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鏡冥わたり  作者: 初雪
家族たちの錯綜
12/23

(四)二


「山で死ね」


 生前の父からよく言い聞かされた言葉がそれである。

 重三が生まれ育ち、幼い頃から姉持山と呼んでいたあの場所は、姉持家が城を築く以前は住む人もなく、名無しも同然の山だった。


 山城が造られたのはせいぜい数十年前のはずだが、姉持と呼ばれる以前のあの山が、一体何と呼ばれ、どのような謂れがあったのか、重三は一度たりとも聞いたことがない。

 だが、姉持の名をその山に冠して以来、何の因果があってのことやら、姉持家の人間には「山で死ななければならない」という決まりができた。


「あそこに築城したときからこれまでずっと、我々は対価を払っているち、姉持家は少なからず山を賜ったから。土地も、食べるものも、木も、川も雨も。目に見えるものだけではないんそ。山の腹に城を構えち、そこに我々が居る限り、姉持家はいつも山から益を貰っているんち。だから、死ぬときに返すに。それは必ず返さねばならないものなんそ」

 父はそう言う。


 あの山城はもう滅んだが、たとえ何事もなく家族が健やかに生きていたとしても、長男や次男が養子に取られることもあったかもしれない。そうすれば自分や弟の余四郎が姉持の当主となる道もあっただろう。実際、父は三男に生まれついて家督を継いでいる。


 それもあってか、生前の父から重三は、何度も山で死ぬようにと、きつく言い聞かされて育った。繰り返し繰り返し、顔を合わせるたび言われていたかもしれない。それは一緒に暮らしていた弟の余四郎も同様のはずである。


 父も祖父もずっとそんな調子であったから、重三も物心ついた頃から「死ぬときは山中でなくては」と観念していた。重三が特別に生真面目であったわけではない。姉持家の人間は当然のように皆そう考えていたのである。


 しかしながら山との取り決めとは不思議なもので、山の気配を感じられる場所であれば死に場所はどこでも良く、必ずしも『姉持山』で死ぬ必要はないという。


 まだ重三が幼い頃、大人達が酒を飲みながら姉の嫁ぎ先について話していたのを聞いたことがある。

 そのとき祖父が

「あそこの家の者は気持ちが良い者ばかりで頭も悪くないそ。ただ城の位置が良くないち。二本の川に挟まれた平地だったに」

 と、渋い顔をしていた。それは明らかに姉が山中で死ぬための配慮だった。


 いつか姉持山を下りたとき、新しい住居が山裾や山中にあれば、たとえそこで病に伏しても山で死ぬことが叶う。

 結局、二人の姉はどちらも嫁ぐ前に病で亡くなったのだが、男ならばやはり姉持のあの山城で生涯を終えたい。少なくともかつての重三は、強くそう願っていた。


 父の死に様は定かではないが、兄二人はどちらも討ち取られまいと城中で自害したそうである。

 若い二人にとって、それは決して喜ばしい死にかたではなかったかもしれない。無念ではあったろうが、それでも山城のぐるりで死ぬことだけは叶った。


 それが重三はどうか。

 着の身着のまま姉持山から逃げ出し、流れ流れて、遂には海沿いの家に棲みつくことになった。

 近くに竹林やちょっとした丘のような場所はないではない。しかし重三はなぜか「あそこで死ぬのでは駄目だ」と感じた。




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