特命
逸る帰心を乗せ、ソーアの犬ぞりは風のように走る。
もうすぐ第一駐屯地だ。 ようやく我が家に帰れる!
まだ一度も見た事はない家だけど、我が家と呼ぶだけで気持ちがほっこりするな。
イーガンへの食料配達が成功したのは喜ばしいが、何とも間が悪かった。 リネに早く会いたくて急いで呼び寄せたのに肝心の自分が出迎えもしないという申し訳ない事になっちゃってさ。
トビから無事引っ越しが終わったという知らせはもらっている。 そしてなんと嬉しい事にリネの侍女としてカナが西から来てくれたんだって。 サダ坊ちゃん、という呼び名を懐かしく思い出す。 カナなら頼りになる。 リネも心強いだろう。
アタマークも引越しが無事終わったらしいし、リスメイヤー、メイレ、フロロバが一緒に同居しているんだ。 俺がいなくてもにぎやかはにぎやかだと思うけど。
リネは今頃どうしているかな? 突然住み慣れた家から引き離される事になって、俺の事、さぞかし勝手な奴って怒っているだろうな。 ごめんねってちゃんと謝らないと。 でもすぐに許してくれるかなあ?
任務が無事終了した事をオンスラッド中隊長に報告したら他に用事があったとしても取りあえず家に帰らせてもらおう。 いよいよリネに会えるんだ。
ううっ。 どきどきする。
えっとー、まずなんて言おう?
やっぱり、ただいま、だよな?
くふふ。 そう、そう。 なんてったって我が家に帰ったんだものな。
それから、俺が夫のサダだ、よろしくな、と言う訳だ。
うひーっ。 夫だってよ。 夫!
ふおっほっほっ。
夫と名乗る時、どうやってこの緩む顔面を引き締める? 最初のチャレンジだな。
間違っても吃らないんだぞ。 おっとっと、とか。 おおっとのサダになったら全然決まらないし。 おっとーのサダじゃ何言ってるんだか訳分かんない。 うん。 そこはびしっときめないと。
ま、ちょっと練習しておこうか。
夫のサダ。 夫のサダ。 夫のサダ。
そして、リネの手を取る。
いいか、ぎゅっと握って痛い! とか言われないようにな。
あ、でもそっと握ったら、恥ずかしいですう、とか言われて逃げられちゃったりして。
むうう。 逃がすもんか。 痛がらせず、逃がさず、だ。
やわやわ、きゅっ。 こんな感じかな?
そしてー、そして、ついに言う訳だ。 俺達の部屋へ案内してくれ、と。
ほんとは案内なんかされなくたってどこが主寝室か分かるけどさ。 大体どの家も二階の一番奥の角部屋だから。
ごっくん。
いよいよ来るべき時が来た。 そこであせって転ぶんじゃないぞ。
まずは部屋に入って戸を閉める。 鍵、付いてるよな? 付いてないなんて事はないよな? 付いてなかったら早速付けさせないと。
あ、フロロバに、鍵がかかっている時は絶対開けるな、てちゃんと言っとかなきゃ。 よし、心の中にメモったぞ。
ごほん。 それで、二人っきりになったら、まず長々留守にしてごめんなって言おう。 それから、ずーっと会えるのを楽しみにしてたんだって。 リネに会えてすごく嬉しいって。
よーしっ! いいぞ、その調子だっ!
でも次に、リネが好きなんだ、て言ったら唐突かな?
うー、そりゃ唐突だよなあ。 初対面の私のどこが好きなの、とか聞かれたら答えられないし。 でたらめを言ってると思われたら困る。
えーと、えーと。
そ、そうだ。 そこでさりげなく、疲れたかもって、言う訳だ。
う、嘘じゃない。 嘘をつくって疲れるんだ。
あー、で、一人で寝るのは嫌だ、と。
一緒に寝てくれなきゃ眠れない、とかごねる。 そしてリネを抱きしめる。
だ、抱きしめちゃう? もう抱きしめちゃうの?
感激かもっ!! よぉーしっ! このまま一気になしくずしだっ!!!
と、気合いを入れたはいいけど、ヒュイ、ヒュイ、とソーアが犬に急停止の合図を送るのが聞こえてきた。 幸せな白昼夢から我に返って、何だろうと進行方向を見ると、地響きも凄まじく馬を駆ってこちらに向かってくる兵士が七人いる。
誰だ、と目を凝らすと、ジンヤ副将軍、アーリー副将軍補佐、トーマ大隊長、スコビル大隊長補佐、師範、ポクソン中隊長、それにマッギニス上級兵だ。 あんなに焦ってみんなどこに行くんだろ?
それになぜか全員普通の兵士用コートと防寒具を着ている。 特にジンヤ副将軍の場合、儀礼用じゃない普段着だって一目で副将軍と分かる見事なコートがあるのに。 なんでわざわざ?
ソーアがあわてて犬ぞりを道の端に寄せ、その一団が通り過ぎるのを待った。 ところがなんと俺達の真ん前で急停止する。 余程急いでいたらしく全員息が荒い。 ジンヤ副将軍が早口でおっしゃった。
「若、長々説明している暇はない! これからお前の中隊長任命式を行う」
「はい?」
な、何だ突然。 中隊長任命式? こんな道のど真ん中で?
さっぱり事情が分からない俺は目を白黒させた。 そもそも俺が中隊長になるって、まだ先の先、ずーーっと未来の話じゃなかったの?
全員が馬から飛び下り、そこでジンヤ副将軍がサダ・ヴィジャヤン小隊長を北軍第百四中隊隊長に任命する、と宣言する。
アーリー副将軍補佐が証書及び階級章を俺に手渡してくれた。 疑問だらけとは言え、謹んでお受けします、と型通りの返事をすると、証書の証人欄にアーリー副将軍補佐とスコビル大隊長補佐が署名して下さった。
「よし! それでマッギニスをお前の補佐に任命しろ」
ジンヤ副将軍に言われるまま、俺はマッギニスを中隊長補佐に任命した。 証書にはポクソン中隊長が証人欄に署名してくれた。
あれ? 署名にネイ・ポクソン大隊長補佐って書いてある。 ポクソン中隊長って大隊長補佐に昇進したんだ。 いつの間に?
お祝いを言おうとしたらジンヤ副将軍の言葉に遮られた。
「引き続き、お前の特務大隊長任命式を行う」
「はいいっ???」
特務大隊長って何? 大隊長と似ているけど、同じじゃないよな?
それに聞いている限りでは同年内に中隊長から大隊長への昇進は出来ないはず。 中隊長になったばかりの俺に今すぐ大隊長に昇進する資格はない。
質問している暇もあらばこそ、ジンヤ副将軍が宣言なさった。
「イーガン救出作戦の特殊任務を遂行するため、第百四中隊隊長サダ・ヴィジャヤンに大隊長の権限を与える」
「え? あの、でも、イーガンの救出は」
もう無事終わっているんですけど、と言おうとしたが遮られた。
「北軍第三大隊隊長ルカ・トーマ、これを証す」
「北軍第十一大隊隊長リイ・タケオ、これを証す」
おおっ! 今、師範は大隊長って言ったよな?
俺がイーガンに行っている間、師範は大隊長に昇進したんだ。 そんなすごい事件、どうして誰も俺に教えてくれなかったんだろ? 第一駐屯地からは資材やら何やらだけでなく手紙や言付けも毎日届けられていたのに。 それに運んで来た人から誰が何をした、ああしたこうしたの噂だって聞いていた。 これってそのどれよりすごい事件だろ。 皇国史上、最年少の大隊長昇進だ。 しかも平民。 それって皇国史上初じゃなかったっけ?
びっくりしちゃって、イーガンでの任務はもう完了しています、と言い損ねていた。 お二人が素早く特務大隊長任命証書の証人欄に名前を書き入れて下さり、それが終わるとジンヤ副将軍がおっしゃった。
「若、本来なら大隊長補佐を選ぶには一ヶ月の選考期間が与えられる。 だがそんな悠長な事を言っている場合ではない。 お前の補佐はマッギニスだ。 いいな?」
「は、はい」
師範がいつ大隊長になったのか、あっけにとられたし、そのうえ自分も大隊長、と言うか大隊長もどきになった事が信じられなくて、マッギニスが大隊長補佐、それがどうした、て感じ。
アーリー副将軍補佐が俺に証書と階級章を手渡して下さった。
「大隊長補佐の任命式は大隊長が行うべきものだ。 これが証書及び大隊長補佐章になる。 私が言う言葉をそのまま復誦するように」
アーリー副将軍補佐に従って復誦し、マッギニス中隊長補佐は大隊長補佐となった。 その証書にはジンヤ副将軍が証人として署名して下さった。
全てがあっという間。 終わると同時に副将軍以下、マッギニス大隊長補佐を除いた全員が急いで馬に乗った。 師範が言い残す。
「俺達は今すぐ戻らんとまずい。 詳しい事はマッギニス補佐から聞け」
俺はただあっけにとられ、来た時のように慌ただしく走り去る馬の一団を見送った。
まずいって、何がどうまずいの?
まさかこの任命が将軍にばれたらまずい、て意味じゃないよな? 大隊長任命はたとえもどきだろうと将軍の承認がなけりゃ実現するはずはない。
「特務大隊長」
そうマッギニス大隊長補佐に呼ばれ、はっと我に返った。 今すぐ大隊長になったとしてもきちんと仕事がやれそうなマッギニス補佐が大隊長になるなら分かる。 だけど俺が大隊長?
「あの、それって何かの間違いなんじゃ」
「大隊長を任命した方々の中に間違いをしそうな御方でもおりましたか?」
「い、いや、それは、間違いなんて死ぬまでやりそうもない人達だけど。 死ぬ前に一回ぐらいやっとこうかな、という冗談でやった間違い、とか?」
マッギニス補佐が一歩、俺に近づいた。 こ、怖い。
そんなに近づかなくても聞こえるよ、と言おうとしたら。
「特務大隊長宛てに大審院より証人召喚状が発行されました。 第一駐屯地に到着し次第、将軍執務室に出頭して下さい。 召喚衛士と共にすぐさま皇都へと出発する事になります」




