ロドウェル領における『黄金」
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「おお……」
ロドウェル領に入ってしばらく。周りの景色の変化に、俺は思わず声を漏らしてしまった。
でも、仕方ない事だろう。この光景を見れば多分誰だって同じような反応をするはずだ。現に、ロドウェルで生まれ育ったローザリアとエリオットは無反応だが、王都で暮らしてきたティアリアとキリエは目を見開いて驚いた様子で窓の外を見ている。
「見事なものですね。小麦畑を黄金色と称することは多々ありますが、その理由もこの光景を見れば理解できますね」
「うちでも畑はあるけど……これだけの規模じゃないな。流石は王国の食糧庫ってか」
窓の外に見える景色は、黄金色に輝いて風を受けて波を作る麦畑だった。今の時間は昼だが、これが朝焼けや夕陽を受けていたらそれこそ世界が黄金色に染まったように見えるのかもしれないな。
「王都に比べれば何もないところですわ。でも、わたくしもこの光景は嫌いではないわね」
「嫌いじゃないどころか、大好きじゃないですか。幼いころは麦畑の中を駆け回っていたのですから」
「え、エリオット! それはまだ幼かった頃の話ではありませんか!」
貴族のお嬢様然としたローザリアだが、小さい頃はお転婆だったのか。まあ、子供なんてそんなもんだよな。しかもこれだけの畑だ。穂の影に隠れれば子供なんて見つからないだろうし、そこで鬼ごっことかしたくなるだろう。
……ただ、一つ怖いことを思ったんだが、これって死者とかでないよな?
いやここで殺し合いがあったとか殺人が、ってわけじゃなくてさ。ここで鬼ごっことかして遊んでると、麦畑の奥に入った子供がまいごになるんじゃないかな、って思ったんだよ。
子供より麦のほうが背が高いと周りは見えないだろうし、どこを見ても麦しか見えないから道も分からない。ある意味霧の中で彷徨ってるようなもんだろ。大人になれば身体強化の魔法とかでどうにかできるかもしれないけど、子供だとなぁ……。
「ふふ……相変わらずお二人は仲が良いのですね。羨ましい限りです」
「え、ええ、まあ。幼少期の頃より共に過ごしてきましたので。ですが、殿下もキリエとの付き合いは長いではありませんか」
「……そうですね。ですが、キリエは少し固いところがありますから」
そう言って少し寂しそうな様子でティアリアはキリエの方を向いた。
「キリエ、こんな時まで肩ひじを張らずとも良いのですよ」
「ですが殿下。私は任務の最中でもありますので」
「……このように何度言っても聞いてくれないのです」
なんて冗談めかすように肩を竦めたけど、その表情はやはりどことなく寂しさが残ったままだ。
(俺とティアリアもそうかもしれないけど、俺たち以上にこいつらの方がもっと相互理解を深めた方が良いんじゃねえのかね?)
(お前とは違って、お互いに相手のことを考えているからこその態度な気もするけどな)
(相手のことを考えてるから堅苦しい態度をとるって……わけわかんねえな)
(そんなんだからお前はまだガキだって言うんだよ、クソガキ)
お前だって親しい仲間とか友達とかいないくせに、何分かったようなこと言ってんだよ。
しかし幼馴染かぁ……
「少し羨ましいな」
「あら、珍しいですわね。あなたがそのようなことを言うだなんて」
おっと。口に出てたか。そんな誰かに聞かせるつもりなんてなかったんだけど……まあいいか。聞かれて困る事でもないし。
「ウルフレックの領には同年代の方はいないのですか?」
「いや、同年代はいるし、幼馴染って呼べるような存在もいないことはないけど……」
「あら、そうなの? なら羨ましがることはないのではなくて? それとも、近くに居られないことが寂しいとお思いなのかしら?」
なんでいきなりそんな楽しそうに声を弾ませてるんだ? もしかして故郷に残してきた幼馴染とのあれこれ、なんてのを想像してるとかか?
「そんな楽しそうな顔をしてるところ悪いけど、そんなんじゃないっての。あれ、幼馴染っていうより戦友とか部下って方がイメージが近いんだよ」
「戦友……」
「昔はそうでもなかったけど、森に入るようになってからはまともに遊んだこととかないしなぁ」
そもそも俺の精神年齢が他よりも上だってのもあった。今でこそ精神年齢と肉体年齢がいい感じにつり合い取れて普通の子供らしくなってるけど、昔はちょっと頭良すぎたっていうか、達観しすぎてたわけだ。同い年でも、俺にとっては年下の子供でしかないんだから、普通の幼馴染という関係になれるはずがない。
それに、ウルフレックは一枚岩ではあるし身分の差はないけど、役割の差はある。むしろ、身分がないからこそ役割の差ははっきりしていると言えるかもしれない。領主は指揮官であり、俺は指揮官の一族だ。だから、森の中に入って行動するときはいつだって俺は周りよりも上の立場だった。そんなんじゃ本当の意味で仲良くなれるはずがない。
「……改めて、ウルフレックという土地は厳しい場所なのですね」
「……まあ、そうだな。多分、他の貴族たちが思い描くような普通とは違うんだろうとは思うよ」
だって他の貴族って生きてるだけで命の危険があるような状況で暮らしたことないだろうし。
「――ですが、本当にキレイな黄金ですね……」
「黄金ね……。すごい今更なことを聞くけど『黄金』ってそんなに大事か?」
黄金……まあ、黄金色だし、黄金って呼んでもおかしくないけど、王族であるティアリアが言うとやっぱりあっちの『黄金』のことが頭に浮かんでくる。だからついそんなふうに口から零れてしまった。
「本当に今更だね、エルド」
「いや、貴族的に大事なのはわかってるけど、何ができるんだよ。ただ戦いのための力として考えるなら、他の力を揃えれば十分じゃないか? 今はそんな戦争が頻発してるってわけでも、ドラゴンがそこら辺をうじゃうじゃ飛ん出る危険な時代、ってわけでもないんだし」
「……『黄金』は象徴的な意味合いが強いですね。代々『黄金』の魔力を発現した者は王となり、王国に繁栄を齎しましたから」
これまで何度も聞いてきた話だけど、やっぱり理解できないんだよな。それは俺が実際に仕えるから『黄金』なんてものに夢を見ていないだけかもしれないけど、それでもやっぱり理解できない。だってうちの奴らなんて『黄金』が欲しいなんて言わないし、俺が使ってるのを見ても、便利だなくらいにしか思ってないしな。
環境が違うから考え方も違うってことなんだろうけどさ。それにしてもやっぱり他の貴族たちは大げさすぎると思う。
「過去にはロドウェルからも『黄金』の使い手が現われたようですわ。そして、大地を黄金で照らして民の飢えを消し去ったとも言い伝えられていますわ」
「飢えを消したって……食料を作ったってことか?」
「その時の名残として、ロドウェルは王国一の穀倉地帯としての暮らしを維持し続けているのだと聞いていますわ」
「後は、収穫期になって麦の穂が揺れて光を反射することを〝黄金が輝いた〟ともいうね。ついでに言うと、『黄金の救世主』なんて歌もあるくらいだよ」
へえ……そんな歌があるのか。まあ、飢えから救ってくれたとなれば、そうなるかもな。俺達だって、どうしようもなく食料が無い時に近所に穀倉地帯を作ってくれたら祭りの一つでも開くだろうし、民は歌でも踊りでも作るだろうしな。
「『黄金』にそんなことができるとは思えないんだけど……」
「実際にはわかりませんわ。昔話や偉業というのは誇張されるものですから。ですが、実際に『黄金』の使い手がいない以上、事実であることを否定することは出来ませんわ」
ふーん。でもそうだな……植物系統の属性か、あるいは生体に関する属性を持っていたなら、そこに『黄金』の力が加われば植物の急速生長とかできるか? いや、植物系統じゃなくてもいけるか? あれってそもそも『黄金』自体に回復というか、治癒みたいな力備わってるし。そう考えると、広範囲に効果を及ぼすことができる属性ならなんでもいけるかもしれないな。
「もし再び『黄金』の魔力の使い手が現われた場合、ロドウェルはその者についていくことになるでしょうね」
「そんなハッキリ言いきっていいのかよ?」
仮にも王族であるティアリアの前だぞ? そんなことを言ったら不敬罪とか反逆罪とかって言われるんじゃないか?
もちろんティアリア自身はそんなことを言い出さないだろうけど、それでmお迂闊すぎる気がする。
「今のはわたくしの考えというよりも、民の考えですもの。ここでわたくしが否定したところで何の意味もありませんわ」
「それだけロドウェルにとっては『黄金』という存在は大事なものなんだよ」
「だからこそ王家は……私も含めてですが『黄金』を求めているのです」
理由はまあ、分かったけど……誰も彼もが『黄金』か……
「『黄金』なんて、そんな大層なものじゃないと思うけどな……」
なんて俺の呟きは誰にも届くことなく消えていき、馬車は止まることなく進んで行った。




