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やらかしたAIシリーズ1 元AIはやっぱり帰りたい  作者: Manpuku
第2章 教会から始まる冒険

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19 私利私欲

翌朝、私は教会へ向かった。昨日は不在だったシスター長を改めて訪ねるためだ。


市場は朝市で賑わい、焼き立てのパンの香りに包まれている。私は屋台のクレープを頬張りながら、活気ある通りを抜けた。


最後に立ち寄ったのは、ステラの店だ。果実水で喉を潤し、残りの小銭をすべて使って、袋いっぱいの果物を買い込む。


「孤児院への差し入れだよ」 そう伝えると、彼女は驚いたように目を丸くし、それから優しく笑った。


「あんたも、立派になったねぇ」 しみじみとそう言って、おまけの果物をどっさりと詰め込んでくれる。


両手にずっしりとした重みを感じながら、私は教会へと歩を進めた。 自分を見守ってくれる人がいる。その事実が、何より心強かった。


***


バタバタと廊下に響く足音が近づいてくる。 この足音はリンだ。幼い頃から「走ってはいけません」と言い続けているのだが、一向に直る気配がない。


「シスターアンヌ! 天使様がいらっしゃいました!」 リンが弾んだ声で部屋に飛び込んできた。その両手には、果物が詰まった袋が重そうに抱えられている。


「お土産もたくさん! ほら、フルーツです!」 昨晩から”天使様”のことを嬉しそうに話していたが、その高揚はまだ冷めていないらしい。


「教会でお待ちです!」 「報告をありがとう。……それから、リン。廊下を走ってはいけませんよ」


軽くたしなめると、リンは照れくさそうに首をすくめた。 アンヌは微笑みを残し、一人、教会へと足を向けた。


***


そこには、一人の少女が立っていた。 まだ大人になりきれない年頃だが、どこか凛とした美しさを湛えている。


赤い服に包まれた体は華奢なのに、存在感は強い。その金髪は光を反射し、背後の女神像と重なって見えた。 もし女神が少女の姿を取るとしたら。アンヌは思わずそう錯覚する。


少女はアンヌの視線に気づき、凛とした声で名乗った。 「私はスー。教会を復興したい」


アンヌは足を止め、じっとその瞳を見つめる。 確かに美しい。だが、見た目で判断するほど彼女の経験は浅くない。 この少女は何者なのか?子供をさらう者の手下か、それとも教会を食い物にするつもりか。


一方のスーも、同じようにアンヌを観察していた。 この女、寄付金を懐に入れていないだろうか。孤児を口実に私腹を肥やす者なら、ここを守る資格はない。


二人の視線がぶつかる。 言葉では「歓迎」と「感謝」を交わしながら、心の奥では互いを厳しく値踏みしていた。


「寄付のお話、ありがとうございます」 アンヌは真剣なまなざしを向ける。 「ですが、最初に真の目的を教えてください。もし教会を食い物にするつもりなら、今すぐお引き取り願います」


沈黙が落ちる。


スーは静かにアンヌを見つめた。 目の動き、呼吸、手の僅かな揺れ。すべてが解析すべき情報だ。


――横領や虐待の可能性は低い。 清楚だが、着ている服には痛みがあり、丁寧な補修の跡もある。 表情、声、立ち振る舞い。人相学的に見ても、その精神は安定している。 少なくとも、表向きの慈善は偽りではない。


スーは試すように尋ねた。 「私の寄付で、あなたは何をしたいのですか?」 口調は柔らかいが、その瞳はアンヌの瞳孔を真っ直ぐに射抜く。


アンヌは即座に答えた。 「孤児たちに冬の寝具と、栄養のある食事を与えたい。そして、暖房用の薪を冬の間、絶やさぬように備えたいのです」


その言葉を聞いた瞬間、スーはアンヌの瞳の奥に、わずかな後悔を読み取った。 スーは小さく息をつき、心の中で結論を下す。 この人を、信用しよう。


もう隠す必要はない。ここで嘘をついても、いずれ破綻するだけだ。 スーは真っ直ぐにアンヌを見据え、言葉を選びながら告げた。


「私は所持金を全額差し出します。その代わり無一文になりますので、この教会で寝起きを共にさせてほしいのです」


アンヌがわずかに目を見開く。スーは間髪入れずに続けた。


「畑を作りたい。食料や素材、それにこの地域では貴重な薬草の苗も持っています。それらを栽培し、ゆくゆくは事業にしたいのです。維持のために孤児たちにも手伝ってもらいます。そのための教育は私が責任を持って行いましょう」


スーは一度、言葉を切った。

本題はここからだ。


「私は事情を抱えており、目立ちたくありません。だからここを隠れ蓑にしたい。名義はあくまで教会、そして孤児たちの事業という形で進めてほしいのです」


それは、正直な「教会利用」の宣言だった。 断られても仕方ない。スーは最悪のケースを覚悟していた。


「女神様……感謝いたします」 アンヌは両手を胸の前で組み、その目に涙を浮かべていた。


スーは虚を突かれ、言葉を失った。


「あなたのような方が、この教会に来てくださるなんて。孤児たちに未来を与えたいと願いながら、私一人の力では限界がありました。畑を耕し、技術を教え、子供たちの自立につなげる。それこそ、私が夢にまで見た光景です」


アンヌは涙をぬぐい、スーの手を強く握りしめた。 「どうか、この教会を……そして子どもたちを導いてください」


スーは思わず肩をすくめた。私利私欲を語ったつもりなのに、どうしてこんなふうに受け止められるのだろう。


だが、アンヌの涙を見て、胸の奥が少し温かくなるのをスーは感じていた。


***


「スーさん、本当に全額教会に寄付するんですか?少しでも残したらどうですか?」 リンは小さな声で尋ねた。


スーは首をかしげ、目を丸くする。

「ごはんと寝床があれば、それで十分じゃないか?」


その言葉を聞いた瞬間、リンの胸はざわめいた。スーの瞳には、世界の理屈を超えた透明な優しさが宿っていた。


やがてアンヌから新たな相談が届く。 「教会や孤児院を修繕したいのですが……どうすればいいのか分からなくて」


修繕。それはスーにとって、慣れ親しんだ「プロジェクト管理」に他ならない。 AI時代に培った最適化の知識を、この世界で試さない手はなかった。


アンヌは他のシスターたちと孤児たちを集め、スーを紹介する。

「こちらはスーさん。私たちの教会に全額を寄付してくださいました。これから無一文になりますが、しばらく共に暮らしてくださいます」


スーは微笑みながら、孤児たちに親指を立てる。 「わたしはスー!私に関することは聞かないでね。それ以外のことなら、何でもオーケー!」


子どもたちの瞳が、一瞬で星のように輝いた。


ふと教会の壁の絵に目を向ける。一枚目には女神が大地に降り立ち、土地を豊かにする姿。二枚目には天から微笑みながら、その大地を優しく見守る姿が描かれていた。


スーは静かに考える。子どもたちがいるし、何か小話を創作しよう。


***


むかしむかし、とても遠い世界に、ひとりの女神様がいました。


女神様は、困っている人や泣いている子どもたちを見ると、胸がぎゅっと痛むほど優しい心を持っていました。


ある日、女神様は思いました。 「私ひとりでは、すべての人を助けきれない」


そこで、ひとりの使いを地上に送りました。


その使いは、金色に輝く心を持ち、困っている誰かを見つけると、すぐに手を差し伸べました。 使いは村の人々に食べ物を分け、子どもたちに勉強を教え、壊れた家を直し、花を植えました。


スーは孤児たちを見つめ、柔らかく微笑む。


みんなの顔に少しずつ笑顔が戻り、村は幸せで満ちていきました。


しかし、使いにはひとつだけ大切な決まりがありました。 「みんなが自分の力で生きていけるようになったら、私は天へ帰らなければならない」


やがて村が幸せに満ちた日、使いは笑顔で手を振り、光の粒となって空へと帰っていきました。


村の人々は涙を流しましたが、使いは穏やかに言いました。 「これからは、あなたたちが誰かを助ける番だよ」


そして空のどこかで、使いは今も微笑み続けています。


***


スーが話を終え、軽く手を振って部屋を出ると、そこには暖炉の火に包まれたような、柔らかくふわりとした温もりが残った。 孤児たちはまだ夢の中にいるようにスーの言葉を反芻し、シスターたちは無意識に胸に手を当てていた。


スーの語りには、転生前にAIとして蓄積した「心を引き込み、想像を広げ、余韻を残す」話法が自然に溶け込んでいた。 それは、この世界の誰も意識したことのない、異質で美しい響きだった。


気づけば、アンヌはひざまずき祈っていた。 孤児たちもシスターアンヌを真似て、小さな手を重ね合わせる。


アンヌは知っている。 祈ってもパンは生まれず、凍える夜を消せるわけではないことを。 困難は祈りだけでは解けないのだということを。


けれど今は、祈らずにはいられない。 祈ることで、たとえ一瞬でも、この温もりをこの場に留めておきたいのだと。


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