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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
191/490

配慮

 俺の新領地はウェイザダ山脈及びその周辺と決まった。 これには行きで辿った東経由の大峡谷を越える道筋と、師範が帰る時辿ったイーガン駐屯地経由の道、そしてウェイザダ山脈が見える全地域も含まれる。 広さだけを比べるなら皇国でも一、二を争う領地になるらしい。

 広くはあるが、さすがの俺でもありがた迷惑な土地でしかない事が分かる。 誰も住んでいないんだから。 つまり税金を納める人がいない。 なのに俺は税金を納めなくちゃならない。 領地を貰ったから。 やっぱり皇王室がけちな事に変わりはなかった。

 たぶんこれだけじゃいくらなんでもあんまりだと思ったんだろう。 大峡谷への入り口であるイーガン駐屯地(建物と橋)と、そこから上がる通行料などの収益はヴィジャヤン北方伯家のものとなった。

 まあ、それくらいなけりゃ伯爵家としての体面を保つなんて無理と言うか、毎年赤字だ。 俺の場合、大隊長としての給金があるからいいけどさ。 もし俺にサリ以外の子供が出来たって、そんな爵位、いりませんと言われたりして。


 男の子なら俺の子供という縁故に縋って北軍に入隊し、小隊長を務めれば、給金を使って伯爵としての体面を整えるくらいは出来るかも。 新年の挨拶をしに皇都に行かなきゃならないが、北に住む限り家があるし、大したお金はかからない。

 ただその年一回の登城が問題なんだ。 いくら見栄を張る気がなくても陛下に御挨拶するのに裸で歩いて行く訳にはいかない。 服、馬、馬車、奉公人など最低限の物は必要だし、どれも安くは済まない物ばかり。 色々買い始めたら金は万単位で消えていくと思う。

 それより更に高く付くのが皇都の別邸だ。 土地と建物を併せたら、たぶん億の金がかかる。 そんな金なんてない。 借金なんて絶対嫌。 だから伯爵になっても皇都に邸宅を構える気はない。 馬車は用意したけど、冬の長い北に持って来たら傷みが早くなるからサガ兄上の邸に置いて来た。 俺の甥の代になってもそんな間借りをさせてもらえるかどうか分からないけどさ。

 ただもし俺の子供が宮廷に官吏として就職するとなったら皇都に邸を構える意味はある。 本当にサリが皇太子妃殿下となれば、それって立派なコネだ。 男の子供が生まれたとしても弓の才能が受け継がれるとは思えないし、最初から兵士の道より宮廷に就職する道を探した方がいいのかもしれない。

 

 なんで息子に弓の才能がないと決めつけるんだ、て?

 だって俺の父上や兄上達に弓の才能が全くない事を見ても分かるだろ。 父方母方どちらの親戚を探したって弓の名手なんて一人もいない。 御先祖様を遡れば一人や二人はいるだろうけどさ。

 父上や兄上達はお忙しくて弓の稽古なんてしてる暇がなかったから、才能はあっても知らなかっただけかもしれない。 だけどその稽古する時間を確保出来るかどうかが上達の鍵なんだ。

 俺でさえ今は大隊長として毎日会議に出席しろとか、領主として領地の管理を学べとか言われてる。 それに時間を取られて稽古が出来なくなったら今のレベルを保つなんて無理。

 とは言え、叙爵式への出席に関する儀礼だけは知らずに済ます事が出来ないし、二ヶ月で終わると思ったからやったが。 式の後、北に戻ってからいつもより稽古時間を増やしたのに、勘を取り戻すのに二ヶ月以上かかったんだぜ。 それを見ても分かるだろ。 筋肉って正直だ。 稽古を止めたら俺だって絶対当たらなくなる。 誰もいない領地を貰ったおかげで今まで通り毎日稽古出来ているけどさ。

 俺の子供が俺みたいに弓で遊んでばかりいたら大きくなった時に困るのは分かりきっている。 兄上達がやったように儀礼のお勉強だってやらなきゃ。 当代陛下にとっては義娘の弟だし、その次の陛下にとっては義弟、その次の陛下にとっては叔父となる。 どう振る舞うべきか、ちゃんと学んでおかないと。

 つまりもし俺の弓の才能を引き継いでいたとしても俺程うまくなる可能性はまずない。 するとオークを狩って臨時収入を狙うという事も出来ない訳で。 それなら北に住む理由だってなくなる。


 ところでイーガンを戴いたのは俺にとって確実な収入源で有り難いけど、北軍はそれを失った。 特に去年、橋を架け替えたばかり。 それは相当な出費だったはず。 毎年通行料が取れるなら収益に見合う投資と言えるけど、それが全て俺の懐に入る、じゃ丸損だろ。 そのうえ毎年兵士を駐屯地に派遣するとなったら兵士の食費、給金と、出費は増える一方だ。

 それでどうしたらいいかをトビに相談した。 トビは今までのイーガンからの収益の内訳と支出、橋の架け替えにかかった費用等を調べ、色々計算した。


「旦那様。 概算ですが、年一割を橋の保守費用として積み立て、もう一割を駐屯地建物の保守費用に、四割を駐屯兵士の給料支払い及び食費を始めとする諸経費に充て、残金を水場を建設するために使う事を北軍に提案なさっては如何でしょう?」

 大峡谷には様々な資源がある。 それは知られていたが、今までは水がないから簡単に採りに行くことが出来なかった。 でも大峡谷の底まで下りれば水がある事が分かった。 水を引き上げる装置を作るには金がかかるけど、それさえあれば水を売る商売を始められる。

 隊商にとって水が一番重くてかさばる荷物だ。 それを持たずに出発出来るなら水を運ぶポーロッキも少なくて済む。 少々高くても喜んで金を払うだろう。

 ただ水場の保守と水を売る人手も要る。 それらを北軍に提供してもらい、収益を北軍と北方伯家で折半するというトビの案を将軍に提出した。 幾つか御質問を戴いたが、その場でトビの原案を承諾して戴けた。


「北軍としてはそれで何の問題もない。 早速ステューディニへ水場の設計をするように命じておく。 まずどこに何カ所作るか調査せねばならんだろう。 すぐに工事を始めるのは無理だろうが、今年中に目処が立てば来春着工出来る。 ただイーガンでの出費に関しては、お前が気にする必要は全然なかったのだぞ」

「どうしてですか?」

「瑞兆景気だ」

「瑞兆景気?」

「うむ。 お前が空を飛んだおかげでな。 新兵希望者が前年の二倍になった。 しかもその中にかなりの数の上級貴族がいる。 国外の王族までいたぞ。 北軍には高貴な方々用の兵舎はないから受け入れられないと言ったら、それなら兵舎を自費で建てるから、と言われたのだ。 この春から未曽有の建築ブームが始まる」

「はあ」

「上級貴族に王族だ。 北軍兵士として退役する訳ではない。 一年か、長くて二年で自領に戻る。 その時、駐屯地内に建てた建物は北軍に寄付するという約束だ」


 なんとまあ。 そんな大金を使って、わざわざこんな寒いところに来るだなんて。 物好きと言うか、なんというか。

 そりゃ俺だって寒かろうと暑かろうと北の猛虎がいると思うから来たんだけど、理由が俺って。 しょぼいんじゃないの?

 それに入隊支度金ならどこに入隊しようとかかる。 北軍に払う事を気にしないのは分かるけど、近衛や東軍なら住む所を自分で用意する必要はない。 上級貴族用の宿舎なんていくらでもあるんだから。 そこまで自分で用意しなくちゃいけないとなったら、たとえどんなに憧れていようと俺なら北軍に入隊しなかった。 そんな金がなかったからでもあるが、あったとしてもそんな事に金を使う気になれない。 だって兵舎を建てるとなったらどんなに小さくても一千万や二千万の金じゃ済まないだろ。 大きさにもよるだろうけど、三千万とか四千万くらいかかるんじゃないの?

 ともかく高級兵舎がいくつもただで手に入るなら確かに北軍にとって悪い話ではない。 建てる為には相当数の大工を雇うだろうから失業対策にもなるし。 材木や石をみんな北軍を通じて買うとなったら、こっちとしては笑いが止まらないよな。 道理で将軍が御機嫌な訳だ。


 それにしても世間の皆さんって思った以上に簡単に勘違いしちゃうものなんだなあ。 瑞鳥と一緒に空を飛んだからって俺が瑞鳥って訳でもあるまいし。 一回一緒に飛んだからって何回も飛べるもんか。 次があるかもしれないと沢山の人から言われたが、俺自身は二度とロックに会う事はないと思っている。 なら俺とロックを見た沢山の人達の間に回数の違いはない。 ロックまでの距離が近いか遠いかの違いだけだ。 他の人よりずっと近くで見たから細かい所まで見えたけど。 だからって何が偉いのさ。

 どうしても俺の顔が見たいって言うならカレンダーを買えばいい。 元は「貴婦人の友」の付録で、それを買わなきゃ貰えなかったが、ピエレによると今年のやつは別売りになったらしい。 いくらなのか知らないけど、どうせ千ルーク辺りだろ。 それならわざわざ北にまで来る旅費もかからない上に眺めたい時に眺められる。

 もっとも俺にはカレンダーを買う人の気持ちさえ分からないけどな。 そんなもの年末に商店街に行けばただで貰えるのに。 買うなんて金の無駄遣いじゃないか。

 とか何とかぼーっと考えていたら、将軍が一枚の紙を差し出した。 何人もの名前が書いてある。

「と言う訳で、兵舎を建てて下さった方々は全員第八十八小隊配属となる」

「はい? 何ですって?」

 他の事を考えていたせいで聞き間違えたかと思い、聞き返したら、将軍は俺が反対しようとしていると思ったらしく、むっとしておっしゃった。

「六頭殺しの若に会うために何千万もの金を落として下さるんだぞ。 それくらいの配慮は当然だろう?」


 う、嘘ーーーーっ!!


 将軍執務室がある第一庁舎は結構広いが、俺の絶叫はかなり響いたようだ。 ずっと離れた所にある医務室にいたリスメイヤーが後でのど飴を俺にくれた。


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