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弓と剣  作者: 淳A
胎動
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334/490

船旗

「船旗か、それっぽい物が何かありませんかね?」

 事故の翌日、食料を積み込むのに次の停泊地をどこにするかドレジェッツ船長と話していたら、申し訳なさそうな顔で聞かれた。

「船旗?」

「何しろこの船はどっからどう見てもただの平民漁船なんで。 ブレベッサ号が護衛船として付いてた時にゃ心配してなかったんですが。 それがないってなると桟橋に着いた時貴族の船に割り込みされて、いつまで待っても順番が回って来ない、て事になると思うんです」


 途中いくらでも桟橋があるし、桟橋の近くには必ず船を相手に商売している店がある。 そこで必要な物は買えばいいと思ったから、ギラムシオ号に沢山の食料を積み込んだりしなかった。 それにギラムシオ号は大きな船じゃないのに大人数を乗せている。 これ以上重くしたら増々遅くなるだろ。

 と言うのは建前なんだけどさ。 正直に言っちゃえば、ブレベッサ号にしっかり集るつもりでいたんだ。 乗船拒否したくせに厚かましいとは思うけど。 ブレベッサ号は元々俺達の分の食料を積んでくれているから。


 でも頼りのブレベッサ号が沈没しちゃった以上、食料は自分で調達するしかない。 南で観光するつもりでいたからお金なら(トビが)充分なくらい持って来た。 ただ秋はお天気が良いから船旅が盛んだ。 収穫物を運んだりする忙しい季節でもある。 どの桟橋も混んでいるから空きがなければ空くまで待つしかない。

 待っている船が全部平民所有の船なら着順で、待っていればいつか桟橋に着けるし、自分の前に何艘あるかを数えれば、いつ頃停泊できるかの見通しも立つ。 だけどそこに貴族の船が来たら平民の船は順番を譲らなくちゃいけない。


 ギラムシオ号の船主は俺だから割り込みをする権利ならあるし、おまけにサリが乗っている。 皇王族が乗っている船の方が貴族の船より格上だ。

 とは言え、皇王族が船に乗る事は滅多にない。 現に先代皇王陛下が船に乗るのは今回の旅が生まれて初めてなのだと伺っている。 現在航行可能な御用船は南に停泊している先代陛下がお乗りになる予定の船しかないはず。 つまり俺達の船より格上の船はないと思って間違いない。

 とは言っても問題はどうしたら他の船がそれに気付いてくれるか、だ。 ブレベッサ号ならたとえ船旗がなくたってあんなド派手な船が割り込みをするのに何の説明もいらなかったが、この船じゃ割り込みをする所か下手をすると割り込みされて、いつまでも順番を待つ羽目になる。

 遊びの旅ならいくら待ったっていい。 でも今回はお見送りに間に合わなきゃ困る。 だからこの船が北方伯家所有で、サリが乗っているという事を向こうの船に気付いてもらわなきゃいけない。 

 俺の顔が見えるくらい近づけば分かるかもしれないけど、貴族同士ならともかく、漁船に誰が乗っているか、わざわざ見下ろして確認なんかしないだろ。 退け退け、て感じで蹴散らされて終わりだ。


「船旗じゃなくても家紋さえ入っていりゃ一発です。 六つ矢入りなら北方伯家だって知られているんで」

「うーん。 急に言われてもなあ。 俺の軍服やリネが着る礼装にならいくらでも家紋の刺繍が入っているけど。 一つ一つはどれも小さいし、切り取ったりしたら服が着れなくなっちゃう。

 家紋が入っているハンカチならあるけどさ。 そんな小さな布っきれを旗にしたって笑われるだけって言うか。 小さ過ぎて他の船から見えないだろ。 だけど旗になるくらい大きな布に刺繍するなんて、今すぐには無理だし」

 俺がそう言うと隣で聞いていた師範が言う。

「笑われるより何より、この船にサリが乗っていると知られるのはまずい。 この辺りに海賊がうじゃうじゃいるとは思わんが、この船よりでかい船、早い船ならいくらでもある。 サリを乗せている船がただの漁船で、しかも護衛船が一隻も付いていないと知られたら誰に襲われないとも限らない。 割り込みする時に知らせるのは仕方がないとしても積み荷が終わり次第すぐ外した方がいい」

 師範の尤もな言葉に俺は深く頷いた。 

「それも考えなきゃいけないですよね。 ただ俺達は最初はダンホフ公爵家の船で行くはずだったでしょ。 ダンホフと聞いただけで襲撃を準備した奴はそんなにいなかったんじゃないかと思うんです。 漁船に乗る事に決めたのは出発直前で、俺達が乗り換えると予想出来たはずはないし。 ブレベッサ号が沈んだのを知って、それから襲う準備をするとなると時間がかかるじゃないですか。 いくら俺達が丸腰だと分かって追いかけてきても追いつく前に俺達はマーシュに着いているんじゃないかな」


 そもそも海賊なんて口で言う程簡単になれるものでもない。 だって襲うにはそれなりにいい船が要る。 金目の物を積んでいる船なら警備だってそれなりだろうし。 襲う船より早い船で、優れた武器と腕のいい剣士を揃えているんでもなけりゃ返り討ちにされるだけだ。

 それに普通の漁船を襲ったって大した金にはならない。 だからもしこの船が襲われるとしたら、運悪く海賊に襲われたと言うより、サリが乗っているから襲われたんだ。 相手は普通の、と言っては語弊があるが、海賊のふりをしているかもしれないけど。 本職の海賊だとしても自分の手を汚したくない誰かに雇われている、とか。

 その場合、金に糸目を付けない奴が背後にいる訳だから、いい船と武器と剣士を用意するのは簡単だ。 対するこちらの護衛と言えば師範と従者のコシェバー(弟のゼン)、ロゼンソン、バートネイア、ネシェイム、アラウジョ、ロイーガだけ。 いくら北の猛虎が一騎当千でケルパもいると言ったって、武器なんか一つも積んでない漁船を襲うのに大した準備はいらない。 二艘で組んで襲われて一艘に体当たりされたら終わりだ。


 そこでフロロバが言った。 

「大隊長。 サリ様が漁船にお乗りになった事、そして元々乗るはずだった御用船が沈んだ事は、もう広まっていると思いますよ。 貴族の諜報網をばかにしちゃいけません。 予定外の事だから誰も知らないと思うのは間違いです」

 それに師範が頷いた。 

「知られていないという前提で行動する訳にはいかん。 名乗りを上げるとしたら割り込み直前にする必要がある。 幸いこれと似た様な中型漁船ならこの時期いくらでも操業しているだろう。 襲いたくとも漁船という漁船を一々止めてサリが乗船しているかどうか確認している暇はないとは思うが」

「愛入りのバリシャツなら大隊長が着たシャツだってすぐ分かるんじゃないですか?」

「何だよ。 あれを船旗にしろって? 冗談じゃない。 却下」

 俺が却下したのに、師範が即座に命じた。

「フロロバ、バリシャツを掲げる準備をしておけ」

「はいっ!」

 なんだよー、その、はいって。 俺が却下と言ってるのに。 フロロバはすぐに準備をし始めた。 でもここで、お前の上官は俺なんだけど、と言うのは止めておいた。 それにドレジェッツ船長に聞いておかなきゃいけない事がある。

「ギラムシオ号の食料、何日くらい保ちそう?」

「皆さん、船員用の乾燥食料と魚だけで我慢出来るんでしたら、三、四日は保つと思います」

「一回は停泊して食料を積み込むとして、そこからマーシュまでどれくらいかかる?」

「その後は直行、て事なら三日目の昼あたりでしょう」

「じゃ、ぎりぎりまで停泊しないで行こう」

「そうすると、せっぱつまった状態で割り込みする事になりますが。 大丈夫なんで?」

「割り込みはなるべく先延ばしにしたいんだ。 その時までにはナジューラ義兄上が追いついてくれるかもしれないし。 追いつかなかったとしても割り込みは他の船に迷惑をかけるから一回で済むならそれに越した事はない」


 そして停泊するとしたらどこの桟橋がいいか、相談した。 大きい桟橋は近くにある町も大きい。 店が沢山あって安くて欲しい物が何でも手に入る。 だけどそんな人が沢山いる所で旗を翻したら誰に目を付けられないものでもない。

 小さくて混んでいない桟橋の方が割り込みしても沢山の人に知られないで済む。 ただもしそこで誰かに待ち伏せでもされていたらかなりやばい。 小さい桟橋なら途中数え切れない程ある。 その全部で待ち伏せするのは不可能なはず、という運を頼みにするしかない。 結局は賭けだ。

 まあ、大きな桟橋だって信頼の置ける援軍がすぐ見つかる保証がある訳でもないし。 南軍所有の桟橋もあるはずだが、俺にはどれがそうなのか分からない。


 俺達は三日後、小さな桟橋でマーシュまでの食料を積み込んだ。 その時俺のバリシャツを船旗代わりに掲げて割り込みをした。 そのシャツだけは嫌だって、最後までごねたんだけどさ。


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