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底辺部活の青春クロスワードパズル~~陰キャな俺と地味子とギャルと……  作者: 秋ヶ瀬胡桃


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第1話 入部……希望です

 バスケ部や軽音部のような華やかさのない底辺文系地味部活の青春は、暗渠《あんきょ》のドブ川のように暗くて臭い。

 部員の人生もこの先ずっと負け組であることが確定事項だ。

 誰もがそう思っている――と思っている俺の劣等感。


 俺は、濁川清。

 今年、鴻煌高校の二年生になったばかりの、どこにでもいる――なのに、どこにもいないかのように誰からも相手にされない典型的な陰キャだ。

 昔の流行語で言えば、ネクラ。

 そんな俺の趣味はクロスワードパズル。

 で「クロスワードパズル部」なんていう、学校の片隅のさらに片隅にある地味な部活に所属している。

 部員数は、俺一人。

 俺が勝手に部を設立したわけじゃない。

 先輩たちが春に全員卒業してしまい、俺が部長兼唯一の生き残りになってしまっただけだ。

 部員一名というのが地味部活の惨めさを余計に増幅しているよなあ。


 当然、学校での俺の注目度はゼロ。存在自体がステルス。

 特に家族以外の女子との会話なんて、前世を含めても一度もない自信がある。

 プリントを回す時とかに「あ、はい」と消え入るような声で返事をする。それが俺の青春における女子との全コミュニケーションだった。

 そんな俺の世界の果ての荒涼たる砂漠みたいな静かな部室に、まさかの地味な異変が起きようとしていた。


 放課後。

 狭く殺風景な、学校の階段の脇にある、本来は何のためにあるのか謎の一室――クロスワードパズル部部室。

 俺は、孤独に雑誌のクロスワードパズルを解いていた。

 知らない人の目には、一人で居残り勉強をさせられているように見えるかもしれない。


 こんこん――。


 放課後の部室のドアを叩いたのは、一人の女子だった。


「は、はい。どうぞ」


「あの……ここ、クロスワードパズル部……ですか?」


 入ってきた彼女の名前は、黒須殊羽《くろすことは》。別のクラスだが俺と同じ二年生。

 少し大きめの黒縁眼鏡をかけ、髪を後ろで控えめに結んだ、典型的な「地味子」を具現化したような女の子。

 ぶっちゃけ、俺に女子の制服を着せて、ちょっと可愛くAI補正したような……要するに「俺を女にした」ような女にしか見えなかった。その時は。


「あ、えっと、そうだけど。何か用……?」


「入部……希望です。あの、これ、見学だけでも……!」


 差し出された入部届。

 俺の手が震える。

 女子が、この部室に!

 女っ気とは無縁のこの部室に!

 しかも、彼女が鞄から取り出したのは、俺も愛読している超マニアックなパズル専門誌『パズル通信ニヤリ』だった。

 クロスワードパズルに限らず数独やスリザーリンクなど何種類ものペンシルパズルを掲載している雑誌だ。

 もちろん、俺も定期購読している。

 ちなみに、ペンシルパズルとは、文字や数字、記号、線などを鉛筆で紙に書き込むタイプのパズルのことである。


「君も……パズルが好きなの?」


「はい。ペンシルパズルの類いはどれでも」


 恥ずかしそうに頬を染めながらも、眼鏡の奥の瞳をキラキラ輝かせて語る黒須さん。

 口数は少ないが、その瞳から垣間見られる熱量は本物に違いない。

 なぜ二年になるまで入部しなかったのかというと、クロスワード部の存在を知らなかったからだそうだ。

 こんな存在感のない部活は気づかれなくて当然だろう。

 二年目で気づいてもらえただけでも幸運だ。

 俺は、女子との会話は苦手だが、ともに語り合える仲間ができたことは嬉しい。

 勇気を振り絞って質問の言葉を繰り出す。


「あ、えっと……じゃあ、その『ニヤリ』の中では、どのパズルが好み?」


 俺は席に座ったまま、黒須さんが持つ『パズル通信ニヤリ』を指さして尋ねる。

 言ってから「失敗したぁ」と心の中で呟いた。

 今「ペンシルパズルの類いはどれでも」と言ったばかりの相手に、さらにどれか選べとは意地の悪い質問だったかもしれない。

 オタクの悪い癖だ。

 女子との会話経験値がゼロの俺に気の利いたトークは難しすぎる。


「あ、やはり、クロスワードですね」


 しっかり答えてくれた黒須さん。


「そ、そう。俺も今クロスワードをやっていた最中で……」


 すると、彼女が顔を近づけ、俺の指先にある雑誌を覗《のぞ》き込んできた。

 その拍子に、ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。

 俺を女にしたような地味な外見のくせに、やっぱり、ちゃんと女の子なんだ――そう意識した瞬間、頭が真っ白になった。


「その問題……、辞書なしで……。難しいのに」


「あ、う、うん……。いい香り……」


「え?」


「あっ、いや、ちょっと見ただけでよくわかるなって。難易度まで」


「い、いえ! 何となくそんな感じがしただけで……」


「へえ……」


 たどたどしい会話が止まり、両者しばしの無言。

 校舎の廊下を歩く生徒の足音。

 校庭での運動部の掛け声。

 普段は気にもならない当たり前の環境音が、数秒の間、自分の聴力に驚かされるほどはっきりと耳の奥に届いていた。

 俺の目の前には黒須さんの眼鏡。

 お互い顔が近いことに気づく。

 双方、顔を真っ赤にして、視線を泳がせる。

 始まってしまったような気がする――俺には無縁だと思っていたような青春が。

 陰キャなりの青春が。


「それじゃ、私は部員として何をすれば?」


 体感時間のやたら長い数秒の沈黙がやっと終わった。


「まあ、その、ただパズルを解くだけだし……」


「それ……だけ……ですか?」


「問題を作ったりもするよ」


「そうですか!」


 また黒須さんの目が輝く。

 パズルを解くだけでなく作る方も得意らしい。

 どんな才能を持った女の子なのか、今から楽しみだ。

 だが、また話が弾まなくなる。

 ここからペンシルパズルの作り方について、ああだこうだと楽しく話し合うところだというのに。

 女の子との会話を盛り上げられないなんて、好かれない男の代名詞みたいなものじゃないか。

 俺は、自分が情けなくなる。


 言葉を操るクロスワードパズル部なのに、肝心の会話の「カギ」が見つからず、部室にはなんとも言えない甘酸っぱい沈黙が流れた。

 陰キャな俺の、クロスワードのマス目のようなモノクロな日常に書き込まれようとする何かの言葉。

 まだ上手に話せないけれど、黒須殊羽という「カギ」は、一体どんな言葉で俺の青春の空欄を埋めてくれるのだろうか。

 期待に胸が膨らむ。

 しかし、俺の青春がまるで引っかけ問題のように予想外の展開をすることになることに、この時はまだ知るよしもなかった。

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