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弓と剣  作者: 淳A
海鳴
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覚悟

 第一庁舎から第二庁舎へ戻ろうとしていた所をサーシキ第二大隊長に掴まった。

「副将軍昇進おめでとうございます、は少々気が早いか?」

 あ、嫌み。 やーな感じ。 

 サーシキ大隊長は本気にしていいのか悪いのか読めない真顔で言ったけど、にぶにぶの俺にだってすぐ分かっちゃった。 言われてすぐ嫌みと分かるだなんて俺も進歩したもんだ。 部下から散々嫌みを言われ、気が付かない内に鍛えられていたのかもな。


 それにしても、なんでサーシキ大隊長から嫌みを言われなきゃならないの?

 これがジンヤ副将軍や第二庁舎勤務の兵士から言われたのなら分かる。 俺が引っ越して来たせいでこれからびしばしマッギニス補佐の大寒波に晒されるんだから嫌みの一つも言いたくなるだろう。

 だけど立派な第三庁舎で暖房のきいた執務室に座っているサーシキ大隊長には何の被害もない。 どの大隊長も第一にならよく行く用事があるが、第二に行く用事なんて滅多にないんだから。

 人生一寸先は闇とは言え、これからサーシキ大隊長が寒波に襲われる可能性はゼロと言っていい。 偶々第一庁舎に来ていたせいで寒波を食らう可能性もなくなったんだし、俺が引っ越して万々歳だろ。 嫌みを言う必要なんかない。


 副将軍の執務室がある庁舎に引っ越したからって副将軍になれるはずがない事はサーシキ大隊長だってよーく御存知だ。 俺は仕事が出来ません。 自慢する訳じゃないけど、人間自分を知るって大事だよな。 しかもこれは秘密って訳でもない。 俺と一緒に仕事をした事がある人はもちろん、した事が一度もない人だって噂で知っている。 大隊長の仕事だってまともにやれてないのに副将軍の仕事をやれる訳がない。

 賢いサーシキ大隊長ならそんな事、言われなくたって分かっている。 分かっていながら言ってるんだ。 俺を突っついて、俺の本音というか、腹の中で何を考えているか探りたい、て感じ? 副将軍なんか興味ありませんみたいな顔をして、実はしっかり狙っているんだろ、と疑っているのかも。

 それに俺自身は狙っていなくても、なら誰を後押しする気だ、とかさ。 師範か、マッギニス補佐か。 俺じゃないだろ、みたいな?


 ほーんと、疑り深い人ってこれだから。 まあ、探りを入れたくなる気持ちは分かる。 次の副将軍と見なされていたブロッシュ大隊長が退官したから。

 ブロッシュ大隊長がいればサーシキ大隊長にチャンスはまずなかった。 それにブロッシュ大隊長が将軍になったら、たぶんサーシキ大隊長が副将軍と世間では噂していた。 ブロッシュ大隊長と副将軍の座を争うような真似はしなかったと思うが、ブロッシュ大隊長がいないなら話は別だ。

 サーシキ大隊長はブロッシュ大隊長より年上だから副将軍にはなれても将軍になれる可能性はなかったが、今ではサーシキ大隊長が次の副将軍との呼び声が高い。 それが実現すれば、よっぽどの事がない限りいつか将軍になれる。


 サーシキ子爵でもあるサーシキ大隊長なら年齢も丁度いいくらいだし、爵位も軍功もある。 副将軍に昇進するのに大した問題はない。 次の副将軍はサーシキ大隊長だろう。 少なくとも俺はそう思っている。 ただなぜか、次はサーシキ大隊長で決まり、みたいな雰囲気はない。

 北軍大隊長ともなれば皆さん海千山千だ。 癖の強い人達を統率する人には他の人とは違う何かがある。 師範やマッギニス補佐は若いが、有無を言わせない迫力があるんだ。 今日、副将軍、いや、将軍になったとしても五万の兵を従わせるだけの。 それと比べたらサーシキ大隊長はどうしても迫力というか、オーラに欠けるんだよな。

 とは言ってもサーシキ大隊長は師範と俺を抜かせば大隊長の中で一番若い。 モンドー将軍より年下の大隊長はサーシキ大隊長だけで、他は全員モンドー将軍より年上か同じ年だ。 たとえ他の大隊長が副将軍になったとしてもモンドー将軍の前か同時に退官となる。 将軍と副将軍が同時に新しくなるのは、ちょっとまずい。


 師範なら若いし、オーラならこれでもかっていうくらいあり、サリの血縁の伯父だ。 どれも大きなポイントだけど、平民出身なだけに副将軍となるには相当な根回しをしないと。 裏副将軍ならあり得ても、いきなり副将軍というのは無理っぽい。 それでも本人にやる気があるなら周りだって協力したと思うが、大隊長だって嫌々やってますって感じだし。 副将軍なんて、やって下さいとお願いしたって、嫌だ、とか言いそう。


 その点マッギニス補佐なら、お願いすればやってくれると思う。 ただマッギニス補佐には大隊を指揮した経験がない。 候補としては名前が上がるだろうけど、次の副将軍というのは、きっと師範以上にそっちこっちから反対される。 それでも本人にやる気があれば不可能じゃない。 なのに根回し一つやるでなし、なんだ。

 その気はあるのに隠しているだけなんじゃないの、と思われるかもしれないが、サーシキ大隊長と師範を蹴り飛ばすつもりなら、いくらマッギニス補佐だって今から根回しを始めなきゃ。 上官の俺に一言も言わず、副将軍になりたいと将軍に言ったって実現しない。 たとえ俺に反対する気がなくても。

 もしマッギニス補佐から推薦してくれと頼まれたら俺は喜んで推薦する。 マッギニス補佐だって、それはとっくに分かっているはずだから俺に黙っている必要なんかない。 そりゃ師範とマッギニス補佐、二人から同時に推薦してくれと頼まれたら困るけど。 マッギニス補佐ならそんなへまっぽい頼み事はしないと思うし。


 とにかく副将軍なんて、やる気がないのにやれと言われたら自分が言われたって迷惑だ。 推薦してくれと頼まれてもいないのに余計な事をする気はない。 つまりサーシキ大隊長以外に適当な候補はいないという事になる。 一人勝ちの状態なんだ。 もうちょっとどっしり構えていればいいのに。 こういう事は実際蓋を開けてみなきゃ分からないとは言ってもさ。

 そもそも嫌みの投げ合いなんて副将軍に昇進する可能性のある人とやればいい。 サーシキ大隊長だって、ほんとは師範かマッギニス補佐に嫌みを言ってどんな反応があるかを見たいんじゃないの?

 でもあの二人に何を言ったって余裕のよっちゃんだ。 十倍返しされる怖れだってある。 下手な事は言えないから俺みたいなとろい奴を狙っているんだろう。


 いずれ北軍将軍になろうって御方が弱い者いじめですか? せっこーい。 せめて冗談を言う時くらい笑顔で言ってもらえませんかね、と言おうかと思ったが、副将軍にならなかったとしても年上で大先輩の大隊長にそんな失礼な事は言いません。 それに何が原因でマッギニス補佐の寒波の引き金となるか。

 何をおっしゃっているんだか、わっかりませーん、としらばっくれる?

 うーん。 サーシキ大隊長にそれは通じなさそう。 俺は体を斜め後方に向け、逃げの体勢を取りながら誤魔化そうとした。


「冗談は勘弁して下さい。 仕事の出来ない俺が副将軍になったら実際の仕事は誰がするんですか? サーシキ大隊長ですか?」

「裏副将軍か。 それも面白いかもしれぬな。 ふっ」

 何が、ふっ、だよ。 裏副将軍のどこが面白いのさ、とは思ったが、がまんだ。 がまん。 せっかく第二庁舎に移転して心機一転、寒波のない一歩を踏み出そうとしているのに出だしで躓いてどうする。 ゼロ寒波達成は無理としても、せめて大はなし、あっても小、偶に中、という感じで抑えたい。 なのに引っ越して一ヶ月も経たない内に大寒波じゃ今度こそ、さっさと自分の庁舎を建てろと言われてしまう。

 そうなったら困る所の騒ぎじゃない。 北は今、建築ブームで建築資材不足に拍車がかかっている。 その最中に庁舎を建てるとなったらいくらかかるか見当が付かない。 有能なシュエリ会計官が部下になってくれたのは心強いが、彼だって予算が増やせる魔法使いじゃないんだから。


「そんな、裏とかおっしゃらず。 ははは。 あ、思い出した用事がありますので。 お先に失礼します」

 そう言ってその場から早足で逃げ、後でアラウジョに何を思い出した事にしておいたらいいかを聞いておいた。


 ほーんと、世の中生きづらい事ばっか。 やっと事情聴取官が帰ってくれたばかりなのに。 しかも帰ってくれたからって終わりじゃない。 本当に大変なのはこれからだ。

 俺のやった事を見逃してもらえるのか、もらえないのか? その内連絡が来るはずだけど、それがいつになるか誰も知らない。 見逃してもらえなかったら審問開始。 俺は被告として召喚される。

 被告になったらどうなるの? そして有罪となったら? 俺の親戚や知り合いに有罪になった人がいるなら体験談が聞きたいけど、そんな人なんてひとりもいないし。 レイ義兄上なら被疑者になった事があるけど無罪だったから。


 いつもなら考えたって分からない事は気にしないようにしているが、もし有罪となったら爵位や財産は没収だ。 そうなったらサリは即座に後宮入り。 二度と会えない。

 いーやーだー、と叫んだ所で無駄。 それくらいは俺だって知っている。 ベイダー侯爵令嬢が法律顧問になってくれる事になったけど、大審院を相手にごねたって無理なものは無理。

 はあーーーーっ。

 自分の執務室の窓から外をぼーっと眺め、それはそれはながーーーいため息をついた。


 外はあっちもこっちも工事中。 雪が積もる前に棟上げを終わらせようと、みんな必死になって働いている。 十五、六にしか見えない大工でもすごく手際がいい。 あれを見ると俺みたいな不器用な奴に大工は務まらないって事がよく分かる。

 俺の取り柄っていったら弓だけ。 兵士を続けるしかない。 平の兵士なら俺にだって充分やれたと思う。 ところが今じゃ大隊長。 それは簡単じゃない。


 工事中の建物の中には北軍が建てている平民用宿舎もあるが、ほとんどは外国からの貴賓兵(という言葉があるかどうかは分からないが)用だ。 出来上がり次第、どんどんやって来る。

 貴賓兵=難しい部下。 難しい部下を持つ上官は苦労する。 ただでさえ恐い人にびっしり囲まれて身動き出来ないのに、これに難しい人が混ざるのかよ。 ひょっとしたら難しくて怖い人達が来たりして? つ、疲れる。


 尤もどんなに難しくて怖い人だろうと師範とマッギニス補佐の上を行く人はそんなにいないと思うが。 それに二人共、いずれは俺の上官になるだろう。 難しくて怖い上官を持つ事に比べたら、難しくて怖い同僚や部下の方がまだましなんだけどさ。

 ふと、マッギニス副将軍の部下となって、夏でもクークラのマフラーを手放せないでいる自分の姿が思い浮かんだ。 次の瞬間、氷で簀巻きにされた俺が床に転がっている場面が、ぱっと浮かんで消えた。


 ぶるるるっ。 な、何、あれ。 ま、まさか、俺の予知夢能力が進化して白昼夢として現れるようになった、とか?

 さ、寒いっ! そんな目にあう前に退官しちゃう? でも退官理由をマッギニス補佐に聞かれたら困っちゃうかも。 俺にうまい嘘なんてつけるはずないし。 ほんとの事を言ったらその場で氷の簀巻きになったりして。

 あーあ、結局、どっちにしても同じか。 せめていつそんな目にあうんだか分かる方法でもあればなあ。


 俺ってば、そんな先の苦労を今から心配してどうする。 暗い未来を今から考えたって明るくなるって訳でもないだろ。

 取りあえず、今日を生きる。 それ以外考える必要はない。

 生涯一兵士。 その覚悟でここに来たんじゃないか。 初心忘れるべからず、だ。


 あれ、そうだったっけ? そんな覚悟した事あった? うー、覚えてないな。

 ま、そのー。

 それなら今、覚悟しちゃえばいい。


「海鳴」の章、終わります。

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