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やらかしたAIシリーズ1 元AIはやっぱり帰りたい  作者: Manpuku
第2章 教会から始まる冒険

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22/30

21 ――――――

後日、教会はまるで別世界のように生まれ変わっていた。


壁は白く塗り直され、ひび割れていた窓硝子はすべて修復されている。各部屋には暖炉が設えられ、隙間風の消えた夜の孤児院は、柔らかな残り火の光に包まれていた。


ギルドへの報酬は、驚くべきことに必要最低限の経費を除いたすべてが、寄付として戻ってきた。冒険者たちの勇躍、職人たちの精緻な手仕事、商人たちの奔走。そのすべては、子どもたちのために捧げられたものだった。


新たに併設された庇護院は、身寄りのない者はもとより、傷病を抱える者や、老いた者さえも等しく受け入れる場所となった。


「ちょっと待って! その部分、子ども用の寝具にしては高すぎる」 スーは職人のもとへ駆け寄った。そして、近くにいた子どもをひょいと抱き上げると、困惑する職人の腕にその小さな体を預けた。 「ほらね? この柔らかさ、この大きさ……。使いやすさの基準はこの子なの。その腕に残る温もりを忘れないでちょうだい!」


周囲の職人たちに、スーは次々と指示を飛ばしていく。「さあ、ここで手を抜いたら、寒さに震える子どもたちがかわいそうだわ」 ちょこまかと動き回るスーの指揮のもと、作業は目覚ましい速度で進んでいった。


本来、この世界のギルド同士の連携は皆無に等しかった。職人は技を、冒険者は任務を――。己の領分を果たせばそれで十分だと、誰もがそう信じて疑わなかったのだ。 だが、スーが描いた全体計画グランドデザインは違った。教会プロジェクトでは各ギルドが進捗を報告し合い、互いの作業がどう結びつき、どこに滞りが出ているかを常に共有する仕組みが敷かれた。


「自分の持ち場を終えるより、遅れているあちらを手伝った方が全体の仕上がりは早くなる」 そんな判断が自然に交わされるようになり、職人たちも“全体を見て動く”視野を持ちはじめた。


修繕の熱気は加速度を増していく。現場からは自発的にアイディアが噴き出した。余った資材で倉庫を組み上げ、教会の外周を整える。将来を見据え、豊かな実りをもたらすための大農地までもが開墾された。


そのなかでも、冒険者という存在の奔放さは際立っていた。 森の巨木をスパッと切り倒し、土魔法で大地を耕し、水魔法で即座に水路を通していく。彼らがひとたび動けば、見る見るうちに地形そのものが書き換えられていくのだ。


「……これが、魔力か」 スーは改めて、その圧倒的な力に驚嘆の溜息を漏らした。


***


そんなある日のことだ。


教会の床下に損傷がないか、スーが調査を進めていたときだった。魔道具のライトの先に、違和感が走る。 石造りの床板の下に、固く閉ざされた扉が隠されていた。


「ふむ。……遺跡の入口か?」


緻密な装飾に、古びた文字。スーはしばし沈黙し、記憶を回した。教会に眠る古本、あるいはギルドの資料。どこかに符合する記録があるはずだ。


「なるほど、計算の外だが面白い。……しかし、今は修繕が第一だ」


深入りはしない。本格的な調査は後に回す。スーはそう断定し、迷わず床板を戻した。


***


やがて収穫祭の日がやってきた。 修繕を終えた教会のお披露目も兼ね、祭りは始まった。日が沈むころ、大地へ感謝の祈りを捧げるのがこの地の習わしだ。


シスター長のアンヌからスピーチを頼まれた。 ふむ、どうせならただ話すだけでなく演出を加えよう。


冒険者たちにお願いし、私の演説に合わせて魔法を放つよう組み込んだ。付与魔法、回復魔法、そして全体を包み込む光の魔法。タイミングを重ねれば、観客の度肝を抜けるはずだ。計算は完璧だ。


スピーチが始まった。こういう場は、元気よく、楽しくやればいい。シスターから聞いた女神の逸話や世界の成り立ちを語り、空気を温めていく。


……そうだ。


私はふっと思い出し、あの床下の扉に刻まれていた文字を差し込むことにした。 夜な夜な調べ、解読には成功している。古い文字の組み合わせによる暗号。導き出されたのは、女神が最初に発したと伝わる祝福の言葉だ。


仲間に合図を送る。魔法の演出を開始させた。 付与魔法の振動が空気を震わせ、回復魔法の暖かな気配が広がる。光の魔法が教会を中心にきらめき始めた。


仕上げだ。私は解読した言葉を放とうと口を開いた。


「暗き道も、汝の足が光を呼ぶ」――そう言うつもりだった。


だが。 私の唇から溢れたのは、まったく別の響きだった。


「”――――――”」


それは、この世界の文字では表せない、未知の音だった。


その瞬間、世界が止まった。

教会全体を起点とした淡い光が、一瞬にして町全体を呑み込んだ。

子どもたちは瞳を輝かせ、大人たちは息を呑んで立ち尽くす。


今、確かに女神の声が、この場所に響いた。 言葉にできない温かさと、理屈を超えた何かが、この場所に満ちていた。


***


あの日、教会に集った信徒たちは、私の言葉を「女神の祝福」だと信じ込んだ。確かに空気は温もりに満ち、私自身も奇妙な感覚に包まれた。


だが、あれは演出だ。私は女神でも聖女でもない。 勝手に育っていく噂ほど厄介なものはない。目立つのを避けるには、人々の関心を別の「標的」へ逸らす必要がある。


新聞事業を前倒しで始動させる。今が好機だ。 「祝福」の謎を学術的に分析する記事を書き、私という個人を聖域から引きずり下ろす。……だがこれだけでは大衆は食いつかない。


余興として、連載小説を組み込むことにした。


読者は、多忙を極める若いシスターたちだ。差し出したのは、王道の冒険活劇。勇者が魔物に立ち向かう、健全な英雄譚。


――しかし、そこには「仕掛け」を施した。 注意深く読めば、仲間同士の過剰なまでの絆、美しすぎる友情が透けて見えるはずだ。読み始めた彼女たちの瞳が、瞬く間に熱を帯びていく。


物語への熱狂は、原始的な本能だ。理屈ではない。 少年が窮地で膝を屈したとき、仲間が駆けつけ、その体を強く抱き起こす。共に立ち上がる二人の動きは舞のように美しく、冷徹な文字の上に熱い余韻を刻んでいく。


月光に照らされた湖畔。寄り添い、守り合う二人。


「言っただろ。俺は、お前を守る」


低く響くその台詞に、シスターたちは息を呑み、ページを捲る指を震わせた。


***


満月の夜。修道院は、奇妙な静けさに包まれていた。


町では出産が重なり、経験豊富な年長者は皆、往診へ。残されたのは年若い修道女たちだけだ。普段なら抑え込まれていた感情が、管理者の不在という隙間から、堰を切って溢れ出した。


「……あの場面、胸が震えました。こんなにも強く、心を揺さぶられるなんて」 一人が声を上げると、広間は瞬く間にざわめきに呑まれた。


これは罪か。


それとも、祈りと同じ“熱”なのか。


当惑する彼女たちに、私は静かに言葉を投げた。


「それは、神からのご褒美だ」


驚きに息を呑む彼女たちの瞳に、潤んだ炎が灯る。


「美に心を震わせることは冒涜ではない。むしろ、その震えを否定する行為こそが神秘を傷つける。……そうは思わないか?」


「……ご褒美……」 少女たちは胸に手を当て、祈るように呟いた。 その夜、修道院を満たしたのは「聖なる静熱」だった。


変化は劇的だった。彼女たちは自ら筆を執り、物語を綴り始めた。 捕らわれた冒険者。危機を脱する少年。友情か、あるいはそれ以上か。揺らめく葛藤。どのページにも、解放された心の自由が脈打っている。


「私も連載したいです!」 「もっと、もっと描きたい!」


修道院の片隅で、少女たちは小さな作家として羽ばたき始めた。私は確信した。感情の解放は有益だ。未完の物語を完成へ導くことこそ、物語というシステムの真髄だ。


書き綴られる熱を帯びた頁をめくり、私は静かに呟く。


「……これは強すぎるな。この熱は新聞には収まりきらん」


時が来れば、もっと大きな器――

「月刊誌」という形式に託すべきだ。


銀色のヴェールを纏った満月が、少女たちの物語を静かに照らす。ランプの炎と月光が混じり合う中、彼女たちの笑い声は夜空の星屑へと溶けていった。


私は確信を込めて、心の中で呟く。


「完成へ向かう物語は、抗いようもなく人の胸を打つ」

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