63 生命の木
「というわけで二人には使命を与える」
ルルに並列化のやり方を教わった。
私が並列化をすると、仮想空間のような場所に意識が移る。
そこにはマクラとフトンが待ち構えていた。
「マクラ、やることは一つだけだ。記憶の遺跡にある魔法陣に向かって全力で身体を伸ばし続けるんだ。遺跡に繋がったらそれぞれの大精霊と通じてくれ」
「りょうかいです!」
マクラがピシッと身体を伸ばしながら返事をした。
「フトン、君は私とマクラを取り込んむんだ。食べてはだめだぞ。
君はマクラの身体を使って魔力を隅々まで循環させるのが主な仕事だ。
大事なのは私が魔力に干渉できるようにすること。
マクラが遺跡と繋がったら、記憶の遺跡にある大量のミスリルを一気に取り込み、そして、思いっきりマクラを上に吐き出すんだ」
「はい、わかりました」
フトンがゆったりと身体を伸ばしながら返事をする。
「ねえねえ、ご主人様はどうするの?」
「どうしたマクラ? どうするとは?」
「その取り込んじゃったら、一体化しちゃうんじゃないの?」
「一体化しないと制御が難しいからな。なんせ世界を生成する装置からの情報を全て制御しないといけない。私は魔力操作ができない。それなら魔力操作に長けている君らと一体化したほうが楽だろう。
おそらく私の計算能力も上昇するはずだ。
まあ、一体化したら私自身がどうなるかはわからんが……」
「そっかー!わからないならトライアンドエラーだね!」
マクラとフトンは無邪気にそう言った。
トライ&エラー。この場合のエラーはかなりの致命傷になるが……。
私は次々と話しかけてくるこの二人を見つめた。
ペットというか、自分の子どものような気もする。
ふわふわの毛を纏った二人を撫でる。
キラキラとした目で私を見つめる。
親指にも満たない彼らを見つけ、なんとなく持ち帰って育ててみた。今では私の大事な家族のようなものでもある。この一連の出来事に、何らかの必然性もあったのではと、今ではそう考えている。
記憶の遺跡の中で、ルルと私は『生命の木』の準備作業を進めていた。
ルルは、一言も発さず次々と魔法陣を刻んでいる。
彼女は私に気づき、ニコリと笑う。そして、いつまでも作業を続けていた。
***
「準備はいいか?」
私はルルに問いかけた。
おそらくルルが一番大変だと思う。ルルには生命の木を『火の遺跡』から監視してもらい、異変があればすべてを調整してもらうことになっている。
私はルルの顔を見つめる。だいぶ疲れた表情だった。私と初めて出会った頃と比較すると、重ねた努力の跡が、その瞳には確かに刻まれている。
私はルルに近づきそっと彼女を抱きしめる。
いつもなら冗談を飛ばす彼女だが、今は何も言わず私の抱擁をじっと受け入れていた。いつの間にか私の背がルルに追いついていた。
私の頬がルルの頬と重なった。
頬から温かな湿り気を感じた。
「さてと......」
私はルルを抱きしめながら言った。
「師匠、行くのですか?」
「うん」
私はゆっくりと、そして短い返事をした。
「私は全力を尽くします。 安心してください」
ルルは声を震わせるが、その声にははっきりとした強い意志があった。
次の瞬間、ルルは声を出して泣いた。
そして、私を強く抱きしめた。
「愛すべき弟子ルル、本当にありがとう。
あなたとの日々は、私にとって宝物だ」
私はルルの瞳を見つめて言った。
ルルの瞳には涙であふれていた。
私は初めて彼女が泣くところを見た。
私はそっとルルカスの額に口づけを落とした。
***
「あと3分ほどで、魔力が溜まります」
記憶の遺跡に刻まれた魔法陣が淡く輝き出した。
マクラやフトン、そして私にその魔力が流れ込むと、次々に円環の紋様を満たしていく。
ルルの顔をもう一度見つめた。
「世界を救う可能性がある」と言った、出会った頃を思い出す。
彼女は今まさに、言葉の通り世界を救おうとしていた。
魔力が光の粒となり、蛍のように、そして夜桜のように舞い上がった。
その光景は、まるで新たな世界の誕生を祝福しているかのようだった。
「師匠! さようならは言いません。また会いましょう!」
ルルは大きな声で言った。
決め顔なのだろう、親指をあげて私に笑みを浮かべながら。
彼女はゆっくりと私に一礼する。
そして、自らの持ち場である『火の遺跡』へと転移した。
***
火の遺跡 ルル
地の遺跡 エルフのグリン
風の遺跡 エルフのミンカ
水の遺跡 マリアンヌ
それぞれの遺跡の解放者は『生命の木』となるスーを意識しながら魔力を極限まで練った。各遺跡からは淡く光る魔力の道筋がゆっくりと生命の木へ向かっていった。
地の遺跡では、グリンと他のエルフたちが呼吸を合わせながら魔力を開放する。
「この大地全体に魔力を這わすように、スーがしっかりと進めるようにするんだ」
グリンは他のエルフたちと大精霊トーチに注意深く言った。
グリンは目の前の魔力の道筋に集中しているが、胸の奥では不安と覚悟が静かに揺れていた。
風の遺跡のミンカは、そっと杖をかざす。
シーツもその意志に応え、小さな身体で魔力を練り上げた。
「風よ、私の祈りをスーに届けて」
その手はわずかに震えるが、ミンカの瞳にはしっかりとした希望の光が宿っていた。
「シーツ、フー。私たちの力でスーを守りましょう」
風の大精霊フーは、風の塔全体に魔力を通すと、その魔力をミンカの杖一点に集めた。杖に流れ込んだ魔力がミンカに応答する。
風の遺跡の塔は灯台のように明るく光を放った。塔の光は、道しるべとなり、スーが迷わないように、自身の存在を照らした。
水の遺跡のマリアンヌは、静かに呼吸を整える。
大精霊ミーズとノーチラスが反応する。
「スーを導くわよ!こっちから探しにいくから、全力を出しなさい!」
マリアンヌはスーのことを思い浮かべた。
初めてギルドに来たやさぐれた顔のスー。
甘味を初めて食べたときの嬉しそうな顔。
私を姉のように受け入れ、妹のように接してくれたスー。
「絶対に、スーを迷わせない」
一方、火の遺跡だけは異質な熱を放っていた。
島全体に、大隊列を組む火の精霊のひよこたち。
羽根の先まで魔力が満ちていた。
その羽には魔法陣が整然と刻まれている。
「マッチ、最終確認をお願い!」
呼びかけるより早く、マッチの魔力が応答の光を返す。
「火の精霊たち全部に魔法陣を確認! 隊列も整っています!」
師匠を...彼女を絶対に失わない。
その未来だけは、私は絶対に譲らない。
ルルは遺跡の中心で声を張り上げた。
「生命の木と接触したら、時を止めます。
皆さん、これから展開する私の魔法陣を受け入れてください」
ルルがそう言うと、空一面に何重にも重なる強大な魔法陣が生成された。
魔法陣は重なり続けそれは空にまで届いた。
***
世界の魔力が震えていた。
大地の鼓動。水の流れ。風の息遣い。火の熱。
全てが私を呼び、私へ繋がろうと、私に応えていた。
これは、決して孤独ではない。そして、押しつけでもない。
むしろ、すべてが私という存在を肯定している。
『やりなさい、今こそ』と。
透明な意志が、ただ待っていた。
それぞれの願いが短く、確かな光として。
緊張、希望、責任、祈り……それらが私を中心に絡み合い、一つの強大な繋がりとなって収束していく。
それは静止ではない。
たくさんの微風のように、絶えず揺らぎつづけている。
次の瞬間、私の真空へと、なだれ込んできた。
それは、この世界の凄まじい魂の構造だった。
すべての生命、時間、あまたの胞子——
世界そのものの設計図が、脊椎に刻み込まれていく。
「耐える」という、ちっぽけな言葉は、もはや意味をなさない。
内側の寂静が、四次元の広がりを押し破る。
爆ぜた。
眼底の景色が裂ける。
裂けたまま、なお増殖する。
輪郭が——ほどけるのではない。
引きちぎられ、世界へと散っていく。
境界が根となる。
いや、根ですら追いつかない。
それは、無数の方向へ、勝手に、自在に、増えていく。
そして——
それらは、生命の木となった。
青い天の野に、立つ。
ただ、静かに——世界を張り詰めさせていた。




