優しい風景
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ロドウェル領に入ってから数日。俺達はようやく領都に辿り着いたわけだけど……この領地、めちゃくちゃ広いのな。そりゃあまあ国の何割かを支えている穀倉地帯なわけだし、狭いわけがないんだけど……それにしても広すぎない?
それに、着いたは良いんだけど、領都の中に入ってからも問題だった。
「――なあ。あんな派手な出迎えする必要あったか?」
俺達が乗った馬車が領都に入るなり、盛大に……それはもう盛大すぎるといってもいいほどに歓迎されることになった。俺、地元で自分の誕生日があってもあんなに祝われたことないんだけど? あんな派手な騒ぎなんて……あー……ああ。兄上が領主になって初めて大物を倒した時くらいか? あの時は父上が死んだ雰囲気をぶち壊すのと、普通に新しい領主が凄い奴だってことを祝うために結構盛大にやった。
けど、本当にそれくらいだ。そもそもそんな祝ってる暇も金もないし。
といっても、祝っている相手は俺じゃないんだけど。
そう思いながら、この街の領主一族であるローザリアへと顔を向けた。
「あなたに対して、という意味であれば必要はなかったと言えますわね。ですが、王女殿下が同行しているとなれば話は別ですわ。学友の家に遊びに来ただけとはいえ、王族の方がいらっしゃったのですもの。出迎えないわけにはまいりませんわ」
そりゃあそうか。貴族である以上は王族が来たら歓迎しないわけにはいかないか。……まあ、うちの場合はそんなに歓迎のために騒いだりしないだろうけど、多分うちがおかしいだけなんだろう。
「面倒をかけてしまって申し訳ありません」
「いえ、殿下がそのようにおっしゃられる必要はありませんわ。それに、我が家にとっても王族の方を迎えられたということは喜ばしい事なのですから」
うーん、その辺の間隔は理解はできても共感はできないな。それよりも一突きになることがあるんだけど……
「それで、これから当主とあいさつとかするのか?」
なんて聞いたけど、するんだろうなぁ。だって俺はその当主に呼ばれたんだし、姫様が来てるってのに挨拶をしない貴族家の当主なんていないだろ。
と思ったのだが、ローザリアは首を横に振って答えた。
「着いて早々に話しを、などという無粋なことは致しませんわ。……とはいえ、挨拶そのものは必要となるので晩餐の際に挨拶をすることとなると思いますわ」
そうなのか。どのみち夕食の時に会うんだから、その時にまとめて挨拶をしてしまおうってか? でもそれ、貴族的に良いのか? 普通ならもっと構ってくるもんだろうに。
でも、屋敷の外で出迎えてずっと話しをしたり歓待するもんだと思ってたんだけど、それもなかったしな。……もしかしたら、ここの当主も少し変わった人物なのかもしれない。
「といっても、晩餐の他には何もないのですけれど。少し手持ち無沙汰になってしまうかもしれませんわね」
「城下に降りるにしても、時間が足りませんからね」
だよなぁ。今は昼過ぎ……というか夕暮れ前って感じの時間だし、これから城下に出て歩き回るってなると晩餐には遅れることになるから仕方ない。
「そんなことはないわ。ここから見ることができる風景だけでも城を離れた価値があります」
そう言いながらティアリアは窓から城下の景色を眺めているが、街の外……遠くに見える黄金の波と合わさったことで、街は発展して賑やかでありながらもどこか郷愁を感じるような風景となっている。確かにこの景色はティアリアの言ったように価値のあるものに思える。
「そ、そうでしょうか?」
ローザリアからしたら普通の景色なんだろう。なんたってこの城で育ってきたわけだしな。
ごく普通の、日常的な風景だが、それを褒められたことで照れたように視線を逸らしている。
「ええ。王城から見たのとは違う風景、違う人々。吹いている風も、運ばれてくる匂いも、全てが王城とは違います。とても暖かく、優しい匂いです」
「そ、そうでしょうか……? わたくしにはよくわかりませんが、喜んでいただけたのであれば何よりですわ」
「くすっ。分からないのはあなたにとってここでのすべてが普通となっているからなのでしょうね」
そういってからティアリアはまた窓の外の風景に目を向けたが、その横顔は優しさの中にどこか寂しさのようなものが混じっているように感じられた。




