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弓と剣  作者: 淳A
新婚
116/490

名義

 金はあるから家を買う事自体は何でもない。 それでも俺にしてみればでっかい買い物だ。 今まで一度も家なんて買った事はないし、誰にも相談しないでいきなり買うのはいくらなんでも無謀だよな。

 そう思ったので、皇都から北に帰る道すがら家の値段とか買う時の注意点に詳しい奴を誰か知らないか、とリッテル軍曹に聞いてみた。 するとリッテル軍曹が胸を張って言う。

「駐屯地周辺の不動産について俺以上に詳しいとかふざけた事を抜かす奴がいたら連れて来い」


 それでどの辺りの家はどれぐらいするのか相場を聞いてみた。 豪語するだけあって、あの家は四百十万、あそこなら五百三十万と実に詳しく知っている。

 値段だけじゃない。 部屋数はいくらいくらで築何年。 古いが場所はいいから始まって、新しいが近所がやばい、水回りがよくない、雪が降ったら道が通れなくなる不便があるとか。 さすがは地元。 暮らして初めて分かる事まで知っている。 それでリッテル軍曹に家探しの相談にのってもらう事にした。


 家はもちろん住み心地が一番大切だ。 それにいくら安くたって古くてしょっちゅう修繕が必要な家だとトビの仕事が増える。 いろんな不便を強いられるだけじゃない。 結局は高くつく。 因みにそれは入隊してからお昼時にあっちこっちでしゃべっている兵士の会話を聞いて学んだ。

 だけど住み心地が良くて、しっかりした造りというだけでもだめなんだ。 俺は売る時に買った値段以上か、少なくとも買値で売れる家かをリッテル軍曹に聞いた。

「小隊長。 なんでそんな事を聞くんだか理由を聞いてもいいですか?」

「家をリネ名義で買うつもりなんだ」


 俺からのお詫びの印って言うか、気持ちって言うか。 師範と俺の勝手な都合でリネの人生は大きく変えられてしまった。 俺と結婚する気なんて全然なかったのに、ある日突然気が付いたらもう結婚していた。

 天災、事故、病気と、自分にどうしようもない事は長い人生、必ず起こる。 兄の都合で突然結婚する羽目になったぐらい、それがどうした、と言う人もいるだろう。 六頭殺しの若という有名人と結婚出来たんだから幸運だったと思えと言う人さえいるかもしれない。

 でもそうじゃないだろ。 女の人にとって結婚って人生の一大事だ。 きっとリネなりの夢や希望があったと思う。 みんながみんな、好きな人と結婚をする訳じゃなくても、農家の娘なら貴族のようなしがらみでの結婚はせずに済む。 好きな人さえいたかもしれない。 それがあっと言う間にふいになった。 自分が気が付かない内に。

 もう結婚しちゃったんだし、リネには諦めてもらうしかない。 申し訳ない事をしたとは思うけど今更どうしようもないんだ。 だからせめて俺が死んだ後でも金銭的に困らないだけの事をしておいてあげたい。


 たぶんリネは俺のおばあ様みたいに商売の才覚がある女性ではないだろう。 どんな大金を遺産として残してあげても使い続ければいつかなくなる。

 俺は子供が欲しいし、子供がいればリネの老後もそこそこ安心だと思うけど、たとえ俺達が夫婦として仲良くやっていけたとしても子供が授かるかどうか分からない。 それにリネに嫌われちゃったら子供を持つ事を無理強いする訳にはいかないし。

 それで頼る子供がいなくても大丈夫なように、家をリネの名義で買う事を思いついたんだ。 家なら簡単になくならない。 誰かを住まわせて家賃を取る事も出来る。 適当な時期を見計らって売れば彼女の老後の面倒を見るくらいにはなるだろう。


 俺がそう説明すると、リッテル軍曹が唸った。

「うーむ。 しかし爵位のある女性でもない限り、女性名義で家を買う事は出来ないんですよ」

「え、そうなんだ?」

「小隊長なら勿論買えますがね。 ただその場合、縁起でもない事言って悪いが、子供が出来る前に小隊長が死んだら家は妻ではなく伯爵家のものになります」

「えっ。 あの、でも夫婦の共同名義で家を買う事も出来るんだよね? 俺とリネは結婚したんだし」

「ああ。 だがその場合でも夫が死んだら夫の分は伯爵家のものとなる訳で。 息子さんが生まれたら息子さんが小隊長の分を相続するから家は奥さんと息子さんの共同名義となるが。 もし子供が娘さんだけだったら伯爵家の物となるんで。 その半分をどうするかはあっち次第になりますよ」


 別に俺が死んだからって俺の実家がリネと俺の娘を住んでいる家から蹴り出すとは思わないけど。 そもそもこんな北の果てにある家を伯爵家が欲しがる理由なんてないだろ。

 とは言っても爵位はいずれ兄上から俺の甥であるサムに譲られる。 サムは去年の十二月に生まれたばかり。 真っ赤でふにゃふにゃの彼が将来どういう男に育つかなんて想像もつかない。


 それで俺は師範に家を師範名義で買ってもいいかどうか相談した。 もし俺の息子が生まれたら、その時に名義をリネと息子に移してもらえないかって。

 娘しか生まれなかったら、ずっと師範の名義にしといてくれればいい。 仮に師範に万が一の事があっても名義は師範の父か弟に移る。 どちらにしてもタケオ家の財産だからリネが住み続ける事に問題はないだろう。


 師範が承諾してくれたので、俺は師範の名義で家を買う事をリッテル軍曹に伝え、家を買う金を師範の口座に移しておくようトビに言った。


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