いい加減尻は叩かないで!
「坊ちゃん! 終わりました!」
「うん。お疲れ様」
ペンネとじゃれてしばらくすると、黄金の壁の上から男が飛び降りながら声をかけてきた。
普通ならそんなことをしたら死ぬけど、うちの領地にいる奴らは普通じゃないから問題ない。
こいつは俺の護衛兼今回の魔物狩りの部隊長。ランドルだ。これまでも何度も同じように魔物狩りをしてきたから、もうこの流れはこいつにとってもおなじみのものとなっていたので作業もスムーズに終わったようだ。
「相変わらず流石ですねえ。あんだけの魔物の突進を受け止めて傷一つなく止めちまうなんて」
「ドラゴンってわけでもないのにそんな驚くようなことでもないでしょ」
流石は建国王の使った神の力、だよな。これが転生による特典なのかは知らないけど……最強能力万歳。
「なあに言ってんですかい。あいつだって冒険者の格付けで言ったらSランクってところですぜ。普通だったら砕かれるどころか、一緒に潰されてしめえですよ。そもそも、ドラゴンが突っ込んできたところでおんなじ結果になってたんじゃねえですか?」
「まあ、ドラゴンのブレスも防いだことがあるから、突進程度じゃね……」
ドラゴンは一般的には出現したらその場所が滅ぶと言われているレベルの強さだけど、全ての魔物の頂点というわけでもない。ただ空を飛ぶから行動範囲が広く、出現率や発見率が高いせいで恐怖の対象となっているというだけ。
何だったら本気のペンネの方が強いし。流石はこの森で王様気取ってただけあるよな、って強さだ。それと比べたら……ねえ?
「ですが、坊ちゃん。よかったんですかい。これから出てかれるんでしょう?」
ランドルが心配そうにこっちを見てくるけど、そう。俺は今日この森から……というかこの領地から出ていく。
といっても、一生出ていくわけではなく、貴族としての義務を果たすため――学校に通うためだ。
そして今日が学校のある王都に向かう日となっている。
「まあ、出てくまでまだ時間があるし、せっかくだから最後に一狩りしておこうかなって。どうせそんなに時間がかかるものでもないし」
「俺達はありがてえですが、長旅なんですから魔力切れしてっとただでさえ乗り心地の悪い馬車が余計に気持ち悪く無しやすよ」
「大丈夫大丈夫。この程度なら魔力の消費なんて大したことないから。これが『要塞』の方だったらちょっと気持ち悪くなったかもしれないけど、『城壁』程度なら問題ないよ」
奥の手の一つも使ってないんだから問題ない。まあ、今回使った『城壁』だけでも普通の魔法使いなら使う事すらできない程の魔力が必要になるけど、俺にとっては問題にはならない程度のことだった。
「は~……相変わらずバケモノじみた魔力してんすねえ」
(ほおら見ろ! やっぱバケモノって思われてんじゃねえかよ!)
うるさいよ、バケモノ。人より魔力が多いのは認めるけど、お前の方が正真正銘のバケモノだろ。
頭の中に響いてくる声に、心の中で文句を言いながら溜め息を吐く。
話しに割り込んできて面倒を増やさないだけの分別はあるのはいいんだけど、いちいち頭の中に声が響いてくるのもうるさいからやめてほしい。どうせろくでもないことしか言わないんだから。
「できる事ならもう一体くらい仕留めに行きたいところなんだけど……」
どうせこの後は暇な時間が続くんだし、ここらでストレス発散というか、遊び溜め? をしておきたいんだけど……流石に時間的に無理かな?
「そんなこと赦すわけないだろう、このあほんだら」
「マリンダ……やっぱり来ちゃったか」
そうだろうなぁ。くるよなぁ……はあ。
「なんだい、その反応は。来ちゃまずいってのかい?」
「い、いやぁ、そんなことはないけどさ。でもマリンダは戦士ってわけでもないんだし、禁域に入るのはちょっと危険じゃないかなぁ、ってさ」
彼女はマリンダ。俺の出産時に大活躍したらしい我が家の使用人なんだけど、出産時の活躍があったせいかうちの親から絶大な信頼をされていて、こうして俺のお目付け役みたいな立場になっている。
使用人といってもこの禁域のそばにあるウルフレック辺境伯領に仕えているだけあって、がっしりとした体格をしているおばさん――いや、おばさまだ。多分使用人らしい格好をしていなければ傭兵や冒険者と間違われるんじゃないかな?
ただ、それでも戦士ではないということは間違いない。この辺りは比較的安全だし、今はうちの兵がいるけど、それでも危険が無いわけじゃないんだからあんまり無理はしない方が良いと思う。
「そうだねえ。あたしもこんなところはいらずに済むんだったらそれでいたかったさ。でも、どっかの阿呆が準備だってのに逃げ出して遊んでるからとっつ構えに来なくちゃならなかったのさ」
「そ、そっかぁ……その阿呆っていうのは駄目な奴だね」
「まったくその通りだね、阿呆」
い、一応これでも貴族の子息なんだし、もうちょっとオブラートに包んで……何でもないです。ごめんなさい。
「ほら坊ちゃん、戻るよ。時間がないんだ。ちんたらしてるとまた尻を叩いちまうよ!」
「やめてくれよ、マリンダ。いつまでその話し引きずるんだって。っていうか時間はまだ余裕があるだろ!」
産まれた時に呼吸をしていなかった俺の尻を叩いて治したという過去があるだけに、何かあるごとに尻を叩こうとするけど、流石にこの歳で尻たたきはやめてほしい。
「いつまでも、だよ。貴族をぶっ叩いて生き返らせた女なんて最高にかっこいいだろう?」
「……あの世に行っても自慢できるね」
貴族の尻をぶっ叩いた平民の女なんて、多分そうそういないんじゃないかな?
「そんなことよりも、さっさと準備しなよ。あんたももう十二歳なんだ。自分のことは自分でできるだろう?」
「準備はもう終わってるよ。他の荷物の手配も終わってるし、後は馬車に乗るだけだからまだ時間的には大丈夫なんだってば!」
「なら奥様とお話でもして差し上げな。なんだってこんなところに居るんだい?」
うっ……母上か……。それを言われるとなんとも言えない……。
別に母上の事は嫌いじゃないし、むしろ好きだと言える。それに出発前にはちゃんと話をするつもりだった……んだけど……
「……ちょっと最後にここの空気をね。しばらくは帰ってこられないからさ」
「ちんちくりんの癖に、なーに感傷に浸ってんだい。そんなのはあたしみたいに貫録を身に着けてからにしな」
そう言いながら腕を組んでいるマリンダは、本当に堂々とた姿を見せている。
「……マリンダの場合は、貫録っていうかクソ度胸とか傍若無人とか言うんじゃない?」
「言うじゃないかい。なら、そのクソ度胸で貴族様の尻をぶっ叩いてやろうか?」
「うへっ……ごめんって。っていうか事あるごとに尻を叩こうとするのやめてよ。これから長時間馬車に座ってるっていうのに、尻が腫れたらどうするのさ」
「それくらい、あんたならどうとでもなるだろう? ウルフレックの天才様なんだからさ」
そんな軽口を叩き合いながら、俺はマリンダのたくましい腕に捕まって脇に抱えられながら屋敷へと連行されていった。




