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弓と剣  作者: 淳A
新興
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手品  カールポールの話

 被災したり、弔事が頻発すれば人は畏れ、悪霊が取り憑いた所為と信じる。 単に天気が悪かったとか病気が原因では祓い様もないが、悪霊なら祓えるから。 その方がかえって安心出来るものなのだ。

 人が常に自分の見たいものを見、信じたいものを信じる。 それは時代が移ろうと場所がどこであろうと変わらない。 だからこそ、悪霊を自在に操るかに見えるカールポール伯爵家は上級貴族にさえ畏れられている。

 けれど我が家が代々伝えているのは悪霊を祓う術ではなく、奇術だ。 幻術と呼んでもよいだろう。 その種と仕掛けを子孫に教え、改良し続けているのだ。 目を奪われる奇術と共に告げられる占いやお祓いの信憑性を疑う者はいない。 ましてや悪運に襲われると知ってお祓いを頼まぬ愚か者がいるだろうか。 偶に一人や二人いたとしても彼らにその間違いを思い知らせてやる事は難しい事でもない。


 私の体は小さい頃からとても柔らかく、その柔軟性を利用して様々な奇術を習得した。 大掛かりな仕掛けを自在に操る父程ではないが、ものによっては父でさえ驚く水準に達している。 お気楽な性格の御方という噂のヴィジャヤン大隊長ならすぐさま驚嘆し、恐れ入るはず。 失敗するはずはないという確信があった。

 もっとも噂があてにならない事はよくある。 会って見るまでは慎重に事を運ぶつもりだった。 ところが実際会ってみれば噂以上の物知らずでいらっしゃる。 しかも馬鹿なのかと思いたくなるような勘違いを毎日のようになさっているのに辺りの者達は別段驚いている風でもない。 日常茶飯事だからという事で。


 それなら子供を騙すのより簡単な事。 私はまずヴィジャヤン大隊長が的場で休憩なさっていた時を見計らい、ひとつの奇術を披露した。

 次々私の手から小鳥が生まれ、飛び去って行く。 そして的場近くに巣食っていた悪霊を退散したと告げる。 周囲の者は誰もが目を見張っていた。 なのに肝心のヴィジャヤン大隊長は終わった後でも普段と変わらぬ御様子。 驚愕のあまり、ではない。 隣の付き人に、あれって痛そうだよな、とおっしゃった。


 痛そう? 小鳥を隠す仕掛けはかなり痛いが、なぜそれが分かったのか?

 失敗したはずはない。 それにしてはヴィジャヤン大隊長の瞳には私の奇術を見た人に表れるべき畏敬の念が少しも浮かんでいなかった。 まさか過去に私の上を行く占い師と出会った事でもあるのか?

 しかし私より上となると父と祖父の二人しか考えられない。 初めてお会いした時、ヴィジャヤン大隊長はカールポールの名を御存知なかった。 父はヴィジャヤン伯爵家のために占いをした事は今まで一度もないと言っていたし、祖父が引退したのはヴィジャヤン大隊長がお生まれになる前だ。 


 ヴィジャヤン大隊長は世事一般に疎くていらっしゃるのだとか。 もしかしたら御自分の事を占われたのではないから無関心なのかもしれない。 そう思い、次は御本人の事を占って差し上げる事にした。

 女難を選んだのは大変な愛妻家でいらっしゃると聞いたからだ。 女が群がっている御方だし、奥様を悲しませたくないと思えばその場でお祓いを頼まれるだろう。 その予想に反し、ヴィジャヤン大隊長は私にお祓いを頼まなかった。 どうして、とおっしゃって。


 どうして、と質問したいのは私の方だ。 汗をかけば流す、汚れれば落とす、災難が降り掛かれば祓うものではないのか? 御自身、大変な風呂好きと聞いている。 それは汚れを落とす為であろう?

 まさか私の占いが当たらないと思っていらっしゃる? カールポール伯爵が代々強力な占術師である事は皇国貴族で知らぬ者はない。 当たらないと思う者がいるなど、あり得るだろうか?


 仮にヴィジャヤン大隊長はカールポール家を御存知ないのだとしても、執事のウィルマーは平民から才覚一つで準大公家執事に成り上がった切れ者として知られている。 カールポール伯爵家の評判を主に教えているはず。 それでなくても親戚には上級貴族が目白押しなのだ。 私が入隊したと同時に連絡が届いていると見て間違いない。

 もしや神官にお祓いを頼まれるおつもり? だがカールポールは神官を名乗る事は許されないから占い師と呼ばれているものの、神官より強力な呪術師と信じられている。


 古来より皇国では星読みと呼ばれる先見能力のある祭祀長が皇王陛下をお守りして来た。 けれどその能力は既に失われた過去のもの、という噂が密やかに囁かれている。 それは父から聞いていた。

 だが派手な幻術を披露するカールポール伯爵は世間でもてはやされ、同時に畏れられており、能力が失われたと思っている者などいない。 どうした事かと思っていると、なんとヴィジャヤン大隊長はケルパ神社にお祓いを頼まれた。 いくらケルパ神社の檀家になられたとは言え、カールポールを差し置いて平民のための貧乏神社にお祓いを頼みに行くとは。

 それだけではない。 ケルパ神社の僧は御家族全員、準皇王族サリ様を含めてお祓いしたという。 祭祀長でも神官でもない者が皇王族をお祓いする? そんな前代未聞、一体許されるのか?


 呆然としている所に、今度はヴィジャヤン大隊長誘拐未遂事件の噂が聞こえて来た。 事が事なだけに公式発表は何もない。 掴めたのは情報の欠片と事件の片鱗のみ。

 スティバル祭祀長が御予定も無いのに突然皇都に向かって旅立たれた。 間もなくお戻りになられたが、一緒に皇都へお供したワスムンド上級神官とアブヒグナ上級神官は戻らず、中央祭祀長にお仕えする事となったのだとか。 だがどちらも上級神官なら必ず出席するはずの儀式に姿を見せてはいない。

 北では神官に対する理解があまりないらしく、それを聞いても驚いている者はいないが。 兵士や官吏でもあるまいし、お仕えする祭祀長が変わる神官など普通はいない。 お仕えする祭祀長が退任なさり、新たに就任された祭祀長へお仕えする事はある。 新しい中央祭祀長が就任された事は聞いているが、あの二人が仕えていたのはスティバル祭祀長で、北軍祭祀長が退任なさった訳ではない。

 それにどこに転属されたのか、知っている者が一人もいないのはおかしい。 平の神官ならともかく、お二人共上級神官なのだから。 昔なら祭祀庁に奉職する神官は数えきれない程いたが、現在中央祭祀長に仕える神官は全部で千人程度。 上級神官は十人しかいない。 なのにどの部署に勤務しているか、誰も知らないだなんて。


 それと同時に発表されたブロッシュ大隊長の依願除隊。 次期副将軍、いずれは将軍になると見られていた御方が四十代の若さで退官? 表向きは一身上の都合となっているが、懲戒処分であるという憶測が飛び交っている。 大隊長が退官する時にあるはずの送別会の類が一つも行われなかったから。


 又、マーガタン中央祭祀長が定年前に退任なさった事も異例だ。 その後任としてネイゲフラン副祭祀が中央祭祀長に昇格なさったが、副祭祀が祭祀長になるのは祭祀長が不慮の死を遂げた時だけのはず。 理由は分からないが、マーガタン中央祭祀長は後継者を御指名になる前に退任なさったのだ。


 そして間もなくベルビバッケンという平民兵士がシナバガー男爵令嬢と結婚する。 結婚式にはヴィジャヤン大隊長御夫妻が主賓として出席し、タケオ大隊長御夫妻が媒酌人を務めるのだとか。 ケルパ神社が式場に選ばれた。


 どれも異例中の異例。 簡単に起こるはずはない事。 一つだけ起こったのならその意味を掴むのは難しい。 これから何があるか推測しようもなかっただろう。 しかしこれ程列挙されれば私のように先の読めない者にさえ次に来るべきものは何かが知れた。


 翌日、私の従者がそれを告げた。

「次代様。 旦那様より御伝言がございまして。 北軍より依願除隊し、御領地へお戻り下さいますように」


 私は占術師として北方伯家に取り入る事に失敗した。 この先何年北軍に在籍しようと北方伯家がカールポールにお祓いを頼む事はないだろう。 そしてたった一度しかない機会を潰した私が爵位を継ぐ事はない。 私は遠からず病死し、弟が爵位を継ぐ。

 

 除隊の挨拶を申し上げに行った時、ヴィジャヤン大隊長がおっしゃった。

「なんだ、もう帰っちゃうの? 残念だなあ。 鳥をズボン裏からさっと取り出す手品、サリがもう少し大きくなったら見せてあげたかったのに」

「……ズボン裏から取り出した所が、見えたのですか?」

「心配しなくても誰にも言ったりしないよ。 でもさ、もし急いで帰らなくてもいいんだったら、ケルパ神社に寄ってあの手品を子供達に見せてあげてくれない? きっとみんな喜ぶと思うんだよね」


 これでも私は伯爵家次代だ。 死を恐れてなどいないし、自分の運命を従容として受け入れる覚悟ならある。 恥を晒して生き延びようなど、ましてや思わない。 なのになぜ私の足はケルパ神社に赴いたのだろう? ケルパ神社に集まっているのは平民の中でも貧民と言える階層の子供と聞いている。 下々の子供を喜ばせる理由がどこにある?

 ただ、サリ様がもう少し大きくなったら見せてあげたかった、とのお言葉が、まるで私にして下さった約束であるかのように脳裏に貼り付いて離れない。


 子供の前で手品をした事など一度もない。 子供が驚き、喜ぶのはどんな手品だ? そんな事を知ったところで、先の知れている私の人生に今更何が齎されるとも思えないのに。 不思議に気持ちが急かされ、私はケルパ神社を訪問した。


 そこで手品をいくつも披露し、子供達から大変な喝采を浴びた。 終わった後でお茶を御馳走になっていると、リステレイフ中僧が私にお聞きになる。

「この後、御領地に戻られるのだとか?」

「はい、そうです」

「故郷とは忘れ難きもの。 しかしながらそこより遥か遠き地に根を下ろすのは星のお導き。 天の配剤でもあろうかと存じます。 かく申す私も思いがけなく北の大地の恵みを受け、失うべき命を永らえ、道を歩む者。

 共に歩めば長き道も短し、とか。 先を急ぐ旅ではないのなら当神社にしばらく御滞在なさり、来し方行く末をお考えになってみては如何?」

 お礼を申し上げ、私はその日、ケルパ神社に宿泊する事にした。 翌日子供達の食事を配る手伝いをした後で、子供達の中の何人かに算数を教えてもらえないかと乞われ、数を教えてその日を過ごした。 


 次の日、旅立とうとする私にリステレイフ中僧が得度を勧めて下さった。

「得度? 私が?」

 以前ならともかく、現在のケルパ神社は大人気。 僧になりたい者が引きも切らずに押し寄せている。 昨日だとて三人の僧が入門を願いに訪れていたが、リステレイフ中僧が丁寧にお断りしていた。 全員従者を何人も連れていたから伯爵家以上の貴族の出自だろう。


「子供達に教える教師が必要ならいくらでも他にやりたい者はいるのでは? それに私の父が許すとは思えません」

「北方伯家が後ろ盾となっているケルパ神社の律師となる事はお父上の御心にも添うのではないでしょうか? 得度をお止めになるどころか、お喜びになると推察致します」


 静かに私を見つめるリステレイフ中僧の瞳は、まるで私の父に会った事があるかのような確信に満ちている。 本当に父が喜ぶかどうか私には分からない。 けれどもし私が父の許しを待たずに得度したとしても準大公が檀家である神社に何かを仕掛けるような無謀はなさらないだろう。


 更に数日滞在し、結局私は北に残る事を決意した。 父に何と報告するべきか迷ったが、何をどう言おうと言い訳にしかなるまい。 リステレイフ中僧が導師となって下さり、得度するに至った経緯を領地へ帰る従者に伝え、託した手紙には以下を記すにとどめた。


「カールポール伯爵へ


 ヴィジャヤン準大公閣下より御嬢様に我が手品をお見せしたいとの御所望あり。 故に戻らず。 

 我が生涯を北の大地に埋め、悔いなきものとす。


 ケルパ神社律師 トキ・リステレイフ

 俗名 ヒュウ・カールポール」


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