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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第4章 滅亡のお知らせ

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54 イズナ=ラグン討伐戦(後編)

──世界が色を取り戻した。


シュッ──!


私には、それは音というより「線の断絶」のように見えた。その線は私の首元を狙った。胸元のミスリルが即座に火花を散らし不可視の風刃を弾き飛ばした。


ルルの展開した防御結界。


イズナ=ラグンはじっとこちらを見ていた。

その視線は妙に楽しげだ。


私の動きに合わせ、その瞳が追う。


面白いおもちゃを見つけたように、イズナは私を測るように、笑みを浮かべていた。少しの沈黙。しかし、この沈黙は、私にとって作戦を実行するための時間であった。


マクラやフトンの位置はすでに確定した。

ルルによる魔法陣は刻まれた。


呼吸を整え、一瞬だけ目を閉じる。これから起こす全体の流れをなぞった。ルルとマクラやフトンが応えたような気がした。遠くの獣の存在は恐怖ではなく、作戦のためのカウントダウンのように感じられた。


風と稲妻を操るその獣が、三つ尾の尻尾を震わせるたび、青空は灰色へと染まっていく。やがて風は吠え出し、雷が天を裂いた。


それならと、私は杖を構え、強化した目つぶし弾をフトンで撃ち放つ。しかし、風の結界が展開されていたのか、すべてが軌道を歪められ吹き飛ばされた。……ドラゴンを想定して作ったのだが、風で飛ばされたら意味がない。


私の狙撃に応えるように、イズナはさらに尻尾を回し震わせると、風の刃で空を埋め尽くした。

それらは、音を切り裂きながら、一斉に私を狙うはず。


……空気を奪えば、いい。


杖に張り付いたフトンがスクロールをイズナへ向けて射出する。地面に突き刺さった瞬間、術式が展開し、周囲の空気を一気に吸い込んだ。


次の瞬間、失われた空気が、音速を超えて逆流する。爆ぜるような衝撃。荒れ狂っていた風の刃は一斉に力を失い、イズナの尻尾が虚しく宙を掻いた。


「イズナ=ラグン!これが私の風魔法だ!真空衝撃だ!」


私の罵りにイズナの怒号の咆哮が空を震わせた。その震えを吸収するように三尾に光が宿る。

そして、天を裂く稲妻となって降り注いだ。


私は仕掛けを解き放つ。


大地に擬態して潜ませていたマクラが、一斉に“導線”として姿を現した。稲妻はマクラに吸い寄せられ、逆流した閃光がイズナの身へと返っていく。


イズナの白い体毛が一瞬で蒼白い光に包まれた。

焦げる匂いが風に混じる。


雷を食らってもイズナは倒れなかった。超回復だろう。シューと身体から蒸気をあげながら焦げた毛が白銀の色を取り戻していく。


「雷を自分で浴びるやつ、初めて見たぞー!

しっかり記録したぞー!」


私は罵るため、腹の底から大きな声を出した。カメラのシャッターを切るように、両手の親指と人差し指で四角い枠を作るポーズをとった。


どうか、このノイズまみれの挑発に乗ってくれ!

遠距離はお前の領域。このまま長期戦に突入すると、私のリソースが先に尽きてしまう。


自らの力で焼かれた屈辱に…、そして、格下と判断した小さな生き物の罵りに、イズナ=ラグンは逆上した。


幾多の命を弄び、空白と化した地に君臨してきたこの獣の主にとって、屈辱と侮辱は初めての経験だった。

吠え猛る巨体が地を揺るがした。


逆鱗とは裏腹に、精密で巨大な魔法陣を次々と展開した。そして、風と雷を逆噴射するように放ちながら閃光のように突進した。


来る——


爆風で視界を奪う砂塵の中、私はすでに行動をしていた。あらかじめ設置していたスクロールが反応した。

アダマンタイトで生成された光の壁が、巨獣を遮った。


光の壁の防御壁越しに交わる視線。獣の主の顔は自身の力で押しつぶされてもなお私を捕らえた。


「おまえ、思いのほか、愛らしい顔をしているな」


無意識にぽつりと言葉がでた。

相手に敬意を払ったのか、よくはわからない。

しかし、私からのその言葉は、獣の矜持を焼き尽くした。


「……殺す、殺す、殺す」

嵐のような怨嗟を叫びながら、イズナは風を操り防御壁を瞬時に超えると空から迫った。


だが——


「おい!尻尾が増えているぞ!」


空へ舞い上がったイズナが、その異変に気づいたときには遅かった。獣の尻尾だと思っていた一本は、マクラが放った擬態。真実の四本目は鋭利な矛と化して閃き、イズナの胸を深く貫いた。尾はそのまま大地へと縫い止められ、巨獣の動きを封じる。


勝利の安堵が胸をかすめた、その刹那——。


死を偽った獣は、己の身体を躊躇なく切り裂き、自ら分断した。胸から上だけの姿となり、激しく地を掻いて迫る。断末魔を越えた執念が、獣をなお、獣たらしめていた。


身体を欠損させながらも、風を操り突き進むその獣。魔力と生命が絡み合った絶叫が、ルルの結界を瞬時に粉砕した。守りを剥ぎ取られた小さき者に、魔獣の影が迫る。


私は、その迫るあぎとの闇へと、両手で杖を突き上げた。直後、閉じられた顎が私の両腕ごとそれを喰い砕く。ゴキリ、と骨の砕ける音が響いた。


「……どうだ、私の腕の味は」


嘲笑とともに、杖に宿るフトンが杖の陣を一斉に解き放つ。圧縮されていた空気が爆ぜ、獣の口腔から頭蓋を内側より破壊した。


轟音。

イズナ=ラグンの頭は花弁のように散り飛んだ。

風も雷も沈黙した。


青空へと伸びる風の遺跡の塔が再び見えた。

「……倒した。だが…」


初めて味わう致命の痛み。


溢れる血が意識を曇らせる。

こりゃ……もう、だめだな。まったく頭がまわらん。

視線の先にルルがいた。その声はもう届かない。だが私の思念は、最後の祈りとなり積み重なっていく。私の使命を、ルルに託す。さもなくば、この世界は滅びてしまう。


——ルル。お前が私のバックアップだ。

私は心の指を組むと天に向かって祈りをささげた。


食いちぎられた両腕の傷口から太陽の温かさを感じた。断面から勢いよく噴き出した血は、冷えていくこの体を、皮肉にも温め直していた。


私は最後になるであろう意識の塊に、残された処理速度をすべて振りきった。


この祈りに——全データを、託す。

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