99話 波状攻撃
『AM11:00 アウイン西部地区城壁』
戦闘開始から5時間が経過。
戦闘の推移としては、こちらに大きな被害はなく概ね想定通りに進んでいる。
「エリア・マテリアル・シールド!!」
指揮所からカグヤの支援魔法が発動する。
物理攻撃に対するシールドを作り出す『マテリアル・シールド』。
『エリア・マテリアル・シールド』はその強化版だ。
効果はパーティー全員にマテリアル・シールドを発生させるという、
単純な効果範囲の拡大だが、その効果は驚異的だ。
元々のフラグメントワールドでは、パーティーの人数はせいぜい10数人規模であったが、
今戦場には1千人以上の人間が存在している。
その全てに一度の魔法でシールドを張ることが出来るので、コストパフォーマンスが非常に良い。
カグヤはこの状況を見越して、メイン職業:『神官』、サブ職業:『神官』の純粋な神官に転職しており、
『エリア・マテリアル・シールド』の他にも、全体回復魔法の『エリア・ヒール』を習得する等、スキル構成を全体効果の魔法メインに組み直している。
そのため、ソロ特化の自分とは、真逆のスキル構成となっている。
まあ、MMORPGであるフラグメントワールドでは、むしろカグヤのスキル構成の方が正道ではあるのだが、
この異世界であるフラグメントワールドでは、必ずしも正しいという訳ではない。
なぜなら、カグヤのスキル構成はパーティーを組むこと前提となっているため、一人で行動させることが出来なくなった。
全体回復魔法は、一人または少人数の場合は、効果の割りに消費が重いし、魔法の習得にスキルを振っている為、
自身のステータスの強化は最低限となっている。
当然、殴り合いも出来なくなったと考えた方が良いだろう。
「それでもカグヤのおかげで、死者はゼロに抑えることが出来ている。
彼女が戦えない分は、自分が戦えば良い。
しかし……どうにも戦闘が膠着してきたな」
カグヤの魔法効果は絶大だ。
だが、ここまで死者が少ないのは敵の方にも原因がある。
なぜなら敵が弱いのだ。
「トレビュシェット隊、石弾装填……放て!!」
10台のトレビュシェットが一斉に石弾を放つが、当たったのは1つだけ。
それは狙いが不確かなのではない。
戦闘前に調整は済んでおり、自分も角度なんかをいろいろ計算した。
その結果、あらかじめ定められた着弾地点になら6割方当てられる。
だが、敵は最初の突撃以降は、巨人のような大型モンスターは登場せず、
100人規模の小型のアンデッドモンスターを小出しに突撃させてくるのだ。
それも集団ではなく、バラバラに、散兵として。
つまり、トレビュシェットで狙うには、的が小さすぎるのだ。
「うーん……せっかく作ったのに、これでは余りに非効率。
トレビュシェットに使う弾も無限にあるわけではない。
トレビュシェット隊は一時待機だな」
残念だが仕方がない。
トレビュシェットの代りに弓兵隊に頑張って貰おう。
「弓兵隊!! 放て!!」
突撃してきた小規模なアンデッドの群れに矢の雨を降らせる。
だが、こちらも効果が薄い。
トレビュシェットよりは当たるようになったが、城壁の上から移動する物体を正確に打ち抜くのは難しい。
リゼットなら当然のように当てるのだが、誰もが彼女のように弓の達人ではないのだ。
そのため数でカバーすることになるのだが、矢玉だって数に限りはあるし、
その矢を放つ弓兵にしても疲労も溜まるし、集中力だって削れていく。
こちらに大きな被害はないとは言え、このままの戦法で戦っていて良いとは思えない。
戦術の見直しが必要なのだろう。
そもそも、雑魚アンデッドの集団が100人程度、城壁に張り付いたところで何が出来るとも思えない。
敵は攻城兵器を持たぬ雑兵共……アンデッド化したゴブリンやオーク、その他の野生動物たちなのだ。
もしこれが戦略ゲームだったら、完全にスルーしている。
それでも、倒さないわけにはいかない。
これはゲームではなく、現実なのだ。
目の前に敵がいるのにスルーするなど、士気が保てないし、
万が一にもアンデッドに何かの仕掛け……
例えば、自爆テロのように身体に爆弾を巻きつけている等があれば、目も当てられない。
しかしその結果、たかが100人規模の雑魚アンデッドに、緊張を強いられ続けている。
これは……もしかしなくても指揮官である自分が無能なだけか。
「逐次的な戦力の投入など、下策も下策よ……などと思っていた時期もありました。
こちらを休ませない波状攻撃、長期戦狙いか。
シモン、長期戦はこちらに不利だよな」
自分と同じく西部地区城壁に作られた指揮所に詰めるシモンに尋ねる。
「ええ、今はこの街全体が戦争状態ですからね。
経済活動が完全に止まっています。
今回の戦いは防衛線ですので、身代金も賠償金も期待できません。
戦えば戦うほど、お金が飛んでいきます。
お金だけではなく、人命も、資材も、食料も」
「ですよね……さてどうするか」
ちなみにシモンが言うには、アウインだけで戦えるのは最大で1週間程度だという。
しかし実際には、それより前の3日間で片がつかなければ他の都市に救援を頼むことになる。
今回の戦いの責任者である自分としては、他者の介入は出来るだけ避けたい。
この街の問題は、この街の者だけで解決したいのだ。
「しかし、敵の狙いは本当に長期戦なのか?
自分達にとって長期戦がきついのは、言ってしまえば政治的、金銭的な問題だ。
その辺全て投げ捨てるなら、他の都市に援軍を求め、大戦力でアンデッド軍団ごと邪教徒を薙ぎ倒すことだって出来る。
このまま、だらだらと戦っていても邪教徒側に勝ちはないぞ?」
「その政治を投げ捨てられないことが、我々の人間の悲しい性ですけどね。
それはさておき、邪教徒の時間の引き延ばしについてですが……もしかしたら彼らは夜を待っているのかもしれません」
「夜?」
「はい。夜は彼らアンデッドの時間です。もし何か仕掛ける気なら夜でしょう」
夜か……だったら、最初から夜に開戦すれば良かったのでは?
と思わないでもないが、シモンの指摘は現在の状況から考えると間違っているとは思えない。
ヒューマンを含む人間側は昼行性……つまり人間にとって夜は寝る時間なので、どうしても活動が鈍くなる。
だからこそ、夜襲という言葉もあるのだ。
邪教徒としては、このまま戦闘を引き延ばし、こちらの集中力が切れた夜に奇襲をかける。
いかにもありそうな狙いだ。
「であるならば、こちらもまともに付き合うのは馬鹿らしいな。
シモン、第1部隊、第2部隊をさらに半分……第1部隊A班、B班、第2部隊A班、B班みたいな感じに分ける。
この4部隊で、1時間ごとに交代で防衛を行う。
日が暮れるのは17時、今が11時だから、6時間をこれで凌ぐ」
どうせ敵は少数でしか来ないのだ。
だったら、思い切ってこちらも少数で対応する。
もちろん、敵の狙いが夜を待っての時間稼ぎではない可能性もあるので、
何かあった場合はA班とB班を元に戻して、今の状態にすぐに戻せるようにしておく。
「という感じで行きたいのだが、出来るかシモン?」
結構、面倒くさい要求であると思うが、シモンは快く頷いた。
「まあ、部隊の再編成ぐらいなら、あなたの無茶振りの中では温い方ですね。
分かりました。すぐに取り掛かりましょう」
あれ……普段そんなに無茶振りしてたっけ?……してたな、してた。
まあ、無茶振りした分の利益は出しているはずだから、たぶん問題ないはずだ。
そんなことを思いつつ、指揮所を後にするシモンを見送った。
『PM 4:00 アウイン西部地区城壁』
結局、あれから戦場は大きな動きもなく膠着した状態で推移した。
敵は相変わらず100人規模のアンデッドの集団を散発的に繰り出し、
対するこちらは、4つに分けた少人数の部隊で対応した。
勝ちも負けもない、クソの様な小競り合いはそのまま5時間続いた。
『総攻撃をかけるべきだ』という声も上がったが、それは総大将の権力で、
今日一日は防衛に専念するということで押し切った。
だいたい、今有利なのは城壁による守りと、六重聖域の守りという、
地形効果マシマシの状況で戦っているからなのであって、それらを捨てて野戦で戦うなど馬鹿げている。
戦闘開始からの小競り合いで、敵の数はおよそ3000体に数を減らしているが、見た目の数に誤魔化されてはいけない。
第5開拓村で見せたように、モンスタークリスタルでモンスターを召喚することだって出来るのだ。
それに第5開拓村で見た巨大なドラゴンも、まだ姿を見せていない。
これらのことを考えるなら、総攻撃はいずれやるだろうが、しかしそれは今ではない。
時刻は午後4時。冬のアウインの日の入りは速い。
既に日は大きく傾き、周囲を燃え上がるような夕日が包む。
逢魔時、昼と夜が移り変わる時間。
日本では、化け物や幽霊が出てくる時間であり、警戒すべき時間として信じられてきた。
まして、この世界には、モンスターもアンデッドも本当にいるのだ。
この戦いに参加している街の住人達は、迫り来る夜に警戒を強めていた。
――そして、その時は来た。
サフィア川の近くに陣取っていたアンデッドの集団から1つの影が飛び立った。
それは距離もあり、最初は小さな影であったが、アウインに近づくにつれて、どんどん大きくなっていく。
それは、漆黒のドラゴン。
体長は20メートルは軽く超える。
全身を漆黒の鱗の鎧で覆い、手足の爪1本1本がまるで大剣のようだ。
さらに禍々しく光る赤い瞳は、見る者を否応なく恐怖で萎縮させる。
『アンデッド・ドラゴン』
……間違いない第5開拓村で見た邪教徒エミールを乗せていたドラゴンだ。
さらに、そのドラゴンの巨体には、第5開拓村で見たように大きな鞄が、体中に巻きつけられていた。
「アンデッドドラゴンが来たぞ!!
シモン、鐘を鳴らせ!!
総員、全力攻撃!!奴の身体の鞄を狙え!!」
ドラゴンは真っ直ぐに、アウインに向かって飛んでくる。
奴をこの街の上空に到達させてはいけない。
ドラゴン本体の脅威もさることながら、さらに脅威なのはあの鞄の中身。
自分の予想が正しいのなら、あの中身は大量のモンスタークリスタルのはずだ。
奴は上空からモンスタークリスタルをばら撒くことで、アウイン全体を戦場に変えるつもりだと予想している。
アウインには六重聖域の守りがあると言っても、アンデッドを即死させてくれるようなものではない。
低級のアンデッドでも死ぬまでには10秒程度はかかってしまう。
一般人を殺すのならば、10秒あれば十分すぎる。
――だが、それは予想できていたことだ。
自分の指示の通り、シモンは鐘を鳴らす。
その鐘の音を聞いた西部教会が教会に備え付けられた大鐘を鳴らす。
さらに、その鐘の音を聞いたアウインの各教会が、それぞれの教会の大鐘を鳴らしていく。
それは、このアンデッド・ドラゴンに対する警戒音。
義勇兵や一般市民には、この鐘の音を聞いた段階で速やかに退避するように言い含めてある。
もしかしたら自分の予想は外れるかもしれないが、どちらにしろドラゴン相手に一般人では相手にならないのだから問題ない。
また、反対に鐘の音を聞いた戦闘員達は慌てて戦闘準備を整える。
この鐘を聞いた段階で、休憩中の部隊も強制的に戦闘参加だ。
彼らはアウインに迫るドラゴンに弓や魔法を放つが、敵はその巨体似合わない身のこなしと、スピードでアウインに迫る。
「チィ!!厄介な!!
リゼット!!打ち落とせ!!」
その声で、リゼットが矢を放つ。
彼女が放ったのは、火のフラグメントを矢じりに用いた『炎の矢』。
その矢は彼女の狙い通りドラゴンの鞄に刺さり、炎を上げる。
炎上した鞄から、小さな水晶がこぼれ落ちる。
やはり予想通り、モンスタークリスタルか。
リゼットはさらに、10の矢を放ち、ドラゴンの身体に巻きつけられた鞄を焼いていく。
しかし、彼女の矢を受けたドラゴンは、さらに加速をして『リゼットに向けて』真っ直ぐに突っ込んできた。
「くそ!!」
リゼットの矢を避けるのではなく、最短距離を最速で突っ込むことで被害を最小限にする気か!!
それ以前にドラゴンの直撃など受けてはリゼットが死んでしまう。
慌てて周りに退避の指示を出し、自分は彼女を抱いて、その場から飛び退いた。
直後、指揮所を粉砕するようにドラゴンが通り過ぎた。
「くそが!!やってくれたな!!
リゼット、シモン無事か!!」
「はい……ですが、ドラゴンが……」
「痛たた……はい、僕もどうにか……しかし、まずいですね」
敵ドラゴンは指揮所を破壊したあと、アウインの上空を旋回する。
半分程度の鞄は破壊できたが、残りの半分を街中にばら撒いた。
キラキラと夕日を反射して街に落ちるモンスタークリスタルは、その幻想的な光景と裏腹にアウインを地獄に変える。
アウインに落ちたモンスタークリスタルの数はおよそ1千個。
それは地面に接触すると光を放ち、クリスタルと入れ替わるように、鎧を纏い、剣で武装したアンデッドの戦士が現れた。
アンデッドの戦士は、六重聖域の光で全身を焼かれながらも、逃げ遅れた住民に対して、容赦なく剣を振り落とす。
「くそ、すぐに守備隊を向かわせろ!!」
だが、事態はそれで収まらなかった。
上空のドラゴンから黒い塊が飛び降りたのだ。
それは、フルプレートの鎧を纏った黒い騎士だった。
その黒騎士はアウインの中央通に着地すると、1メートルは超える大剣を振り回し、近くにいた兵士も市民も、
戦闘員、非戦闘員の区別なく殺していく。
しかも、その敵は六重聖域の光をものともしていない。
おそらくソウルイーターのように、光属性を無効化するアイテムを装備しているようだ。
「あの野郎!!」
あの黒騎士は明らかに、他のアンデッドモンスターとは別格だ。
目を凝らし、ステータスを確認する。
--------------------
Lv:8X
名e:*ルク
H{:1A40
えp:F@a
--------------------
ステータスバグ!!
転移者ではない、邪教徒の手の者か!!
しかも、実力は相当に高い。周りの兵士がまるで赤子のように切り裂かれていく。
間違いなく『アンデッド・ジン』と同等か、それ以上の脅威だ。
だが関係ない。殺す。
ここまで死者ゼロできていたが、あの黒騎士だけで12人。こうしている間にもさらに2人殺された。
くそが、絶対に殺す。
「大変だ!!敵が!!巨人が!!」
「っ!!こんどは何だ!!」
見ると今まで邪教徒達が陣取っていた場所に1つの大きな影が現れた。
それは今までの10メートルの巨人を超える。
およそ50メートルはあるだろう特大サイズの巨人。
数は一体だが、その巨人は真っ直ぐにこちらに走ってくる。
まずい、あんな物に体当たりをされたら、さすがの城壁も耐えられない。
どうする、どうする。考えろ、考えろ。
先程までの優勢はどこへ消えたのか、一瞬にして窮地に陥った。
全身から嫌な汗が噴出し、胃がキリキリと痛み出す。
だが、こういう時こそ落ち着け。
まずは何をしないといけないかを整理する。
1.アンデッドドラゴンの対処。
2.街中に放たれたアンデッドモンスターの対処。
3.黒騎士の対処。
4.特大巨人の対処。
優先順位は2は低いが、それ以外は全て重要。
今すぐに対処できなければそれで、このまま負けてしまうかもしれない。
「だったら、1つ1つ潰していくまで!!
アンナ、魔法は撃てるな、あの巨人を倒せ!!」
「おう、今まで休んでいた分、仕事はしてやるさ!!」
「カグヤも巨人の相手を頼む!!
『バニシング・レイ』は、もちろん使えるんだろう!!」
「了解。純粋な神官による、本物の『バニシング・レイ』を見せてあげるよ」
「リゼットは、街中のアンデッドモンスターの対処を頼む。
この城壁からなら街全体を狙えるはずだ、守備隊が手薄な部分を優先的に狙ってくれ!!」
「はい」
残りは黒騎士とアンデッド・ドラゴン。
1つは自分が対処するとして、もう1つをどうするか?
「ふん、俺の出番なのだろう?」
その声の方を振り向くと、そこにはドヤ顔をしたレオンの姿があった。
なんで自分がこんなに胃を痛めている中、この男はこんなに楽しそうなのだろうか?
特に意味はないが、その顔をぶん殴ってやりたい。
「……レオンには東部教会の聖騎士団を率いて、アンデッド・ドラゴンの相手をお願いします」
「へぇ、良いのかい。腐ってもあれはドラゴンだ。
『ドラゴンスレイヤー』の称号は俺のものだぜ?」
この世界において『ドラゴン殺し』は、戦士としての至上の名誉らしいが、
今はそんなことはどうでも良い。
「はい、たぶんこれが一番効率的です」
ドラゴンと黒騎士、その脅威度はほぼ同じ。
違うのは図体の大きさだ。
あの黒騎士は、おそらくかなり強い。
もしあの黒騎士が王族の城や、六重聖域の祭壇に突撃されたりすれば厄介だ。
というよりも、それを許したら、この戦いに負けてしまう。
早急に黒騎士を抑えないといけないが、これは自分一人いれば良い。
対して、アンデッドドラゴンは、空を飛んでおり、その身体は巨体だ。
これは言い換えれば的が大きいということであり、空に向けて攻撃するので、同士討ちの心配がないことも意味する。
つまり、アンデッドスライムと同じように対処すれば倒せるはずなのだ。
だったら多少の不安はあるが、聖騎士団を率いて戦うことが出来るレオンに、ドラゴンの対処をして貰うのが一番良い。
作戦は纏まった、ならば後はやるだけだ。
「こんなところで負けられない!!
行くぞ!!、反撃開始だ!!」
『おお!!』
という訳で、ここから中盤戦。
リゼット→ソージ→レオンの順番で投稿していきます。