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弓と剣  作者: 淳A
北方伯
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167/490

警備

 ケルパのおかげで大事には至らなかったし、侵入者はロックが俺の家の屋根に留まったと聞いてその屋根を見たかった観光客と分かった。

 観光客相手の商売を始めた俺の実家なら千客万来は嬉しいくらいだろうが、俺は別に自宅で商売をしている訳じゃないし、始める気もない。 実家だってもし父上母上が住んでいたら商売なんて始めなかったと思う。 物見高い人が自分の家に断りなくやって来るのは迷惑以外の何ものでもない。

 なら、警備を増やせばいいと言われそうだが、俺が知らなかっただけで俺の家の周りには既にかなりの警備が配置されていたんだ。 本道から別れ、俺の家が終点の一本道に入ってから我が家の玄関まで、馬だったらすぐだけど、徒歩だったらかなり歩く。 その脇道に入る所には両脇に一軒の家が建っていて、そこが検問所の役割を果たしていた。


 単なる観光客が兵士が駐在している検問所を突破したと聞いて、改めて本気になった素人の熱意というのは馬鹿に出来ないと思った。 普通に道を通れば検問に引っかかる。 でも道のない所を通るつもりなら数人しかいない検問を突破するのは簡単だ。 玄人なら大した準備がなくてもやれるだろう。 敷地内とその周辺を巡回している兵士はいないんだから。 巡回していたとしても我が家とお隣さんの境界近くを歩かれたら、お隣さんかお隣さんのお客さんが散歩していると思うだろうし。


 検問は北軍兵士がやってくれている。 これを機会に警備兵の数を増やしてもらってもいいが、将軍じゃあるまいし。 たかが大隊長の自宅に検問所があるだけでも仰々しいのに、更に警備を増やすだなんて。 少ない出費ではないだけにそこまでさせるのは申し訳ない。 第一、敷地が広すぎて二、三人増やしたぐらいじゃ前と何の変わりもない。 だけど二十も三十も増やしたらそれこそ大事になる。 俺にそんな数の部下はいないんだ。 他の部隊から兵士を借りるしかない。


 それでこの家を売って別の家に住むべきか、その場合かかる費用はいくらかをマッギニス補佐とリッテル軍曹を交え、トビに相談してみた。

 売るとしたら相当な価格になる事はリッテル軍曹が太鼓判を押してくれた。

「なにしろ六頭殺しが住んだ家だ。 それだけでもすごいのに屋根に瑞鳥が留まったとくりゃあ買い値の三倍は堅い。 競りに掛けたらもっといくかもな。 四倍出すって言う奴がいたとしても驚かないぜ」

 お金が欲しい訳じゃないけど、じゃあ売ったほうがいいかな、と言おうとしたら、トビが気遣わしげな顔で言う。

「しかし家を売りに出した途端、今度は買いたい客が押し寄せるのではないでしょうか?」

 なるほど。 それもそうだ。 買いたいと言う客には家を見せたりしなきゃならないだろうし。

 最初に来たお客さんに、ほいと売るっていう訳にもいかない。 来客があると、そこら辺に赤ちゃんのおむつを放り出しておけないから、きれいに掃除しておくとかやる羽目になるだろ。

 うー、面倒だ。 とは言っても普段、俺が掃除してる訳じゃないけど。 ただ掃除となると物の役に立たない俺はみんなに邪魔にされるんだよな。 掃除の手伝いなんてやらせてもらえない。 どっかに行ってて下さい、と言われたりする。


 マッギニス補佐がトビの言葉に頷き、俺に向かって言う。

「家は一つしかないのです。 買い手を選ぶ際にどういう基準で選んだか明確に伝えなければ買えなかった人が納得しないでしょう。

 例えば買い手が二人現れたとする。 そのどちらも侯爵だった場合、揉めるのはまず間違いありません。 公爵同士であれば皇王室に仲裁に入ってもらうしかなくなります」


 じゃんけんで決めるっていうのはだめかな? だめだろうな。

 だめじゃないかもしれないが、余計な事は言わない方がいい。 昨日大隊長室で唇に受けた攻撃の痛みをまだ覚えている。

 なんと恐ろしい事に、マッギニス補佐は俺の体の一部を冷気で攻撃するという新しい技を編み出したのだ。 俺の唇に向かって殺気を飛ばす技を師範がものにしたと知って張り合ったという訳ではないのだろうが。

 その時俺は偶々マッギニス補佐の真正面に座っていた。 唇に冷気の直撃をまともに食らい、上唇と下唇がぴったり合わさって口がきけなくなるというつらい目にあった。

 なぜか良かれと思って言った言葉に限ってマッギニス補佐の怒りを買うんだよな。 どうしてなんだろう?


 わざわざみんなを俺の家に呼んで会議している最中だというのに、マッギニス補佐を怒らせないためにはどうしたらいいか、あれこれ考えてしまった。 リッテル軍曹がマッギニス補佐に言った言葉で、はっと我に返る。

「競りに掛けりゃ一番金を出したところが落札するんだから分かりやすくて公平。 何も問題はないんじゃ?」

「競売に掛ければ国内だけではなく国外の王侯貴族が参加する恐れがある。 参加するなとは言えないのだし。 その場合競り落とされたからと言って皇王庁が売却許可を出すはずがない。 他国に買い取られるくらいならこちらで買うと言い出すだろう。

 すると競売は無効になったと断る不義理をするしかなくなる。 そう言われて大人しく引っ込んでくれる相手ならいいが、誰もが欲しがる家を競り落とせるなら金も権力もある御方だろう。 納得させるのに苦労する事が考えられる。

 しかも皇王室が臣民から不動産を買い取るとなった場合は言い値だ。 さすがに瑞兆が留まった家をただで取り上げるとは思わないが。 払って下さった所で大隊長が買う時に払った金額がせいぜいだろう。 ならば競売相手は値段で負けたのではなくなる」


 金の事は、まあ、いいんだけどさ。 それに皇王室にただで譲る事になったとしても、もう一軒別な家を買う貯金ならある。 金銭的に困る事はないが、新しい家に移っても警備が必要な事には変わりがない。 次に住む家を探すのだって時間がかかるし、引っ越しだっておばあ様からもらった家具が沢山あるから簡単じゃない。

 とにかく売りに出したら買い手が押し寄せ、余計面倒な事になるのだけは確かなようだ。 売る事によって問題が解決しないのならここに住み続けるしかない。

 すると警備を増やさない限り今のままではあまりに手薄だ。 この家は丘の上に建っているから見晴らしはいい。 でも家の周りを巡回している見張りはいないし、家の周りに塀がある訳でもない。 誰でも歩いて敷地内に入ろうと思えば入れる作りになっている。 家の中に入って来るのは常に誰かがいるから難しいとしても家に近づく事は意外に簡単なのだ。


 家の正面玄関側は道が一本だし、そこには検問所があるからまだいい。 裏庭には大きな湖がある。 岸辺は五十メートル程浅瀬で、葦がびっしり生えているので、夏の間は小船でも岸に付ける事は出来ない。 泳いで来るのもまず無理。 そんな事をしたら葦がゆさゆさ揺れて遠くからでもすぐ分かる。

 それはいいが、冬になったら浅いだけにあっと言う間に凍る。 凍ってしまえばこの湖のどこからでも歩いて我が家の裏庭に入れる事になる。

 以前なら塀とかそんなものがなくたって無遠慮に家に近づく人はいなかったが、この冬からはそうも言ってられないだろう。 それでトビが本道から脇道に入る所に柵が付いた門、そして裏と脇を囲う塀を手配する事になった。


 それに住み込みの護衛剣士を何人か雇わなくちゃならない。 いくらリネとカナは少々剣を嗜むとは言えサリを守るのが女性だけではあまりに危うい。

 ただ護衛の人選には慎重にならないと。 買収、恐喝の挙句、誘拐の手先にでもなられたら家の中に自由に入れる人なだけにかえって危険だ。 護衛になりたい奴ならいくらでもいるが。 応募順に雇うという訳にはいかない。

 俺は取り敢えず、百剣の中に住み込み可能な人がいたら身元調査をしておくよう、マッギニス補佐とリッテル軍曹に頼んでおいた。


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