第三十夜 共犯者
「おい、やばいよ。 あの人、死んだんじゃないか?」
漸く復活した雄二は、俺たちを襲ったあの男が流されて行き、姿が追えなくなって怖くなったのか、腹の辺りを押さえながら双葉の所にやってきた。
「俺が、川に落として殺したのか?」
「そうじゃない。私がバットで殴ったのよ」
「止めろ、但馬も香織も」
二人が罪をかぶる必要はない。
俺は香織が必死になって奈央を守るためにバットで殴ったことも、双葉が香織を守るために川に突き落とした事も、どちらかのせいにすることなんてできないと思った。
「お前たちは悪くない。ああでもしなければ、奈央はどうなったか」
川原に降りてきたみんなは押し黙っている。
沈黙を破ったのはさっきまで恐ろしくてうずくまっていた麻里奈だった。
「でもさ、あの人が死んだら、どこかで発見されるじゃない? そしたら結局アタシたち、逮捕されるんじゃないかな?」
「わかりやしないよ」
雄二は根拠もなく断言した。
「仮に俺たちが疑われたとして、先に襲ってきたのはあの人だ。なんだっけ? そ、そうだ『正当防衛』を主張すればいいんだよ」
俺は気の利いたことを言ったつもりだったのだが、双葉によって否定される。
「禎元、わるいけど、それは困るんだ」
「なんでだよ?」
「俺のお父さん、市会議員だろ? どんな事でも、息子の俺が警察につかまったりするのはダメなんだ。それにさ、」
「それに、なんだよ?」
「それに、三谷さんがバットで殴ったことだ。正当防衛っていうけど、どうやって証明すればいいんだ?」
確かに事態はややこしくなる。
「あの人が仮に死んで、どこかで発見されたとしても、僕たちにつながる証拠なんてどこにもないんだよ。あと、僕らにもあの人と何かがあった証拠もない」
確かにそうだ。
俺と双葉は頬が少し赤くなっているが主だった外傷はないし、雄二は腹を蹴られていて一見わからない。
香織にも麻里奈にもあの男と接触した痕跡はなかった。
唯一手首を掴まれた奈央だが、目立つような跡は見受けられなかった。
「みんな本当にすまない。僕らには、『何もなかった』ことにしよう。これはみんなの将来のためでもあるんだ」
それを聞きながら俺は少々腹が立っていた。
自分のことばかりで、身勝手な奴だ。それに楽観的過ぎる。
「生きていたらどうするんだ? あいつは絶対に俺たちを探し出す。やっぱり警察に行ったほうが…」
そう言いかけると、後ろから声がした。
「おーい! お前たちー! ポストの順番を勝手に変えたらだめじゃないかー!」
川嶋先生が追いかけてきた。
だめだ。これ以上この話をすることは出来なくなった。
これで僕ら六人は全員《《共犯者》》になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜のキャンプファイアーでは、俺たちは全員無言で過ごした。
クラスのみんなは、俺たちの事をオリエンテーリングでズルをして先生に怒られた奴らという認識だった。
怒られて凹んでいるだけだと思われたみたいで、からかって来る奴もいたが、俺たちの心中はそれどころではなかった。
いつあの男は遺体で発見されるんだろう。
あの男の遺体から、僕らにつながる証拠が見つかりはしないか。
警察がいきなりここにやってきたらどうしよう。
俺はキャンプファイアーが終わり風呂の時間になった時、双葉と雄二を一緒に風呂へ入るように誘った。
「なあ、俺たち、どうなっちゃうんだ?」
雄二が心配そうに聞く。
「わからないさ。俺が怖いのはむしろあの男が生きているかもしれないってことだよ」
俺はそう答えたが双葉は、
「死んださ。いくら香織に力が無いからといっても、あの人耳から血を出してたし言葉もなんか変だったよ」
妙に自信ありげに断言して続けた。
「ああいう男は、死んで当然だろう」
◇ ◇ ◇ ◇
風呂から上がると、点呼が終わり各部屋へ生徒は行き、就寝の準備だ。
風呂の中では一言もしゃべらなかった香織達三人だったが、部屋の違う奈央だけ香織と麻里奈の部屋の前に来てひそひそ話をしていた。
「アタシ、人殺しになっちゃった」
香織は自分のやったことを悔いてはいなかったが、バットで人を殴ったという事実の重さに誰かに救いの言葉をかけて欲しくてそう呟いた。
「香織ちゃんが助けてくれなかったら、私が今頃ひどいことになってたよ。ありがとう。本当にありがとう。だから私、絶対にこのことは言わないから」
奈央はそう言って慰めた。
麻里奈は黙っている。
「麻里奈ちゃんはどうなの?」
奈央が促すと、
「アタシ、怖くて何もできなかった。香織が悪いなんて言う資格はないよ。何もできなくて本当にごめんなさい」
麻里奈は、かつて父親から受けた暴力がフラッシュバックして固まってしまったのだ。
「この件は、私たちの秘密にしましょう。誰にも、誰にも言ってはダメよ」
強い眼差しで奈央が二人の顔を交互に見ながら言った。
「でも、あの人が生きていたら…」
香織が言いかけると、見回りの先生が廊下の向こう側で叫んだ。
「あなたたち! いい加減に部屋に入りなさい! 消灯時間はすぐですよ!」
「はーい!」
三人は声をそろえて返事をした。
「それじゃあ、奈央、また明日ね」
「麻里奈ちゃん、三谷さんもまた明日」
そう言って自分の部屋に向かう奈央の顔には、涙がとめどなく流れていた。




