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弓と剣  作者: 淳A
瑞兆
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カステラ  ダバロス製パン店主の話

 パンと饅頭を配達している途中、若様がロックと一緒に空を飛んでいるのを見かけた。


 俺の店はダバロス製パンと言い、六頭殺しの若饅頭の製造販売を請け負っている。 若様の顔ならよーく知っているから、あっと言う間に飛び去っていったけど、誰がハンモックに乗っていたかはっきり見分けられた。 間違いなく、あれは若様だった。

 ただロックの方は生まれてこの方見た事はなかった。 絵本でなら見た事はあるが、それとは全然似てない。 でも緑の頭に真っ赤な鶏冠付けた巨大な鳥なんてロック以外にあり得ないだろ。 しかも人ひとり掴んで空を飛んでいるんだ。


 見下ろしていた若様と目が合った、てのは俺の気の所為だと思うが。 こちらに向かって手を振って下さったが、それは俺と知っての事じゃないだろう。 若様としょっちゅう会っている訳でもないし。 でも若様はとても気さくな御方で。 時々御自分で店に饅頭をお買い求めにいらっしゃる。 誰かを使いに寄越すとか、俺達に御用聞きに来いとおっしゃった事はない。

 若様が甘い物を召し上がらない方だと知る前は、甘い物好きを人に知られるのが嫌だから御自分で買いにいらっしゃるんだと思っていた。 だが聞いてみると、お世話になった方々への贈り物だから御自分で買いにいらしていたのだ。

「お礼には心が籠ってなきゃ」

 貰う方は誰が買ったか運んだかなんて一々気にしちゃいないだろうに。 やっぱり英雄と呼ばれるくらいの人はどこか違う。


 最初の頃、俺の店にとって饅頭を売るのは単なる片手間で、西から送られて来た饅頭を言われた所に配達するだけだった。 でもその内西から届くのを待っていたんじゃ注文に追いつかなくなり、俺の店で製造もやるようになったんだ。 苺だけは北では夏の短い間しか手に入らないから苺餡はいつも西から送ってもらっているが。


 パンだけを売っていた時、俺の店は第一駐屯地郊外に工場を兼ねた直販店が一つあっただけだった。 ところが饅頭を買いに来たお客さんがついでにパンも買ってくれたりして。 おかげで本業も繁盛するようになり、今では直販店が三カ所にある。


 それにしても若様はなんでロックと一緒に空を飛んでいたんだろう?

 遊び、じゃないよな? 大隊長に御出世なさったんだ。 何かとお忙しいはず。 第一、ロックに一緒に遊んでくれと頼んだって、うんと言う訳がない。

 じゃあ、ロックを捕まえろって命令されたのかな? ま、それが一番ありそうだよな。

 そう言えば、あのハンモックには水筒と弁当らしき包みが括り付けてあった。 すると無事にロックを捕まえた、て事か?

 素手で? そんな馬鹿な。 だけど弓さえ持っていらっしゃらなかった。 それにどう見てもロックを捕まえたと言うより、ロックに捕まえられた、て感じ。 まさか?

 いやいやいや。 それなら慌てるとか怖がるとか、少なくとも助けを呼ぶはずじゃないか。

 鳥とは言ってもあれだけでかけりゃ人間だって餌だろ。 腹が減っていなくたって嘴で一突きされたら一巻の終わりだ。 空から笑って手を振るなんて。 余裕がなけりゃ出来やしない。

 オークに弓矢で立ち向かった若様だから豪胆な御方には間違いないが、ものには限度ってもんがある。 それにオークとロックを比べたらロックの方が強いだろ。 空を飛べるんだから。


 もしかしたら自分が囮になってロックを捕まえた、とか? しかしそれって命懸けの、すごく危ない任務じゃないか。 にこにこ笑いながらやれる事じゃない。 しかもたった一人で。 一緒に捕まえに行った奴らはどこにいる? 殺された? それなら余計、笑って手を振ってる場合じゃないだろ。

 うーん。 分からん。 ま、俺達凡人にとってはたまげることでも若様にとってはロックと空を飛ぶくらい朝飯前なのかもしれんなあ。


 俺があれこれ考えていると、近くで空を見上げていた奴が俺に話しかけて来た。

「おい、あれ、見ただろ?」

「ああ、ロックが若様と一緒に飛んで行ったな」

「やっぱりあれ、若様か?」

「間違いない」

「それにロックだよな?」

「だろ」


「「……」」


「何してたんだと思う?」

「さあな。 捕まえて来いって言われて、捕まえたって事なんじゃないのか?」

「その辺りなんだろうな。 その後一緒に空を飛ぶ、てのが今イチ訳分かんねぇけどよ」

「いずれにしたって目出度い事には違いない」

「そりゃあな。 なんてったって瑞鳥だ。 しっかし、びゅーんて飛んで行くあの速さに振り落とされねぇって。 いやー、すげえ」

「六頭殺しのやる事だ。 半端じゃない」

「さすがは、だよなあ」

「まったくだ」

 俺達は頷き合って別れた。 


 配達先に行くと、店長が何かあったんですか、と聞いてくる。 何人かものすごく興奮したお客さんが来て、六頭殺しの若饅頭を奪うように買っていった為、今日の分は全部売り切れたと言う。 俺が見た事を話すと店長の顔が引き締まった。

「明日の配達、二倍じゃ足りないと思います。 三倍にしてもらえますか?」

 そこで初めて製造が追いつかないかもしれないと気が付いた。 俺は慌てて工場に舞い戻り、工場長に事情を話して増産体制を組んだ。 ただ苺餡は増注したが届くのに四週間かかる。 幸い今は夏。 北でも苺を売っている農家がいくつかあるから急いで全部買い占めるよう、人を走らせた。

 そこで一旦家に帰り、見た事を家族に話した。 家族は勿論、近所から出来る限りの応援を頼み、なんとか最初の一週間の大変な忙しさを乗り切った。


 一段落ついてから娘のトトが言う。

「ね、父さん。 饅頭だけじゃなくて、なんか家でも作らない? ほら、若カステラとか。 六頭殺しパンとかさ」

「うむ。 実は俺も以前考えた事があってな。 若様ならどんどんやれば、とお許し下さるかもしれん。 だけど六頭殺しの名前をただで使わせてもらう訳にはいかんだろ? かと言ってパンやカステラに法外な値段つけたって売れんし。 何より下手な物を作ってウィルマー様を怒らせたくない。 饅頭の製造販売権取り上げにでもなってみろ。 おまんまの食い上げだ」

「そっかあ。 あ、でもさ、ロックならどお? ロックカステラとか、瑞鳥パンとか」

「なるほど。 それならいけるかもしれんな」


 名前の方は後で考えればいい、とまずいろいろ試しに作ってみた。 結局カステラを三段にして、白小豆餡と黒小豆餡を挟んだ物にする事にした。 鳥の型を作り、鼈甲飴を流し込んで粉砂糖をまぶしたものをカステラの上に置いた。

「カステラ瑞鳥」は爆発的に売れ、翌年俺は第二工場を建てることになった。 


 あの空の旅からお帰りの後、今でも若様は自ら店にいらっしゃる。 あの時配達してたよね、とおっしゃったのには驚いた。 なんと俺と知って手を振って下さったのだ。

 何でも奥様はカステラがお好きなんだとか。 俺はただでいいと言ったんだが、えー、ただって申し訳ないしいとおっしゃって、毎回きちんと代金を支払って下さる。 おまけは遠慮せずに貰って下さるが。

 いやはや、義理堅いことだ。 若様のお名前こそ使っていないが、あの時若様が一緒に飛んだのでなけりゃ「カステラ瑞鳥」がこれ程売れたはずはない。 ロックが空に現れたって、目出度い、で終わりだ。 俺の店が続く限り毎日ただでカステラを差し上げたっていいのに。


 俺にとっては若様こそ瑞兆なんだから。


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