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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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近衛将軍  マッギニスの叔父の話

 北方伯の叙爵式に関しては少々慎重に準備する必要がある。 新副将軍のカリゴウスは私の指名に応え得る信頼の置ける武官で実務能力もあるから、叙爵式の警備の手配はカリゴウスに任せるべきなのだが、彼は今まで政治的な事に関わった事があまりない。 叙爵式の警備の手配という細かい事にまで近衛将軍が口を出したらあたかもお前は無能と告げているようなもの。 彼の面子を考えればすべきではないのだが、長年サハラン将軍の下で副将軍を務めていた私の方が実務に慣れている。 何より警備用剣士の履歴、家族、縁故関係に詳しい。 それで今回の警備に関しては手間ではあるが、まずカリゴウスに指示を出させ、私が修正してから副将軍補佐へと伝えた。


 皇王族でない者が準の付いていない爵位を拝領するのは珍しいが、それが理由でこれ程慎重になっている訳ではない。 新興貴族はとかくいじめの対象になり易い。 しかしそれを心配しているのでもない。 嫌がらせは既存の貴族が新興の貴族に対して行う示威行為だ。 六頭殺しの若に対してそんな真似をする度胸のある者がどこにいる。 お近づきになりたい、又は恩を売りたいが為、何かを仕掛ける事なら考えられるが。


 私が最も懸念しているのは皇王陛下のお気持ちだ。 近衛将軍ともなれば陛下の御希望に対し敏感であらねばならない。 と、言うは易く、行うは難し。 私が鈍感なせいとは思わない。 陛下がお気持ちを隠すのに長けていらっしゃるのだ。

 例えば将来の近衛将軍となる副将軍を指名するのは慣例に従うなら皇王陛下なのだが、カリゴウスを選んだのは私だ。 皇王陛下はただ私の推薦に頷かれた。

 陛下が私の選択に異を唱えなかったからと言って御満足戴いているかどうかは、また別の話となる。 そもそも言われた事だけを鵜呑みにしている者に将軍など務まるはずはない。


 何故皇王陛下のお気持ちが気に掛かるかと言えば、私が陛下の腹心ではないという自覚があるからだ。 かと言って私以外の誰かがお気に入りという訳でもないようだが。

 歴代の皇王陛下の中でも珍しく、当代陛下には腹心と言える武官が一人もいらっしゃらない。 それでなくとも陛下にはお立場上、お言葉に出来ない事が多々ある。 しかし私が知る限り陛下のお胸の内を打ち明けられた武官は今の所一人もいないのだ。


 因みに先代陛下の腹心はサハラン前近衛将軍だった。 腹心が一人だけという前例もない訳ではないが、それも非常に珍しい。 普通なら複数のお気に入りがいて彼らに寵を競わせるものなのだ。 たった一人しか腹心がいないと、その者は宮廷で強大な権力を持つ事になる。 それによる専横を防ぐためだ。

 そういう意味ではサハラン前将軍も珍しい御方と言えよう。 競争相手が一人もいないにも拘らず、御自分の立場を利用して私利私欲を追う真似をした事はない。 今回あっさり退官なさった事に関しても同じ事が言える。


 私はサハラン前将軍より二つ年上だ。 副将軍を拝命したのは先代陛下の御指名によるものだが、私を含め、周囲は私が副将軍のままで退官すると信じていた。 考えてみれば私は史上初めて陛下の腹心でもないのに近衛将軍を拝命した者と言えるかもしれない。

 何と言っても近衛で一番気を遣うのが人間関係。 と言うか、政治的な思惑だ。 近衛は五軍中、宮廷内の風向きに最も大きく影響される。

 マッギニス家は建国当初の頃より近衛の中枢に位置してきた名家だが、だからと言って将軍職が自動的に約束されている訳ではない。 それどころかマッギニスの影響が大きくなる事を恐れる一派は常にいて、十年くらい前から反マッギニス勢力の方が強まっていた。 私が将軍位を逃したのはサハランが陛下の腹心だからと言うより、私を将軍にしたくない一派の妨害があったからと見ている。 それに対して報復処置を取らなかったのは出過ぎず、蔑ろにされずという家風によるものだ。


 マッギニス家は栄枯盛衰目まぐるしい宮廷内で常に絶妙のバランスを保持し、その地位を守って来た。 それが可能だったのは今まで決まった派閥に属した事はなかったからでもある。 ところがここに来て初めてはっきり一つの派閥に肩入れした。

 ヴィジャヤン派には公爵家だけでヘルセス、サハラン、カイザーが顔を揃えている。 それだけでも一大勢力となるのに、これに金融を握るダンホフが加わり、ダンホフに負けじとばかりにマレーカが娘をサリ様の乳母として差し出した。

 更にマッギニス、ボルダック、ミッドーを始めとする有力貴族と皇国全軍の将軍さえ含む。 ヴィジャヤンの昔からの人脈を加えずとも疑いもなく現在宮廷内で最大の派閥と言える。 ヴィジャヤン相談役が最大派閥の首領となるなど、二年前に同じ事を言ったら一笑に付されて終わりだったろうが。


 今回兵士の配置に関しては予想以上に簡単に最終人員名簿が決定出来たが、それはどの兵士も派閥内のいずれかの家に属する者ばかりで当初の配置に変更を加える必要がなかったからだ。

 その点は助かったが、気がかりはある。 この現状が果たして陛下の望むものであるのかどうか、だ。

 ヴィジャヤン派が強力になった事はさておいても、「弓と剣」ともてはやされる皇国の英雄、北の猛虎と北方伯の人気は未だに衰えを知らず。 陛下がそれについてどのようにお考えか、私にははっきりと読めないでいる。


 当初、陛下は彼らに対して大変お厳しくていらした。 それを最初に感じたのはタケオに皇王妃陛下お出迎えのお役目を賜った時だ。 近衛にとっては大変な節約となり、有り難いと言えば有り難かったし、そもそも御決断の前に打診された訳ではない。 私がお止めする事は不可能だった。

 だが常識で考えて普通の中隊長にやり遂げる事が可能なお役目ではない。 結果としてタケオが普通の中隊長ではない事を証明するいい機会となった訳だが。 陛下の目的がそこにあったとは思えないのだ。 それともあれは皇太子殿下暗殺未遂事件で暗殺者を全て片付けてくれた事に対する礼のおつもりだったのか?


 瑞鳥を捕まえよ、という御命令にしてもそうだ。 実際捕まえたから喜びに紛れて誰も気にしていないが、そんな無茶な命令があっていいものではない。 遂行出来なくて当然なのだ。 もし失敗に終わっていたら陛下はヴィジャヤン大隊長をどうなさったのだろう? 処罰か降格処分となったのではないのか?


 又、何故これ程叙爵と婚約式を急がれた? サリ様は勿論オスティガード殿下も御幼少であらせられる。 北方伯叙爵とサリ様との御婚約は、殿下が五歳になるまで待たれても特に不都合はなかったはず。

 貴族が登城するには裸で来る訳にはいかない。 馬車から服に至るまで用意するには時間と金がかかる。 金はどうにでもなるとしても時間はどうにもならない。

 なのに北方伯に叙爵の御内意を伝えたのは式のわずか二ヶ月前と聞く。 それでは碌な準備が出来たはずはないから服も馬車も家紋なしの登城となるであろう。 まるで北方伯に恥をかかせたいとしか思えないなさりようだ。


 しかも拝領される領地はウェイザダ山脈という。 それは人の住めない大峡谷の向こうではないか。 デュガンを飛ばす先としてなら分かるが、大功に報いるのになぜ荒れ果てた土地を選んだのか?

 税金を払う民がいようといまいと貴族は陛下に年一度御挨拶に来る決まりとなっている。 その為には皇都に邸を構えねばならない。 新邸を建てるか、または既存の邸を買い取るか。 どちらにしても巨額の金がかかる。


 陛下の命に表だって疑問を差し挟む者はいない。 とは言え、北方伯の父は陛下をお諫め出来る立場の方だ。 私の懸念など単なる取り越し苦労であるとは思うが。

 自ら城内の点検をして強く感じた。 皆が六頭殺しの若の姿を一目でもいいから拝見することを楽しみにしている。 それは貴族だけではない。 門の衛士、厩番、侍従、女官、小間使いの果てに至るまで、出来れば何かお手伝いする機会がないか、と心待ちにしているのだ。

 このような民の心を無視して政が成り立つものではない。 皇国の頂点に立つ御方であれば尚の事、聞かねばならぬのは周りの声より民の声。


 善かれ悪しかれ宮廷の勢力地図は大きく変わった。 これが陛下の予想通りなのか裏切っているのか?

 予想通りだったらいいが。 裏切っているのだとしたら陛下は次にどうなさる?


「最終点検、無事終了致しました」

 補佐のセリドウェンの報告に私は頷いた。

「ふむ、心配した程ではないな」


 北方伯にとってはきつい一日となるだろう。 いくらかでも心安くあって欲しいと思い、叙爵式と婚約式の警備は全てマッギニスの身内で固めた。

 それ以外にも掃除をしているかのように見える近衛の侍従官を数十人、常に北方伯のお声が届く範囲にいるよう配置した。 何か手助けする事でもあれば上司に伺う事なく便宜を図るよう申し渡してある。

 これが陛下の望む所であるかどうかは分からない。 そうであってくれる事を願う。 皇国の安寧の為にも。

 私にした所でここまでするのは決して甲冑を献呈してもらって嬉しかったからではない。 まあ、それも嬉しい事は嬉しかったが。


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