103話 堕ちた太陽3
全力で振り下ろした聖剣は、黒騎士の漆黒の鎧を砕き、そのまま敵を吹き飛ばした。
「ゼェ……ハァ……さすがに、やったか?」
『PM 4:35 アウイン南部地区 路地裏』
だが、そんなことはなかった。
黒騎士の鎧は見るも無残にボロボロになったが、それでも黒騎士は立ち上がる。
まあ、それもそうか。
剣スキル『シールド・ブレイク』はあくまで防具破壊の技であって、純粋な攻撃スキルではないので威力は低い。
自分が砕いたのは鎧だけ、本体の方に大したダメージはない。
むしろ敵の鎧を砕いたことで、ようやくスタートラインに立てたとも言える。
エルの煙幕弾は使い切った。薬の効果もそう長くはないだろう。
こちらが押しているように見えるが、敵の攻撃1発ででひっくり返される程度の差でしかない。
黒騎士は大剣を地面に叩きつけ、吼える。
「違う、違う、違う!!これは違う!!!
やり直しだ!!無効だ!!!卑怯!!卑劣!!こんな戦いは許されない!!
貴様は神聖な一騎打ちを汚したのだ!!恥を知れ!!」
「……恥だァ? アンデッドが恥を語るな!!」
黒騎士の発言に思わず叫ぶ。
邪教徒に正論を言うことが無駄なことだ、これまでの経験でよく分かっている。
しかし、それでも言わずにはいられない。
「恥ずかしいのはお前だろうが!!卑怯なのはお前だろうが!!
力を求めてアンデッドになったお前は何だ!!
答えろ!!」
「ふん、私がエミールと手を組んだのは、ただ強さを求めてのこと。
人の一生は短い。私は聖騎士『クロード』の再来とまで言われたが、超えることは出来なかった。
私の方が劣っているのか?違う!!
私には時間が足りなかっただけだ!!
時間さえあれば私はもっと高みに登ることが出来る。
『クロード』を超え、私こそが最強の聖騎士となるのだ!!」
それはどこまでも身勝手な理由だった。
「私は卑怯ではない。私は貴様とは違って、誰が相手であろうと正々堂々戦う。
それに引き換え、貴様は何だ!!
貴様の邪法は、エミールの使う死霊術と何が違うというのだ!!」
「無論、俺のチートは邪法だ。
たとえ半身を切断されたとしても完全に修復できるし、
本来、長い時間をかけて習得するスキルを一瞬で獲得することも出来る。
俺がこうして戦えるのは、すべてチートのおかげだよ」
「そうだ!!認めたな!!卑怯者め!!
貴様はその邪法がなければ、ただの雑魚ではないか!!」
黒騎士は、まるで鬼の首を取ったように、嬉しそうにまくし立てる。
「そうとも。俺が強いのではない、『チート』が強いのだ。
俺には『チート発生器』としての価値しかない」
実際、俺は戦闘時は攻撃も防御もチートの指示に従っている。
剣スキルが当たると指示した攻撃しかしないし、
防御スキルが攻撃を受けても死なないと示せば、俺はチートを信じて攻撃を受ける。
例えその結果、左半身を切断されることになろうともだ。
「フハハハ!!そうだ!!私がこんな目に合うのはおかしいのだ!!
この結果は間違いだ!!私は卑怯な手で嵌められたのだ!!」
黒騎士は誰に対してのアピールなのか、卑怯だ、卑劣だと罵る。
しかしまあ、よくもここまで自分のことを棚に上げて相手を非難できるものだ。
「ふん、俺を卑怯だと言ったな。
……まったく語るに落ちるとはこのことだ」
「なんだと」
「そうとも。俺はチートがなければ戦えない雑魚さ。
だが、お前はどうなんだ?
お前も力がなかったから『アンデッド』になったんだろう?
それは、俺の『チート』と何が違う?」
「まったく違う!!
私はただ時間が欲しかっただけだ。アンデッド化など、そのための手段に過ぎぬ!!
私の強さは本物だ!!
私は貴様のような邪法に頼らなければならない卑怯者ではない!!」
「そんなわけねぇだろ!!くそが!!
アンデッドは強い!!
老いることもなく、身体は頑丈で、力も強い!!
アンデッドになった時点で、お前は卑怯なんだよ!!」
こいつは最強の聖騎士になるための時間が欲しかったから、アンデッドになったと言う。
しかし、アンデッド化という不純物が含まれた時点で、どれだけ強くなったとしても最強の聖騎士という称号は得られない。
1つ、例を出してみよう。
なぜスポーツの大会ではドーピングが禁止されているのか?
おかしいだろう?ドーピングをした方がより優れた記録を残せるではないか。
まあ、その理由は簡単だ。
ドーピングをして世界記録が出たとしよう。
でも、それはその『人』がすごいのではなく、『薬』がすごいのである。
『薬』という不純物が混じることで、その人間の純粋な『力』を測ることは出来なくなるのだ。
「お前のそれも同じだ!!
お前は強くなるために、ずるして、アンデッドになった。
お前が強いのは、お前が剣士として優れているからではない!!
お前が『アンデッド』だから強いのだ!!
その力は、決してお前の力ではない!!」
「違う!!違う、違う!!!!
駄目だ!!貴様はまるで駄目だ!!
貴様のような愚者とは、相容れぬ!!
他人を騙し、虚言を弄する!!
貴様のような下劣な人間に、私のような高潔な者の考えなど分かるわけがない!!」
邪教徒はどいつもこいつも、何でこんなにも上から目線なのだ。
「なるほど、自称『こうけつなせいきしさま』は言うことが違う。
まあ、俺が下劣かといえば、そうだとしか言いようがないが、お前が高潔ねぇ……
お前、俺が来る前に女性の神官を嬲っていただろ?」
「違う!!あれは正々堂々とした戦いだ!!
そう、あれは神聖な戦いなのだ。
そこに女性か、男性かなど関係はない!!」
確かに一度戦場に出た以上、男だろうが女だろうが、老人だろうが子供だろうが関係ない。
相手が誰であろうと全力で戦うのは当然だ。
だが、自分が言いたいのはそこではない。
「いいや、違うね。
普段は恐れ多くて、絶対に口にしないがな。
俺はミレーユさんを殺そうと思えば、いつでも簡単に殺せるよ。
俺でも殺せるんだから、お前なら楽勝だろ?」
後衛職の神官が、前衛職に正面戦闘で勝てるわけがないのだ。
ミレーユさんに多少魔法を使われたとしても、全力で剣を振り下ろせばそれで終わりだ。
「なのに、ミレーユさんは生きていた。
なぜか……お前が遊んでいたからだろう。
なあ、自分よりも弱いものを痛めつけるのは楽しかったか?
楽しいよなぁ……だってお前は薄汚いアンデッドだからな」
「違う!!
何なのだ貴様は!!貴様はあることないこと並び立てる!!
私を愚弄するのも大概にしろ!!」
「あ、俺は事実を言っているだけだぜ。
死に損ないの腐乱死体め、臭いんだよアンデッド」
「キサマァアア!!!
殺す!!殺す!!殺す!!!!」
黒騎士は大剣を構え、まるで放たれた矢のように一直線に突っ込んでくる。
凄まじい勢いで突撃する黒騎士に対して、自分はポーチの中から聖布を取り出すと、目の前に思いっきり広げる。
『聖布』は本来、死者を埋葬する際に遺体を包む布だ。
そのため最大まで広げれば、人一人の身体を隠すぐらいたやすい。
あとは、これに乗じて、もう一度奇襲をかける……というのが本来の作戦。
「ッ!!」
しかし、その時、不意に閃いた。
それに何か明確な根拠があった訳ではない。言ってしまえば、ただの勘だ。
しかし、漫画やゲームの登場人物たちは、戦場ではこの勘に従うべきだと口を揃えて言っていた。
だから自分も勘に従い、後方に飛び退いた。
「また、目潰しか!!何度も同じ手をくらうか!!卑怯者め!!」
自分の眼前に広がる聖布は、一瞬にして黒い刃に両断された。
奇襲を仕掛けるために前に出ていれば、自分は聖布ごと真っ二つだったかもしれない。
そういう意味では『勘』は当たりだった。
しかし、それではただ聖布を無為に切り裂かれただけではないか。
奇襲は失敗……
「……いや、大当たりだ!!」
自分の行為は無駄ではなかった。自分が投げた聖布を斬るために、黒騎士は剣を振り下ろした。
その無防備な黒騎士に向かって、2つの『矢』が襲い掛かった。
2本の矢は兜の面頬に綺麗に突き刺さる。
「ガァアアアアアアアアアアアア!!!
目、私の目がぁ!!!!」
視界確保のために開けられたその隙間は、おそらく1センチ程度だろう。
それを2本の矢が正確に射抜いていた。
この矢は誰が撃ったのか? 考えるまでもないリゼットだ。
リゼットの矢は、矢羽の色が赤色をしていた。
それは、火のフラグメントを矢じりに用いた『炎の矢』である。
つまり……
「ッ!!」
慌ててその場を離れた瞬間、ボンッと『炎の矢』が破裂し、炎を撒き散らす。
その爆破を受け、さすがの黒騎士も立っていることは出来ず、
地面に倒れ、ジタバタと転げまわる。
「ガアアアアア、貴様、これは、弓、伏兵!!!!
これは決闘、一対一の!!それなのに!!キサマァ!!!」
黒騎士は転げまわりながら、絶叫する。
その生命力に呆れつつも、リゼットの邪魔にならないように黒騎士から距離をとる。
「……あれを喰らって、まだ生きてんのか?
まあ、いいか。冥土の土産だ。1つ教えておいてやる。
俺がここを戦場に選んだ理由は3つある。
1つ、巻き込まれる犠牲者を減らすため。
2つ、狭い路地でお前の大剣を封じるため。
3つ、……ここは西部地区の城壁から射線が通るんだよ」
自分はこの世界の調査のために、この街の私有地以外の土地には、だいたい足を運んでいる。
自分が、変人扱いされている理由の1つである。
その甲斐あって、この街のどこに何があるのか、建物の位置関係、すべて把握済みだ。
まあ、さすがに下水道までは完全に把握出来ていないがな。
「貴様ァ、貴様は初めからこれを狙って、ガァアアアア!!」
床を這いずる黒騎士に向けて、6本の鉄杭が打ち込まれる。
その鉄杭は黒騎士の両手足、胴体を貫通し、地面に縫い付けた。
その様はまるで虫の標本のようであり、黒騎士は必死にもがくが、びくともしない。
しかし、大人しいリゼットにしては、かなりの殺意が篭っている。
「ああ……絶対に怒ってるぞ、これは……
まあ、それはそれとしてだ。俺はリゼットとは何の打ち合わせもしていないぞ。
ただ、この街に降り立ったアンデッドが1000体だとすると、1秒1殺なら1000秒。
2倍マージンを見るなら2000秒。つまり33分あればリゼットの手が空くと予想できる」
ちなみに、現在、リゼットに指示を出してから35分が経過している。
「つまりこれは、リゼットの手が空いて、城壁からここが見えることに気が付いて、
もしかしたら自分を助けてくれるのではないか……という、策ともいえないただの願望だよ」
「なんだ……と。そんな、偶然に……ただの、運ではないか
……卑怯、もの、め……私と、真剣に、たたか、え……ガハァ!!」
城壁からリゼットの矢が容赦なく打ち込まれる。
「卑怯? 勝てば良いんだよ、勝てば」
動けない黒騎士に対して、アイテムフォルダの中から油壺と松明を取り出す。
まず油壺を黒騎士に投げる。次に、松明に火をつける。
「き、貴様…止めろ。戦え、せめて、戦え……
やめろ……こんな……こんな、最後は、認めない。
私、こそが、最強の……聖騎士に……」
黒騎士はせめて戦士として戦って死にたいと懇願する。
だが、駄目だね。今まで一方的に人を殺してきた者が、自身の死に方を選べると思ったら大間違いだ。
「お前は強さを求めてアンデッドになったんだっけ?
だったら、お前は剣ではなく、弓を覚えるべきだったな。
相手が攻撃できないところから、自分だけ一方的に攻撃する。遠距離攻撃こそが最強。
それに引き換え、剣士とは惨めだなぁ……鉄の棒をブンブン振り回して何が出来る?
何も出来ないだろう?」
火をつけた松明を投げる。
身体を鉄杭で固定された黒騎士は逃げることも出来ずに、火に包まれる。
その火は、黒騎士をただ燃やすだけではない。
破壊されずに残った鎧が、炎で熱せられることで、外からも中身を炙り殺す。
「ぁああああついいいいいいいいい!!」
弓矢の突き刺さった兜から、くぐもった絶叫が響き渡る。
「ふん……まるで、『ファラリスの雄牛』だな。
堕ちた聖騎士マルク、ここがお前の終着点だ。
恐怖と後悔と絶望の中で、苦しんで死ね!!」
こうして、しばらくの間絶叫を上げていた黒騎士は灰になった。
「ああ……完全に薬がきれた……だるい……きつい……
薬はあくまで最終手段だな……酔うのは酒だけで十分……
邪教徒相手に調子に乗って問答なんて……まったく無意味なことをした……」
ふらふらする身体に鞭を入れ、切り取られた自身の身体や、黒騎士の装備を回収する。
そのうちの1つ、およそ矢と呼ぶのもおこがましい、鉄杭を見る。
「……はぁ、今回もまたリゼットに助けられた。
というか、毎回、助けられてる。
……いい加減に意地を張るのは止めるべきかね」
自分はリゼットに危険を晒したくはないと本当に思っている。
だが、事実として自分一人ではこのザマだ。
もう最初から、リゼットに助けを求めた方が良いのではないのだろうか?
「それでも……俺にだって、小さなプライドがあるんだよ。
はぁ……剣の強さとかどうでもいいから、もっと人間的に強くなりたいなぁ……」
という訳で、4章中ボス『堕ちた聖騎士マルク』戦、終了。
彼の敗因は、出会い頭にソージを殺しておかなかったこと。
では、なぜ殺さなかったのかといえば、邪教徒は自身を誇示し続けていないと自我が保てないから。
仕方がないね。
次話は、レオン視点での『アンデッド・ドラゴン』戦になります。