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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第4章 異端の使い手
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106話 暗黒結界


その瞬間――





――世界は月の光も届かぬ、闇に包まれた。



『PM 5:40 アウイン西部地区城壁』



ぞわり、と体が震え、空気が、世界が一変する。


「何だ……これは?」


 暗い。ただ暗い。

今は夜だから、という訳ではない。


「この暗闇、これは明らかに異常だ」


 先程まで確かにあった月の光も、星の光も消えた。

また、城壁に灯る『ライト』の魔法の光も、光のフラグメントによる明りもすべて消えていた。

例外といえば、松明の炎は消えていないぐらいか。


「……星と月は別に雲に隠れた訳じゃない。

そして、ライトの魔法に、光のフラグメント……共通点は光属性か」


 光属性の極端な弱体化。

自分はそれを知っているはずだ。


 さらに、暗闇に閉ざされてから感じる濃厚な血の臭い。

まるで呪いの様な……死に引きずり込まれるような、この感覚。


「これは異界か!!」


 第5開拓村では、光属性を弱体化させる異界が展開されていた。

それが……このアウインの街で展開されている……


「いや、そんな馬鹿な!!

この街に六重聖域セクステッド・サンクチュアリの魔法があるんだぞ!!」


 この街全体を覆う巨大な結界である六重聖域。

それはアンデッドから身を守る聖なる結界だ。

この聖域に守られているからこそ、空からアンデッドをばら撒かれても最終的にはアンデッドは死滅する。

だから、この戦いにおいて六重聖域の維持は必須だった。

しかし、現に今の状況は六重聖域が機能していないと判断せざるを得ない。


その時、近くに立っていたカグヤが、ガクリと膝を突く。


「……カグヤ?」


カグヤの顔は、まるで死者のように青い。


「ッ……やってくれる……」


「カグヤ!!

おい、大丈夫か!!」


「きっつい、けど……まあ、何とかね……

それよりも、お父さんは第5開拓村での異界を憶えているよね。

光属性の力を4分の1にする異界だよ」


「もちろん。今回のこれも、あの異界と同じものなのだろう?」


 やはり自分の予想が当たっていた。

しかし、カグヤは顔を横に振った。


「それよりも、悪い。

今回の異界は……光属性の完全無力化だよ」


「光属性の完全無力化だと!!

いや、確かに第5開拓村の異界の強化版であるのなら納得はできるが、本当にそんなことが出来るのか?

そもそも、この街には六重聖域の結界があったんだぞ!!」


 街全体を覆うほどの大規模な結界を作り出すことは容易ではない。

実際、六重聖域の魔法を作り出すためには、この街の六ヶ所に正確な魔法陣を描く必要があった。

いや、それだけではない。

聖域の維持のために、この土地が持つ魔力源マジック・ソースの力だって使っている。


 六重聖域の魔法を作り出すためには、それだけの準備が必要だった。

それはとても昨日今日で出来ることではない。

六重聖域とは、南部教会の先代司教ビクトルが人生を賭けて行った大魔術であるのだ。


 それをほんの一瞬で、覆すことが出来るのか。

その問いにカグヤは青い顔で答える。


「普通は出来ないよ。

うん……ボクには分かるよ……

邪教徒エミールは、配下のアンデッド軍団1万体を生贄に捧げたんだろうね。

それによって発生する膨大な魔力……さらに、贄に捧げられた不死者達の生者に対する僻みひがみ妬み(ねたみ)嫉みそねみ恨み(うらみ)……

そういうドス黒い感情をも利用して出来たのが、この神の威光も届かぬ異界なのさ。

いやあ、参った。これじゃ、月の光も届かない。

半分神の僕にとって、これは、なかなか、つらい……」


 カグヤは冗談のように笑って見せるが、顔色は悪く、

とても『なかなか』といったレベルではない。

そもそも、半神半人のカグヤにとって、月の光の無効化とは、

自身の半分が機能しなくなっているという状態ではないのか。


 カグヤはこちらの心配を悟ったのか、誤魔化すような自嘲的な笑みを止めて、

ただ事実を伝える。


「ボクのことは気にしなくていい。

それよりも、今のボクはほぼ戦力外。

さらに、ボクの切り札である自爆は、光属性の『バニシング・レイ』を意図的に暴走させるものだから、

光属性が使えないこの異界では、自爆も使えない。

つまり、今のボクに存在価値はない……ヘブシ!!」


などと、悟ったような顔で言うカグヤの頭にチョップを叩き込む。


「そういうことは言わなくていい。

とりあえず、その死にそうな顔をなんとかしろ。

今のカグヤに回復魔法ヒールが効くか分からないが……」


 その瞬間、ぞっとした。

カグヤはこの異界は光属性を無効化する異界だと言った。

失念していた。回復魔法も『光属性』だ。


「まさか回復魔法が完全に使えない?

――清浄なる神の光よ、傷を癒せ――ヒール!!」


 普段なら癒しの光が対象の傷を癒すのだが……

MPはしっかり消費されているのに……何も起きない。

さらに、スキルコマンドからヒールを選択しても、同様に効果がない。


「おいアンナ、シモン!!二人はどうだ!!」


 自分よりも上位の回復魔法を使える二人ならば、あるいはと思ったが、

二人ともが絶望的な表情で首を振る。


 そこでようやく、今の状況が非常にまずい状況であると理解した。

六重聖域が使えないのはまだいい。それがなくてもこの街には頑丈な城壁があるから。

光属性の攻撃魔法が使えないのはまだいい。それがなくても別属性の攻撃魔法があるから。


 だが、回復魔法が使えないのはまずい。

フラグメントワールドの仕様上、すべての回復魔法は光属性だ。

そして、今は戦の真っ只中、魔法による治療を必要としている人間は多い。


 今のところ死者は、自分の知る限りでは20名程度で済んでいる。

しかし、回復魔法が使えなければ、いま魔法によってギリギリ踏みとどまっている人間から死んでいく。

怪我で済んでいたはずの人間が、死者に変わる。

このままでは死者が爆発的に増える。


 それだけじゃない。士気の問題もある。

この世界において多少の傷は回復魔法で治るものだった。

それがない状態で、この街の住人はどれだけ戦えるのか――


「……最初から、これが狙いだったのか……」


 敵が何かを仕掛けてくることは最初から分かっていたことだった。

しかし、この戦いの要である六重聖域の無効化、

さらに、そこから派生する回復魔法の無効化。


 幾らなんでも予想外だった。

ガラガラと自分の立てた戦術が崩壊していくのを感じる。

このままではまずい。何とかしなくては。



「そおい!!」


「ヘブシ!!」


 突如、真下から突き上げるようなアッパーに視界が揺れる。


「カグヤ……何しやがる……」


「へへへ……さっきのお返し……」


お互い別の意味でフラフラな身体を支え、立ち上がる。


「ボクは洒落にならないぐらいに戦力外だけど……

よくよく考えると……今の状況はそう悪くない」


「悪くないだと……これ以上ないぐらいに悪いだろうが……」


「……そうでもないのさ。

お父さんは、邪教徒エミールの狙いが最初からコレだと思っているみたいだけど、

冷静に考えてみなよ……それはないでしょ」


 カグヤの意見を考えてみる。

これが最初からの狙いだったのなら、なぜ最初からそれをしなかったのだろう。

……うん、それは当然だ。

この異界の生成には、エミールが連れてきたアンデッド軍団1万体の犠牲が前提にある。

最初からこの異界を発生させていては、奴は手駒がゼロの状態で戦いを開始することになったはずで、

普通に考えれば、そんな手段は取らない。


「つまり、この異界は最後の保険であり、敵の切り札という訳か」


「そういうこと。

戦いにおいて、先に切り札を晒した方が負けでしょう。

まあ、こちら側の切り札であるボクは無力化されたけど……

僕達には切り札が、もう一枚あるよね?」


カグヤはそう言うとニヤリと笑う。


「つまり、俺にこの状況をひっくり返せと」


「うん、そうだよ。

元々お父さんがやろうとしていたことは、邪教徒エミールに対して直接戦闘を挑むことだったでしょ。

それは今も変わらない。結局のところエミールをぶっ殺せばそれで解決さ」


「ふむ……それもそうだな」


 城壁の外、邪竜使いエミールは、一歩、一歩、ゆっくりと見せ付けるように歩いてくる。

その様は、まるで王の帰還だとでも言うかのようであった。


 現状、こちらは著しく不利である。

光属性の魔法が使えないとなると、当然『バニシング・レイ』は使えない。

回復魔法が使えないということは、ゾンビアタックも厳しい。


 しかし、敵は所詮、レベル99の神官が一人だ。

当初の予定通り、皆で囲んで戦えば、やりようはあるはずだ。


「なるほど、確かにやることは変わらない。

元々、そのつもりだったんだ。

作戦に変更はない。リゼット、アンナ、エル、行けるか?」


「はい」


「当たり前だ!!爺さんの遺産を汚した借りは必ず返す!!」


「もちろん、例え地獄の底までお供しますとも!!」


「よし、カグヤは……行けるか?」


「……こんなところでまさかのお荷物とはね。

でも、連れて行ってよ。

戦闘ではお荷物でも、ボクにはまだ『別の使い道』がある。

お父さんなら……分かるでしょ……へぶし!!」


などと、意味深な顔で言うカグヤの頭にチョップを叩き込む。


「そういうことは言わなくていい。

まあ、それはそれとして、連れて行く」


 カグヤの考える『使い道』と、自分の考える『使い道』は恐らく違うだろうが、

どちらにせよ、居た方がいいのは確かだ。


どっこいしょと、カグヤの身体を肩に担ぐ。


「ちょっと、人を米俵みたいに!!

扱いが雑なんだけど!!」


「何だ? お姫様抱っこを所望か?」


「違うし!!普通におんぶだよ、おんぶ!!」


 そう言うと、カグヤは器用に体位を変える。

それだけで、こちらの準備は完了だ。

もともと邪教徒エミールに戦いを挑むところだったのだ。

作戦に変更はない以上、追加の準備は必要ない。



 むしろ、ここからはスピード勝負。

敵はすぐ目の前、手の届くところに居る。

ここでエミールを倒してしまえば、それでこの戦いは終了チェックメイトだ。

もうこの戦いで傷つく者もいないし、負傷者だって傷の手当てに専念できる。


「じゃあ、そういうわけで。

シモン、レオン行ってくる。

俺らが出たら、すぐに城門を閉じるように」


その言葉に二人は頷く。


「ええ、御武運を。

こちらのことはお任せください」


「ふん、魔法が使えなくても傷の手当ぐらいは出来るんだぜ。

エミールの奴に言っといてくれ、神官(俺達)を舐めるなよってな」


「分かりました。では後を任せます。行くぞ、皆!!」


『おう!!』


 よく分からないうちに異世界にきて。

よく分からなくても、分からないなりに足掻きに足掻いて。

実際には、自分は異世界に来たわけではなくて。

それでも、どうにかここまでやって来た。


そして、目の前には自分を理不尽な状況に叩き込んでくれた元凶がいる。

ならば、やることは1つ。


邪教徒エミールに、この落とし前をつけさせてやる!!


エミール戦まで行きたかったけど、無理だったので今回はここまで。

次話で最終戦です。

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