正夢 配管工、スルージの話
「六頭杯は任せたぞ!」
流鏑馬で驚異の全的命中をやり遂げた俺の両肩をバン、と景気よく叩いたのは。 聞いて驚くな。
六頭殺しの若だっ!
今まで頑張った甲斐があった! 皇国の英雄に激励され、大感激した俺は、頑張ります! と大声で返事をした。
「何をー?」
隣に寝ていた女房のシェリが寝ぼけた声で目を瞑ったまま聞いてきたものだから、自分でも目が覚めた。 どうやら思いっきり大声で寝言を言ってしまったようだ。 いい夢と言えばいい夢だったが。 気恥ずかしいと言うか、ばかばかしい夢だ。
「ただの寝言だ、まだ寝てろ」
「そー」
シェリがすーすー寝息を立て始める。
夢を見るなんて滅多にないんだが。 寝言を言ったのだって初めてなんじゃないか?
それにしても、なんで六頭杯? 六頭殺し以来北では弓をやる奴が増えた。 でも俺は弓を射った事なんかないし、射ってみたいとも思わない。 やってみれば案外当たるかもしれないが、いくらなんでも流鏑馬をいきなりやって当たる訳がない。 落馬して骨を折るのがせいぜいだろ。
第一、俺は配管工だ。 兵士でもないのに六頭杯に出場出来る訳がない。 言っておくが、俺は六頭殺しのファンって訳でもない。 オークを射殺した、て聞けば、すごいな、くらいは思ったけどさ。
仕事は真面目にやっているが、弓に限らず、頑張った甲斐があった、と言える程頑張った事なんてない。 まあ、育ち盛りの子供が三人もいりゃ頑張らないとおまんまの食いあげって事はあるけどな。
今年の六頭杯だってシェリが子供連れで見に行ったが、俺は仕事があったから行かなかった。 そう言えば息子のコチがえらい興奮して帰って来て、大きくなったら北軍に入って弓の名手になるんだーっとか騒いでいたっけ。 何でも六頭殺しの弓に触らせてもらったらしい。
それで弓が欲しいとコチに散々強請られ、玩具の弓を買ってあげた。 もう、毎日夢中で練習している。 結構当たるようになったからコチなら将来六頭杯に出れるかも? 親ばかだとは思うけど。
ところで、六頭殺しの方には大した関心はないが、六頭殺しの奥様になら憧れている。 秋祭りの時に聞いたあの美声!
いやー、くらっときたね。 シェリもどちらかと言えば六頭殺しより奥様の方に憧れている。 ただ、玉の輿に乗る女はいくらでもいるけど、そこから蹴り落されないってすごい、と感心してたから俺とは目の付け所が違う、て感じはするが。
ともかく夫婦でリネ様のファンだから、六頭殺しの奥様人形が発売された時は買おうか買うまいか迷った。 去年辺りから仕事に切れ目がないおかげで儲かっている。 金はあるけど、この景気がいつまで続いてくれるか分からないだろ。 三人目が産まれたばかりだし。 で、結局諦めた。
まあ、たった一度だけでもあの歌声が聞けたのは幸運だった。 今じゃ雲の上の人だもんな。 あの次の年、皇王陛下の戴冠式があって、どこの村も沢山の男手を皇都に引っ張って行かれたもんだから秋祭りは取りやめになった。
今年は秋祭りがあるし、のど自慢大会もあるかもだけど、奥様がまた舞台に立って歌って下さるなんてありえないだろ。 前回の受賞者として審査員になってもらうのだって断られておしまいって感じがする。 何しろ今じゃ押しも押されぬ瑞兆のお母様だ。 貴族の為だろうと歌ってないらしい。 なら平民の為にただで歌ってくれる訳がない。
それに噂だから本当の所は分からんが、六頭殺しはあんなイケメンのくせして、やたら嫉妬深いって話だ。 あの年奥様が出場出来たのだって旦那が留守だったから、て言われてる。
ほんと、人は見かけによらないもんだよな。 奥様が英雄である夫に群がる女に嫉妬するなら分かるが。 カレンダーになってるくらいなんだし、さぞかしモテるんだろ? 逆じゃないのか、てそれを教えてくれたシェリに聞き返した。
「あら、ガセじゃないわよ。 これはスメタナレイク派出所にいる弟から聞いたんだから。 皇太子殿下の舞踏会の夜、本当はその日の夕方到着のはずが、夜中の二時にはもう到着なさったんだと。 なんでも奥様が次々踊りを申し込まれるのが嫌で。 それでさっさと逃げ出したんだって。 北方伯様が出迎えた中隊長にそう言ってるのをその耳で聞いたんだから」
考えてみりゃ奥様だってすげー人気あるもんな。 寄って来る男だってわんさかいるだろうさ。 モテる妻を持つと苦労するのは英雄でもおんなじか。 どっちにしても愛していればこそ焼き餅も焼くんだろう。
それを聞いて何となくほっとした。 雲の上の人の事を俺が気を揉んだって仕方ないけど。 平民出身の奥様なんだ。 人に言えない御苦労だってあるだろ? 夫に蔑ろにされたらいくら有名になったってつらいじゃないか。
ともかく俺が常日頃憧れている奥様が夢に現れるなら分かる。 なんで旦那の方が現れたのか不思議でしょうがない。 ま、悪夢って訳でもないし、何もなければそのまま忘れていたと思う。 だけどその夢を見た翌日、ギルドの受付から第一駐屯地近くの公園に行けば仕事が貰えるって言われたんだ。 行ってみると広場に五十人ぐらい男が集まっていた。 顔見知りがそちこちにいたから、たぶんみんな配管工だ。
一列に並ばされた所で北方伯家の執事様が犬を連れて現れた。 紹介された訳じゃないが、あの執事様も割と顔が知られている。 ついでに言うなら犬だって有名だ。 だってケルパ神社の狛犬とそっくりなんだもんな。 あの彫刻はずいぶん昔からあるって話だけど。
ロックと共に空を飛ぶ御方ともなると愛犬までひと味違うぜ。 ど迫力、て言うか。 俺の隣の隣に住んでいる植木屋は、背中に赤ん坊の人形をしょって大通りを突っ走っているケルパを見た事がある。 何でも馬に負けない速さだったらしい。 すげえものを見たぜ、と魂消ていた。
そんな事を考えていたら、ケルパが俺の前に来てひよひよひよって吠えた。 こりゃまた御丁寧に。 尻尾で俺の足をぽんぽんする様子が、まるで俺に挨拶してるみたいじゃないか。 御面相は今イチだが、こうやって近くで見れば愛嬌があると言えない事もない犬だ。 屈んで頭を撫でてやりたかったが、執事様の前だ。 こちらこそよろしくな、いつもみんなの瑞兆を守ってくれて、ありがとよ、と言うのは心の中だけにしておいた。
そこで小隊長らしき兵士が来て、俺達に言う。
「第一駐屯地でこれから仕事の配分をする。 付いて来るように」
俺も他の連中と一緒に行こうとしたら俺だけ執事様に呼び止められた。
「お前は私に付いて来なさい」
ちょっと離れた所に馬車が止めてあり、俺はその馬車の御者台の隣に座るように言われた。 そしてそのまま六頭殺しのお邸に連れて行かれたんだ。
水道管の修理でもしてほしいのかなと思ったら、執事様から北方伯家に奉公する気はないかと聞かれてびっくりした。 御領地で水道工事が間もなく始まるそうで。 その進み具合を俺に報告してもらいたいのだという。
北方伯家に奉公すれば給金が毎月貰えると聞いて、俺は迷わずその場でよろしくお願いしますと答えた。 なんと支度金まで貰えたんだ。 家に帰ってシェリに伝えたらもちろん大喜びしてもらえたが、不思議な顔もされた。
「どうしてあんたが選ばれたんだろ」
「そういや、そうだ。 なんでかな」
「何でだか聞かなかったの?」
「理由なんて何も説明されなかったし。 せっかく手にした運だ。 余計な事を聞いてケチがついたら、と思うとなあ」
「ま、そうだよね。 取りあえずがんばって。 で、仕事はいつから?」
「明日から来てくれって言われた」
「明日? へえ。 よっぽど人手不足だったとか」
「うん。 しょっちゅう大峡谷に出張しなきゃいけないらしい」
「ならきついでしょ。 大丈夫?」
「きついって言えばきついだろ。 けど、これを手放してなるもんか」
こうして忙しさに目が回るような毎日が始まった。 偶に天気の良い日にお洗濯をなさりながら歌っている奥様の声を聞ける時があったりして。 北方伯家に奉公してよかったなあ、としみじみ思う瞬間だ。
旦那様も意外に気さくな御方で、俺みたいな下っ端にまで御挨拶下さったのには仰天した。
「配管工事は任せたぞ!」
肩をバンと叩かれ、感激した俺は思わず、頑張りますっ、と大声で返事をした。 それであの夢を思い出したんだ。
正夢? って、そんな訳ないか。




