第二十五夜 招かれざる客
三日間の期末考査が終わった。
毎日煩悩に悩まされて、徹夜も続き、疲れ果てて試験を受けた割には、出来は可もなく不可もなくと言った所だった。
急に出来が良くなることは無いし、そんなに悪くなることもない。
香織は相変わらず優秀だ。自己採点では9教科とも9割は点が取れていると言っていた。
それでも上には上が居る。A組に、開業医の息子がいて、常に学年で一位の成績なんだとか。
そいつは今回も平均点が95点を超えていると吹聴して回っていたようだが、一度だけ香織がそいつを抜いて一位になった事があった。
余程悔しかったのか、クラスも違うのにネチネチと何か言いに来ていたのを覚えている。
その時は双葉が何やらその医者の息子に耳打ちして、それ以来、香織には一切近づこうとはしなかった。
双葉が何を言ったかは、双葉とそいつしか知らない。とにかく医者の息子 ―― 倉科直己というが ――は、蒼ざめた顔をして一目散に逃げていったっけ。
その時俺はアイツを敵にしなくて良かったと心から思った。
先生達は採点期間に突入した。
したがって学校は自主学習として休校になる。
わずか二日間とはいえ、疲れた頭と身体を休めるには打ってつけだ。
が、富士坂FCの筧コーチは学校の許可を得て台風の水の引いた赤笹川河川敷のフットサルコートに俺、双葉、雄二、そして柊を呼び出していた。
台風一家のあの暑い日が嘘のようにここ毎日北風が吹いて寒い。
俺はアンダーウェアの上に練習用のユニフォーム、ピステ(薄手の防風ウエア)を着込んで、手袋にネックウォーマーの完全防備で練習に出た。脚には当然スパッツを履いている。
ストレッチと柔軟体操が終わると、直ぐに地域リーグに向けた戦術練習が始まった。
山田さんは、「今回、柊にトップ下を任せたい。いいな、柊」と柊に告げた。
「分かりました」と柊。
俺は双葉を横目で見た。
下の唇を噛んで悔しさを押し殺しているようだ。
「双葉、お前はダブルボランチの左に入れ。それから…」
山田さんがそう言うと双葉は不服そうな顔をするかと思ったが、意外とやる気に燃えている顔だ。
俺は良かった、と思いながら双葉の顔を見ていて、山田さんが次に言った言葉を聞き流す所だった。
「晴矢、お前右のボランチな」
雄二がすかさず反応して、「おい晴矢、お前良かったじゃん!」
と言ったが聞いていなかったから何が良かったんだ?と言う顔をしていたら山田さんに怒られた。
「いつまでも秘密兵器のままでは居させねえぞ。晴矢。しっかりな!」
もちろん嬉しいけど、いきなりスタメンの役割が回ってくるとは思ってなかったから、どう言う顔をして良いか分からなかった。
俺と柊がスタメンになったから、武蔵山一中の哲史と、富士坂中の草間が落ちたからだ。二人とも本当に頑張っていたし、前までのフォーメーションではその役割をしっかりこなしていたんだ。
「晴矢、やったじゃん」
哲史が祝いの言葉をかけてくれた。
「いや、素直に喜べねえよ。お前より俺が上手いわけでもないのに…」
俺は半分照れ隠しで謙遜したようなことを言ったが、哲史は烈火の如く怒った。
「じゃあスタメン返上しろよ! 変な気を遣うなよ! 余計惨めじゃんか!」
筧さんも、
「嫌なのか? 晴矢。哲史に戻してもいいけど」
と冷たい視線を送る。
「やります! もう哲史にはポジション渡さねえから!」
やけくそになって叫んだ。
「最初からそう言っとけ! 俺も負けてねえからな」
哲史も顔を真っ赤にして叫び返してきた。
雄二は複雑な表情をしていた。
アイツだけまだスタメンに選ばれたことはなかったから。
山田さんが続ける。
「雄二、お前左のウインガーな」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする雄二。
「コーチ、どう言うことっすか?」
雄二は真意を尋ねた。
「お前、前より走れるようになったし。柊がお前を生かしてくれらと思うぞ。まあシンプルにいえばデコイ(囮)要員だよ。でもお前が調子良ければシャドーストライカー(影のストライカー)にもなれるんだぜ?」
雄二の顔は綻んだままだ。
良かったな、雄二。お前の努力も報われたって訳だ。
新しい布陣は、3-2-3-1だ。あからさまな柊のための布陣だった。
3バックなんて、やったことがない。
これ、実は俺たちボランチを合わせた5バックだったりして。
かなり高度な連携と強いインテンシティ(強度)が必要だ。
筧さんと山田さん、人身掌握術にも長けていていいコーチだと思う。これで俺も名門チームのスタメンになれる。
試験の疲れは一気に吹っ飛んだ。
基本練習が始まった。思った以上にダブルボランチは難しい。
頭では動きは分かっている。
相手がサイドに開いた時、中に切れ込んだ時の対応、ボールを上がってからケースバイケースでビルドアップするのか、縦に大きなバスを出すのか、自分でドリブルで上がるのか。
しかし、実際には瞬時に判断する必要があってなかなか思うようにプレーできない。
「サッカーは脚でやるんじゃない。頭だ!」
山田さんは何度も俺たちにそう言い聞かせている。
繰り返すうちに、考えたことがプレーに反映できるようになってきて、少しずつ自分でも手応えを感じてきた。
そうして新しいシステムの練習に没頭して、二日目の夕方になった。
そろそろ練習も終わる、そんな時。
土手の上に一人の男の姿を草間が見つけた。
「あの人、さっきからずっとお前のことを見てないか?」
草間にそう言われて雄二がその男を見ると、雄二は震えが止まらなくなったんだ。




