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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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狛犬

 ロックとの空の旅を終えて帰ったら我が家には犬がいた。

 犬には完全になめられている俺だが、別に犬が嫌いという訳じゃない。 だから犬を飼っても構わないけど、なんでこんな不細工な犬をわざわざ、とは思った。 犬好きの人達から、わんこの見かけにいちゃもん付けるなんて何様、と言われそうだが、ほんとにドスの効いた怖い顔をしている犬なんだ。

 どんな犬好きでもこの犬をかわいいとは言うまい。 小型犬である事を考慮しても無理。 やさぐれた見た目の犬なんて誰も飼おうという気になれないだろ。


 リネが捨て犬を拾って来た事なんて一度もない。 一体誰がこの犬を拾ってきたんだか不思議だった。 でも奉公人が拾って来たならトビが俺に報告しないはずはないし。

 ただ俺の知り合いに犬を飼っている人は結構いる。 頼まれたら嫌と言えない誰かが持て余して引き取り手を探していたのを同情して引き取ったとか? だけど俺の知り合いの犬はどれもまともな見かけの犬だったような。 それにこんな迫力のある犬、一度でも見た事があったら忘れる訳がない。

 自分で犬を飼った事はないから大して詳しい訳でもないが、他にいくらでも見てくれのかわいい犬がいる事は知っている。 それだけに不思議だった。 とは言え、帰ったばかりの時は長期の不在の間にあった事の報告を受けたり、そっちこっちの報告会に行ってくれと命令されたりで飛び回り、そのうえ体が、これはもう思いっきり鈍っていたしで、勘を取り戻すための稽古に忙しく、犬どころじゃなかった。

 第一、家の事なんて始めからトビとリネに任せっきり。 犬ぐらい飼いたきゃ飼えばいい。 そう思っていたが、なぜ家で飼う事になったのか、その経緯ぐらいは聞いておいた方がいいかもしれない。 それで帰ってから一ヶ月以上経った頃、この犬をどこからもらってきたんだかリネに聞いた。 すると俺の質問に質問が返ってきた。


「やっぱり犬なんでしょうか?」

「犬じゃないなら何なのさ?」

「私にもよく分からないんですけど。 ケルパってなんだか犬とは言いきれないような」

「この犬、ケルパって名前なんだ」

「他の名前にしますか?」

「いや、犬の名前なんて何でもいいけどさ。 どうしてケルパ?」

「旦那様、ケルパ神社に参拝に行かれた事はございませんか?」

「近くを通った事ならあるけど。 境内に入った事はない。 参拝しに行ったんだ?」

「はい。 安産祈願に霊験あらたかと聞いたもので、出産前に一度お参りに行ったんです。 その時気付いたんですけど、ケルパって神社の門の所に置いてある狛犬にそっくりなんですよ」


 但し、ケルパを神社の境内で拾った訳ではないと言う。 ケルパは俺が大峡谷に旅立って二、三日経った辺り、ふらっと我が家の玄関前に現れた。

 その日の昼下がり、とんとんと扉を叩く音がする。 偶々トビ、メイレ、リスメイヤーは所用で家を留守にしていた。 フロロバはいたが台所で夕飯の支度を始めていて、カナは畑から野菜を取っている最中。 それでリネが扉を開けたら、そこにケルパがいた。 ケルパが扉を叩いたはずはないが、他に誰もいなかったんだって。 そして玄関前にちょこんと座っていたケルパがリネに、ひよひよひよ、と吠えた。


「その様子がなんだか、初めまして、と言ってるみたいで。 その次に、ひよひっひよひって。 これからよろしくお願いしまーすって感じで。 こんな風に」

 信じられないが、リネに向かって丁寧なお辞儀さえしたのだと言う。

「ふーん。 リネも女主の風格が出てきたからな。 犬でも分かったんだ」

「あの、それは私だけじゃなく、トビや家に住んでいるみんなにもきちんと同じような挨拶をしたんです。 それでこれなら飼っても大丈夫かな、と思いまして」

 どうやらリネはケルパの外見を裏切る礼儀正しさに感心し、絆されてしまったようだ。 それ以来我が家の飼い犬となっている。


 犬の名前の由来なんてどうでもよかったが、修繕に出した弓を引き取りに行った時ケルパ神社がすぐそこだと気が付き、行ってみた。 確かにケルパによく似た狛犬が境内の入り口に置いてある。 見れば見る程怖いくらいそっくり。

 そこでようやくリネの、犬とは言いきれない、という一言が気になり始めた。 なぜなら俺もケルパは犬にしては少々賢すぎるのでは、と思うんだ。

 例えば。 先週の水曜、俺は翌日の予定が変わった事をトビに伝えた。 だけど朝にはすっかり忘れていてさ。 いつものように朝稽古に行こうとしたら、ケルパが俺の稽古着の裾を銜えて放さない。 ケルパは小型犬とは思えない程力が強いから無理に振り切ろうとすれば稽古着が破れる。

 こら、ケルパ放せ、と怒鳴った所に大隊長服を抱えたトビが慌てて駆けつけて来て、今朝は会議に御出席のはずでは、と言う。 そこでようやく予定が変わっていた事を思い出した。


 散歩に行くなら雰囲気で分かる犬もいるだろう。 でも会議時間の変更が分かる犬だなんて。 ちょっとありえなくね? だって毎朝稽古着を着て弓を持って出かける方が普通なんだ。 つまりケルパは前の晩、俺がトビに言った事を聞き、予定の変更があると理解していたから俺を止めた、としか説明がつかない。

 それって犬なのに俺より賢いって事? 絶対おかしいだろ?


 疑問には思ったものの、そんな下らない事を部下に聞くつもりなんてなかった。 だけど的場で休憩中に気が緩んで、つい口を滑らせちゃったんだよな。 そしたら周りにいた部下が言った。

 リッテル 「比べる相手が大隊長じゃあね」

 リスメイヤー 「全くおかしくありません」

 メイレ 「おかしい、と言いきる程ではないかもしれません」

 フロロバ 「おかしいと思うなんておかしいです。 あっはっは」


 これだもんな。 言うんじゃなかったぜ。 そこにマッギニス補佐がいなかっただけましだが。 いたら何を言われたか分かったもんじゃない。

 ロックと共に空を飛んで以来、俺に対する尊敬の度合いがわずかに上がったような気がしたが。 やっぱり気の所為だったと思い知らされた。


 ところで、トビにはとっくにどう思うか聞いている。 日中ケルパの事を見る機会が他の奴らより多いから、犬にしてはあまりに賢いという事にはすぐに同意してくれた。 しかし物知りでは人後に落ちないトビでさえ、では何なのか、という質問には答えられなかった。


 まあ、重要事項でもない。 忙しさにまぎれ、それ以上ケルパが一体何なのか、なんて調べる時間も無く放っておいた。 そしたらある日、ケルパが突然開け放っていた窓から飛び出し、門の外に植えてある大木の中の一本に一目散に駆け寄ったかと思うと木の上に向かってがうがう吠え始めた。

 はっとしてその木を見ると、枝の上に男が一人いて家の方を窺っている。 俺は弓に矢を番え、さっさと降りてこないと射殺すぞ、と脅した。 トビが急いで軍警を呼び、そいつを引き渡した。

 それを報告したら闖入者を無事捕縛した事を将軍に褒められたが、これは明らかにケルパの大手柄だ。

 御褒美に肉付き骨をあげて褒めておいたが、あの時ケルパは家族と共に家の中にいた。 家の外にある木に不審な男が登っているとどうして分かったんだろう?

 因みに玄関からその木まで直線距離にして八十二メートルある。 いくら犬の鼻は匂いを嗅ぎ分けると言っても風下でもなかったし、風下だったとしても匂いが届くような距離じゃない。

 窓は開け放たれていたが、カーテンは下がっていた。 そよ風で揺れていたけど、窓から顔を出して首を木の方向に向けない限り見えない。 番犬としてこれ程頼りになる犬はいないとは言え、ちょっと不安になった。 まさかケルパって噂に聞く人外じゃないだろうな?


 それならマッギニス補佐に聞くべきだ、と思いついた。 いや、遂にマッギニス補佐が人外だという証拠を掴んだ訳じゃない。 でも類は友を呼ぶじゃないけど、種を越えて何か感じるものがあるかもしれないだろ?

 それでケルパを第一駐屯地に連れて行ってマッギニス補佐に見せた。

「これは何だと思う?」

「犬です」

「えー、だってこの犬、俺より賢いんだけど」

 冷たい沈黙が返って来る。

 まあ、俺も語尾を上げていなかったし。 返事がなくても当たり前だ、と無理矢理自分を納得させた。


 マッギニス補佐に面と向かって逆らうような事は言わなかったが、ケルパは絶対犬じゃない。 訳が分からない生き物が近くにいる、て何となく落ち着かないよな? だからケルパの事は狛犬という種類の犬なんだ、と思う事にした。


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