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弓と剣  作者: 淳A
新興
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底なし  トビの話

「大隊長に女難の相が出たって、例のカールポールが占ったらしいですよ」

 フロロバがいつもより早く帰宅するのは何かがあった時だ。 その時私は執務室でダーネソンに伝票の支払い方を教えていた。

「男難の相の間違いなんじゃないですかね? それか、男女難の相。 あっはっは」

 笑いながら報告するフロロバと一緒に笑いはしなかったが、確かに旦那様に女難とは少々ありきたりに過ぎる。

 一流の占い師であるカールポール伯爵の事は後ろ暗い噂とあわせ、かなり昔から知っていた。 その継嗣が北軍に入隊したのだ。 いずれ何か仕掛けて来ると覚悟していたが。 正直な所、女難の相には拍子抜けしたと言ってもよい。


 ダーネソンに簡単な背景を説明すると、気遣わしげに質問する。

「すると占いを実現させる為、女を仕掛けて来るのでは?」

 何もしないはずはない。 旦那様の周辺は敵味方を含め数々の諜報網が張り巡らされている。 旦那様がお祓いを頼まなかった事は、北軍はもとより皇国中に知れ渡るはず。 当たらなかったとなればカールポール伯爵家の面目は丸潰れだ。

 とは言え、旦那様は他の貴族とは違う。 美女を何人送りつけて寄越した所で旦那様を陥落させられるとは思えない。 今でさえ女はそちこちから切れ目なく送られて来ている。 その悉くが断られている事は周知の事実。 当然カールポールも承知していよう。

「仕掛けるにしても搦め手を狙うであろうな」

 私の返事を聞いてフロロバが言う。

「いっその事カールポールにお祓いを頼めば余計な問題も起こらなくて済むのでは?」

「それは普通なら当然の選択だ。 おそらく向こうも無料で祓ってあげて恩を売る、辺りを狙っていたのだろう。 しかし旦那様の場合、金を払っては勿論の事、ただであろうと親しい訳でもない他人にお祓いを頼む事を嫌がられると思う。 仮に女性問題に巻き込まれたとしてもそれをお祓いで解決しようとはなさるまい」


 ほとんどの貴族は僧を相談役にしている。 ヴィジャヤン準公爵やヴィジャヤン伯爵に相談役らしき人がいるとは聞いていないが、旦那様の父方祖父は年に数回は僧侶に会い、懇談なさっていた。 けれど旦那様は昔から神社嫌いで、私が知る限り御自分から僧に会いに行かれた事など一度もなかった。 元々貴族らしい所のない御方だし、僧に相談したくないとおっしゃるならしないでもよいが。 北に別家を構えられたのだ。 少なくとも御実家とは別の神社の檀家となる必要がある。

 幸い瑞鳥捕獲の旅からお戻りになった辺りから旦那様はケルパ神社を厚く信仰されるようになり、檀家となられた。 伯爵家なら神社の一つも構えて当然だが、それより重要なのが信頼出来る僧に出会う事。

 リステレイフ中僧にお会い出来た事は誠に喜ばしい。 それ以来、僧に関する態度が変わられたと思う。 けれど予言や占いの類を信じていらっしゃらない事には変わりない。 ダーネソンは貴族の習慣にあまり詳しくないので、祭祀庁から下された予言と占い師の違いを教えておいた。


「どちらも未来の事を告げているが、予言と占いにははっきりした格差がある。 予言は祭祀庁のみが下せるもの。 皇王陛下のお言葉も同然のものとして受け取られている。 占い師が自分の占いを予言と呼んで客に告げれば罰せられる程だ。 それ故、もし旦那様が予言を無視しようとなさったら、お諌めせねばならない。

 ただ占いとなると、これからも旦那様にそういった類の事を仕掛けて来る者が後を絶たないと予想される。 配慮せねばならないのは、その度に占い師を使ってお祓いしていると、所詮は新興貴族、と北方伯家が侮られる事だ。 由緒のある貴族であれば、お祓いの出来る僧がいる神社の檀家になっているものだから。

 当家も既にケルパ神社の檀家だが、カールポールの出した占いを祓えるかどうか、やってみなければ分からない。 無名の占い師ならともかく、カールポール程の著名な占い師の告げた占いだ。 どのように世間に受け取られるか。 外れた場合当たった場合、両方を考慮せねば」

 私の懸念に対してダーネソンが言った。

「女難に限って言えば、旦那様の身近に女難の種になるような女性はいないとお見受け致しますが」


 確かに旦那様はいくら女にもてようと奥様一筋。 御仲大変睦まじくていらっしゃる。 また身近な女性を使って問題を起こそうにも御親戚はいずれもカールポール伯爵家より遥かに格上。 下手な手出しが出来る様な御方はいらっしゃらない。

 旦那様の母上であらせられるヴィジャヤン準公爵夫人に手を出そうとする程愚かではないだろうし、奥様の御実家は平民といえども瑞兆の実祖母。 準大公の義母であり、北の猛虎の実母でもある。 そのような御方に何かを仕掛けるなど無謀と言えよう。

 それにミルラック村には去年から北軍が派遣した警備隊が常駐している。 その他にタケオ大隊長、グゲン侯爵家、当家から夫々護衛剣士が派遣されており、ミッドー伯爵が派遣した酒造業を手伝う従業員もいるし、「皇国の耳」の諜報員もいる。

 奥様の義姉であるピピ様の父母は既に亡く、兄弟姉妹もいないと聞いている。 婚家から離れない限り身辺に危険が及ぶ事はないだろう。 問題があるとすれば、今の所夫々の警備の者同士の間で連絡が取られている訳ではない点だ。 これを機会に情報交換を万全にしておく必要がある。


「ダーネソン。 今回の占いに関してはカールポール伯爵家が単独で行動しているのかもしれないが、裏で糸を引いている者がいないとは言いきれない。 マッギニス補佐、タケオ家、ヴィジャヤン伯爵家、及びヴィジャヤン準公爵家、皇都の御親戚の皆様と綿密な連絡を取るように。 特に外国が絡んでいるならヴィジャヤン準公爵にお伺いした方が早い」

 各家の執事、及び諜報関係で連絡を取るべき人の名をダーネソンに教えている時、ふと思いついて言った。

「ところで、旦那様の中には恐ろしいまでの誤解や思い込みが正されずに潜んでいる。 何が引き金となって予想外の結果を招かないとも限らない事に留意せよ」

「誤解や思い込み、と申しますと?」


 数があり過ぎて、どれを例とするか迷ったが、旦那さまは御結婚前、自分は一生結婚しない、妻の面倒を見る夫になるなんて無理、とおっしゃっていた事について教えておいた。

 羞恥心が強く、女遊びはもちろん、正式なお付き合いをされた女性もいらっしゃらなかった旦那様の性格から推察すれば、それは不自然なお言葉ではなかった。 それでよくよく考えてみればおかしい、と言う事に気が付けなかったのだ。

 ヴィジャヤン準公爵夫人は夫が面倒を見ると言うより、夫の面倒を見る妻でいらっしゃる。 父方、母方、いずれの奥様も同様で、御親戚にも恐妻家や妻の面倒を見る為に駆けずり回った夫など一人もいらっしゃらない。 それは準公爵御夫妻の御友人全てを含めても言える事。

 唯一の例外が、ヴィジャヤン準公爵の御友人、サハラン前近衛将軍だ。 中隊長の時、アイデリエデン第三王女ティセンシ様を妻に迎えられたのだが、新婚の頃、花をお庭に植えて妻に贈るなど様々なお気遣いをなさったと聞き及んでいる。 どうやらそのかなりの情報が、からかいを込めて準公爵が御提案なさったものらしかった。

 後年、サハラン前近衛将軍が、お前のおかげであれもこれもやらされた、と愚痴られたのだとか。 カナによると、その際ヴィジャヤン準公爵が、夫が妻の面倒をよく見るのは当然の事ではないか、と笑っておっしゃった。 旦那様がいる前で。


「それをお聞きになった旦那様は、庭師を雇う金がなければ御自分で庭仕事をするしかない、と思い込んでいらしたのだ。 どうして妻の面倒を見れないと思われるのか、一歩踏み込んで理由を伺わなかった事が重ね重ね悔やまれる。

 もっともこれに関してだけ言えば、旦那様がどの御縁談も全てお断りになっていたからこそ今日の幸せがある訳で。 怪我の功名と言えない事もないのだが」

 私の言葉にダーネソンはぶるっと身震いした。 それは正しい反応と言えよう。

 明らかな誤解なら簡単に正せる。 だが微妙にポイントを外されている場合、誤解に気付くのは容易な事ではない。 もう一つ、叙爵式で旦那様がなさった間違いをダーネソンに教えておいた。


「他国の王家や貴族の姻戚関係に疎い旦那様はマクハージランサ王家を御存知なく、プラドナ公爵のお名前と母上の姓の区別がつかなかった。

 その時両隣にはヴィジャヤン準公爵とヘルセス公爵がいらしたのだが。 常識ある者が側に張り付いていても、旦那様が正しいと思っていらっしゃれば発言なさる前に確認して下さる事はない例と言えよう。

 公爵の御名前を言い間違えるよりはましだが、遥かに格上の貴族の名前を知らないというのは不敬にあたる。 そんな事を普通の伯爵がしでかしたら必ずや報復されたであろう。 されたとしても非はこちらにあるから文句が言える立場ではない。

 プラドナ公爵はその場で物議を醸す事はなさらなかった。 それを聞いて胸を撫で下ろしたが、同時にそれは北方伯家がプラドナ公爵家に借りを一つ作ったという事でもあった。 後で、あの時見逃してくれたのは単にプラドナ公爵側に謀る事があった為と知れたから、これは帳消しと見なしてよいが」

「ウィルマー執事。 そう致しますと、今回旦那様がカールポールにお祓いを頼まなかったのは女難の相を何か別のものと誤解なさった為という事は考えられますでしょうか?」

「充分あり得る」

「しかし女難の相をどのように誤解しようがあるのでしょう?」

「そこが旦那様の勘違いの恐ろしい所だ。 予想がつかないし、底もない。 それを胆に銘じておくように」

 一瞬、ダーネソンの瞳に恐れとも呼べる感情が浮かんだが、彼はそれをさっと掻き消し、深々と一礼して退室した。


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