密命
師範の結婚式が終わって一週間経った四月半ば、俺は将軍執務室に呼び出された。 出頭すると、そこにはちょっと不思議な面子が揃っていた。
将軍、将軍補佐、師範、ポクソン補佐、マッギニス補佐。 そしてイーガン駐屯地の責任者であるウェルター中隊長と彼の補佐であるソーベルがいた。 そしてもう一人、俺が知らない兵士。 俺で全員が揃ったらしく、将軍が口を開いた。
「皇太子殿下から瑞鳥ロックを捕獲し、皇都へ連れて来るようにとの密命が下った」
それを聞いて、忘れずに「瑞兆」の意味をトビに聞いといてよかったぜ、とまずほっとした。 ロックは偶々鳥だからズイ鳥ってどんな鳥、と聞いても間違いじゃなかったが。 トビが、瑞兆とはおめでたい事の先触れという意味で、それをもたらしたのが鳥なら瑞鳥と呼ばれるが、鳥とは限らないと教えてくれた。
それはともかく、おめでたい鳥を捕まえる任務な訳だ。 ただロックって大峡谷にしかいないと聞いている。 一口に大峡谷と言ってもすごく広い。 どこに住んでいるか最初から分かっているならともかく、大峡谷中を探し回らなきゃ捕まえられないならとても難しい任務になる。 それは分かるけど、将軍が面白くなさそうな顔をなさっているのが気になった。
将軍は上級将校の中では珍しく、お考えになっている事が結構正直に顔に出る。 何か面白くない顔をする理由でもあるのかな? 裏がある密命だとか? 皇太子殿下の身代わりの時みたいに。 それだと困るな。 困るからって皇王族からの密命を断れる訳ないけど。 あ、だから面白くない顔?
カルア将軍補佐がマッギニス補佐に向かってお聞きになった。
「背後の事情を推測出来るか」
ちょっと考えてマッギニス補佐が答える。
「皇王陛下の譲位が間近なのだと推測致します。 然し乍ら陛下は御年五十を数えられたばかり。 にも拘らず譲位なさる。 ならば何か理由があるはず、と誰もが考える。 皇王室側は陛下の御健康が優れない為とは言いたくない。 とまあ、その辺りでしょうか」
将軍はそういう事情ならしょうがない、と言わんばかりにため息をついておっしゃる。
「ウェルター。 お前はロックを見た事があるそうだな?」
「はい、二十一年程前になりますが」
将軍の御質問にウェルター中隊長が頷いて返答した。
へー、すごい。 俺みたいな他所者がロックを一度も見た事ないのは当然だけど、長年大峡谷に住んでいる人でさえ見た事は一度もない鳥だって聞いている。 大峡谷を探検した人か、すごくラッキーな人じゃないと。 それに大峡谷を探検したからって見れるという保証はない。
北軍兵士五万といえどもロックを見た事があるだなんてウェルター中隊長だけじゃないのかな? 遥かな上空を飛ぶ事が出来るとても美しくて巨大な鳥らしい。 でもほとんどの人にとっては本の中の絵だけで知る存在だ。
「場所はどこだ?」
「大峡谷の向こうに旅人達がウェイザダと呼ぶ山脈があります。 その麓です」
「ここからそのウェイザダまでどれぐらいかかる?」
「今の季節でしたら一ヶ月少々、という所でしょうか」
将軍が渋い顔で俺に向かっておっしゃった。
「若。 こんな無理難題を任命するのは気が引けるが。 かと言ってお前以外の誰がやれるか、と言えば誰にもやれないだろう。 お前のその目でウェイザダ山脈にロックが今でもいるのかどうか生存を確認して来てもらいたい。 もし生存しているならどこに巣があるかが分かれば上首尾だ。 行ってくれるか?」
「はい」
皇太子殿下直々の命令に嫌と言う事なんて出来ない。 俺が嫌と言えば他の誰かが行かされる。 だけど俺程遠目の利く奴って他にいないし。 それに俺程暇な大隊長だって他にいないだろ。
まあ、大隊長として高額の給料貰っているばかりじゃ申し訳ないもんな。 こんな時くらい役に立っておかないと。
幸い橋が無事再建された。 ここからイーガンまでなら一週間程度で辿り着く。 でもそこから先は大変だ。 ロックの大きさがどれくらいなのか知らないけど、相手は空が飛べる。 捕獲するにはオーク狩り以上の人数が必要になるだろう。
大峡谷の果てまで捕獲のための人員を何十人も送り込むだなんて。 しかも最低三ヶ月分の食料持参をしなきゃならない。 それだけでも大荷物だ。 その他罠やら捕獲後の檻の準備もいる。 相当な時間と金がかかる旅になると思う。 行くならせめてどのあたりという目処がついていなきゃ無駄足となるのは明らかだ。
大体、大人数で探し行ったってロックが見つかるとは限らない。 大峡谷の向こうに行った事のない俺には想像もつかないけど、かなり広い地域をあっちこっち探し歩く事になるはずだ。 少人数なら旅の準備もすぐに済むし、もし運良く見つかったら追いかける事も出来る。
するとカルア将軍補佐が念を押すようにおっしゃった。
「探索期間は二週間程度で切り上げて構わない。 七月末までに何らかの情報を持って戻って来てくれれば余裕で捕獲部隊を出発させる事が可能だ。 巣の場所がはっきり分かるなら九月の頭でも大丈夫だろう。 勿論うまくいけば、の話だが。
実の所、一回や二回の探索で簡単に見つかるとは思っていない。 ウェルターが見た以外では百年以上誰も目撃した事がない鳥だ。 絶滅したと言う者さえいる。
偶然にもロックを見かけ、巣を探したいとなったのであれば更に時間を延長して探索し続けてもよいが、食料がぎりぎりになるまで探し歩くという無茶はせぬように頼むぞ。
いずれにしろお前達の帰還が九月を過ぎれば、年内に捕獲部隊を出発させる事は出来ない。 帰り着く前に冬になってしまうからな。 大峡谷の向こう側を冬に彷徨うなど自殺行為だ」
更に将軍が師範に向かっておっしゃる。
「タケオ。 新婚ほやほやのお前にこんな任務はやらせたくはないが、この任務の隊長となり、一緒に行ってくれ。
ロックはオーク程ではないにしろ相当な猛禽と伝えられる。 こちらは殺す目的で近づこうとしている訳ではないが、何をどう誤解されて攻撃されないものでもない。 そうなれば並の剣士が何人いた所で太刀打ち出来まい。
それでなくても大峡谷の向こうには危険な動物が数多棲息していると聞く。 だがこのような密命に何十人もの剣士を同行させる訳にはいかんのだ。
旅先案内人としてウェイザダまでの道筋を知っているウェルターと、大峡谷に関しては第一人者であるソーベルを付ける。 それ以外は誰を連れて行くか、何をどれだけ持って行くか等、実務に関する詳細はお前と若で全て決めてよい。
北軍としてはお前達二人が密命を受けて大峡谷に出向いた、と殿下に奏上すれば申し訳が立つ。 発見は運次第。 そういう事だから無事に帰って来る事だけを第一に考えてくれ」
将軍のお言葉を受けて師範が答えた。
「承知致しました。 早速準備に取りかかります。 ただロックが飛んでいる所を目にしてもロックの生態を詳しく知る者がおりませんと巣に辿り着く事は難しいのでは?」
「そこでそこにいるバスラーが付いて行く。 彼自身はロックを見た事はない。 だが彼の村にはロックに関して様々な言い伝えがあり、その生態をよく知っているのだ」
そうカルア将軍補佐がおっしゃって、テム・バスラーを俺達に紹介なさった。




