△ あの子の憎悪
「──大丈夫!?」
木々を掻き分け、女の子の元に辿り着く。全速力で移動しても少し時間を食ってしまった。女の子はこちらに背を向け、立ち尽くしている。
「連れて行かせちゃってごめんね…?ほら、帰ろう?」女の子は振り返らない。怖いのだろうか。安心させるために抱きしめようとしゃがみ込み、両手を広げ…
「──逃げ、て」「─っ…!」右腕に痛みが走る。…否、右腕の繋ぎ目…右腕に痛みが走る。右腕がもげ、どこかに消える。血が抜ける前に急いで炎魔法で傷口を焼いて塞ぎ、氷魔法で氷の腕を作る。
「っ…怪我は…ない…!?」なんとか左手で女の子を抱きしめ、遠ざかることはできた。もげた私の右腕は木にぶつかって根元に落ちている。
「ごめんね、不安だよね…!えっと…」頭の中に、私の英雄を思い浮かべる。英雄ならどう声を掛けるか考え…「もう、大丈──」
「や、だ」
女の子が自ら、私の左手から離れて距離をとる。拒絶への哀しみよりも、その膂力に驚きが隠せない。
「………まさか…」
『──あらあら、お客様から来てくださるとは♪ありがたいことですわ♪』
突然、頭の中に声が響く。声は続け…
『ですが、まだこちらのお人形さんには自我があるよう…やはり即興では難しいですわね♪』
女の子が、まるで操り人形の糸が切れたかのようにだらりとしてしまう。
「……嘘…だよね…」
女の子がこちらを振り返る。燃え上がるような赤い目、無垢な笑みとはほど遠い醜悪な笑顔をこちらに向け、声とシンクロして告げる。
『「わたくし、『四天王』が一角…ラクネ、と申しますわ♪以後お見知り置きを♪」』
スカートを両手で摘み、どこかのお嬢様のようにペコリとお辞儀する女の子。……この子が、四天王と名乗った。脳内を巡る様々な仮説。本当にこの子が四天王で、これまで偽っていた可能性もよぎるが…言動からして、四天王に乗っ取られた可能性が一番高い。そして…この感じ、見たことがある。どこかの村で──
「──お前が…っ!!」点と点が繋がる。忘れるはずもない、カーナ村で発生した四天王の襲撃、そして人を殺す感覚。前者は事故だと主張していたが後者の村人を操っていたのはほぼ確定でラクネ。怒りに任せ魔法を構えるが、どうしても女の子に攻撃ができない。
「く…っ…!」ギリギリのところで障壁を展開、風魔法を受け流す。
「お、ねぇ、ちゃ」
弱々しく、戦闘の衝撃で聞こえないくらいか細い声。それでも耳に入り込んでくる。
「たす、け───随分と粘り強い脳味噌でしたわね。……それとも、もしかすれば肉体の反射で勝手に喋ったのか…興味深いですわね♪」
目の前、ラクネは話し続ける。さっき話していたのはおそらくあの女の子。…完全に支配されたと見ていいだろう。
「それでは、ほかの人形も試すとしましょう♪」
さらに2体のラクネの人形が現れる。片方は人の形をしたロボ。白衣を羽織り、額には2本の角、目や口などの器官は見当たらない。…もう片方は、あの女の子にそっくりな髪や目の色、そして顔つきのサキュバス。。
「……クソ野郎…」
恐らく…というか、まずあのサキュバスはあの子の親だ。もう片方のロボが自ら機械を作っている。アミニスの戦っている機械達を作ったのも同じだろう。女の子が風の魔法を飛ばし、母親が鉄の剣を振るう。ロボの生み出した小型のロボが動きを阻害してくる。じわじわと体力を削られながら、ふと思う。
「…リアも…こんな感じ、だったのかな。」
アミニス1人に殺人の罪を背負わせないために共に狂うことを選び、村人たちをラクネから解放したリア。もちろん私も戦った。何人か殺した。その感覚は今も身体に染み付いているし、殺した人たちを弔ったところで許されるわけでもない。
「……リアはね、凄いんだ。王国民に忌み嫌われて、親友に怯えられて、独りぼっちになって。それでも、自分に怯えてた親友が危ない時、迷わず助けられる人なんだ。親友のために命を狙われてる王国に援護を呼びに行ったり。殺されるかもしれないのにだよ?」
氷で作った右腕が砕ける。左脚も女の子の風魔法でグチャグチャだ。お母さんの剣撃で腹部も貫かれて、内臓が零れ落ちてるのが分かる。
「…私は、そんなリアに憧れたの。だから。……叶うわけないけれど。できることなら、リアの…あの子の憎悪を、私が少しでも背負えたらって思った。」
ボロボロの身体、左手で杖を構える。立ち上がることもままならない。
「…けど、無理だから。せめて、リアと同じ景色を。少しでも同じ狂った世界を、味わうよ。」
世界に迫害などされていない。親友に怯えられなどしていない。…でも、狂うことを選んだリアの横にいるために。…私も…ディネリンドも狂わなくてどうする。
「──アイシクルストーム」
練りに練った魔力を解き放つ。半径10メートル、範囲が狭めだからこそ密度は高い。半径10メートルの大気の水分を凍らせ、氷の刃を生成。風魔法で竜巻を起こし、氷の刃が乱舞する。
「……助けられなくて、ごめん」
弱さを知った少女の嗚咽混じりの言葉も、氷の嵐に掻き消されて。