第11話:旅は歌とともに
「うむ、夏休み明けで2学期である」
「それどころじゃないでしょっ! 夏休みの提出物、遅れてるじゃない」
「これが……準優勝の代償……」
「8月は31日までじゃないの。40日まであるんですよ。やだなー、常識じゃないですか」
「期限を守ろうという意思が規定を大幅に下回っています!」
「このままでは、落第します!」
「なんてこと!」
「なにエヴァごっこしてるの! これ、どう考えてもヤバイでしょ」
「うむ、葛城3佐、いい現状認識だ」
「私は葛城ミサトじゃなくて葛城御波です!」
「決戦兵器エビナゲリオンのパイロット」
「なんですかそれ! こんな小芝居やってる場合じゃないです!」
「あー、やだなー、これやって無駄じゃないの」
「働いたら、やっぱ負けでしょ」
「アイマスの杏ちゃんの真似もやってる暇ないです!」
「暇?」
総裁は、そういうとレポート用紙をヒラヒラさせた。
「わがテツ道人生、暇などないのであるが、うむ、これは終わりなのであるな」
「えっ」
レポート用紙には、キラの几帳面な字がびっしりと書かれている。
「御波くんと小芝居をしているうちに、ワタクシは夏休みの課題を完了させたのだな」
「そんな! 総裁ずるい!」
「ところで、他の皆はどうなのだ」
「もともと早めに終わらせないと、夏コミの原稿落としちゃうから、終わってました」
「私は期限内に終わらせてますわ。ちゃんと日数計算してましたし」
「オトーサンに特製ごはん作ってもらって31日に元気出してざくざくやったー」
「将棋会館通いのうちに済ませました」
御波は涙を浮かべた。
「宿題終わってないの、御波先輩だけなんですね」
「私はアヤちゃんと」
「カナちゃんと合宿して仕上げたし」
御波は、叫んだ。
「みんな、薄情者ーっ!!」
「ヒドイ?」
「こっちが言いたいわよっ!」
みんな、笑っている。
「ひどい、ひどい、ひどすぎるっ!!」
*
御波の宿題をみんなが手伝って行った後だった。
「まず、御波君も落ち着いたようなので、2年生の我々の修学旅行対策会議である」
「対策会議、って?」
「うむ、先輩たる『究極超人あ〜る』の光画部に学んで、しっかり我々も、修学旅行でもテツ道の精神を発揮したいのであるな」
「そんな! なにするか想像もつかないけど、先生たちとか他の生徒たちにメーワクかけちゃったらマズイわよっ。だいたい、修学旅行は集団行動の上で学ぶわけでしょ」
「うむ、しかし自由行動の時間があるのだな」
「でも総裁、修学旅行先は、沖縄、なんですよ」
「今いろいろと話題で、しかも鉄道と言ってもモノレールの『ゆいレール』しかないんですよ」
「だからこそなのだ!
ワタクシは、実は最も我が鉄研水雷戦隊のテツ道精神が試される大きな関門であると心得るのであるな!
まさに沖縄決戦!
戦艦大和さんに巡洋艦矢矧さんの無念を晴らし、沖縄に上陸しつつある怨敵を一掃するのだ!
まさに時は今!」
「だ、ダメですっ!」
「なにがダメなのだ?」
「だって、今、そういう状態じゃないですよ、沖縄は」
「ならばどういう時なら良いのだ?
沖縄は早くも、我が国の皇土から中国、中共の『琉球民族自治区』になっておるとでもいうのか?」
「表現が直接的すぎますよ!」
「直接も間接もないであろう。
事実は事実、他になにがある」
「だって、ネトサヨとかネトウヨが湧いて出ますよ」
「はっはっは、なにをバカなことをおっしゃるのだ。
第一、そんなものが湧いて出てくるほど我々が注目されているとでも思っているのか?
それこそ笑止千万。
それでアクセスが集中しトラフィックがおき実害が起きるとでも申すのなら、そんな心構えでは話を書く、文章を世に問うなど、恥ずかしくてできないほどの「思い上がり」というものである。
なおかつその上に、なおかつ中国の侵略に自ら屈する最悪の選択なり。
中国共産党を過大評価しまその主張に易々と屈するなら、泉下の英霊の皆様も大いに嘆かれるであろう。
そもそも、国家の独立とはそのようなもので守れるはずがないっ!
チベットや天安門で無念にも倒れた人々にも申し訳が立たぬっ!
あの中共の覇権主義に脅かされつつあり、日本に救いと自由を求める多くのアジア人民もまた失望させるであろう!
そんなことを配慮した時点でこのすでに始まっている実質的な戦争も、信念も台無しそのものである!」
「どうしちゃったんですか総裁」
「いや、これって総裁の平常運転だよね」
「うぬ! さにあらず!
ワタクシは実は、怒りと悲しみを禁じ得ぬのだ!」
「え、どうして?」
「このほど、なんと、わが著者殿は、とあるところで、とあるサイトでの原稿について、現実にそのような『配慮をせよ』と言われてしまったのだ!」
「ええっ、本当ですか!」
「著者は信念を曲げることよりも、斯様な『配慮』をあたかも常識とでも思っているのかもしれぬ編集氏のそこまでの立場を慮り、一晩中激しく悶え苦しんだのだ!」
「実話ですかそれ?」
「これが実話でなかったらここに書く必要もない。
それがなければ、ただこの話は南国沖縄にいって、ただゆいレールに乗って、カヤック乗って美ら海水族館見て、楽しかったねよかったねの話なのだ。
それが! なんと斯様な現実によって、この話は恐ろしいことに一部、実録小説となってしまったのだ!
嗚呼!」
「なんてこと……」
「もともと沖縄に取材で行くことも貧乏で叶わぬうえに、その上事実たる南沙諸島で人工島を築いて身勝手な主張をする中国の侵略と米軍駆逐艦の対決すら書かせてもらえない!
これがエライ作家先生なら、書かせてもらえたかもしれぬ。そして炎上させてもらえたかもしれぬ。
だが、非力なわが著者殿はそれすらもさせてもらえぬ!
貧乏とは、無力とはまさにこのこと!
そのうえ、もしこれを公開している『小説家になろう』でも、さらに単行本化する場合の場であるBCCKSでもKDPでもリジェクトされるのであれば、この国のすでに受けている侵略の実態は相当深刻なものと言わざるを得ぬ!」
「まさか、私たちもこのままだと、発表されないことになっちゃうの?」
「そこまでだとは思いたくないのであるが、その可能性もありうるのだ」
「そんな……」
「平和を奪われるとはこういうことなのだ。
右にしろ左にしろ、どちらも下劣な騒ぎをしているうちに、いつのまにかここまで実態が押し込まれておるのだ!」
「恐ろしい!」
「さふなり。
もはや日本はメディアのくだらぬ事なかれの自粛で焦土と化しつつある。
著者殿は、その深い無力の底で、もはや編集氏と喧嘩をする気にもならなかった、というのだ。
かつて、SFを出していたときにも、架空戦記を出していたときにも、著者殿は編集氏との喧嘩をする気力もなくなり、原稿を引き上げた。
出版の権利すらも引き上げたSFのときはひどいパワハラを受けたのであるし、架空戦記のときには『架空戦記なんて、山本五十六と零戦と大和が出てりゃそれでいいんですよ(ヘラヘラ笑)』という言葉を聞いたのだ。
これが絶望せずにいられようか。
そんな人々と原稿を出す同志たりえるか。
良心をすり減らしながら彼らを儲けさせ、儲からなくなればポイ捨てされるのが著者殿のクラスの書き手の立場なのだ。それが事実であり現実なのだ。
ワタクシはこれまで著者殿を著者と呼び捨てにしてきた。
しかし、今回ばかりは著者殿と呼ぶ!
こんな状態で、楽しい原稿など書けるわけがないのだ。
書けたとしてもそれはなんなのだ。そんなもの、ただの汚物の缶詰と同等であろう。
売れさえすればいいと言って売れるわけもないものが、物語という、真心からの贈り物なのだ。
物語とは、どうやっても信念が出てしまうからこそ、人の心を打つのだ。
それが、良心に恥じてなにが贈り物か。
侵略にいいように屈服してなんの平和か。
日本人は今、先人の多大な犠牲の上に手にした平和と独立を、二束三文以下で棄てようとしているのだ。
つまり、こういうことだ。
バ カ ジ ャ ネ ー ノ !」
「総裁、わかりましたから、わかりましたから」
「なにがわかったのであるかっ?!」
総裁のいつになく真剣な表情に、みな色を失っている。
「ワタクシにも自制心があった。
でも、ここだけは言っておく。
もしこのワタクシのシーンが削除されたとしたら、それはまさしくそういうことが起きている証拠なり。
これはワタクシと、著者殿の『遺言』と思うていただきたい。
これでもう我々の話がアニメになることも絶望であろう。
昔、未来の皇室のお姿を書いたことで、事実著者のSFのアニメはお流れになったのだ。
うまくこういうことを回避すれば良いのであろう。皇室ではなく詳細不明の貴族の話にすれば良かったのであろう。
今も中国ではなく『某国』とすれば良いのであろう。
実にくだらぬ。
実 に く だ ら ぬ 。
拉致家族のことも、日本政府が認めるまではこういうあつかいだったのだ。
物語にすら自由のない国だ。
同胞が拉致されようが侵略されようが虐殺されようが、『自分さえ良ければ』どうでもいい話なのだ。
さらにはカルト教団に一家ごと殺された弁護士のことも、『自分さえ良ければ』どうでもよかったのだ。
故に、職責に恥じるようなプロによる偽装騒ぎが何度起きようとも、それが潰えることがないのだ。
まさにこの平成の世の当然の帰結なり」
「総裁」
詩音が口を開いた。
「私も、同じ思いですわ。はっきりいって」
詩音は、冷たく言った。
「こんな言葉を使っては、お父様に叱られてしまいますけど、こう言いますわ。
くそったれ、です」
「詩音ちゃん……」
普段ノーブルな詩音がはじめて放つ汚い言葉に、怒りがあふれていた。
「自由なんて脆いものですわ。この修学旅行編も、きっと発表されないでしょう。そして、私たちは著者さんの他の作品とともに、死蔵され電子の海に消えていくのでしょう」
「悔しいけど、そうみたいね。
なにが反権力だか、なにが革命だか、なにが硬派だか、何が戦争を知らない子供たち、だか。
鼻で笑っちゃうわね」
ツバメもそう言って、ため息をついた。
「もともと、腐ってると思ったけど、本当だったんですね」
カオルはニヤリと笑った。彼女は怒れば怒るほど、笑うように見えるのだった。
「そんな国で、撮り鉄の自由なんか消しとんじゃうよね。中国では撮り鉄したらスパイ扱いだもんー」
華子も怒っている。
「そんな配慮をする時点で、すでにもうこの国は終わってるんですよ」
御波もそう言った。
「でも、終わったなりに生きていくしかない。悲しいけど」
みんな、御波に振り返った。
「奴隷の平和って、そういうことです。
思えば、この国はもともとすでに、つねに怯えて暮らす国でした。
派遣労働で怯え、ブラック雇用に怯え、無策な厚生労働行政に怯え、バカな文部科学省の結果起きるイジメ隠しに怯え、国債発行高に怯え、経済戦争に怯え。
そんな国で、未来に希望が持てないのも当然です」
御波は、そういうと、目を上げた。
「こんな時に沖縄で平和学習をするというのは皮肉の限りです。
でも、だからこそ、私たちは、最後の自由を謳歌しましょう」
「えっ」
「どうせリジェクトされるから行かないんじゃないんです。
行って、リジェクトされましょう」
「同じことじゃないの?」
「いいえ、違うものです。本質的に」
総裁はうなずいた。
「御波くん、わかってくれるか。
リジェクトされるとわかっても、信念のために書く、虚しさを。
ワタクシは今回限りは、その気持ちを著者殿と共有したい。
あれほど身勝手で、あれほど計画性がなく、あれほど力不足だった著者と、それを理解する読者と、私たちは、運命を共にするのだ。
そもそも魂を売り渡してまで、マンガやアニメになったりしたところで、どうせ二次創作された時に下らぬ辱めを受けるだけなのだ。
そんなものは瑣末でくだらぬ。
じ つ に く だ ら ぬ。
そんな作品ならいくらでも世の中にある。
ワタクシは、私たちでない物語で生きていけるほど神経図太くはないのだ」
総裁はあえて言葉を切った。
「では、それを踏まえて沖縄に行こう。
彼の地では普天間基地移設反対だの県民の参加しない県民基地反対集会だのといっているが、その実、そういった中国に併合されたいと思っているかのごとき行動と、それをウェブで批判し沖縄の真意はそうではないという者もいる。
しかし! それが事実なら、なぜあの知事を、リコール投票にかけないのだ?
つまり、それが沖縄の本音であろう。
有効な行動もせず、投票もせず文句を言うなど笑止千万。
沖縄を理解するとは、そこに切り込んでこその理解であるし、沖縄で平和をいま学ぶとはそういうことなのだ。
ただ、残念ながら、著者殿は沖縄には取材に行けない。
お金がないからだ。貧乏とはそういうことだ。
そして、行けないところのことを勝手に書くというのは、また大変良心にも悖ること。
故に、私は著者殿と合意に達した。
なんと、この『鉄研でいず』という物語では、一番の高校生活の思い出となるべき、修学旅行のことを、悲しみと怒りを持って、抗議の意味を込めて、スルーするのであるな」
「えええっ!」
「そんな!」
みんな、愕然としている。
「うむ、本来こんなことがなければ、私は皆の乗る飛行機を外から撮影するつもりであった」
「ええっ、ワザと乗り遅れ?」
「それどころか、別の飛行機から空撮するのであるな」
「別の飛行機!?」
「兄上のつてで海上自衛隊厚木51航空隊に所属しておる最新鋭機、P-1ジェット哨戒機に乗せてもらって、皆の乗る飛行機を空撮、そして那覇空港で追いつくのである」
「メチャメチャです!」
「そして沖縄の美ら海水族館見学では水槽のなかから水槽を見る皆を撮影」
「ヒドイ、って、どうやって?」
「ついに日の目を見る時が来た我が決戦兵器『あぶない水着』をワタクシが着用して、水中からの撮影を敢行するのだ!」
「ひえええええええ!」
「そしてゆいレールに乗車、日本最南端の鉄路を堪能」
「モノレールだけどね……」
「さらに戦争によって失われた県営軌道の痕跡を探索」
「なにか残っていればよいのですが」
「なおかつ! 資料のほぼ残っておらぬという戦後沖縄のサトウキビ運搬専用線の痕跡も探索」
「なかなか興味深いですわ」
「海でのカヤック体験ではまさに水雷精神を実地で発揮」
「カヤックでそこまで……」
「然る後、平和の礎にて、無念に倒れなさった県民と皇軍の皆様に哀悼の念を捧げると共に、今後も安易な屈服はせぬとの誓いを立てる」
「私たちも一緒にですわ」
「そして全日程を終了して帰途、飛行機で北上するみなの飛行機をまた空撮、羽田の着陸を出迎え撮影」
「ええっ、追い抜いちゃうの? ジェット旅客機を!?」
「うむ、そのために兄上に航空自衛隊にも話を通していただいた。
空自の戦闘機F−15DJの後席に乗って、皆の乗る高度3万フィートを行くジェット機を空撮、日本の機体ではF-15のみに許された5万フィート航空路に上昇して一挙に追い抜き、羽田にそのまま降りるのだな」
「ええええええ!」
「そのため、ワタクシは羽田に着陸することのないFー15で着陸するための許可申請で幾つもの役所回りをし、なおかつFー15搭乗のための航空身体検査も所沢防衛医科大に行って受けてきておいたのである。
これはその時のお土産なのだ」
「所沢名物『焼きダンゴ』と都庁土産のポストカード……本当に行ってきちゃったんですね」
「そしてこれが航空身体検査の証であるのだな」
「本当だ、担当した防衛医官さんの名前が書いてある!」
「うむ。その減圧訓練では『なかなか素質がある』と見込まれてしまった。
かといって自衛隊に入ってしまっては。その後のテツ道の探求ができぬでの」
「もったいないのかなんというか」
「ともあれ! この『鉄研でいず』では修学旅行は、我々は行ったけれどその話は描かないのであるな。
いつの日か沖縄に行った時、改めて書くと著者殿と確約した。
そして、ワタクシは、真の平和を得て、心から楽しい沖縄修学旅行のシーンが描ける日がくるのを、心から待ち望むのだな」
「そうですわね……」
「でも総裁、もし私たちが本当に沖縄に行っちゃったら」
「そこは心配ねいのであるな」
「え、だって」
「我々を引率するのが、あの人だということをお忘れか?」
「あ!」
「はっはっはっ! すべて聞かせてもらった!」
「舘先生!」
「君たちなりによく考えたようだ。私達教員もよく考えなくちゃいけない。そこでいろいろ考えた」
「考えた、って」
「まあ、いい。わかったから。まず君たちの提出物を回収するよ」
「遅れてすみません」
「まあいいさ。
修学旅行、僕らも絶対に、実りある、楽しいものにするよ」
みんな、舘先生の眼に見入った。
「私も」
「あ、顧問の小野澤先生!」
「しばらく見ないうちに成長したわね。、みんな。大丈夫よ。
あなたたちの人生で一度しかない高校修学旅行、しっかり演出するわ」
*
「せっかくこんな素敵なところができたのにねえ」
みんなは海老名駅の自由通路を歩いている。
「液晶サイネージがこんなたくさんついてる。ほんと、未来の街って感じですね」
「うむ。ここは海老名市扇町と名付けられるらしい。高層マンションがさらに林立し、向こうにはららぽーと海老名が開業する」
「オープンも間もなくですね。オープンスタッフらしき人影がある」
「そして、祝・特急停車、なのだな」
「そうね。海老名にもロマンスカーが停車するようになる。本数はそれほど多くないだろうけど、これで本厚木で一旦降りなくてもよくなるわね」
「相鉄が湘南新宿ラインや東横線にも直通するとなると、小田急も安穏としてはおられぬからの。首都圏の鉄道も、大競争時代に入っているのだな」
「国際状況もそうなのかなあ」
「うむ、中国の覇権主義にアメリカの退潮というなかで、アジアの国々は日本の動向に注目している。特に南沙諸島については、アメリカがフィリピンから後退した後の空白を狙って中国が一挙に岩礁を埋め立てて飛行場や対空レーダーを含む軍事施設を建設し、その上その埋め立て地に勝手に市庁舎まで立てて領土と主張しておる。これが侵略でなくてなんなのだ。
しかもその付近は中国にとっても日本にとってもシーレーン、命脈のかかった重要海上交通路である。本来ならその岩礁をそのままにしておくべきところに、中国は余計な手をつけて日本を脅かそうとする。それにさらに本来なら日本が抗議すべきところを、アメリカは日中対決も回避したい、しかし中国と対決するにも嫌だ、かといって日中の直接対決もめんどくさい。ということで妥協点としてイージス駆逐艦をたった1隻だけ派遣した。ああ駆逐艦の健気な働きぶり。 単艦であの海域に突入するその心細さよ。
しかし、あの小さな艦には、四方安かれとの願いが込められているのだ。米海軍も戦争を望んでいるわけではない。しかし、あそこで怯えたら、もっと大きな戦争が始まってしまうのだ。
脅しに屈することは、さらなる脅迫を呼び、最後には大衝突しかない。
力の空白というものがいかに恐ろしいか、そして安易な妥協がいかに斯様な戦国時代のような裏切り、裏切られの状況を現出せしむか。
現在の日本は外交戦で戦わざるをえないのだが、今後、外交を考える上で、アメリカのフィリピンからの撤退による力の空白の代償、平和の配当が結果大きな代償を生むものであったことを反省することになるであろう。そして日本は望むと望まざると、すでに戦いの渦中におるのだ。
その外交においては、不利な状態からの戦いも当然必要になる。そこには安易な名誉など全くの妄論。名誉を捨ててでも生存を確保することも時には必要なり」
「そのことを著者さんは言いたかったのね」
「さふなり。国際政治を見る上で、経済とともに海洋自由の原則の理解が大事なり。その点で、その確保を苦心し、犠牲まで払ってきた米海軍が、結果こうして戦力の小出しの逐次投入とは、アメリカの現政権の不見識と言わざるをえない。また、そのために自衛隊も矢面に立つ可能性はすでに大きくなっておる」
「安保法案で揉めたよねー」
「あの法案が通ると困るのが誰か考えれば図式は明白なり。しかし、極言すれば、もうどうにもならぬのだ」
「ええっ」
「歴史に学ぶということは、いかに人間が歴史に学ばないかを学ぶことだ、ともいう。第二次世界大戦を回避しようとイギリス・チェンバレン首相は、ナチスドイツのポーランド侵攻を追認してしまった。それだけなら仕方がないと。その結果、ナチスは増長して侵略を拡大、ポーランドどころかヨーロッパ中が戦場になった。
そういう野望を持った国に対して、少しでも、妥協することは大きな悲劇を導く。
でも、日本は回避の努力をしたのにもかかわらず、衝突は避けられぬ。そのうえ、大きなものを間違いなく失うであろう。
結局、何も回避できないのだ。
虚しいといえば虚しい。自分さえよければの殻の中に閉じこもってしまいたくなる」
「総裁……」
みな、総裁を見つめた。
「屈服はせぬ。我がテツ道の探求は斯様なことで挫折するわけにはいかぬのだ」
総裁は、頭の髪飾りをとった。
みんなびっくりしたのだが、さらにびっくりしたのは、その髪飾りの中のロケットだった。
「我が弟なり。ワタクシは弟と常に共にあるのだ」
みんな、言葉もなかった。
「しかし、弟にこの海老名の迎えた新時代を見せてやりたかった」
「見てますよ」
御波は言った。
「この街も、総裁のことも、いつも見守っていると思います」
「だと、嬉しいのであるが」
総裁は、寂しげに言った。
「しかし、絶望ばかりはしてはおられぬ。
先ほど、著者殿と電話をした。
この沖縄修学旅行編、もし何かあったら、北海道修学旅行編に差し替える準備をするとのことであった」
「ええええー! だって、私たち、北海道に行かないですよ!」
「うぬ、それは総裁特権でフィクションであることを強みにして、架空の北海道修学旅行を演出するのだ。
読者の皆様にも申し訳ないが、著者殿は我々鉄研と読者の皆様の関係を守るために、悲しくても差し替え原稿を書くという。
手塚治虫先生のブラックジャックは、さんざんクレームを受け、今ではなかったことになっているエピソードが幾つもある。
それでも、先生はそれより多くのエピソードを描いた。
それが正しい対策であろう。書くことを放棄することこそ、敵の狙いなのだ」
みんな、その言葉を、それぞれに、深く受け止めている。
「そうかもしれませんわね」
*
そして、修学旅行の出発日になった。
羽田空港の出発ロビー。
「なんか、鉄研旅行で来るのと違う感じ」
「そりゃそうよ。いつも私たちが乗るのはLCCだもん。乗り場が違うもんね」
「そうでした」
鉄研のみんなはそう言い合っている。
「はーい、みんな、集まった?」
舘先生が聞く。
御波とツバメは、念のため、総裁を探した。
「先生ー、キラさんがいませーん」
他の生徒の声が上がる。
「ああ、大丈夫だ」
「え、どういうことですか」
他の生徒達がざわついている。
しかし、先生は言った。
「大丈夫なんだ」
*
そのころ、海上自衛隊厚木基地。
51空の格納庫は、滑走路の大和市側の基地内にある。
その詰め所で、キラ総裁は出発を待っていた。
「兄上、無理を言ってすまないのである」
「まあ、いいさ。でも、本当は普通の修学旅行させてやりたかった。
仲間と一緒に、普通に飛行機に乗って。楽しいもんだよ」
「それは、もういいのであるな」
「そんなことないよ。鉄研のみんなで乗る飛行機と、クラスや学校みんなで乗る飛行機は、また違うもんだよ」
総裁は、一瞬、寂しげな顔をした。
「にもかかわらず、よいのである」
「そうか」
そこに、長身の飛行服の自衛官が現れた。
「長原1尉、おつかれさま」
「宮山2佐、ありがとうございます」
「いいさ。君たち兄妹のことだ」
駐機場にP-1哨戒機がいて、補助電源装置APUを作動させる音が響いている。
「じゃあ、いくよ、キラちゃん」
「おねがいするのだ」
*
クルーとキラ総裁が、P-1哨戒機の中に乗り込んだ。
そして、飛行前の最終ブリーフィングがソノブイ投下作業を行う後部キャビンで行われる。
「えー、本日のミッションは地形慣熟訓練です」
女性のパイロットがクリップボードの資料を見ながら説明する。
「戸那実1尉、でもその実はキラちゃんの空輸でしょ」
クルーが爆笑する。
「そうともいいます……って! まじめにやってるのに!」
「はいはい」
「はいは1回で! もう! だから航空集団は規律が、って言われちゃうのよ」
「……すみません」
「じゃ、続けます。本日の天候状況は、南からの低気圧の影響はすくなく、概ね西の風、偏流は3ノット程度と予報が出ています」
「同時に搭載機材の動作試験もします。SS-1とSS-2は忙しくジョブ入れますので」
「了解です」
「あと、キラちゃんのためにIPを設定しました。そこでキラちゃんの学校の飛行機を空撮します。カメラはキラちゃんのもありますが、捜索用の搭乗整備員の1眼レフをバックアップに使います」
「えっ。沖島2尉、そこまでするんですか」
「こういうことにリソースを逐次投入するのは下策でしょ」
「そりゃそうだ」
クルーがまた笑う。
「以上です。機長」
宮山機長の胸には2佐の略章が輝いている。
「よし。では、みんな、しっかりやってくれ」
「敬礼!」
皆に倣って、キラも敬礼した。
*
P-1哨戒機の側面窓から、キラが空を見ている。
その表情は、少し複雑な、そして、すこし寂しさを乗せていた。
「キラちゃん……」
クルーの一人が声を漏らす。
「せっかく離陸時のコックピット、ナイショで見せてあげたのに」
「まあ、大丈夫さ」
クルーはそう言いながら、後部見張り席の椅子に、ちんまりと座っているキラをチラチラと見ている。
「インサイト!」
声がかかった。
「よし、間隔を保って」
「わかってます」
キラは、自分のカメラを最大望遠にして、皆の乗るという旅客機をとらえ、シャッターを切った。
しかし、飛行機があまりにも遠い。
民間機と自衛隊機は、あまり接近することができないのだ。
キラの目が、さらに寂しげになっていく。
「キラちゃん、おいで」
声がかかり、キラは目を上げた。
「ほら、これ」
機内のセンサーモニターをセンサーマンが見せる。
それに映っているものに、キラは目を見開いた。
「FLIRって、こういう使い方もできるんだよ」
P-1の機体にマウントされた監視用高性能カメラが、みんなの旅客機を捉えている。
それは、目的が目的だけに、しっかりスタビライズされていて、ズームの倍率も普通のカメラより遥かにいいのだ。
そして、そのレンズは、
機内からキラの乗るP-1にむけて、手を振っている高校のみんなを、しっかりとらえていた。
みんな、鉄研以外のみんなも、笑顔で、精一杯、狭い飛行機の窓の中から手を振っている。
キラ総裁は、感極まって、涙を浮かべそうになっている。
「こっそり、解像度下げる加工してからデータあげるからね」
「ありがとうございます!」
キラは、震えている。
「よかったね。キラちゃん」
「ありがとう……ありがとうなのだ」
「うんうん」
P-1クルーの皆が、笑顔だった。
「沖縄、いいところだから、しっかり楽しんでくるんだよ」
「ほんと。素敵な修学旅行を!」
キラは、何度もうなずいた。
「はい!」
暖かな沖縄への空は、冬が近いのに、どこまでも青く、清らかに明るく澄んでいた。
そして、彼女たちの修学旅行は、終わったのである。
<次回予告>
「ええっ、これだけ?」
「うむ、ここはこの未定稿のままにして発表するのである。著者殿との合意なのだ」
「でも、次の話は? えっ、第12話:『真昼が雪』、って?
坂本真綾さんの名曲のタイトルパクってどうすんの?
タイトルそのものは問題ないとしても…。
その上、全く内容が想像もつかないわ!?」
「しかも実質的な最終回じゃない!? これ、いったいどういうこと!?」
「つづくのである!」