとすると、突然、部屋のドアが空き、あの美男子、高雄悠が現れた。
私は、驚いた。
いや、
驚いたのは、私だけではない…
その場にいた、女子全員が、驚いた…
「…皆さん…こんにちは…」
高雄が颯爽とした態度で、言った。
およそ、その場に、場違いな態度だった…
なぜなら、高雄は、どう見ても、二十代…
私よりも、数歳上に過ぎないからだ…
それが、自分の父親と同じくらいの世代の面接官が、5人もいるにも、かかわらず、まるで、自分が、この会社の社長のような堂々とした態度で、現れたのだ…
誰が、見ても、このイケメン、なにを勘違いしているんだ? と言いたいところだった…
が、5人の面接官が、取った態度は、私が思ったのと、真逆だった…
高雄が、この部屋に入ってきたときに、全員が、高雄に向けて、軽く頭を下げたのだ…
…これは、一体、どういうことだ?…
私は、考えた。
いや、
私だけではない…
この場に面接に臨んだ女のコ、5人全員が、目を丸くして、驚いた。
すると、高雄が言った…
「…ボクは、この会社のオーナー…杉崎実業の親会社、高雄総業の人間です…今日は、皆さん、お越し頂き、ありがとうございます…」
高雄が言った…
高雄総業?
聞いたことのない、会社の名前だ…
私は、思った。
「…そして、今日、集まった、皆さんは、ボクが、先日、お会いした時に、求婚した女性…プロポーズした女性です…」
高雄が言った。
…プロポーズした女性?…
一体どういうことだ?
私は、自分の耳を疑った…
いや、私だけではない…
私と同じく、その場にいた最終面接に臨んだ女子5人全員が、あっけに取られて、高雄を見た。
「…この中の誰かを、ボクは、お嫁さんにしたいと思います…」
高雄が断言した。
私と、その場にいた、女のコ、全員が仰天した…
ずばり、固まった…
あっけに取られた。
言うに事欠いて、
…この中の誰かをお嫁さんにしたいとは?…
私は、驚いた。
同時に、気付いた。
話が違う!
この高雄は私にプロポーズしたはずだ!
この竹下クミにプロポーズしたはずだ…
…それが、一体なぜ?…
しかも、
しかも、だ…
それが、5人…
5人の女のコに同時にプロポーズをして、それを同時に集めるとは?
うーむ?
私は悩んだ…
あまりにも、やっていることが、無茶苦茶だからだ…
そして、その高雄の無茶苦茶に気付いたのは、当然のことながら、私だけではない…
私以外の4人の女のコも、当然気付いた。
そして、誰もが、高雄を見た…
睨んだ…
と、同時に、誰もが、自分以外の4人の女のコを見た。
誰もが考えるのは、同じ…
自分以外の高雄にプロポーズされた女のコは、どんな女のコなのか、気になったのだ…
私だけでなく、みんなが、互いを、ジロジロ見た…
遠慮なく、ジロジロ互いの顔を、見つめ合った…
こんなにも、至近距離で、5人の女のコが、互いの顔を見るなんて、滅多にあることではない(笑)…
私を含め、全員が、互いの顔をぶしつけに見ながら、共通点に、気付いた…
…誰もが、そこそこの美人という事実に、だ!…
決して、街を歩いていて、誰もが、フッと振り返りたくなるような美人はいない…
だが、だからといって、ブスもいない…
はっきり言えば、この5人は、誰もが、甲乙つけがたい…
仮に、男に、この場で、この5人の中から、一人を選べと、言われれば、誰もが、悩む…
全員が、ルックスが、互角だからだ(笑)…
ちなみに、身長も、同じくらい…
皆、160㎝前後だった…
つまりは、同じようなルックスの女のコ、5人を集めたということだ…
だが、当然のことながら、性格は違う…
女のコの一人が、突然、立ち上がって、高雄に食ってかかった…
「…高雄さん…この5人の女のコ、全員に、プロポーズしたっていうのは、どういうことですか? プロポーズっていうのは、一人にするものじゃないんですか?…」
血相を変えて、高雄に食ってかかった…
当たり前のことだった…
私は、その女のコを見た。
いや、
私だけではない…
他の女のコ、3人もまた、その女のコを見た。
高雄は、ジッと、その女のコを見た。
高雄が、無言で、その女のコを見詰めると、なにやら、変な雰囲気になった…
妙な雰囲気になった…
美青年の高雄が、ジッと、その女のコを見詰めると、本当は、高雄が悪いにも、かかわらず、女のコが、悪いような、そんな感じになった…
要するに、私同様、平凡なルックスの女のコが、高雄のルックスに圧倒されたということだ…
明らかに高雄の醸し出すオーラ=雰囲気に圧倒された…
いわば、蛇に睨まれた蛙だ…
高雄は、その女のコに、近寄ると、いきなり、グッと、その女のコを抱き締めた…
「…ゴメン…大場さん…」
高雄が言った。
「…でも、これは、仕方がなかったんだ…運命だったんだ…」
「…運命?…」
美男子の高雄に抱きすくめながら、大場と言われた女のコが、小さく呟く。
「…詳しくは、今ここで話せないんだけど、これには、色々複雑な理由があるんだ…それを察して、欲しい…」
高雄が、そのイケメンを全面に出して、大場の耳元に、そっと囁くように呟いた。
すると、どうだ?
まるで、それまで、怒りまくっていた大場と呼ばれた女のコが、ウソのように、大人しくなった…
まるで、牙を抜かれた虎だ…
それまで、怒りに猛り狂っていた虎が、急におとなしくなった…
そんな感じだった…
他の4人は、あっけに取られて、その様子を見た。
…私も、あの大場と呼ばれた女のコと、同じく、美男子の高雄に抱き締められたら?…
誰もが、同じ想像をした。
すると、やはり同じように、牙を抜かれるに違いない…
あの美男子の高雄に抱き締められたら、メロメロになるに違いない…
恐るべし、高雄悠!
恐るべし、美男子の実力!
私は、唖然とする。
いや、
私だけではない…
私以外の3人の女のコもまた、唖然として、大場と呼ばれた女のコと、高雄を見ていた。
そして、誰もが、心の中で、自分を大場に置き換えた。
自分が、大場ならば、やはり、メロメロになるに違いないからだ…
だが、私は違った…
この竹下クミだけは、違ったのだ…
私は、いきなり、その場で、立ち上がった。
もちろん、高雄に抱き締められたいからではない…
「…高雄さん…」
私は言った。
「…なんでしょうか?…」
高雄が大場から、手を離して、言った。
「…私たち5人が、お嫁さん候補と言いましたが、結婚できるのは、一人だけです…どうやって、決めるのですか?…」
私は言った。
「…それに、私たちの意志も当然、あります…高雄さんは、イケメンですけど、私たちが、高雄さんと、当然のように、結婚すると考えるのは、高雄さんの思い上がりが過ぎるんじゃありませんか?…」
「…思い上がり?…」
私の言葉に、高雄は当惑したようだ…
「…そうです…高雄さんが、私たちを選ぶように、私たちも高雄さんを選ぶ権利があります…」
私の言葉に、他の女のコ、全員が頷いた…
と、言いたいところだったが、私の言葉に頷く人間は、誰一人いなかった…
それどころか、それまで、高雄に抱き締められていた大場に至っては、キッと、私を鋭く、睨み付け、
「…アナタ…高雄さんと結婚したくないならば、さっさと、この部屋から、出て行けば、いいんじゃないの?…」
と、言い放った…
…なに?…
私は呆気に取られた。
私が今言ったのは、正論…
正論のはずだ…
私は、私の味方のはずの、他の3人の女のコを見た。
仲間を見た。
誰もが、この大場同様、冷ややかに、私を見ていた。
同情も、同意も、なにもなかった…
冷ややかな視線だけが、私に突き刺さった…
…嫌なら、さっさと、この部屋から、出て行けば?…
そんな視線だった…
私は彼女たちの視線を見て、己の間違いに気付いた…
だが、どうすることもできない…
今さら、なかったことに、することはできない…
一度、振り上げた拳を下ろすことはできない…
…さあ、どうする?…
…どうすればいい?…
私は、立ったまま、悩んだ…
どうしていいか、わからなかったからだ…
だが、それを救ったのが、高雄だった…
「…皆さん、そんなに、殺気立つのは、止めましょう…」
高雄が穏やかに、口を挟んだ…
「…この竹下さんが、今言ったのは、当たり前のことです…」
高雄の言葉に、空気が変わった…
殺気立った空気が、にわかに、優しくなった…
「…ボクが、皆さんを、お嫁さんにしたいのは、あくまで、ボクの考えです…ですから、竹下さんが今言ったように、皆さんのお気持ちも当然あります…皆さんは、まだ、お若い…この先、ボクよりもはるかに素晴らしい男性に巡り合う可能性も大いにあります…それなのに、ボクのために、皆さんの未来を奪うことなど、できません…」
高雄が、優しく呟く。
高雄の言葉が、終わったころには、あっさりと、その場の空気が変わった…
あれほど、私を憎々しげに見ていた大場ですら、私を見る目が、優しくなった…
「…皆さん、ボクが嫌なら、さっさと、この部屋から出て行って、いいです…」
高雄が神妙な表情で言う。
「…ですが、ボクが嫌でなければ、このままでいて下さい…ボクにチャンスを下さい…」
高雄が訴える。
いわゆる、泣き落としというやつだ…
しかも、これは、誰が見ても、策略…
高雄の策略だ…
誰が見ても、イケメンの高雄が、平凡なルックスの私たち相手に下出に出る…
すると、誰もが、どうしても、高雄に逆らうことはできない…
こんなイケメンの高雄が、平凡な私たちにへりくだって、接しているのだ…
いわば、カーストでいえば、上にいるものが、わざと下にいるものを持ち上げてる。
これ以上、気持ちのいいものは、ない…
だから、席を立つ者は、誰一人いなかった…
つまりは、皆、高雄のお嫁さん候補として、この場に残ったということだ…
もちろん、私もその例外ではなかった…
この竹下クミもまた、その例外ではなかったということだ…
私は、仕方なく、座った…
いつまでも、立っていることはできない…
いや、
立っていることは、この場合、中途半端な意思表示になる。
ずばり、席に座るか、黙って、この部屋から出て行くか?
二者択一…
それ以外の選択肢はない…
私は、出て行くのは、嫌だったので、座った…
それが、答えだった…
つまりは、高雄のお嫁さん候補として、立候補するのが、私、竹下クミの意志表示ということだ…
そして、私以外の4人も全員、私と同じく、そのまま、席に座ったままだった…
つまり、他の4人も当然、高雄のお嫁さん候補として、立候補するということだ…
つまりは、ライバル…
この5人は、全員がライバル…
選ばれるのは、ただ一人…
そういうことだ…
本当は、今日は、杉崎実業の就職試験の最終面接に来たと思っていたのに、なぜか、私たち5人は、高雄のお嫁さん候補として、この場に残った…
なぜか、そうなった(笑)…
うーむ、
物事というものは、どう転がるかわからない実例だ…
たかだか、就職の面接に来ただけなのに、それが、即、結婚につながるとは?
わけがわからん(笑)…
しかし、それが、真実…
紛れもない、真実だった(笑)…
結局、その日は、何事もなく、解散した…
家に戻った…
要するに、今日、杉崎実業に出向いたのは、就職の面接のためではなく、高雄のお嫁さん候補となった、確認だった…
正直、わけがわからない(笑)…
一体どうして、就職の面接に行って、それが、即、結婚につながるのか、わけがわからない(笑)…
いや、
正直、わけがわからないことは、世の中に、結構ある(笑)…
昔、母に聞いたが、母の友達が、初めて、就職したときが、同じだった…
どういうことかというと、母の友達が、今の私と同じく、大学生で、就職活動を始めたが、うまくいかない…
正直、苦戦した…
と、そのときに、知人のコネか、なにかで、ある会社を訪問した…
コネだから、正直、就職に有利…
脈があると見て、その会社の面接に臨んだが、実は、その会社のその年の就職は、事実上、終わっていて、面接したお偉いさんは、どうしていいか、わからず困惑した…
知人の紹介だから、会社に入社させなければ、ならないのだけれど、すでに今年の採用人数は、埋まってしまった…
つまり、今さら、採用することはできない…
だけど、知人の紹介だから、入社させないわけには、いかない…
だから、困った…
すると、それを見た、秘書かなにかの派手なおねーちゃんが、
「…パパの会社でいいなら、入社させて、あげるよ…」
と、突然、言い出したそうだ…
正直、わけがわからない展開だ(笑)…
どう見ても、社長の愛人が似合う派手なおねーちゃんだから、パパというのは、そのおねーちゃんのパトロンのオヤジかなにかと思ったらしい…
しかしながら、就職が決まらず、藁にもすがる思いだった母の友人は、否応なく、一にも二にもなく、その申し出を受けた。
が、その結果はというと、その派手なおねーちゃんのパパというのは、血の繋がった実の父親で、会社も立派な会社だったそうだ…
つまりは、本人の予想もしないところで、就職が決まった実例だった(笑)…
世の中には、わけがわからないことがある…
子供の頃に、母から、そんな実例を聞かされてきた、私にとって、今回のことは、正直、わけがわからないが、さりとて、ありえんと、断言することでもなかった…
物事というものは、どう転がるか、わからない…
幼いときに、母から、そんな実例を聞かされて育った私だから、いきなり、就職面接が、結婚面接に代わっても、驚かなかったのかもしれない…
私は思った。
と、同時に考えた。
高雄総業って、一体なんだ? と、考えた。
あの杉崎実業の親会社とかなんとか、いっていたが、そもそもどういう会社なんだろうか?
そう思った…
まさか、名ばかり、企業ではあるまい…
高雄総業…
私は、スマホで検索する。
高雄総業の名前は出てこなかった…
が、代わりに、ヒットしたのは、高雄組だった…
どうして、高雄組なのだろうか?
思った…
考えた。
そして、高雄組を検索すると、広域暴力団、山田会という名前が出た。
山田会?
どこかで、聞いたことのある名前だ…
さらに、その山田会を調べた…
広域暴力団、山田会…組員、推定8千人…
日本で、二番目に、大きな暴力団と、説明があった…
「…に、日本で、二番目に大きな暴力団?…」
私は、自室で、思わず、声を出した。
それほど、驚いた。
当たり前だ…
そんな大きな暴力団に、あの高雄が関係あるなんて…
しかも、
しかも、だ…
あの高雄のいかにも、お坊ちゃんぽい、物腰と、暴力団=ヤクザは、まるで、合わない…
想像がつかないのだ…
あの爽やかな美青年の、高雄と、どうやったら、ヤクザがつながるのか、誰にも分らないに違いない…
私はそう思いながらも、さらに、山田会について、検索を進めた。
すると、思いがけない事実が、わかった…
その高雄組というのは、山田会の中で、一、二を争う、巨大な暴力団だということだ…
私が、調べて、わかったのは、暴力団には、一次団体、二次団体、三次団体と、あるということだ…
一次団体の代表が、あの山口組だ…
そして、山口組の二次団体に、別の組があり、その組の下にも、組があるという事実だった…
ちょうど、会社でいえば、子会社、孫会社と続くようなものだ…
ただ、会社と違うのは、例えば、山口組は、山口組というのは、あくまで、看板というか、その代表であり、いわゆる、二次団体の組織の中から、有力者が、代表=組長になるということだ…
そういう意味では、山口組本体は、あくまで、少人数の本部に過ぎない…
会社でいえば、親会社というよりも、持ち株会社の社員という方が正しいのかもしれない…
ただし、その持ち株会社の社員は、全員がエリート=選ばれた人間だということだ…
つまり、高雄組の立ち位置は、日本で、二番目に大きい、山田会の中でも、一、二を争う、有力組織であるという事実だ…
そして、今、その山田会が、後継者問題で、揺れているという情報が、錯綜している…
これが、問題だった…
いわゆる、山田会の跡目争いというやつだ…
現在の山田会の会長が、高齢で、病に伏せていて、その後継者問題で、山田会が揺れているらしい…
そしてなにより、その後継者に、山田会の中で、一、二を争う、高雄組と、稲葉一家の騒動が起きていると、書かれていた…
あの高雄が息子だとすれば、当然、高雄の父親だろう…
実の父親に違いない…
その父親が、もしかしたら、山田会の会長に就任するかもしれない…
日本で、二番目に大きな暴力団のトップになるかもしれない…
凄い!
凄いことだ!
私は、単純に驚いた。
そんな大きな組織のボスになれるかもしれないなんて…
考えながらも、実は、実感がまるでなかった…
ヤクザ映画を見るよりも、はるかに、実感が湧かなかった(笑)…
だって、あの美男子の高雄だ…
あの優男の高雄悠だ…
誰が見ても、花屋の店員とか、図書館が似合うようなおとなしめの美男子だ(笑)…
誰が、どう考えても、ヤンキーやヤクザの真逆の立ち位置にいる人間だ(笑)…
それに、
それに、だ…
あの杉崎実業にしても、もしも、ヤクザ関係の会社ならば、今日昼間会った人間も、ヤクザに違いない…
しかし、今日会った5人のオジサンは、まったくの普通の人だった…
断じて、ヤクザでも、なんでもない普通のひとだった…
これは、断言できる。
だから、どうしても、高雄も杉崎実業も、ヤクザと関係があるようには、見えない…
思えないのだ…
私は、考えた。
と、ここまで、考えて、気付いた。
どうして、高雄が、お嫁さんを募集したかと、いうことだ…
まさか、今回の山田会の跡目争いと関係があるわけではあるまい…
例えば、高雄の父親が、山田会の会長に就任したとする。
すると、高雄組の組長は、空席となる。
山田会の会長と高雄組の組長の兼務はできないからだ…
だから、息子の高雄悠が、結婚して、跡を継ぐ…
これが、昔の江戸時代の大名の結婚か、なにかだったら、それもあるかもしれない…
とりあえず、父がいなくなれば、代わりの人間を立てなければ、ならないからだ…
あるいは、江戸時代や、明治時代、そして、昭和初期に至るまでの商人や、財閥でも、同じかもしれない…
例えば、三井の前身である、江戸時代の越後屋…
いわゆる、オーナーと使用人が分かれていて、越後屋のオーナーが、当主であり、番頭は、言葉は悪いが、従業員というか、雇われ社長…
いかに使えても、所詮は、従業員であり、雇われ社長であるから、越後屋は、自分の所有する店ではない…
あくまで、越後屋の従業員に過ぎない…
だから、例えば、当主が死ねば、当主の息子や娘が跡を継ぐ…
この場合、経験の有無は関係がない…
重要なのは、血筋だからだ…
越後屋の経営は、雇われ社長である、番頭が引き続き、行うことになる…
これは、江戸時代の大名と同じ…
いかに、部下が有能でも、上司である、大名が死んでも、自分が、大名になれるわけでもない…
大名の肩書は、大名の血筋の縁者がなるものだからだ…
しかし、ヤクザは当然、そうではないだろう…
ヤクザは、当然、実力社会だろう…
例えば、高雄の父親が、上部団体である、山田会の会長になれば、高雄組の組長を辞めることになる…
兼務はできないからだ…
その場合、高雄組は、誰か、別の人間が跡を継ぐことになる…
しかし、それは、何度も言うように、息子の悠ではないだろう…
あの高雄にヤクザの経験があるとは、思えない…
なにより、あの年齢だ…
22歳の私より、数歳上…
せいぜい、二十代後半だろう…
そんな年齢の若者に、組の運営など、できるはずがない…
よく漫画では、例えば、高雄と同じぐらいの年齢の青年が、実は、〇〇組、三代目組長と名乗る漫画があったが、現実は、その年齢では、ひとを動かせない…
誰もが、ついていかない…
その年齢では、明らかに経験が不足している。
だから、もし、仮に、組長であれば、それは、言葉は悪いが、傀儡=操り人形か、事実上は、誰か別の実力者が、組を動かしていて、組長は、名ばかり組長ということになる。
組長という肩書だけで、実権がなにもないだろう…
だが、それは、絵空事…
現実は、二十代後半で、大きな組織の組長というのは、ありえない…
それは、例えば、誰もが知る大企業で、二十代後半で、社長が務まるかというのと、同じだ…
仮に、これも、例えば、二十代後半で、社長に就任すれば、やはり名ばかり社長…
実権は、誰か、別の実力者に、握られているだろう…
ちょうど、誰もが知る、歴史で言えば、豊臣秀吉の息子の秀頼が、秀吉の死で、3歳で、跡を継いだ。
名目上は、一番上だが、実権は、当時、五十代後半の徳川家康が握っていた…
それと同じだろう…
つまりは、どう考えても、あの高雄悠に、実権があるとは、思えないということだ…
しかし、それならば、一体なぜ?
なぜ、この時期に、このような形で、お嫁さんを募集したのか?
謎がある…
私は、思った。
だが、いずれにしろ、その謎は、今回の山田会の跡目争いと無関係ではあるまい…
そう、私は睨んだ…
私の目に間違いはない…
狂いはないのだ!
杉崎実業の二次面接は、終わった…
終了した…
が、考えてみると、就職はどうなったのだろうか?
私は、就職試験のために、杉崎実業を訪れたのだ…
いや、
これは、私だけではない…
あの面接に、臨んだ、私と同じく面接を受けた、他の4人も同じだ…
それゆえ、面接を受けた。
事実、あの高雄が現れるまでは、普通に、5人のオジサンの面接官と、面接をしていた…
普通の就職面接だった…
それが、終わった頃に、いきなり、あの美男子の高雄悠が、あの部屋に乱入したのだ…
一体、就職試験は、どうなった?
考えてみれば、それが一番重要だった…
杉崎実業に、合格したのならば、それでいい…
もはや、好きだ、嫌いだは、言っていられる状況ではない…
合格したのならば、杉崎実業に、入社するしかないし、不合格ならば、他の会社の就職試験を受けなければ、ならない…
引き続き、就職活動を続けなければ、ならない…
一体、合格か、不合格か、どっちなんだ?
私は、叫びたくなった…
それから、考えた。
…会社に電話するか?…
…合格か、不合格か、聞いてみるか?…
考えた。
当然のことだ…
だが、それはできない…
なぜなら、面接は、今日、終わったばかりだからだ…
普通、どんなに早くても、結果がわかるまでは、一週間か、十日は、かかるものだ…
あるいは、二週間は、かかるものだ…
会社というのは、実にいい加減なものだ…
一週間後に、合否の連絡を電話か、メールでお知らせします、と言っても、下手をすれば、二週間か、それ以上、連絡がない場合が、結構ある…
仕方なく、こちらが、恐る恐る連絡を入れると、結果は、不合格…
要するに、落ちたから、連絡をしなかった、あるいは、忘れていたというのが、真相だろう…
落ちた人間に、わざわざ連絡をするのが、面倒くさいと、考えたのだろう…
世の中というものは、案外そういうものだ…
自分が、正直に対応したからといって、相手が正直に対応するとは、限らない…
私が、今回、就職活動を通じて、知ったのは、そういう現実だった(笑)…
そして、一週間が経った頃、杉崎実業より、スマホにメールが送られてきた。
結果は、合格…
ヤッター!
正直、私は、走り出したい気分だった…
これで、ようやく就職活動から、オサラバすることができる…
あの黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を繰り返すのを、止めることができる…
それを考えると、なにより嬉しかった…
あの喪服のような、黒いリクルートスーツに身を包んで、会社訪問を続けるのは、気が滅入る以外のなにものでもなかった…
就活をする全員が、同じ格好をするのは、案外不気味というか…
個性が重要とかなんとかいう時代にあって、それと逆行する動きだった…
大げさに言えば、日本と言う国が、どういう国か、わかる…
要するに、みんなが、黒い服を着れば、自分も着る…
軽自動車が、主流とみれば、自分も乗る…
ユニクロが、恥ずかしくないと思えば、自分も着る…
他人の振りを見て、自分の言動を決める…
それが、この国の国民の行動原理だった(笑)…
他人と違うことをすると、毛嫌いされることはなくても、白い目で見られる…
変わり者と見られる…
それが、この国の文化だった(笑)…
私は思った。
結局、合格のメールが届いた一週間後に、再び、あの杉崎実業に訪れることになった…
入社の手続きがあるからだ…
入社は、当然のことながら、来年の4月だが、それまで、顔見せというか、入社の意志の確認をするためもあって、私は、再び、杉崎実業を訪れた。
私は、受付で、就職活動で、合格のメールを受け取ったので、やって来ましたと、説明すると、担当の女性から、すぐに、所定の部屋を案内された…
そこには、あの日、会った女性、ニ人がいた…
そして、私が席に着いて、まもなくして、ほどなく、二人がやって来た…
つまりは、あの日の面接で出会った女のコ、五人全員が、集まったということだ…
その五人の中には、あの日、私に食ってかかった、あの大場と呼ばれた女もいた…
正直、苦手だった…
私は、気が強い女が苦手だった…
ただ、なによりも、どんなときでも、
「…アタシが、アタシが…」
と、他人を押しのけて、自分を主張する女は、苦手を通り越して、嫌悪の対象だった…
だから、できれば、その大場が、そのタイプの女でないことを願わずには、いられなかった…
そんな女は見るのも、嫌だからだ…
そして、そこまで、考えて、気付いた。
これは、当然のことながら、入社のために、この会社にやって来た…
この杉崎実業に、入社するためにやって来た…
しかし、だとすると、あの件は一体どうなったのだろう?
あの件とは、高雄のお嫁さんになるという件だ?
まさか、街中で、ナンパされたわけでもない…
この杉崎実業で、あの高雄が現れて、ハッキリと、私たち五人の中から、誰か一人をお嫁さんにすると、宣言したのだ…
場所が場所だけに、ウソとは思えない…
なにより、あの高雄は、この杉崎実業の親会社の人間だと、堂々と言った…
つまりは、あの若さにもかかわらず、社会的地位があるということだ…
私は考える。
そして、社会的地位が高くなれば、なるほど、ウソがつけなくなる。
一度ついた言葉は、撤回できなくなる。
綸言汗のごとしという、ことわざがあるが、要するに、社会的地位のある者の発言は、容易に撤回できなくなるとの意味だ…
なぜなら、どうしても、発言をコロコロ変えては、信用ができなくなる…
その発言した人間に、重みがなくなるからだ…
すなわち、人間的に信頼できなくなる…
だから、公の場で、一度ついた発言は、容易に撤回できなくなる…
例えば、社会的地位にある者でも、酒の席で、くだらない冗談や、卑猥な発言をしても、さほど問題にならない…
発言の程度もあるが、それが許される場での発言ならば、問題になることではない…
例えば、酔っ払って、冗談で結婚を迫っても、しつこく迫ることもなければ、翌日に、昨夜は、すいませんでしたと、頭を下げれば、大抵が、収まると言うか、問題にならないだろう…
あくまで、程度の問題でもあるが、大抵は、そうだ…
しかし、高雄は違う…
酒の場でもなければ、酔っ払ってもいない…
堂々とシラフで、私たちの前で、言ったのだ…
杉崎実業の面接の場で言ったのだ…
それゆえ、荒唐無稽の話だが、私は信用した…
いや、私だけではない…
私を含め、この場に揃った五人、全員が、同じ思いだろう…
まあ、もっとも、ここだけの話、高雄が美男子であることがもっとも、大きい(笑)…
しかも、美男子の上に、この杉崎実業の親会社の重役…
イケメンの上に、地位もある…
そんな高雄に結婚相手の一人と言われれば、天にも昇る気分だからだ…
だから、この杉崎実業にやって来た…
この五人全員が、同じ思いだろう…
私は、思った…
そう思いながら、私たち五人は、広い部屋で、杉崎実業の人間がやって来るのを待った…
最初、この会社にやって来たときに、受付の女性から、この部屋を案内されただけで、杉崎実業の人間は、誰もいなかった…
いるのは、面接当日に会った、この五人だけだった…
だから、なんとなく居心地が悪かった…
普通ならば、入社の手続きにやって来ただけだったが、やはり、高雄から、結婚相手の一人と指名されたのは、痛かった…
どうしても、疑心暗鬼になる…
誰が、高雄に選ばれるのか、考えてしまう…
高雄の発言が、冗談とも思えたが、やはり、この会社での発言…冗談とも思えない…
おそらく、誰もが皆、私と同じ思いを内心抱いているはずだ…
そして、そう考えたときに、部屋のドアが開いた…
私は緊張した。
ドキッとした。
ようやく、誰か、会社の人間が、やって来た…
そう思った。
私たち五人は、息を飲んで、どんな人間が、やって来たのか、見た。
部屋に入って来たのは、平凡な感じの五十代のオジサンだった…
「…当社の人事部長の人見です…」
開口一番、その人物は、そう告げた。
「…今日は、皆さん、当社にお越し頂き、ありがとうございます…」
オジサンが、頭を下げる。
席に座った、私たち五人の女のコもまた、一斉に、頭を下げた。
至って、平凡…
ありきたりの光景だった…
どこの会社も同じだろう…
要するに、この五人は、来春に、この杉崎実業への入社が決まっている…
そのための内定式というか…
入社の確認のために、この杉崎実業にやって来たのだ…
だから、その後の言葉も平凡だった…
「…今日、お越し頂いた、皆さまには、来春に、当社に入社して頂きます…いわば、社会人としての、第一歩を当社で、歩んで頂きます。これは、当社と致しましては、とても幸運なことであり、同時に、非情に大きな責任を任されたことでもあります…皆さまの社会人としての基本を当社で、教えるという、大変、責任重大な仕事であります…」
…なんだか、選挙演説なようなセリフを長々と話し出した…
正直、私は、退屈だった…
ガッカリした…
いや、この人見と呼ばれたオジサンにガッカリしたのではない…
高雄だ!
あの美男子は、どうなったんだ?
あのイケメンは、どうなったんだ?
まさか、あの高雄は、ここに集まった女子大生五人を入社させるための餌では、あるまい…
まさか、そのために、結婚を口にしたわけでは、あるまい…
そのためだけに、あの日、やって来たわけでは、あるまい…
私は、人見と呼ばれた、人事部長のオジサンの退屈な話を聞きながら、考えた。
いや、
私だけではない…
おそらくは、ここに集まった、五人の女子大生全員が、そう考えているに決まっている…
人見と名乗った人事部長のオジサンの話が一区切りついて、
「…皆さん…なにか、ご質問がありますか?…」
と、聞くと、
真っ先に、あの大場が、
「…ハイ…あります…」
と、手を挙げた。
「…なんでしょうか?…」
と、人見人事部長…
「…先日、高雄さんと、おっしゃるイケメンが、ここに集まった五人の中から、一人をお嫁さんにすると、約束しました…あの約束は、どうなったんでしょうか?…」
大場が言った。
実に、的確な質問だった…
私は、大場は嫌いだが、この質問には、全面的に賛成した…
賛成したのだ…
私以外の他の三人も同じだったに違いない…
私がチラリと、残りの三人を見ると、皆、真剣な表情で、食い入るような視線で、人見人事部長を睨んでいた…
「…どうなんですか?…」
大場がまるで、ヤクザのような迫力で、人見人事部長に迫った…
こ、怖い…
いや、
凄い!
私は思った。
まさか、たった一回会っただけのイケメンのために、ここまで、人事部長を脅すとは?
いや、
迫るとは?
「…どうなんですか?…」
再度、大場が、迫った…
私は、その光景を見て、金輪際、この大場には、逆らってはいけない…
盾を突いてはいけないと、固く、心に誓った…
誓ったのだ!
だが、人事部長は、思いのほか、冷静だった…
大場の脅しに屈しなかった…
「…高雄さんは、当社の人間ではありません…」
人見人事部長が、冷静に、対応した…
「…ですから、当社とは、直接は、関係がありません…」
「…関係ない?…」
大場が、叫んだ。
「…関係ないって、だって、高雄さんは、この会社の親会社の人間ですよね…」
「…その通りです…」
「…だったら…」
大場が食い下がった…
「…皆さんは、高雄専務が、結婚をほのめかしたことを、言っているんでしょうか?…」
人見人事部長の言葉に、全員が、押し黙った…
「…でしたら、それは、高雄専務のプライベートです…だから、当社とは、関係がないと、今言ったのです…」
人見の言葉に、五人全員が、黙るしかなかった…
「…ただし、当社と、なんの関係もないと言ったのは、言い過ぎでした…高雄専務は、当社の親会社、高雄総業の専務です…ですから、当然、当社とは、関係があります…」
人見人事部長が続ける。
「…皆さんが、今日、なにを求めて、当社にやって来たかは、想像が付きます…皆さんは、当社に入社するよりも、あの高雄専務と結婚したいのでしょう?…」
人見人事部長の言葉に、私たち五人全員が、
「…」
と、黙った。
「…高雄専務は、あの通りのイケメンです…」
人見人事部長が、ニヤッと笑った。
「…だから、当然、モテる…その高雄専務が、皆さんの誰かと結婚したいと言ったというから、私も慌てました…」
意味深に言う…
…なにか、ある!…
私は、思った。
引っ掛け問題ではないが、ここが、ポイント…
たぶん、重要なポイントだ…
この人見人事部長は、わざと、そのポイントを、私たち五人に、教えた…
ほのめかした…
私は、気付いた。
この五人の中で、そのポイントに何人気付いたか、どうかは、わからない…
しかし、この竹下クミは気付いた。
気付いたのだ…
そして、人見人事部長が、この後、なにげなく、
「…皆さんの中には、高雄専務の実家と同じ職業の方がいることは、当社としても、把握しております…くれぐれも、その点をお忘れなく…」
と、薄笑いを浮かべて、部屋を後にした。
私は、愕然とした。
…高雄専務の実家と同じ職業の人間がいる?…
…それって、まさか、実家が、ヤクザの娘が、この中にいるってこと?…
…っていうことは、その娘をあぶりだすために、私たち五人をここに集めたってこと?…
私は思った。
そして、当然のことながら、それに気付いたのは、私だけではない…
おそらくは、全員が気付いた。
ここに集まった五人全員が気付いた。
それを象徴するように、ザワザワと、ざわめき出した…
私は、驚いた。
あの大場は、わかる…
父親が、ヤクザの組長でも、わかる…
だが、他の三人もまた、その可能性が強いとは、思わなかった…
この人見人事部長の一言がなかったら、そんなことは、わからなかった…
…やるな、人見!…
私は思った。
あの人見人事部長、何者かは、知らないが、ただ者ではない…
わざと、この中に、父親が、ヤクザであることが、わかっていると言って、私たちの動揺を誘ったということだ…
しかし、ということは、どうだ?
高雄は、この五人の中から、誰か一人をお嫁さんに選ぶと言った…
だが、今度は、人見人事部長が、この五人の中に、ヤクザの娘がいるのは、わかっていると、言った…
ということは、おそらく、この杉崎実業の入社にかこつけて、敵対する暴力団の組長の娘が、内部に潜入しようとしている…
自分たちは、それを承知していますよ、と、言ったのではないか?
私は、そう思った。
事実、この状況では、そう考えるのが、正しい…
っていうか、自然だ…
しかし、
しかし、だ…
そこまで、考えて、なぜ、自分は、この場にいるのか?
ふと、気付いた。
だって、ヤクザの組長の娘がいるとか、この杉崎実業は、親会社が、日本で、二番目に大きな暴力団の高雄組ではないか?という疑惑がある…
にも、かかわらず、私はここにいる…
ヤンキーやヤクザが大の苦手の竹下クミが、逃げ出さずに、ここにいる…
これは、一体どうしたことだ?
私は、思った。
イケメンの高雄の魅力が、それほど、勝っているということか?
いや、違う…
そうじゃない…
この杉崎実業にも、高雄にも、暴力の匂いが、まるでしないのだ…
それが、暴力が苦手な竹下クミが、ここにいる理由だ…
私は、気付いた。
そして、おそらく、これは、罠だと、気付いた…
だって、そうだろう…
イケメンの高雄が、この五人の中から、お嫁さんを選ぶと言い、その五人の中には、ヤクザの娘がいると言う。
いや、罠だと知っていても、ここから、逃げ出すわけには、いかない…
たぶん、五人全員が、そうだろう…
今、人見人事部長が、ほのめかした、ヤクザの娘が、ここにいたとしても、ここから、すぐに逃げ出すわけには、いかない…
自分が、そうだとバレる恐れがあるからだ…
逃げ出したことが、なによりの証拠になる。
私は思った。
そして、そういう思いで、私以外の四人を、見ていると、他の四人も、同様に、自分以外の四人を、あからさまに、ジロジロ見ていた…
誰もが同じ…
同じ思いだったに違いない…
「…ヤクザって?…」
一人が、呟いた…
「…そんな、ありえない…」
もう一人が、呟いた。
「…だって、ここ、普通の会社だよ…一部上場だし…」
至極、当たり前のことを言った。
「…第一、それっぽいひとなんて、誰もいなかった…もし、この会社が、ヤクザの経営する会社だったら、あの人事部長もヤクザってこと? ありえない!…」
そのコが叫んだ…
確かに、そのコの言う通りだった…
この杉崎実業にしても、まるで、暴力の匂いがしない…
だから、誰もが、ヤクザの経営する会社なんて、誰も、思わない…
「…フロント企業…」
一人の女が呟いた。
私は、その女の顔を見た。
大場だった…
「…フロント企業って、なに?…」
別の女が訊いた。
「…ヤクザが運営する会社よ…」
「…ヤクザが運営する会社って?…」
「…ヤクザが経営して、稼ぐ…つまりは、普通の会社だけど、本当は、ヤクザが経営権を握っているってこと…」
大場が説明する。
私たちは、驚いた。
当然、そんなことは、知らない…
第一、フロント企業なんて、言葉、今、初めて、聞いた…
私は、思った。
そして、思いながら、考えた…
…この大場って、コ…どうして、そんなことを知ってるんだ?…
…普通、そんなことは、知らないぞ…
…さっき、あの人事部長が、ヤクザの娘が、ここにいるっていったな…
…あれは、もしかして、この大場のことを言ったんじゃないか?…
私は、そう、思った…
そう、思って、大場を見た…
いや、
私だけではない…
ふと、気付くと、残りの三人もまた、同じに考えたに違いない…
皆、大場を見ていた…
露骨に、白い目で、大場を見ていた…
その視線に、さすがの大場も慌てた…
「…わ、私じゃないよ…」
大場が、慌てて、弁明する。
「…今のフロント企業って、言葉は、たまたま、小説を読んだから、知っただけ…私は、ヤクザの娘なんかじゃないよ…」
大場が続ける。
「…第一、ヤクザの娘が、一般企業に入ろうとするのが、おかしいでしょ? ここは、一般企業だよ…」
「…どうだか…」
別の女が言った。
「…ここが、一般企業じゃないのを知って、アナタ、就職試験を受けたんじゃないの?…」
その女が言った…
「…同じヤクザならば、受かると思ったんでしょ?…」
「…なにっ?…」
大場が激怒した。
「…アンタ、名前は?…」
「…林よ…」
その女が名乗った…
まさに、女同士の取っ組み合いが、まさに今始まらんとするところだった…
が、
しかし、
それを阻止する声があった…
「…いえ、それは、おかしいわ…」
声が上がった…
「…おかしいって、なにが、おかしいの?…」
林が言った。
「…だって、そうでしょ? …もし、大場さんが、ヤクザの娘だとしたら、それを隠して、この会社に入ろうとするわけでしょ?…」
「…」
「…もし、大場さんが、ヤクザの娘で、この会社もまたヤクザの経営する会社だとすれば、なにも隠して、入社試験を受けることなんて、ないじゃない? むしろ、堂々とすれば、いいんじゃないの?…」
その女のコは言った。
一理ある…
私は、そう思った…
「…いえ、それは、違うと思う…」
別の一人が、遠慮がちに言った。
「…アナタが今言ったことを否定するわけじゃないわ…でも、ちょっと考えて…あの人見って、人事部長は、今、この中にヤクザの娘がいることを当社は把握していると言ったわ…あれは、本人が隠しているってことでしょ? それを自分たちは、知っているって…だから、普通に考えれば、そのヤクザっていうのは、仮に、この杉崎実業が、フロント企業だとしたら、それと敵対する暴力団じゃないかしら?…」
その女は説明する。
うーむ…
実に、うまい説明だ…
私は、その説明に納得した。
っていうか、私は、気付いた。
あの人見人事部長は、一言も、ヤクザとは言っていない…
高雄専務の実家と同じ職業の方がいると、ほのめかしただけだ…
しかし、今や、誰もが、高雄が、ヤクザと関係があることを知っている…
私だけではない…
皆、知っている…
これは、一体、どうしたことか?
どういうことだ?
実のところ、私を含め、全員が、この杉崎実業の正体に気付いている…
高雄の正体に気付いているということではないのか?
ということは?
ということは、一体?
私は、考えた…
と、そのときだった…
あの人見人事部長が、この部屋を出て、杉崎実業の人間が、誰もいなくなっていたから、私たち五人は、騒いでいたが、それも束の間…
ドアが開いて、別の人間が、入って来た…
それは、女だった…
一目見て、セクシーという言葉が似合う女…
スリットの入ったスカート…
なにより、ナイスバディの女だった…
私たち五人は、その女を見て、目を見張った…
なぜって、私たち五人は、皆、そこそこの美人…
身長も160㎝と、同じくらい…
顔も、こういっては、なんだが、どれも似たり寄ったり…
しかし、今、現れた女は、明らかな美人だった…
私たち五人とは、別次元の美人だった…
身長も170㎝弱…
歳は三十前後…
顔は派手な美人顔だが、なにより、色っぽい…
色気が全身から、ムンムンと溢れてくるタイプの女だった…
私たち五人と比べると、大人と子供というか…
一言で言って、比べ物にならない色気の持ち主だった(涙)…
「…藤原と言います…」
女が名乗った…
「…人事部で、人見の下で、働いています…」
私は、こう言ってはなんだが、これまで、この会社にやって来て、この会社が、ヤクザが運営しているのではと言われても、ピンと来なかった…
しかし、この藤原という女性を見て、初めて、違和感を感じた…
ピンときた!
一言で言って、この藤原という女性が、会社員という設定が合わないのだ(笑)…
水商売とまでは言わないが、モデルとか、芸能人とか、ハッキリ言って、そのナイスバディなカラダを使って、する仕事が合っている…
この藤原という女性を見ると、昨日まで、銀座のお店にいましたと宣言するのが正しいという感じ(笑)…
私が、そんな思いで、この女を見ていると、他の四人も同じだったようだ…
なにげなく、他の四人を見ると、誰もが、唖然としていた…
それも、まるで、子供がポカンと口を開けて、驚いて、見る感じだった…
純粋に、この場に場違いな女が現れたと思った感じが表情に出ていた…
私は、その四人の横顔を見て、ふいに気付いた…
…似ている!…
この四人、いや、私を含め、五人が似ているのだ…
身長も同じくらい…
顔立ちも、皆、似ている…
これは、一体どういうことだ?
偶然ではない…
私は、気付いた…
偶然、私たち五人がここに集められたわけではない…
おそらく、それは、故意というか、必然…
たぶん…
たぶん、さっき人見人事部長が言った、ヤクザの娘がここにいると知っていると、ほのめかした…
しかし、本当は、わからないのではないか?
仮に敵対するヤクザの娘が、この杉崎実業に入社するとしても、それが、誰だか、わからないのではないか?
だから、おそらくは、その娘に対して、得た情報…
身長とか、顔立ちが、わかったので、とりあえずは、それに適応した女を選んだのではないか?
私の脳裏に、そんな考えが、突然、浮かんだ…
そして、その考えに、私は、自信を持った…
なぜなら、そう考えると、私たち五人が、ここに集められた理由がわかる…
似たような顔、そして、似たような身長の女五人が、集められた理由がわかる。
つまりは、高雄総業にしても、手探り状態で、私たちの中の誰かが、ヤクザの娘であると、絞り込めてないのでは? と、考えた。
ゆえに、集めた。
と、そこまでは、わかった…
しかし、そこまでだった…
それと、あの高雄が、結婚を持ち出す理由がわからない…
どうして、いきなり、結婚なのかが、わからない…
私が、そんなことを、考え込んでいると、ふと、目の前に気配を感じた…
「…お嬢ちゃん…」
いきなり、私に話しかけた。
「…なにを考えているの?…」
私に、藤原と名乗った水商売風の女が、顔を近づけてきた。
「…な、なにも…」
私は、とっさに言った。
「…なにも、考えてないです…」
私は、答える。
その私の答えに、
「…お嬢ちゃん…ウソが下手ね…」
と、藤原が続けた。
「…誰が見ても、お嬢ちゃんは、思案中…
一目見て、わかるウソはいけないわ…」
藤原が言う。
私は、彼女の言葉に、
「…」
と、絶句した。
…確かに、その通りだからだ…
藤原は私から顔を離して、立ち上がった…
それから、パンパンと自らの両手を叩いた。
「…他の皆さんもそう…ウソはいけないわ…いえ、ウソがいけないんじゃない…誰が見ても、わかるウソをついちゃダメってこと…」
藤原は言う。
「…女はね…男に対しては、ウソをついてもいいの…でも、それは、相手もウソとわかっていて、いわば、男と女の間で、駆け引きをしているの…そんなウソはついていい…それはゲームだから…」
藤原が言った…
いかにも、ホステス上がりというのが、わかるセリフだった(笑)…
圧倒的に説得力のあるセリフだった(笑)…
「…でも、お嬢ちゃんたちには、まだ、ちょっと無理かな…色気が足りない…」
色気ムンムンの藤原が言う。
「…でも、色気が足りないのは、ご愛敬…若さで、補える…肝心なのは、若さが、なくなったときに、武器になる、なにかを身に着けること…女はこれが大事…」
藤原先生は、断言する。
うーむ…
一見すると、ためになることを言っている…
しかし、
しかし、だ…
これが一体、この杉崎事業の内定と、どういう関係があるのか?
それが、一番の謎だった(笑)…
私の疑問に、藤原先生は、気付いたのかもしれない…
「…よーするに、わかるウソはついちゃダメってことよ…」
藤原先生は、総括する。
「…自分の実家が、なにをしていても、いいわ…でも、それを無理に隠そうとしていても、いずれ、バレる…だから、バレるウソはついちゃダメ…」
藤原先生は言った…
…そういうことか?…
私は、気付いた…
バレるウソは、ついちゃダメと言いつつ、たぶん、この五人の中の誰の実家が、ヤクザか、わからない…
だから、話をそういう方向に持っていこうとしたのか?
私は思った。
そして、私同様、他の四人もその事実に気付いたに違いない…
なんのことはない…
この藤原先生は、男と女のゲームと言いつつ、本当は、誰が、ヤクザの娘かわからないから、この場で、自己申告しろ…
告白しろ!
と、誘導しているのだ…
だが、そんなことも、わからない、この五人ではない…
いずれも、藤原の口車には、乗らなかった(笑)…
甘い…
甘いぞ、藤原…
私たち五人の女を舐めすぎているぞ…
私は、思った。
結局、その日は、藤原と名乗った女が、杉崎実業の内定に関して、書類を私たち五人に、配って、その書類の記入の仕方うんぬんを教えて、終わった…
なんのことはない…
あの人見人事部長が、退場して、実務面を、この藤原という女が担当しただけだった…
要するに、あの人見は管理職で、この藤原は、その部下であり、実務面は、この藤原が、担当する役割なのだろう…
私は、思った。
私は、帰途に着きながら、電車の中で、吊り革に、摑まりつつ、考えた…
このまま、杉崎実業に入社していいのか、心配になった…
ヤクザのフロント企業かもしれない会社に入社しても、構わないのだろうか?
誰もが、悩む。
躊躇する…
しかし、現実的な問題として、今だ、内定はゼロ…
どこかに就職しなければ、ならない…
杉崎実業は、一部上場企業…
世間的には、無名だが、一部上場企業だ…
世間様に胸を張れると言えば、大げさだが、恥ずかしくはないレベルだ…
しかし、そんな会社が、ヤクザのフロント企業って?…
一体、どうしたら、いいのか?
杉崎実業に、就職すべきか?
それとも、このまま就活を続けて、別の会社を探すべきか?
でも、今のこの時期に、まだ募集している会社に、ろくな会社は、残ってないぞ…
だとすれば、留年して、来年、就活をすべきか?
いや、それでは、お金がかかって、仕方がない…
一年間の授業料だって、バカにならない…
ウチは、貧乏ではないが、決して、裕福ではない…
簡単に、一年留年して、学費を払う余裕は、ウチにはない…
だとすれば、私が、バイトして、全額、学費を払うしかない…
だが、そんなことをして、来年、肝心の就職活動ができるのか?
バイトに専念すれば、就活を続ける時間はないぞ…
世の中、そんなに甘いものではない…
それに、それに、だ…
もし、仮に、留年して、来年、就活したとする…
そうなれば、当然、企業は、どうして、留年したか、私に訊くだろう…
私としては、当然、去年、就活がうまくいかなかったからとは、口が裂けても言えない…
だから、適当な言い訳をするだろう…
だが、相手が、それを信じるか?
企業の人事担当は、当然、私よりも年上…
人を見る目もあるだろう…
それを騙すことができるか?
それになにより、男なら、いざしらず、女の身で、留年までして、翌年、就活する…
そんな女は、決して多くないだろう…
いわば、少数派…
かえって、就活が不利になるのではないか?
私の中で、さまざまな思いが、よぎる…
考える。
まるで、メリーゴーランドのように、グルグルと、同じことを考え続けた。
と、そのときだった…
ポンと、誰かが、背後から、私の肩を叩いた…
吊り革に摑まったままの私は、驚いた…
まさか、電車に乗っていて、見知らぬ誰かに、ポンと肩を叩かれるとは、思わなかったからだ…
…なんだ?…
思いながら、背後を振り返った…
と、そこにいたのは、あのイケメン…
…なんと、あのイケメンの高雄だった…
…た、高雄?…
…ウソだろ?…
私は、驚いた。
当然だ…
電車の中だ…
私は、吊り革を摑まったままだ…
その私の背後に、まるで、映画スターのようなイケメンの高雄が…
これでは、まるで、映画…
映画のワンシーンだ!
私は、絶叫したい気分だった…
こんな偶然ってある?
そう叫び出したい気分だった…
こんな偶然って?
偶然?
ホントに、偶然、高雄が、私の背後にいたのか?
それとも、私を追いかけて、来たのか?
追いかけて?
どうして、私を追いかけて、来たのか?
だが、私を追いかけて、来た方が、理屈に合う…
偶然、電車の中で、会うよりも、理屈に合う…
私が、考え続けていると、
「…こんにちは…」
と、高雄が爽やかに、声を掛けた。
「…偶然ですね…」
高雄が続ける。
…偶然?…
…ホントに、偶然か?…
…偶然なわけ、ないだろ?…
私は、思った…
しかし、高雄の顔を見ると、それを言うことができない…
高雄の顔が、まぶしすぎるというか?
あまりにも、爽やかで、その疑問を、直接高雄にぶつけることができない…
…オマエ、ウソをつくな!…
と、言いたいところだが、それを口にすることができない…
それは、高雄が、イケメンだからだ…
恐るべき、イケメンの魔力!
私は、惚れ惚れと、間近で、高雄のイケメンの顔を見た…
なにより、電車だ…
吊り革に摑まった私の背後に、ピタッと、高雄のイケメンの顔がある…
高雄のイケメンの顔がある…
圧倒的な爽やかさ…
この世の中に、高雄よりも、イケメンの男が、いるのは、わかっている…
しかし、この高雄よりも、爽やかな男が、どれほどいるというのか?
それがわからない…
そう思えるほど、高雄の爽やかさは、圧倒的というか、凄まじかった…
まるで、二次元の漫画の主人公や、イラストの主人公が、三次元に、立体化したような、そんな感じがあった…
この世の中に、これほど、爽やかな男が、存在するのか…
思わず、そう思えるほどだった…
私が、うっとりとして、高雄を見上げていると、高雄が、私の耳元で、
「…次の駅で降りませんか? お話ししたことがあります…」
と、囁いた。
…話したいこと?…
私は、高雄に、訊き返したかった…
…話したいことって、なんだ?…
私は思った…
当たり前だ…
いかに、イケメンでも、この間、会ったばかり…
出会ったばかりだ…
それが、たぶん、私の後をつけ、ここにいるに違いない…
私は、そう思って、高雄を見た…
まっすぐに見た…
高雄は、私の視線を、まっすぐ受け止めた…
決して、たじろがなかった…
爽やかに、私の視線を受け止めた…
「…もちろん、竹下さんが、今日、これから用事があって、都合が悪いのであれば、仕方ありません…でも、ちょっと、時間をくれますか? 次の駅で、降りて、プラットフォームで構わないので、お話したいのです…電車の中では、ちょっと…」
高雄が説明する。
私は、考えた…
高雄の言うことも、わからないわけではない…
なにしろ、今は、二人とも電車の中だ…
やはり、周囲の目もあるから、話したいことでも、話せないことがある…
誰が聞いているか、わからないからだ…
「…承知…」
私は言った。
私の言葉に、イケメンの高雄が、目を白黒させた…
「…承知って?…」
プッと、吹き出した。
「…竹下さんって、面白いひとなんですね…」
「…面白い人?…」
「…だって、いきなり、時代劇のように、承知、なんて…」
高雄が笑う。
しかし、その笑いは、決して、私をバカにした笑いではなかった…
むしろ、心底、楽しそうだった…
だから、私は、高雄に笑われても、全然、嫌じゃなかった…
真逆に、こんなイケメンが、私のことを笑ってくれるのが、嬉しかった…
竹下クミ…22歳…
率直に言って、これまで、高雄のようなイケメンと付き合った経験は皆無…
一度もない…
なにより、高雄は、イケメンだが、決して、ひとをバカにしたり、下に見たりすることがなかった…
私自身は、やはり、高校や大学で、イケメンを遠目に見たことはあるが、皆やはり、そのルックスに自信があるせいか、どこか、他人を見下したりする人間が多かった…
無論、全員ではない…
多いだけだ…
男も女も、ルックスや、学歴、なにか一つ秀でていると、どうしても、他人をバカにする人間が一定数存在する。
私は、どうしても、そんな人間は、好きになれないし、そんな人間の近くにいくのも、嫌だった…
でも、高雄には、それがない…
爽やかで、真面目で、なにより、安心できる…
ホッと、できる…
「…じゃ、ボクも承知ってことで…」
高雄が、楽しそうに、私に言った…
私は、黙って、首をコクンと、縦に振って、頷いた…
自分でも、顔が真っ赤になってないか、心配だった…
いや、
心配ではない…
きっと、真っ赤になっているに、決まっている…
それから、私は、高雄と、黙って、電車が、次の駅に着くまで、待った…
私は、吊り革に摑まりながら、その後ろに、長身の高雄が立つ…
なんだか、無性に、ドキドキした…
私の背後に、高雄のようなイケメンがいるなんて…
これまで、考えたことのないシチュエーションだった…
私は、心の中で、叫んだ…
…早く、電車が次の駅に着かないか!…
いつまでも、この姿勢でいると、心臓がドキドキして、破裂するかもしれないからだ…
同時に気付いた…
いや、そうじゃない…
この状況が、永遠に続けば、いい…
高雄のようなイケメンが、私の背後にいるのだ…
ピタッと、身体を密着させて、いるのだ…
こんなシチュエーションは、二度とないかもしれない…
だから、永遠に続けば、いい…
そう思い直した…
いや、
やはり、それでは、私の心臓がパンクしてしまう…
だから、やはり、一刻も早く、電車が、次の駅に着いてもらわなければ、困る…
私の心の中で、早くつけ、
いや、
着いちゃダメだ!
そんな気持ちが代わる代わる、取って代わった…
そして、そんなことを目まぐるしく考えているうちに、電車が、次の駅に着いた…
「…降りましょう…」
高雄が爽やかに、私に声をかけた。
私は、黙って、コクンと、首を縦に振って、頷いた…
「…とりあえず、あそこに座りましょう…」
高雄が、駅のホームの椅子を指差した…
私は、おそらく、真っ赤の顔のまま、高雄と、ホームに設けられた椅子に座った…
私は、高雄のようなイケメンといるのが、嬉しいやら、恥ずかしいやら、どうして、いいか、わからなかった…
こんな経験は、生まれて初めて…
初めてだった…
私だって、22歳…
人並に、男とデートしたこともある。
でも、言葉は悪いが、そのデートした男も、人並みだった…
とりわけルックスが優れていたわけでもないし、頭も平凡だった…
だが、高雄は違う…
現に、今、私と高雄が、ホームの椅子に座っているのを見て、ホームにいる人間の中に、チラッと、高雄を見て、それから、私を見る人間が、多い…
いや、多いではない…
少なからず、いるという言葉が当てはまる…
しかも、それは、男よりも女…
女でありさえすれば、60代でも、十代の女子高生でも、チラリと高雄を見る…
こんな美青年が、ここにいると、驚きを持って見る…
それから、その美青年が、連れている相方というか、女…
私を見る…
そして、驚く…
いや、正直に言って、ガッカリする…
私が、あまりにも、平凡だからだ…
私の頭の中で、そんな思いが湧いてきた…
いや、出来上がっていた…
もしかしたら、高雄は、そんな私の心の内に気付いたのかもしれない…
「…どうしました?…」
と、優しく、私に声をかけた。
「…なんでもないさ…」
と、言いたいところだが、それでは、ウソがバレバレだ…
私は、少し考えたが、
「…高雄さんは、ホントに、私たち5人の中の誰かと結婚するんですか?…」
と、話を変えた。
高雄は私の質問に、焦って、私を見た。
まさか、いきなり、そんな話をするとは、思ってもみなかったのだろう…
一瞬、慌てた表情だったが、
「…しますよ…」
と、冷静に、答えた。
「…どうしてですか?…」
「…どうしてって?…」
「…どうして、初対面の私たち五人の誰かと、結婚するんですか?…」
「…初対面ではありません…」
高雄が、答えた。
「…初対面じゃない? …だって、私は高雄さんと、これまで会ったことは、一度もありませんよ…」
「…いえ、子供の頃に会いました…」
「…子供の頃に会った?…」
「…ハイ…物心つかないくらい小さな頃に…」
「…物心つかないくらい小さな頃…」
「…ハイ…それは、もしかしたら、竹下さんじゃないかもしれないし、竹下さんかもしれない…」
「…」
「…でも、五人の中で、誰かが、それに当てはまります…」
「…その幼馴染と結婚するってことですか?…」
「…幼馴染というほど、親しくはありません…でも、面識があります…この前も、竹下さんを含めて、五人の顔を見たけど、誰だか、わからなかった…」
「…」
私が高雄と二人きりで、小声で話していると、相変わらず、チラチラと、高雄と私を見る視線が、絶えなかった…
しかも、その視線の主は、女が多い…
高雄が、美男子であることもあるが、やはり、ルックスにこだわるというか、ルックスが気になるのは、女の方が多いのでは?とあらためて、実感した…
「…だから…」
私は言った。
「…だから、私たち五人は、皆、似ているんですね…顔も身長も…そして、年齢も…」
私の質問に、高雄は、
「…」
と、答えなかった…
「…でも、どうして、そんな偶然…」
「…偶然なんかじゃありませんよ…」
「…偶然じゃない?…」
「…杉崎実業に受かったのは、皆、竹下さんを含め、同じ顔、同じ身長の五人です…杉崎実業の面接で、顔や身長を基準に決めたんです…」
私は、高雄の言葉に、
「…」
と、絶句した。
しかし、冷静に考えれば、高雄の言う通り…
要するに、顔や身長と言う外見を基準に選んだに決まっている…
いや、これは、すでに、高雄に今言われる前に気付いていたことだ…
ただ、肝心の高雄の口から聞いたから、驚いたに過ぎない…
「…誰かが、ボクを狙っている…」
「…狙っている?…」
「…ハイ…実は、色々あって…」
意味深に言う。
…色々って、まさか、命を狙われてるとか?…
私は考えた。
だから、私は一瞬、言おうかどうか、考えたが、黙った…
まさか、映画ではない…
命を狙われてるの?
と、真顔で聞けないからだ…
私が、沈黙したものだから、
「…どうしました?…」
と、高雄が心配そうに、声をかけた。
私は、迷ったが、
「…まるで、ヤクザ映画ですね?…」
と、答えた。
「…ヤクザ映画?…」
高雄は驚いた。
「…だって、そうでしょう…誰かが、ボクを狙ってるなんて、まるで、ヤクザ映画や、スパイ小説かなにかみたい…」
私が言うと、高雄は一瞬、考え込んだ…
それから、少しして、プッと吹き出した。
「…竹下さん、映画の見過ぎ?…」
「…映画の見過ぎ?…」
「…例えば、仮に、ボクが、ヤクザの息子でも、ボクがヤクザじゃない限り、抗争中でも、敵対する組織に、命を狙われるなんて、ありえないよ…」
「…ありえない…だって、映画じゃ?…」
「…だから、それが映画…仮にヤクザが、抗争を起こしたって、ルールって、ものがある…」
「…ルール?…」
「…そう、ルール…具体的には、ヤクザは、抗争中でも、敵対するヤクザの家族は襲わない…」
「…家族は、襲わない? どうして?…」
「…だって、ヤクザの家族は、ヤクザじゃないでしょ…」
たしかに、言われてみれば、当たり前だ…
「…だから、襲わない…それが、ルール…ほら、ボクシングとか、プロレスでも、皆、ルールがあるでしょ?…」
「…ルール? …どんな?…」
「…ボクシングならば、当然、足を使って、相手を蹴っちゃいけないし、プロレスでも、ルールがある…喧嘩じゃないんだから、当たり前…」
「…でも、ヤクザでも、抗争で、敵と闘ってるんだから、勝つためには、ルールを破るものもいるんじゃ…」
「…それじゃ、同じ業界にいられなくなっちゃうよ…」
高雄が笑った…
「…業界にいられなくなっちゃうって?…」
「…要するに、つまはじきにされるとか、同じ業界の関係者に相手にされなくなっちゃう…だから、どんなヤクザもルールは守る…映画とは、違う…」
「…映画とは違う…」
私は、思わず、高雄の言葉を繰り返した。
そして、そう口にしながら、なんで、高雄は、そんなことを知ってるんだ? という当たり前のことを考えた。
…やっぱり、高雄は、ヤクザの息子なのか?…
そう考えた。
そして、思った。
さっき、狙われてると、高雄は言ったが、アレは一体、どういう意味なんだ?
命を狙われてるんじゃないとしたら、一体なにを狙われてるんだ?
「…でも、さっき、高雄さんは、狙われてるって?…」
私は、勇気を出して、口にした。
「…ああ、それは、ボクが、この若さで、杉崎実業の親会社、高雄総業の取締役なんです…だから、こう言っては、傲慢に聞こえるかもしれないけど、ボクを狙ってる、女のひとがいるんです…」
「…高雄さんを狙ってる、女のひとが?…」
私は言った。
言いながら、それは、当たり前のことじゃ、と、言いたかった…
高雄ほどのイケメンだ…
女なら、誰でも狙うだろう…
「…でも、それは、高雄さんが、イケメンだからじゃ…」
「…違います…」
高雄がきっぱりと断言した…
「…敵は、偶然を装って、ボクに近付いて、ボクと結婚して、ボクの父の会社を乗っ取ろうとしているんです…」
「…高雄さんのお父さんの会社を乗っ取る?…」
「…ボクと結婚して、親戚になり、ボクの父親の会社ごと、乗っ取ろうとしている…」
高雄が繰り返す。
私は、考えた。
それって、つまり、さっき言った、ヤクザの抗争でも、相手の家族を標的にするのは、御法度…
だから、息子の高雄と結婚して、父親の組織ごと、乗っ取ろうとしているってこと?
そう考えれば、わかりやすい…
このご時世、暴対法とかで、ヤクザの生活も大変と聞く…
私は、当然、ヤクザに知り合いはいないが、ネットや週刊誌等で、報道されてる…
だから、抗争はできない…
抗争すれば、すぐに、警察に捕まって、刑務所に送られ、組は潰されると聞く。
でも、やはり、水面下で、ゴタゴタはあるだろう…
だって、それがヤクザだからだ…
スーパーが、商品の質や価格で、お客さんを呼びこもうとするのに、対して、ヤクザの商品は、暴力…
結局のところ、暴力に他ならない…
だから、なにかあれば、最終的に、暴力に頼らざるを得ない…
しかし、今の時代、暴力団といえども、簡単に抗争はできない…
ならば、家族を取り込もうとしたのではないか?
暴力の標的にするのではない…
子供同士を結婚させて、自分の組織に引きずりこもうとしているのではないか?
私は思った…
…そうか!…
…なんとなく、話がわかってきた…
…見えてきた!…
要するに、高雄は、女から狙われてる…
結婚を迫られそうだ…
だから、その女が誰だか、知りたい…
そういうことだろう…
私は、そこまで、考えて、ハタッと気付いた…
…それは、おかしい…
今の高雄の話はおかしい…
だって、そうだろ?
私たち五人の中の誰かと結婚すると、一方で言い、他方で、その女から結婚を迫られるのでは? と、言っている。
つまり、言っていることが、矛盾している…
一体、どの口が言うんだ?
同じ口で、まったく別のことを言ってるぞ!
私は、思った。
「…オマエ、おかしいぞ!…」
「…言っていることが、おかしいぞ!…」
「…矛盾しているぞ!…」
と、言いたかった…
しかし、そう思って、高雄の顔を見ると、途端に、そんな気は失せた…
見るからに爽やかで、悪意など、まったく感じさせない顔…
その顔を見ると、途端に、言う気が失せた…
いや、
言えなくなった、というのが、正しい…
なんだか、そんなふうなことを言う私の方が悪い人間のような気がしてくるのだ…
私が、まっすぐに、高雄を見ていると、
「…どうしました?…」
と、高雄が優しく訊いた…
私は、高雄の言葉に、一瞬、悩んだが、
「…矛盾してませんか?…」
と、正直に言った…
「…矛盾? なにが、矛盾ですか?…」
「…だって、高雄さんは、私たち五人の中の誰かと結婚すると、言ったでしょ?…」
「…言いました…」
「…それが、一方で、女のひとから結婚を狙われてるなんて、おかしいでしょ?…」
私の言葉に、高雄は、
「…」
と、黙った。
「…矛盾してますよ…」
私は、トドメを刺した。
高雄は、口をつぐんだ…
どう言っていいか、わからなかったのだろう…
悩んでいるようだった…
「…お話が、済んだようですから…」
私は、椅子から立ち上がろうとした。
高雄はイケメンだが、なんだか、今の話で、すっかり、信用できなくなった…
こんなにも、堂々とウソをつく神経がわからなかった…
「…ちょっと、待ってください…」
高雄が、声を上げた。
それまでとは、打って変わって、声が大きくなった…
「…ボクの説明が、悪かったのかもしれません…」
高雄が言った。
「…説明が悪い?…」
「…そうです…」
「…どういうことですか?…」
「…ボクが今、竹下さんに言ったことは、矛盾しません…」
「…矛盾しない?…」
「…そうです…つまり、竹下さんたち五人の中の誰かと、ボクは結婚したいし、真逆に、五人の中の誰かが、ボクと結婚しようと、虎視眈々と狙っている…」
「…」
「…つまり、ボクが結婚したい女性と、ボクと結婚しようとする女性は、別人だということです…」
「…別人?…」
「…そう、別人です…」
「…別人…」
今度は、私がトーンダウンする番だった…
「…それが、私を含めて、五人の中にいるわけですね…」
「…ハイ…」
「…でも、私は、高雄さんと、面識はありませんよ…」
「…子供のときに、何度か会っただけですから、仮に竹下さんが、当事者でも、記憶にないだけです…会った時が、小さすぎます…たぶん、2、3歳の頃でしょう…」
「…2、3歳…」
たしかに、その年齢ならば、覚えてなくても仕方がない…
…だが、私は、ヤクザの娘じゃないぞ!…
それが、一体どうして、五人の中の一人に選ばれるんだ?
私は、そう言ってやりたかったが、まさか、それを口に出すわけには、いかない…
私は少し考えて、
「…でも、就活の面接で、両親が、どんな職業についているか、聞いたわけだし…」
と、婉曲に、言った。
私の言葉に、高雄は笑った…
その笑いは、それまでよりも、少しばかり悪意のある、毒のある笑いだった…
「…それは、当人には、わかりませんよ…」
「…当人にわからない? どういうことですか?…」
「…ほら、例えば、養子縁組とかあるじゃないですか? 血の繋がった実の親子だと思ってたら、実は、赤の他人とか?…」
「…」
「…当人は、知らない場合もある…」
私は、高雄の言葉に、
「…」
と、沈黙した。
それって、当人が知らないだけで、ホントは、ヤクザの娘だってこと?
ハッキリ言えば、私もその可能性もあるってこと?
両親が、実は、私と血の繋がってない、赤の他人で、私が、ヤクザの娘だっていう、可能性もあるってこと?
…ありえない!…
私は、思った。
私は、両親の子供で、ちゃんと血が繋がっている…
しかも、ウチは、平凡なサラリーマンの家庭…
親戚にも、当然、ヤクザはいない…
少なくとも、私ではない…
私が、高雄の想定する結婚相手ではない…
私は、考えた。
私の表情に気付いたのだろう…
高雄が、
「…竹下さん…自分は、違うと言いたいみたいですね…」
私は、
「…その通りです…」
と、言いたいところだが、やはり、
「…」
と、黙っていた…
なにか、ここで、反論しても、仕方のない雰囲気だった…
だって、高雄が、そう信じ込んでいるのだ…
これでは、なにを言っても、無駄だ…
「…竹下さんが、そう言いたいのは、わかります…実は、ボクも似たようなものです…」
「…似たようなもの? どういう意味ですか?…」
「…ボクも子供の頃は、別の家庭で、育ちました…」
「…別の家庭で…」
「…その頃は、今の生活なんて、想像もできなかった…まるで、夢を見ている気分です…」
「…」
「…でも、現実は違った…自分が思い描いた未来といえば、大げさだけど…なんとなく漠然と平凡な人生を送るものだと思っていた…それが…」
高雄の声のトーンが沈んだ…
それって、つまり、高雄も最初は、どこか、平凡な家庭で、育ったのに、実は、親がヤクザであるとわかって、元のヤクザの親元に戻されたってこと?
私は考えた。
「…いずれにしろ、誰もが、自分の思い描いた未来を生きることはできない…誰もが、まったく、思ってもみない人生を生きることになる…と、そこまでは、言いませんが、一部の人間は、明らかにそうでしょう…」
一部の人間がそう…
それが、自分だってこと?
私は、思った。
「…だから、竹下さん…入社を取り消すなんて、言わないでください…」
「…別に…私はなにも…」
「…いえ、竹下さん、だけじゃない…先日、集まった五人全員、杉崎実業に入社してもらいたいのです…」
「…それは、高雄さんが、結婚相手と出会う機会がなくなるから…」
私は、遠慮なく言った。
「…それもあります…」
高雄が頷く。
「…でも、わかって頂きたいのは、ボクにとっても、それは、もろ刃の剣だという事実です…」
「…もろ刃の剣?…」
「…さっきも言ったように、ボクを狙う敵もいるってこと?…」
「…敵もいる?…」
「…そして、その中に結婚相手もいる…」
高雄が微笑む…
…なんだか、ややこしくなってきたな…
私は思った。
推理小説は、昔から好きだが、自分が経験するとなると、違う…
あれは、あくまで、見るだけ…
読むだけだ…
自分が、当事者になると、話が違う。
誰だって、これは同じだろう…
私より、十歳以上年上の女は、不倫をテーマにした小説や、ドラマを好きで見ているが、自分が、実際、不倫をして、ドラマのような修羅場を経験するとなると、話が違う…
不倫は大抵、家庭の崩壊を見る…
男も女も相手の顔を見るのも嫌になり、結婚生活は破綻…
その結果、別れる…
すると、どうだ?
男の場合はまだしも、女の場合は、生活レベルが落ちるのが、大半…
男よりも女の稼ぎの方が少ないからだ…
いわゆるシングルマザーになり、子供の面倒を見る場合も多い…
生活レベルの下落は、即、不幸につながる。
お金があっても、幸せとは限らないが、お金がない生活は、まちがいなく、不幸だからだ…
私は思った。
そう、考えていると、
「…だから、竹下さん…約束してくれませんか?…」
「…約束?…」
「…来年、杉崎実業に入社してくれると…」
高雄が、そのイケメンの顔で、まっすぐに、私を見詰めて言った…
…なんて、イケメンなんだ!
私はあらためて、思った…
…なんて、いい男!…
竹下クミ、22歳…
こんなイケメンに、こんな間近で、見つめられるなんて…
ありえん!
ありえん事態!
まさに、天国!
天国だ!
思わず、
「…承知!…」
と、声に出した。
よく考えずに、口に出してしまった…
自分でも、ちょっとばかり、焦ったが、口に出してしまったものは、仕方がない…
「…では、ボクも承知ってことで…」
高雄が、爽やかに、笑いながら、言った…
と、同時に気付いた。
これでは、まるでデート商法だ…
一昔前に、男に、女が、デートを名目にして、高額な宝石を買わせる商法があったが、それと同じだ…
要するに、ちょっとイイ女が、真面目そうで、いかにも女に縁がなさそうな男をデートに誘い、自分の勤務する宝石店の宝石を買わせる…
男は、女の口車に乗せられ、つい購入してしまう…
が、女は、それが目的…
女とは一度デートしただけで、その後、男が、どんなに女に連絡を取ろうとしても、二度と、デートはしない…
あくまで、思わせぶりに、男をその気にさせて、宝石を買わせるのが、目的であり、その目的は、果たしたからだ…
私は、それを思い出した。
そして、私の場合は、それが、女ではなく、男であるということ…
イケメンであるということだ…
目の前に、イケメンが、私を誘ったばかりに、つい、わけもわからず…
前後の見境もなく、
「…承知…」
と、呟いて、しまった…
まさに、竹下クミ、一世一代の不覚…
悔やんでも、悔やみきれない不覚だった…
私は、自分の行動を悔やんだが、後の祭りだった…
なにより、どんなに冷静で、頭がしっかり、動いていても、高雄のようなイケメンに口説かれては、この竹下クミに、抗うことは、不可能…
抵抗するのは、不可能だった…
高雄は、あまりにも、イケメン過ぎた…
それが、原因だった…
つくづく、自分は、イケメンに弱い…
そう思い知らされた、一日だった…
後年、そのときのことを振り返ると、ただ冷や汗が出る…
忘れたい記憶だった(涙)…
あっては、ならない記憶だった…
二十年後、三十年後に、子供が成人して大人になり、それが、男であれ、女であれ、
「…ルックスのいい相手には、気を付けるように…」
そう釘を刺す、出来事だった…
しかしながら、それも、人生…
竹下クミの人生だった…
私は、その後、家に戻り、今日の出来事を総括した。
要するに、高雄は、おそらく、ヤクザの息子…
なんらかの事情で、ヤクザの息子になり、父の経営する会社の専務になっている…
しかし、今回、子会社の杉崎実業の入社で、五人の女を採用した。
この五人の女は、皆、身長もルックスも似通っている…
それは、採用する側に、明確な意図=目的があったから…
つまりは、おそらく、親がヤクザであることを知らないが、実は、父親が有力ヤクザの娘が、その中にいる…
その娘と、高雄は結婚しようとしているのではないか?
今の時代、暴力団の抗争は、御法度…
だから、別の形で、勢力を広げようとしているのではないか?
それが、有力組長の娘との結婚…
子供同士が結婚して、婚姻関係を結び、それを契機に、勢力を広げようとしているのではないか?
また、真逆に、同じ目的で、高雄に近付いてくる女がいる。
それが、おそらく敵対する暴力団の娘で、高雄と結婚して、高雄の父親の組織を乗っ取ろうとしているのではないか?
私は、そう見た…
私は、そう睨んだ…
つまりは、私を含め、五人の中に、高雄の敵も味方もいる…
そして、なにより問題なのは、ルックスが似通っていることだ…
だから、高雄も誰が敵で、誰が味方か、わからないに違いない…
いや、
味方ではない…
高雄は、自分の狙ったターゲットの女と結婚しようとしている…
言葉を変えれば、その女を食おうとしている…
食うというのは、それを手にすることで、自分の得になると言うこと…
真逆に、私を含め、五人の女の中には、高雄を食おうとしている女がいるということ…
高雄を狙って、結婚を仕掛け、高雄の父親の組織を乗っ取ろうとしている女がいるということだ…
実にスリリング…
スリリングな展開だ…
私は、思った…
高雄が、五人の中から選んだ、相手が、正しければ、高雄に有利…
間違えば、圧倒的に不利になる…
なにしろ、高雄が食われる展開になるのだ…
実にスリリングな展開だ…
まさに、究極の花嫁選びだった(笑)…
…面白い…
…実に、面白い…
私は、思った。
高雄には、悪いが、実に、面白い…
だって、そうだろう…
自分が、五人の中から、結婚相手を選ぶというのに、その中の一人は、真逆に、高雄に選ばれたフリをして、実は、高雄をあらかじめ、狙っていた…
まさに、推理小説を地で行く展開だからだ…
これが、面白くなくて、どうする?
そう考えると、私は、ワクワクした…
血沸き肉躍るという言葉があるが、まさにそれだった…
実のところ、前にも言ったが、私は、暴力が苦手…
ヤンキーもヤクザも苦手だった…
でも、格闘技は好き…
だが、これは、矛盾しない…
私の中では、矛盾しない(笑)…
って、いうか、野球やサッカーよりも、一対一だから、わかりやすいし、事実、ルールも簡単…
素人でも、わかる…
それが、理由だった(笑)…
特に相撲が好き…
なぜって、誰も口にしないが、相撲は、至って、現代的な競技だと思う。
なぜって、一分も経たないで、勝負がついてるから(笑)…
現代人は、過去に生きた、どの時代の人よりも、忙しい…
変化が激しい…
そのせいだろうか?
例えば、ゴルフは、人気がない…
18ホールも、ダラダラと続けるのを、人が嫌がる…
やるのも、見るのも、疲れるからだ…
先日は、たしか、ヨーロッパの若いプロゴルファーが、半分の9ホールにすればいいと言っていたと、聞いた…
長すぎて、若い年代に、人気がないのを、自覚しているからだ…
私は、ひどく、その意見に納得した。
だから、相撲だ!
一分もしないで、勝負が決まる…
話はそれたが、そういうことだ…
私は、家に戻って、真っ先に、自分が、両親の本当の娘かどうか、聞いた…
当たり前のことだ…
高雄は、あの五人の中で、ヤクザの娘がいるが、それが、養女になっていて、当人にもわからないのでは? と、語った…
だから、とりあえずは、まず、自分の親に、聞くのが、一番だからだ…
もっとも、私にとっては、それは、無駄足というか…
今さらだった…
私が、両親の娘でないはずはないし、なにより、私の家庭は平凡だった…
ザ、平凡だった…
「…なにをバカなことを…」
母が、言った。
「…オマエが、ヤクザの娘のはずがないじゃないか?…」
当たり前のことだった…
父に訊いても、答えは、当然、同じだった…
「…ウチは、みんな親戚を含めて、真面目を絵にかいたような人間ばかりだ…ヤクザなんて、いるはずがない…」
と、怒っていた…
これも、当然の反応だった…
しかし、しかし、だ…
だとすれば、当然、私同様、残りの四人も同じではないのか?
誰もが、自分が、ヤクザの娘であるという自覚がないのではないか?
いや、
あるのかもしれない…
少なくとも、あの大場に至っては、その可能性が高い…
なぜなら、フロント企業という言葉を知っていた…
私を含め、他の4人は、フロント企業という言葉なんて、知らなかった…
私は、思った。
と、言いながらも、一方で、高雄が、ヤクザの息子であることを、私を含め、五人全員が気付いている可能性が高い…
ならば、これはどう説明する?
私は、考える。
やはり、皆、謎がある(笑)…
自分自身をさておいて、皆、怪しい…
現に、あの大場と争った、林という女もまた、気が強そうだった…
なにしろ、あの大場と争うぐらいだ…
気が弱いわけがない(笑)…
私なら、黙って、大場に従う(笑)…
不用意に、敵を作るのは、私の生き方ではない(笑)…
また、残りの二人も、気が強いか否かは、ともかく、頭は良さそうだ…
ヤクザの娘であることを、隠す、隠さないで、二人とも、理路整然と、自分の意見を主張した…
つまり、バカはいないということだ(笑)…
一度会っただけだが、私を除いて、冷静に見ても、高雄にとって、誰を選んでも、ハズレはないと思った…
人間は、一度会えば、大体の能力はわかる…
私は、まだ二十二歳の大学生だが、バイト先で、自分よりも年上の人を見ても、男女を問わず、高卒か、大卒か、なんとなくわかる…
別段、その人間が、どんな学歴か明かさなくても、なんとなくわかる…
どうしてわかるかといえば、やはり、その人間の言動だろう…
こんなことを言うと、差別になるという人間がいるが、歳をとっても、学歴は隠すことができない…
まして、若いコは、余計にわかる…
言動がストレートに、学歴に直結する。
歳を取れば、ある程度ごまかしが効くが、これも、ある程度、接していれば、普通はバレるものだ…
わかりやすく言えば、大学なら、早慶レベルか、日大レベルか、Fランレベルか、わかるものだ(笑)…
ただ、それを口にするか否か、だけだ(笑)…
態度に出すか、否か、だけだ(笑)…
私を除いても、あの高雄のお嫁さん候補の4人に、バカはいそうになかった…
仮に、私が男でも、あの4人をお嫁さんにしても、ハズレはないに違いない…
そういう意味では、高雄は、ついている…
自分が、選ぶ女の中にハズレがいない…
これは、ついている…
普通は、自分が、言葉は悪いが、自分勝手にというか、自由に、相手を選ぶものだが、高雄の場合は、制限がある…
つまりは、私を含め、5人の中から、選ばなければならないということだ…
ルックスは、皆、似通っているが、頭もそれなりにある…
性格も大場のように、見るからに、気が強そうな女もいるが、さりとて、大場とて、そんなに性格が悪そうではない…
学歴同様、性格もまた、一度接すれば、大抵はわかるものだ…
長時間接しなくても、この前のように、一時間以上、同じ部屋にいて、話をすれば、なんとなくわかるものだ…
性格に難がある人間は、一時間も話をしていれば、すぐにわかるものだ…
類は友を呼ぶ…
誰もがそうだが、同じような性格の人間同士が集まる…仲良くなる…
その方が、居心地がいいからだ…
会社でも学校でも、似たような性格の人間同士が集まる…
グループを作る。
だから、性格が良さそうな人間は、性格が良さそうな人間と、いっしょにいるし、性格が悪そうな人間は、やはり性格が悪そうな人間と、いっしょにいるものだ…
これは、老若男女を問わない…
そして、誰もが、自分をそれほど、悪い人間とは思わないものだ…
傍から見れば、性格が悪い人間の集まりに見えても、当人たちは、露ほども、そんなことを思っていないフシがある(笑)…
誰もが、そんなものだ(笑)…
私もすでに22歳…
少なくとも、あの内定に集まった私以外の4人を見て、性格がいいか、悪いか、わからないほど、愚かではない…
私は、思った。
翌春、私たち五人は、杉崎実業に入社したと、言いたいところだが、話は、そんなに単純ではない…
私自身は、週3回、近くのコンビニで、バイトしていた…
どうしても、バイトとなると、飲食業が多い…
っていうか、バイトは、皆、接客業になるのが、大半だ…
スーパーや、コンビニ、ファミレスなど、どうしても、学生は、その中からバイト先を選ぶのが、大半だ…
いや、学生だけではない…
主婦も、フリーターも同じだろう…
私自身は、安易というか、家から近いという理由だけで、そのコンビニで、バイトをしていたが、そのときに、偶然、林を見たのだ…
あの大場と、言い争いをした林だ…
私自身は、最初、気付かなかったが、林の方が気付いた。
出会いは、偶然だった…
いや、偶然か、どうかは、わからない…
私は、ただレジを打っていて、お客さんが、偶然、林だったのだ…
林は、私を見て、驚いた。
どこかで、見た顔と思ったのだろう…
どうしても、コンビニの制服を着ていると、一瞬、わからなくなる…
この前、会った時は、私は、黒のリクルートスーツ…
これは、林も同じだった…
だから、一瞬、わからなかった…
これが、真逆に、スーパーでも、コンビニでも、制服を着て、レジを打っている姿しか見ていないと、今度は、街中で、会っても、わからなくなる…
普段着でいる姿を見たことがないからだ…
とにかく、どんな服装をしているのかは、重要だ…
いつも、その姿しか見ていないと、どうしても、戸惑う(笑)…
私と林は、コンビニの店員と、お客さんという関係で、再会した…
私が、ろくに、お客様の顔を見ず、商品をレジ打ちして、
「…1250円です…」
とか、言って、相手が、財布から、お金を出したときに、お互いが、顔を見合わせて、
「…あっ!…」
と、小さく、呟いて、わかった…
なにより、同じ顔とまでは、言わないが、似ている…
身長も、顔も体型も、似たような感じ…
姉妹と言っても、誰も驚かない…
「…ここで、バイトしているんだ…」
林が、小さく、呟いた。
私は、コクンと、首を縦に振って、頷いた…
さすがに、バイト中では、お喋りはできない…
それに、同じ店内に店長もいたのが大きい…
少しの会話ならば、できるが、やはり、それが、ベラベラ喋られては、店長にとっては、たまったものではない…
だから、私自身、バイト中は、友達が、偶然、顔を見せても、あまり話をしなかった…
いや、話をしないのではない…
話はするが、最小限に留めていたのだ…
林もまたバカではない…
当然、そんな私の事情もわかっている…
そのときは、そんな感じで、別れたが、それから、林は、ときどき、店に顔を見せるようになった…
私は、驚いたが、さりとて、無下にもできない…
これから、来年、同じ会社で、働く同僚になるからだ…
なにより、何度も顔を会わせるうちに、次第に会話を重ねてゆき、なんとなく気心も知れてきた…
林自身がまた性格が悪くないこともある…
いや、それを言えば、大場を含め、杉崎実業の内定者五人の女子で、一目見て、性格が悪そうな人間は、誰もいなかった…
私と林は、何度も顔を会わせるうちに、互いのケータイの電話番号を教え、メールアドレスも交換した…
いわば、友達になったのだ…
そのうちに、林が、私に言った。
「…杉崎実業って、この前も話したように、ヤクザのフロント企業の噂があるけど…」
私に訊いた…
私は、コクンと首を縦に振って、頷いた…
ちょうど、そのときは、店内に、お客様は、林しかいなかった…
だから、そんな会話もできたのだ…
「…でも、私は、杉崎実業しか内定をもらってないし、今から、就活をしても、ロクな会社は残ってないし…」
私は言った。
林は、私の言葉に、
「…それは、私も同じ…」
と、小さく答えて、黙った…
それから、少し間を置いて、
「…でも、それは、みんな同じだと思う…」
「…みんな同じ?…」
私は驚いた。
なにに、驚いたかといえば、林がそう言う以上は、林は、私以外の他の3人とも、連絡しあう仲だということだ…
「…他のコに訊いたの?…」
林は、黙って、首を縦に振って、頷いた。
…そうか!…
…そういうことか!…
私は、思った。
おそらく、私を含め、全員が、あの杉崎実業が、ヤクザと関連がある会社であることを、事前に調べている…
掴んでいる…
にも、かかわらず、あの内定式に顔を出したということは、残りの4人も私同様、他社から内定をもらっていないからに違いない…
だから、事前にあの杉崎実業が、一部上場企業にもかかわらず、ヤクザのフロント企業と言う噂があっても、あの内定式に顔を出した…
そう考えれば、納得できる…
誰もが、ヤクザのフロント企業という噂がある企業に入社するのは、嫌だが、他社から内定を得られないのであれば、杉崎実業に入社するしかない…
そういうことだ…
それに、杉崎実業は何度もいうように、一部上場企業…東証一部上場企業だ…
いわば、一流といえば、大げさだが、世間的には、合格…
親も親戚も喜ぶというか、安心できる…
私が、そんなことを、考えていると、
「…竹下さんは、あの会社に来年入る?…」
と、ストレートに、林が訊いた。
私は、無言で、首を縦に振った。
「…他にいい会社が受かれば、いいけど、この時期じゃ、もう厳しいし…」
私の言葉に、林は、
「…」
と、黙った。
言葉が見つからないというか、林もまた、私と、同じ思いだったからに他ならない…
そんな思いで、私と林がいると、他に店内にお客様がやって来たので、私と林は、話を中断した…
そのときは、それだけだった…
が、まもなく私は、林の正体と言うか、実像を知ることになった…
林の正体と言うか、実像を知るきっかけになったのは、偶然…
まさに、偶然のたまものだった…
私自身は、いつものように、自宅付近のコンビニに、出勤するために、急いでいた…
その日は、偶然、用事があって、たまたま、いつもの時間に出勤できなかった…
30分以上、遅れての出勤だった…
私は自分で言うのもなんだが、結構責任感が強い性格…
バイト先で、30分出勤が遅れることで、店に迷惑がかかることを、恐れるというか、嫌がる性格だ…
誰もが、働いてみれば、わかるが、コンビニに限らず、例えば、3人で、やる仕事を2人で、やるとすれば、当然、忙しくなる…
当たり前のことだ…
コンビニは、働いたことのある者ならば、わかるが、結構忙しい…
例えば、あまり売れてないような店でも、やることが、いっぱいあるものだ…
私が、働くコンビニは、お世辞にも、繁盛しているようには、見えなかったし、事実、それほど、売り上げがなかった…
そのせいだろう…
私が、シフトに入る時間は、私を含め、3人が、普通だった…
だから、それなりに忙しい…
要するに、少人数で、店を回しているので、一人欠けると、余計に忙しくなるのだ…
自分でも、それがわかっているものだから、遅刻するのは、気が引けた…
私が、出勤が遅れた分、二人に迷惑をかけるからだ…
だから、私は、ハァーハァーと息を切らせながら、小走りで、店に急いだ…
と、そのときだった…
いかにも、金持ちが乗りそうな、黒塗りの大きなクルマが、目についた…
いわゆる、社用車というか、会社のお偉いさんが、乗るタイプのクルマだ…
正直、私には、あまり縁のないクルマだった(笑)…
私は、珍しいなと、思いながら、なにげなく見ていると、そのクルマが、停まって、中から人が降りた…
それが、なんと、あの林だった!
どういうことだ?
私は、思った…
なぜ、林が?
そう思って、私は、林を凝視した…
と、言いたいところだが、真逆に、慌てて、身を隠した…
なんとなく、見てはいけない光景を見てしまった気がした…
同時に、気付いた…
これまで、なぜ、林が店に一度もやって来たことがないにもかかわらず最近やって来るようになったか?
その理由を考えた。
コンビニは、普通、近くに住む人間か、自分の通う会社や学校が近くにあるなど、要するに、自分の行動するテリトリー内にあるから利用するか、あるいは、主要な幹線道路沿いか、観光地など、普段は、利用しないが、そのときは、近くにあったから、たまたま利用したかのいずれかだ…
そして、私の勤務する店は、当然、観光地でも幹線道路沿いでもない…
つまりは、普段店に出入りするお客様の大半はリピーターであり、いつも見知った顔だった…
どこの誰とも知らないが、大半は、見知った顔だった…
そんな店に、突然、林が現れたのは、おかしい…
ゆえに、普通に考えれば、私を目当てに、店を訪れたと、考えるのが、自然…
自然だ…
だが、だとすると、一体なにが目的で、私の元にやって来たか?
私は考える。
悩む。
普通に考えれば、自分以外の杉崎実業の内定者の動静を探るためと、見ていい…
考えていい…
自分以外の内定者を探るとは、一体、なんのためだ?
私は、考える。
そして、高雄を思った…
高雄は、自分は狙われてると、言っていた…
自分を狙って、この杉崎実業に入社して、高雄に近付き、高雄と結婚して、いずれは、高雄の父親の組織ごと、乗っとる…
そう、ほのめかした…
高雄は、はっきりとは言っていないが、私は、そう解釈した…
ずばり、見抜いた…
そして、何度も言うように、高雄の目的もまた同じ…
私たち五人の中に、有力ヤクザの組長の娘がいて、その娘と結婚して、その父親の組織を吸収合併して、自分の父親のものにしようとしている。
いわば、食うか、食われるかだ!
まさに弱肉強食の世界だ…
まるで、ジェラシックパーク=巨竜の世界だ(笑)…
だが、笑ってばかりでは、いられない…
私自身は、ヤクザの娘でもなんでもないが、林が、そんな行動をしているとなると、やはり、林を警戒する。
いや、
警戒するもなにも、林が、ヤクザの娘じゃないのか?
でなければ、林は一体何者なんだ?
どうして、あんな黒塗りの高級車に乗っているんだ?
私は、考える。
謎がある…
私は、林について、考えていたが、いつまでも、考えているわけには、いかなかった…
コンビニに出勤しなければ、ならないからだ…
私が、
「…おはようございます!…」
と、言って、コンビニに出勤すると、すでに店内にいた林が、チラッと私を見た…
私は、すぐに、林の視線に気付いたが、無視した…
っていうか、どう対応していいか、わからなかった…
林には、謎があり過ぎる…
まさか、あんな高級車に乗って、わざわざ、私のバイト先に現れるなんて?
謎過ぎる!
私は思った。
私は、コンビニの制服に着替えて、店内に出た…
すると、すぐに、私の視界に林の姿が見えた。
林は、雑誌を立ち読みするフリをして、チラチラと、いつ私が店内に、姿を現すか、見張っていた…
私は、いつもなら、すぐにでも、店内の商品を補充するフリをしながら、林の元に行くのだが、その日は、遠慮した。
率直に言って、どう対応していいか、わからなかった…
本当ならば、さっき見た、林が黒塗りの高級車から降りた姿を忘れたフリをして、いつも通り、林に接するのが一番の得策…
いつも気安く、林に話しかけるのに、それをしないのは、かえって怪しまれる…
自分でも、それはわかっているが、どうしても、私は、それが嫌だった…
できなかった…
私が演技派ではない…
あらためて、わかった…
つまりは、嫌いな人間に、いかにも好きなフリをして、接するのは、私には、不可能…
できない…
私が、これまで、22年間生きてきて、そういう人間を間近に見たことが何度かあった…
そして、そのときに思ったことは、人間は案外気づかないものなんだということだった…
陰で、その人間の悪口を言い、真逆に、その人間に接するときは、ニコニコと、愛想がよい…
まるで、親友のように接している…
そして、そういう類の人間は、女に多かった(笑)…
さすがに男で、そこまで露骨に豹変する男は、見たこともなかった…
陰で、悪口を言い触らされる女に、
「…バカ! オマエは、陰で、いつもあの女に悪口を言われてるんだぞ!…」
と、思わず、口走りそうだったことが、一度や二度のことではない…
しかし、言わなかった…
理由は、色々あるが、やはり一番の理由は、悪口を言われている女が、性格に難があり、周囲から嫌われてる場合が多かったからに他ならない(笑)…
つまりは、悪口は言われてる女は、誰からも陰口を叩かれているが、さすがに露骨に、周囲から、嫌われている態度は示されていない…
だから、本人は気付かない場合が多い…
むしろ、嫌っている女の方が、身近に接して、陰で、その女が気付かないことを、バカにしている場合が多かった…
私は、それを思い出した。
そんなことを、考えていると、
「…竹下さん…」
と、林が声をかけた。
私は、驚いたが、あくまで、想定内…
想定内だった…
だが、自分から、なにを言っていいか、わからなかった…
「…今度、うちに遊びに来ない?…」
林が言った。
私は、内心ビックリしたが、
「…いきなり、そんなことを言われても…」
と、返事を濁した。
なぜ、いきなり、林が、そんなことを言うのか、わからなかったからだ…
ずばり目的が、見えなかったからだ…
どうしても、林の正体を考えてしまう…
疑ってしまう…
「…そうね…その通り…」
林は自分自身を納得させるように、呟く。
私は、言うべきかどうか、悩んだが、
「…林さんって、もしかして、お金持ち?…」
と、直球の質問をした。
いずれは、しなければいけないと思ったが、今が言うべき時か、わからない…
だが、つい、口から出てしまった…
「…どうして、そう思うの?…」
「…さっき、黒塗りの高級車から、降りてくるのを、偶然見て…」
私の言葉に、
「…」
と、林は一瞬、絶句したが、
「…そう…」
と、短く呟いた。
「…それを含めて、竹下さんに話したいの?…」
と、林は言った。
私は、悩んだが、
「…スマホのメールで、都合がいい時間を知らせる…」
と、答えた。
これが、一番、無難な答えに思えた。
メールならば、自分の都合のいい時間を知らせられるし、極端な話、嫌ならば、どうしても都合が合わないとか、なんとか言って、断ればいい…
そして、何度も断れば、当然、林も、私が会いたくないんだなと、察するだろう…
我ながら、いい案だった…
「…わかった…」
林は言って、私の前から去った…
それから、私は考えた。
林に会うべきか、否か、考えた。
…会って、どうする?…
いや、そうではない…
…なぜ、会わない?…
いや、
…なぜ会いたくない?…
私は、冷静に考えると、悩む理由がなかった…
断る理由がなかった…
私が林と会ったところで、なにか、私に不利になるとか、そんなことは、なにもない…
私が、林に会いたくない理由は、ずばり嫉妬だ…
林が、金持ちのお嬢様だから、会いたくないのだ
…
冷静に考えると、自分でも、意外な答えというか、本音だった…
と、同時に、恐れがあった…
自分とは、違う世界に住む、お金持ちが、私を自宅に招く。
そこに、どんな目的があるのか、わからない…
どんな罠があるのか、わからない…
高雄は、おそらくヤクザの息子…
その高雄が選んだ五人の女…
冷静に考えれば、いずれもワケありの女に決まっている…
現に、林は、黒塗りの高級車に、乗っていた…
あれは、もしかしたら、ヤクザのクルマではないのか?
私は再びそう思った…
林が金持ちの娘であることは、わかった…
しかし、金持ちであるが、同時にヤクザの娘である可能性も高い…
いや、それはないか?
林がヤクザの娘であれば、私を自宅に招くわけがない…
となると、林はただの金持ちのお嬢様か?
私は、悩んだ…
<続く>




