モアイ像の秘密
宇宙は無から量子力学のトンネル効果で生まれ、成長して無数のアインシュタイン・ローゼン橋が架けられました。橋は時空の穴であり、その虫食い算を解くと時空を折り畳むことができます。かつて宇宙人が二度、地球に来訪しました。クレイジークレイとその末裔、セインクレイです。このはし渡るべからず。宇宙人は穴の中央を通って、地球で一休みしたのです。
地球人は笑うことを心得ています。この地球人特有と思われる、笑うという現象とそれを喚起するおかしみの構造は宇宙人にもあるのでしょうか?
宇宙歴●年▲月■日
クレイジークレイがイースタ島に現れました。友好的というわけには行きません。交戦的だということです。原住民はその笑い茸を振る舞われて八割引きされました。狂気クレイが彼らを叩き売りしたのです。
今夜が山だ! 今夜が山だ! 今夜がや ま
だー!!
今夜が山だ! 今夜が山だ! 今夜がや ま
だー!!
今夜が山だ! 今夜が山だ! 今夜がや ま
だー!!
それは夜もすがら続きました。原住民は視覚野を桁溢れさせる、信じられない表情に遭遇し、笑撃に打ち震えました。
笑いは目、耳から脳を経て全身に広がりました。最初の笑いで押されるとドミノ倒しのようにその慣性は止められません。また新たな笑いに小突きまわされて、全身が震えます。転げ、のたうち、へそが火攻めにあったように熱くなりました。このままでは笑い殺されてしまう。笑い殺される。何が可笑しいのだろう、それは説明の外です。それに気がついて正気に返った二割の人が生き残りました。
生存者は巨大な石でモアイ像を造りました。モアイ像は堂々としていて、厳粛にも、また勇壮にも見えます。しかし狂気クレイがこれを見る場合、突如として堪えがたいほど滑稽な印象を与えます。つまり、モアイ像はにらめっこに負けない顔なのです。
宇宙歴○月△月□日
セインクレイが日本に現れました。交戦的であるというわけには行きません。友好的だということです。
ある芸術学院の屋根裏を女性画家がアトリエとして間借りしていました。彼女は日向では蜜柑、陰では未完と呼ばれています。その訳は部屋を見れば歴然です。部屋は半成の作品で埋もれているのです。幾つかは放棄され、幾つかは完成に向かって、先になったり、後れたりしながら雁行しています。
蜜柑がアトリエに出て来ました。
春の日の夕暮れです。トタンがバリバリ音を立てています。正気クレイが作用して、それがパリパリに変化しました。
『トタンが悪口いってるねって思っていたけど、壮麗な夕焼けでも見たのかしら』
蜜柑が奇異に感じていると、戸外の冷気に呼びさまされました。見上げると、天窓がいつのまにか開いていて、正気クレイが腰をおろして足を投げ出しています。子供のようです。大きな黒い目は、宇宙の深淵を直に覗かせているように思えます。灰色の肌は、どんな青空も鈍色に溶かしてしまいそうです。
口元には母音を決然と発音しようとする意思と緊張が見え、口からこの言葉が辷るように転びでました。
「絵をね、描いて欲しいんだ、モアイ像の、モアイ像が・・・・・・・・」
蜜柑はその願いを三つの理由で心よく承諾しました。サロン・ド・罵詈がサロン・ド・巴里になったのがその一つです。手をつけようと思っていた主題と同じだったのがその二つです。子供クレイに星の王子様の面影を重ねたのがその三つです。
時がビートを刻んでゆきます。絵は一週間で完成しました。夢見るような目をして、現実を見て、がつがつ飢えて、しかも満腹して、目覚めた頭をして、眠れる体で、完成したのです。
それはえんぴつ画で、蜜柑は「想像的笑み」という抽象的な題をつけました。静止画を動画のように見せる技術、複合過去という手法が試されています。
どのような絵だったのでしょうか?
それは紛れもなく、戦艦大和を浮かべた銀河ハローなのでした。鳳凰の雛がハローから翔び立っています。ハローにはモアイ像数十体が互いに舫われています。雛の内から解き放たれた光がモアイ像を照らしています。モアイ像は重力波によって揺られ、互いにぶつかりあって、岩石的なひびきをあげて、不敵に笑っているように見えるのです。




