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混沌のディオス・ウォー  作者: 白沼 雄作
第二章 愚かな英雄
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第三話 未熟者

 午前九時――鋭太郎たちが学校に着いた頃。

 文月駅西口広場にて。

 ガイアは待ち合わせしたウラノスのことを待っていた。


「…………あっ」


 そして今になって気づく。

 ウラノスの人間姿を知らないことに。待ち合わせの時間を言ってなかったことに。

 ガイアは周辺を見渡し、誰かを待っていそうな人を探すも、ウラノスと思わしき人物はいなかった。

 そうしていると後ろから突然、男がガイアの背後から抱きついてきた。



「ガイアー! 会いたかったよー!」



「!?」

 

 ガイアは驚いたものの、声で誰だか理解し頬を赤く染める。

 赤髪の甘優しい笑顔が輝く青年。彼こそがウラノスだった。


「ウラノス!?」

「そうだよー! 会いたかったー!」


 ウラノスは人目も暮れず無邪気に喜ぶ子供のように、ガイアに抱きついたまま体を揺らす。彼の大きな声に反応した周囲の視線が痛い。


「恥ずかしいから離して!」

「えー…………」


 少々残念そうにウラノスはガイアから離れる。


「でも、どうして僕だって――」

「そんなの一目で分かったよ! オレの直感が偶然働いたんだ! やっぱりオレたち、運命の赤い糸で結ばれているんだ!」

「またクサいことを…………」


 テンションがやたらと高いウラノス。これでも親衛部隊第五位の実力者。

 三位であったクロノスが鋭太郎に惨敗したため、そこまで強そうに思えないかも知れないが、カオスとも肩を並べられる位の実力は持っている。


「せっかくだから、どっかに遊びに行こう!」

「う、うん」


 ウラノスはガイアの手を取り歩き出す。


「…………」


 恋する乙女なら憧れるであろうシチュエーション。

 しかし、ガイアは心の中で何かが引っかかっていた。




   ※




「うぐっ!」


 学校――。

 柚乃に突然投げ飛ばされた鋭太郎は、校庭の地面に打ち付けられる。


「ちぃ……!」


 その衝撃で体が痺れ、思うように動けなかった。痛みが全くなかったのは夏織の力のおかげであろう。


「鋭太郎さん!」

「お義兄さん!」


 夏織と荘夜は窓から校庭に下り、鋭太郎の元へ駆け寄ろうとした。それを越して、柚乃が瞬間移動で鋭太郎の前に現れる。


「来るな!!」

「!?」

「!?」


 鋭太郎は二人を止めた。


「俺の力を、試すんだろ?」


 鋭太郎はふらつきながら立つ。


「えぇ、その方が手っ取り早いから。今日は私以外学校に来てないわ。だから、遠慮なく……殺すつもりで来て下さいね」


 柚乃が言い終えると、鋭太郎の前から姿を消える。

 素早く回り込んだ柚乃は、鋭太郎の背後からナイフで突き刺そうとする。


「っ!」


 柚乃の気配に気づいた鋭太郎は素早く振り向き、左手で柚乃の手を弾きナイフを手から離させた。


「いい瞬発力ね。恐怖心も、あまりないみたいね」

「あぁ、おかげさまでな!」


 鋭太郎は右拳で柚乃に殴りかかる。

 人の肉眼では捉えられぬほどの素早い拳だったが、あっさりかわされた。

「夏織さんより速いわ」

「まだだ!」


 もう一度鋭太郎は拳を出すが、柚乃は無駄な動きをせず平然とかわす。


 出してはかわされ、出してはかわされ――


 何度やっても、鋭太郎の拳は柚乃に当たらず、ただ体力が減っていくばかりであった。


「はぁ……はぁ…………」

「――それじゃだめね。三十秒も持ってないわ。力の制御が出来てない証拠ね」

「クソがっ!」


 鋭太郎は再び拳を突き出す。

 柚乃はそれをかわすと、鋭太郎の腹に重い拳をくらわせる。

 神とはいえ、女性の体から放たれるとは思えない、強烈な拳だった。


「ぐはぁ!!」


 鋭い痛みを受けた鋭太郎は腹を押さえ、膝を崩す。


「……信じてくれないかもしれないけど、今のパンチはクロノスの力と同レベルなの」

「!?」


(これが、クロノスと同じ威力だと!?)


「あの時、クロノスがあなたを食べるために手加減してなければ、とっくに死んでたかもしれませんね」

「…………だろうな。もとい、奴を倒したのは『無意識の俺』だったからな」

「なら、私にも使ってみたら? <パニッシュメント・ネメシス>」

「それができるならとっくにやってるが」

「大丈夫よ。無意識といっても一度は成功してるから。唱えてみれば、発動できるはずよ。できないのなら、あなたを戦場に出さずに匿うわよ」

「!?」

「それでもいいのかしら?」


 柚乃の言葉を耳にした鋭太郎は、負けじと立ち上がる。


(そうだな。できるかどうか戸惑ってる場合じゃない。意地でもできなきゃそれまでだ!)


「――<パニッシュメント・ネメシス>」


 鋭太郎が唱えると、右腕が赤黒い光を帯び始める。


(よし!)


「あの時よりも綺麗にできたわね」


 鋭太郎ができたと安心した矢先――突然右腕が、水風船が割れたように血飛沫をあげ、ぐちゃぐちゃになった。


「だはぁっ!」


 右腕の痛覚以外の感覚が消え、激しい痛みが右腕だけでなく体全体に走る。

 本来ならショック死レベルのものだが、何度も言うように夏織から分けてもらった力のおかげで痛みは抑えられている。

 それでも全身に60度以上の熱湯を滝のように浴びせられているような痛みを、鋭太郎は受けていた。


(くそっ! なんだこれ!)


「そう、残念だけれど、こうなるのが普通なのよ」


 柚乃が悲しげに言うと、語り始める。


「人間の容量は神の百万分の一。下手にエフェクトを扱えば、脳が処理しきれず体が壊れてしまうのは当然なの。これは神でも同じことだけれどね。けれど、最上級エフェクトを発動しても壊れたのは片腕だけだから、上々ね」

「ぅ……ぐぅ…………」


 鋭太郎は柚乃の話を聞きながら、壊れた右腕を見ていた。

 徐々に、微かながら再生しているのが確認できたが、その調子では完治に速くても十分は必要だった。


(上々だぁ? 発動できても使えないんじゃ意味がないだろ!)


「一応、見本を見せておくわ」

「!?」


 柚乃が言うと、鋭太郎は驚いた顔で彼女を見る。

 柚乃の右腕が、鋭太郎がエフェクトを唱えたときのように赤黒く光り出したのだ。


「なっ…………!?」

「ある程度エフェクトをコントロールできるようになると唱える必要がなくなるの。あくまで口に出して唱えるのは、脳に暗示をかけるようなものですから」


 柚乃が解説しながら、鋭太郎の傍まで近寄った。


(くそ! 痛みも引かないし体も動かない! このままじゃ――)


「大丈夫。痛いのはちょっとだけだから」


 柚乃が鋭太郎に殴りかかる。

 このまま拳が当たれば、その瞬間鋭太郎は死を迎えることとなる。

 柚乃の右拳は鋭太郎に直撃――彼の体が弾ける。




 ――と、思われていた。




 柚乃の拳が当たる直前、何者かがその拳を打ち払った。その重い衝撃が校庭中に押しかかり、赤黒い光が辺りに拡散し消えていった。




「特訓だろ? この辺でいいだろ」




 鋭太郎を守った人物は、秋葉だった。


「ごめんなさい。私蘇生エフェクト持ってたからつい」


 柚乃が言うと、しゃがんで鋭太郎の右腕に腕をかざした。

 すると鋭太郎の右腕が元に戻り、痛みもなくなった。


「……………………」


 鋭太郎は無言で立ち上がる。


「鋭太郎、今後のために言っておこう。<パニッシュメント・ネメシス>はかなり繊細で集中力がいる。今みたいに妨害を受ければ軽く解除されちまう。もとい、一発で当てなければ力が宙で分散しちまうんだ。万能でないことを覚えておけ」

「…………わかった」


(……手も足も出なかった。これが本当の戦い――いや、本当の戦いはもっと過酷なもの――んん!?)


 鋭太郎が己の未熟さを悟り、下を向くと秋葉が手に持っていたものに目が移る。

 左手には食べ物が入っているコンビニ袋があった。


(本当に行ってきたのかよ!!)



   ※



「いやーもう疲れた」

「…………」


 その頃――

 遊び果てたウラノスとガイアはショッピングモールの野外フードコートで座り休んでいた。


「それにしても、この街は日本にしては洋風だね。最近できた土地なんだっけ?」

「…………」



 第一章の時点で気になっている人も多いであろう。

 暦島県文月市について。


 三十年前に突如、島根県の海岸付近に謎の巨大な島が出現した。政府は調査をしたものの、原因を特定することはできなかった。

 しかし、人類の脅威となる生物は存在せず、地形も良かったため政府は土地開発し、新たな県を設置した。

 この時に、日本で流行していた宗教『アルマナック教』の教祖が「この島は暦の神シン様が創造したものである!」と発言したのが由来で暦島と名が付いた(実際に神が作ったかは証明できるものではないが)

 暦島県には、睦月市、如月市など暦の名前が都合良く使われている。なお、県庁所在地は鋭太郎たちが住む文月市である。



「神世界の奴らは作った覚えはないって言ってるよね」

「…………」

「おーい、大丈夫?」

「!? ごめん、聞いてなかった」

「ズゴー!!」


 ウラノスは昔のギャグアニメのような驚き方で椅子ごと後ろに倒れた。そしてすぐに体勢を戻す。


「やっぱりアキレスのこと?」

「…………」


 ガイアは下を向き、黙り込む。

 ウラノスはそんな彼女の顎をクイッとあげ、目を合わせる。


「今だけは、目の前にいるオレのことだけを考えてくれ!」


「っ…………!」


 唐突の顎クイにガイアは頬を赤くし、心臓の鼓動が速くなる。

 このまま時が止まるような、甘い雰囲気に包まれる――




「ヒューヒュー!!」




 それをぶち壊すように、近くから能天気に茶化してくる声が聞こえた。

 偶々近くを通った恋侍だった。


「!?」

「!?」


 二人は驚き視線を恋侍に向ける。ウラノスは自然と手を顎から離す。


「いやーいいものを見させてもらいました。ありがとうございます! でも顎クイはないだろ――ぶぉっ! げほっ! げほぉ!」


 恋侍は途中で笑いが抑えられなくなり吹き出した。


「……この人は?」


 ウラノスは話を無視してガイアに尋ねる。


「ただのお調子者なクラスメイト。覚える必要もないよ」

「ちょっ! なんすかその扱い! まあいいけど。それより、秋葉は一緒じゃないの?」

「…………」


 恋侍の問いにガイアは再び黙り込んでしまう。


「なぜ、彼の名を?」


 それを庇うようにウラノスが恋侍に言った。


「ん? えっと……どちら様? その制服うちの学校じゃないし」

「オレは天野あまのそら。『彼女』の彼氏です」


 天野空――即興で考えた名前である。


「ほんげー、マジっすか」


 恋侍は驚いた表情で両手を頭の後ろに当てる。


「でもなんか残念だなー。『秋奈あきな』っちは秋葉っちとがお似合いだと思うんだけどなー」

「えっ、今僕のこと――」

「『秋奈』にとって、秋葉はただの――」



「あっ、名前間違えた、すまん」



「っ!?」


 ウラノスは立ち上がり、顔が一気に青ざめる。人間名を知らなかったのが致命的で、恋侍に合わせて言ってしまった。彼氏であるウラノスが彼女の名前を間違えるのは、まずあり得ない話。

 恋侍の目的はよくわからないが、このままでは彼氏失格である。


「ごめんなー神奈っち。つい秋葉と名前混ぜちまった」

「…………!?」


 ガイアも恋侍の目的が理解できず、戸惑い言葉が出なかった。


「あはは、それに釣られるオレもバカだなー」


 ウラノスは笑いながらこめかみを指で掻きながら、なんとか誤魔化そうとした。


「へぇー……面白いこと言うねぇ」


 恋侍は企みを浮かべたニヤけた目でウラノスを見る。


「ところで、神奈っちの名字知ってる?」

「……!」

「俺忘れちまったなー(棒)」

「…………」


 ウラノスは答えなかった。答えられなかった。


「…………」


 ガイアも訳がわからず、下手に答えてはいけないと思い自分から名字を言う気になれなかった。


「ですよねー、知ってた」


 恋侍はゆっくりとあざ笑いながらウラノスの傍に近づいた。

 そして、普段の明るさと裏腹低く重い声で言う。


「生憎、あんさんに神奈の彼氏は務まんねえ。出直してこい」


「――黙れ」


 ウラノスは怒りを露わにし、いきなり恋侍を殴る。

 その拳は顔に直撃し、恋侍は吹き飛び倒れる。

 大きな物音に野次馬が続々と現れ始める。


「ちょっ! 何やってんの! 相手は一般人だぞ!!」


 ガイアは慌てて立ち上がり、ウラノスに言った。


「大丈夫。死なないように手加減し――」

「さすが、親衛部隊五番隊隊長さんだな」

「!?」


 恋侍は何事もなかったかのように立ち上がった。殴られた顔に痣も流血もなく、痛がっている様子もなかった。


「結構強いじゃん! これなら彼女の一人や二人、何があっても守れそうだな」


 恋侍は余裕淡々とウラノスに近づいた。


「けど、一発は一発だ。くらえ! ただの腹パン」


 恋侍は軽くウラノスの腹を殴った。だが――


「うぐぁ!!」


 軽いのは見た目だけで、重く鋭いものだった。ウラノスはあまりの痛みに膝を地に着かせ、嘔吐する。


「ぼぅえっ!! ぐほっ! げほっ!」

「あれ、手加減はしたんだが…………サーセン」


 そう言うと、今度はガイアに近づく。


「っ…………!」


 ガイアは恐怖を感じた。神に膝を着かせた得体の知れない一般人に。

 それをお構いなく恋侍はガイアの耳元でこう告げた。




「悪いことは言わねえ。すぐにでもウラノスと別れろ。後悔するぞ」




「え?」

「んじゃ、俺は別件があるから。サラダバー!」


 恋侍はその場から消えるように去って行った。



「もしかして…………」



 ガイアは、恋侍の正体が掴めた気がした。

 気がしただけで、確信はなかった。



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