(四)三
重三は初めて足を踏み入れた日からずっと、港町の新居が気に入らなかった。空気が合わない、居心地が悪い。夜に波の音を聞くのが怖い。水が近いのは恐ろしい。海へ落ちたら、山で死ねなくなってしまうから。
潮風が吹きつけるその町に身を置くことが、重三はどうしようもなく嫌で堪らなかった。
そうは言ったところで、重三たちは文字通り裸足で逃げてきたのだ。先立つものはない。
できれば妹と母には根無し草の生活を長く続けさせたくなかったから、山を降りてひと月もしないうちに棲み家を見つけたことは手放しで喜べる。本当に運が良かった。
けれど、そもそも山城を襲ったのは誰だったのか。身内に手引きをした者がいたのかどうか。その辺りのことは結局わからず終いである。そのため当時の重三は酷い疑心暗鬼で、母方の親戚さえ誰一人として頼ることができず、一先ずの住処を得たときは心の底から安堵したのだった。
できるだけ早く身を隠さなければならないのに、これ以上の家を探す旅など呑気にできたものか。おとなしくここで暮らせ、と、無理やり自分を諌めて、日々堪えた。だから、余四郎らを置いて町を離れたとき、ようやく心が軽くなり、余生を仕切り直せる気がしたものである。
生き残った家族四人で海辺へ越してから十年ほど経った。
一人だけさっさと逃げ出した重三とは対照的に、母と妹は浜暮らしにも馴染んだ様子で、今もそこに住んでいる。妹のこたけは海の仕事がすっかり板についていた。
重三は、母が今どのような思いでいるのかよく知らない。けれど、母も妹も、既に山との縁が切れてしまったように見える。
――余四郎、おまえはどうだったんだ。
八年前に行方知れずとなった弟は、生きていれば今年で二十一歳。
まだどこかで生きているのだろうか。攫われて死んだなら、無事にどこかの山で死ねたのだろうか。