虹橋会 ウェルターの話
大峡谷に架かっている橋が雪の重みに耐えかねて落ちた。
イーガン駐屯地を守る北軍中隊長として、すぐさま第一駐屯地に向け伝書の鳥を飛ばしたので知らせは今日中に向こうに届くだろう。 もっとも急いで知らせる必要など少しもないのだが。
ここの食料備蓄は一ヶ月で尽きる。 それは第一駐屯地も知っているが、だからと言って彼らに出来る事は何もない。 大峡谷のこちら側に食料を届けるには春になるのを待って橋を架け替える工事をするか、二ヶ月かけて大峡谷を大回りして食料を届けるしかなく、そのどちらも私達全員の命を救うには間に合わない。 仮に救助隊が今日出発したとしても。
私は兵士全員をホールに集めた。 みんな覚悟を決めた顔をしているが、ここで全員餓死する道を選ぶのは馬鹿らしい。 半分の兵士に食料の全てを持たせ、すぐに出発させればその内の何人かは第一駐屯地まで辿り着けるはずだ。
ただそれをそのままここで告げれば、こいつらは自分が残る、と騒ぐ馬鹿な奴ばかり。 だから私は最初から決定事項として以下を告げた。
一、選抜隊七十九名は全ての食料の荷造りと雪中行軍の準備が完了し次第、第一駐屯地に向かう。
二、選抜隊の指揮はソーベル中隊長補佐が執る。
三、選抜隊はコイントスで決める。
四、一旦選ばれたら結果には一切の変更を認めない。 選ばれた者が出発前に死んだとしても増員はない。
ソーベルに七十八まで番号をふった紙を二枚用意させ、どちらでも好きな方に名前を書かせた。 コイントスの結果、表が出たら右が出発する。 裏なら左だ。
私は残る。 ここの責任者なのだから当然だ。 ソーベルの事だから自分が残ると最後まで粘るだろうが。 恨めしそうな顔をして私を見ていたが上官命令だ。 従ってもらう。
しかし黙って従う様なソーベルではない。 間際に酒を飲ませて前後不覚にした所を荷物に括り付け、出発させるしかないだろう。 全く手間がかかる奴だ。 けれど選抜隊を任せられるのは大峡谷のこちら側の事をまるで自分の庭であるかのように知っているソーベル以外にない。
彼に指揮させる事以外は全て運に任せた。 理由や事情を斟酌し始めたらきりがない。 何より手っ取り早く決めなければ、俺が死ねば助かる奴がいると考え自殺する兵士が次々出てくる。 そうなったら生き残って嬉しいと言うより死に遅れて悔しいという奴らばかりになって、食料があろうと第一駐屯地に無事辿り着けるかどうか怪しくなる。
それでなくとも極寒のこの時期の旅は死と隣り合わせだ。 連日吹雪の中を行軍するのだからつらくて長い二ヶ月になるだろう。 ソーベルの卓越した能力があっても無事第一駐屯地に辿り着ける保証などない。 せめて三月まで出発を延ばしてあげられたなら。 残念だが春を待っている余裕はない。
こうして七十八名が選ばれた。 旅の荷造りが終わり、残る者達は出発する者達に言付けや形見の品、遺書の類を託した。 今晩別れの宴を開き、明日の夜明けと共に選抜隊が出発するという日の昼過ぎ。
元々冬は夏の十分の一程度しか人員を配置していないので、がらんとした感じがある。 それでも明るい内はあちらこちらで仕事をする兵士のさざめきや物音が聞こえて来るのだが、辺りはまるで墓場のように静かだった。
そこに時ならぬ太鼓の音が鳴り響いた。
ど、どーーん。
どどどど、どどーーん。
ど、ど、ど、ど、どどーん。
何だ? 襲撃か?
いや、まさか。 橋が落ちたのに一体どこから誰が襲撃するというのだ。
急いで窓の外を見ると落ちた橋の向こう側、遥か彼方に誰かが弓を持って立っている。 一人は太鼓を叩いていて犬ぞりの側にも一人いた。 でもその三人だけだ。
射手が弓を引き絞る。
馬鹿な。 届くものか。 これでも私は弓をかなりやるが、どの季節だろうと向こう岸に矢が届いた事はない。 私だけではない。 過去、誰かの矢が対岸に届いたとは聞いた事もないし、ましてやこの気温だ。 弓が凍って引き絞れないだろう。
届くまでがんばるつもりなのか? 無駄だ。 そんなところにいつまでも突っ立っていたら凍死するぞ。
そんな私の心の声は勿論届かず、射手が矢を放つ。
ばしゅーん
どどどど
ばしゅーん
どどーーん
ばしゅーん
ど、ど、ど、ど
強弓の唸りが大峡谷に木霊する。 太鼓の音と重なって、まるで合奏しているかのように。
矢が次々とこちらの橋桁に突き刺さり始めた。
己の目を疑った。 一本だけではない。 一矢も外さず、こちらに届いている。 そしてどの矢にも色とりどりの紐が付いていた。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
大峡谷にかかった時ならぬ虹が風に揺れ、舞い踊る。
息を切らせながらソーベルが持って来た手紙をホールに集まっていた兵士全員に読み上げた。
「救援物資を届ける計画が決定した。 即座に工事に着手する。 一ヶ月未満で完成の予定!」
どっと沸き上がる大歓声。
若だ! 六頭殺しの若が来てくれた!
助かったんだ!!
私達は口々に叫んで外に駆け出し、太鼓に合わせて踊り出した。
充分な食料が届けられ、無事冬を越した私達は夏に第一駐屯地へと帰り着き、虹橋会を結成した。
会名の候補には他にも冬虹会、氷橋会、矢橋会、若が起こした奇跡を語る会などがあり、最後までもめたのだが、結局虹橋会に落ち着いた。
誰でも入会出来る訳ではない。 この会に入会するには以下の要件を満たす必要がある。
「イーガンの奇跡によって救われた北軍兵士、又はその子孫であること」
巷ではあの救出を「イーガンの奇跡」と呼んでいる。 最初は百五十八名だけに会員を限ろうとしたのだが、中に息子も入会させたいと言う者がいた。 それなら俺のはもうすぐ北軍に入隊するとか、すぐではないがいずれは、とか言う兵士がかなりいて押し切られたのだ。
確かに入会資格をあの時イーガンにいた兵士だけに絞ったのでは、いつか会員がゼロになる日が来る。 この会の目的は若の偉業を末永く語り継ぐ事にあるのだからそれはまずい。
それに娘しかいない私にも孫には男の子がいる。 家に帰り着いてから私は三人いる孫の為に子供用の弓を買った。 全員は無理でも一人ぐらいは北軍弓部隊に入らないものでもない。 いつか祖父が虹橋会初代会長を務めた事を知る日も来るだろう。
私の名はテイ・ウェルター。
「イーガンの奇跡」をこの目で見た男だ。




