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弓と剣  作者: 淳A
新婚
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召喚状  カルア将軍補佐の話

「カルア、若の結婚式はいつにする?」


 将軍のお訊ねに、又この人は何を言っているのだ、と呆れた思いを禁じ得ない。 私の口調がいつもより僅かに強くなる。

「将軍。 式は遠慮したいとの希望は既に若より直接お聞き及びではありませんか。 いつにするとか、何をおっしゃる。 こういう事は本人の希望を優先させませんと。 勝手に軍をあげての結婚式をされても迷惑なだけでございます」

「ふむ。 まあ、な。 そうは言っても相手はタケオの妹だ。 軍式でも文句は言わんだろ?」

「ですから。 挙式は本人の希望を尊重いたしません事には」


 私は先走る将軍を必死で宥めた。 舞い上がりたくなるお気持ちも分からないではないのだが。 

 軍対での北軍優勝は北の剛勇を今更の如く皇国内に知らしめた。 だがもし皇太子妃殿下お出迎えが失敗に終わり、タケオがその責任を取らされ死罪となっていたら優勝さえ悲しみを増すものにしかならなかったであろう。

 どれ程紙一重であったかを思うと今でも冷や汗が流れる。 事前に陰謀を知った事、そしてそれを未然に防ぎ、道中何の事故もなく完遂した事。 いずれも奇跡的な幸運としか言いようがない。

 であればこそ喜びも深いのだ。 皇太子殿下より再度の感状を頂戴し、妃殿下より直々の感謝のお言葉を戴き、フェラレーゼから青藍徽章を贈られると言う望外の首尾。 そのうえ御成婚式への招待を賜った。

 今回の任務の成功は武の北軍に智あり、と新たな名誉が加えられる事にもなった。 その大殊勲者の結婚なのだ。 盛大に祝ってあげたい気持ちは私にだってある。 しかしなんといっても当事者が。 任務の成功はヘルセスのおかげで自分は何もしなかった、と思い込んでいるあの若だ。


 皇太子殿下暗殺未遂事件の時だとて、タケオの報告によれば彼らが命拾いしたのは若が凄腕の剣士を全てその矢で片付けてくれたおかげと聞いている。 他人が成し遂げた事は見逃さないのに自分が成し遂げた偉業には気付かないのは、これに始まった事でもないのだが。

 お出迎えのお役目を果たせたのは確かにヘルセスの情報と侍従達のおかげでもある。 しかしあの場に若がおらねば賊の早期発見は出来ず、ヒーロンの検問所で誘拐を未遂に終わらせる事は不可能だったろう。 そもそもヘルセスにした所で北軍に来たのは若を勧誘するのが目的で、こちらが感謝しなければならない事ではない。

 晴天の霹靂の命令で精密な準備など何も出来なかったにも拘らず、皇太子妃殿下に充分御満足戴けた事はヘルセスの助言のおかげではあるが、皇太子殿下も若の活躍を御存知であればこそ感状を御下賜になったのだろう。 若の父が相談役だからではない。

 ここで金の事まで言いたくはないが、これ程安上がりに終わったお出迎えは皇国史上、他にあるまい。 何しろたったの二百人で任務を遂行した。 近衛か東軍がお出迎えをしていたなら五千から一万の動員になったと思われる。 名誉と言えば名誉なお役目だが、近衛も東軍もやらずに済んで内心ほっとしていた事は想像に難くない。


 タケオと若にとってこれは二通目の感状だ。 皇太子殿下からの感状は皇王陛下よりの感状より格は下がるが、いずれ皇王陛下となられる御方。 それだけでない。 皇太子殿下は今まで若とタケオ以外、誰にも感状を御下賜になった事がないのだ。 一枚の重みが違う。

 タケオと若の年さえこれ程若くなければ、どちらも二、三年で大隊長に昇進したであろう。 タケオの場合、年だけが問題なのではないが。

 史上初の平民大隊長を実現させるには皇都で様々な根回しが必要だ。 若の場合は貴族出身だからそこは問題ない。 とは言っても、その前にまず中隊長へ昇進させねばならない。


 いずれにしても遠からず大隊長に昇進する兵士の結婚式だ。 本来なら軍式でやる事は勿論、華やかなお披露目も振る舞い酒も当然あるべきはずのもの。

 ただ、好事魔多し、とも言う。 喜びに水を差したい訳ではないが、暗殺も誘拐も主犯が捕まっていない。 奴らが次に何を仕掛けてくるか予断を許さないし、前回の主犯とは全く違う者の陰謀である事も考えられる。 今は派手な式をしてよい時ではない。 本人に派手な式をする気がない事は幸いなのだ。


 大審院の審議の経過はヘルセスからマッギニスへ時折届いている。 それによるとデュガン侯爵の有罪判決の可能性は今の所五分五分。 決定的な証拠に欠ける以上、有罪判決は難しいというのが大方の見方だ。

 しかし有罪にならないから無罪という訳でもない。 貴族の世界では往々にして白ではない、或いは嫌疑がかかったと世間に知られるだけで名誉の失墜となる事がある。

 このままではデュガンの皇都における凋落は決まったも同然。 彼にとって罪に問われなかったというだけでは不十分なのだ。 必ずや冤罪を誰かに被せ、自分への疑惑を完全ではないまでもある程度払おうとするだろう。

 窮鼠猫を噛むとも言う。 追いつめられたデュガン侯爵が思い切った手を打ってこないとも限らない。


 ところが私が将軍を宥めるまでもなかった。 軍対抗戦々勝祝賀会翌々日にイーガンの橋が落ち、災害救助のため若が派遣された。 妻は到着したが、夫が不在では結婚式どころではない。 将軍はまだ完全に諦めてはいらっしゃらないようだが。

 タケオの妹が将軍に挨拶しに来た時、彼女は大変緊張していた。 それでもはきはきとした返事と瞳の輝きを見れば、この突然決まった結婚を幸運と捉えているのが分かる。 私は内心ほっとした。

 便宜上の結婚とは思えない程、若の方は大乗り気で舞い上がっていた様子が窺えた。 若があまりにうきうきリネの到着を待っているから、これで相手に嫌われたら相当へこむだろうと危惧していたのだ。 何しろ若の気分はすぐ顔に表れる。 そして軍の士気に影響を及ぼす。


 見た所、リネはまっすぐな気性の娘。 身分の違いはあっても似合いの二人だ。 きっと仲良くやっていけるだろう。 大掛かりな式は望ましくないが、内々に祝うという形でお披露目をするくらいは出来るのではないか? 双方の親兄弟の顔合わせもまだなのだし。 将軍の屋敷で酒宴、とか?

 そう考えると私としても浮き立つ心は抑えがたく、日取りや誰を招待するか、ウィルマーやマッギニスと打ち合わせ、密かに準備し始めた。 それなのに。


 イーガンへの食料供給が無事開始した、という吉報が届いた同じ日、私の懸念が最悪の形で実現した。 皇都の大審院(注1)から十人の衛士が到着したのだ。 俗に「死の召喚状」と呼ばれているものを手にして。 宛名はリイ・タケオ及びサダ・ヴィジャヤン。


 浮き立つ心は泡沫のごとく消え去った。


(注1)皇国の最高裁判所。

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