人工物-天使#3-
――3■■■年1■月■■日の記録――
この世界の全てのものは皆、情報を持っている。
もはや情報でできていると言っても過言ではない。
例えば俺は音を発することができる。視認することができる。触れることができる。自立し、思考することができる。
意味を持つ音を発して、意思の疎通ができる。
動物、静物、見える、見えないに関係なく、必ずなにかしらの情報を持っている。
目の前のこれも同じだ。
俺が近づくと色が僅かに変わる。
俺が意味のある音を発すると、これも高い音を出す。
俺が触れると動く。
手触りは柔らかく、しっとりしているようだ。
ある一定の動作をすると、変わった反応が見られる。
特定の場所を特別な方法で刺激すると、俺にとって有益な情報を与えてくれる。
それを得て俺の身体は似たような情報を出すらしい。
脳が喜びを表す物質を放出し、肉体的な満足感が得られた。
俺達の感情という情報は、世間一般の人間と一致すると断定できない。
仲間も、そう結論づけていた。
俺達は人工知能とは違う。
でも、だからこそ、合理的に生きる。
そうしろと、人間が教えたから。
そう生きろと教えたから。
俺が行っていることは、俺にとって無駄で、非効率的で、非生産的で、非合理的だ。
それを知った上であえて行っているのは、俺達が得るはずだった“感情”を少しでも理解するためだ。
人間がなぜこの行為に心を奪われるのか、なぜこの行為のために人生を棒に振るのか、なぜこの行為に生産以外の意味を持たせようとするのか。
種の生存本能と、脳の快楽ホルモンに踊らされた人間が、そこに理性的な意味を持たせようとして、恋愛感情は生まれる。
ならばそれらがない俺達は、感情がない俺達は、集まり温め合うことにどんな理由をつけようとしているのだろう。
なぜ世の中で免罪符のように売りさばかれているものの真似事をしようと思ったのだろう。
その答えがもし、俺達にまともで人間らしい感情が芽生えからというものだったなら、きっと俺達はこうしてここにいなかっただろう。
目の前のものにそっと力を入れると、しばらく暴れたあと、動かなくなった。
人間は動くものと動かないものがいる。
人間はほぼ同じ情報を持つはずのそのふたつを大きくわける。
全く別のものとして扱う。
その意味と理由がわかった時、俺達はホンモノの人間になれるだろうか。
――作成者****
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この世界にきて、わかったことがふたつある。
ひとつは俺達の頭はおかしいということ。
具体的にどうおかしいとははっきり言えないけれど、きっとこの世界にくる前と今とでは性格が違う。
それから、女の子達の記憶と俺達の記憶がかみ合わないということ。
ただ忘れてるだけかとも思ったけど、完全に別のものにすり替わっているところがかなりある。
まだ女の子はふたりしかいないから、他の女の子もそうとは断定できない。
俺はそのことについて旭斗に相談した。
「ああ、まあ、そうだよな。お前も気づいたか。そうなんだよ、ただこれについてはまだここでは言えなくてな」
旭斗は奥歯にものが挟まったような答えしか返してくれなかった。
旭斗が知っていて俺が知らないことがあるってことか。
しかもそれは俺に言うと困るか、あるいは言うと誰かに聞かれる恐れがある。
俺はなんともいえない焦燥感にカタカタと指を机に叩きつけた。
「俺は、もしかして記憶が戻ったつもりでいて、実際は何も知らないのか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるな。今はまだ仲間が足りなさすぎる。とりあえず時間がねぇことと、ここが敵の創った監獄だってことだけ知っていればいい」
旭斗の台詞は衝撃的すぎて、今夜からまともに眠れないような気がした。
もし俺達が現実世界で何かあって、誰かから故意にここに閉じ込められたのなら、ゲームだからと軽い気持ちで生きていく訳にはいかなくなる。
ああ、だから時間がないのか。
「敵……俺達に、敵がいるのか」
よく考えれば当たり前のことだろう。俺達は現実でいろいろ恨みを買いやすい立場だったのだから。
「お前が生身の頃のことをどれだけ覚えているか……いや、どれだけ改変されていないか、だな。当たり前だが、俺達がここにいる以上、創った側の干渉を必ず受ける。記憶の持ち込みに検閲がかかっているんなら、これはループバグなんかじゃなく、意図的に俺達をここから出さないようにしているのかもな」
もし、俺達が本当にこのゲームを作った人間じゃなく、そいつらに運営を任せられているだけの存在だとしたら、そいつらにとって都合よくしか動けない。
ここから出られないのは元々出ることができないゲームなのか、あるいは出られると困る人がいるってことだよな。