第一話 焼きちくわとココアと薄い本
「…………」
鋭太郎は途方に暮れていた。
なんせ、自分の住むマンションの部屋が爆発したからだ。自分の部屋以外には全く被害が出ていない。
念のため警察に通報し、調べてもらったが原因が掴めず、唯一現場に焼きちくわが落ちていたという、どうでもいいことだけしか分からなかった。
結局、ガス漏れによる引火として片づけられた。
「どうしよ……」
「あのー…………」
鋭太郎の隣にいた夏織が口を開く。
「よろしければ、私の家に泊まりますか?」
夏織が少し恥ずかしそうに言った。
「いいのか? 隠れ家なんだろ?」
「大丈夫です。鋭太郎さんなら全然」
「んー…………ならお言葉に甘えて」
鋭太郎は夏織の家に泊まることにした。
「んで、その家は?」
「すぐ近くです」
夏織が指差した先には、マンションのすぐ近くの空き地にあるコンテナだった。
「えっ!? あそこ!? めっちゃ目立ってるし俺んちと近すぎだろ!」
鋭太郎がコンテナに近寄りながら言った。
「あれ?」
鋭太郎がコンテナの中を覗くが、中には何もなかった。
(まあ、隠れ家って言うんだから普通に入れるわけねえもんな)
「ちょっと待ってて下さい」
夏織が駆け足でコンテナの中に入り、床に手をつける。
すると床に魔方陣が光り現れ、下に続く階段が開いた。
「ついてきて下さい」
「おう」
夏織は階段を下り始め、鋭太郎も後を追おうと足を踏み入れようとした瞬間――
「あっ、待ってください! 確かトラップが――」
「えっ?」
鋭太郎は最後まで聞かずとも何が起こるか理解出来た。
鋭太郎は夏織の隠れ家に来るのはもちろん今回が初めて。隠れ家にとって見れば鋭太郎は部外者――つまり家を嗅ぎつけた侵入者として見られるわけだ。
鋭太郎が足を踏み入れれば対侵入者用撃退装置が作動するに違いない。
鋭太郎はそう思ったが――
「あっ」
思ってても足を止めることができず、階段に足を踏み入れた。
案の定、トラップが作動。踏み入れた右足から全身に、電流が伝わり始める。
「いっ!? ――って、あれ?」
鋭太郎の体には確かに電流が伝わっている。
しかし、鋭太郎は痛みを感じず、むしろマッサージ機を当てられてるような気持ちよさがあった。
「……これがトラップ?」
「ごめんなさい! 人物登録してない人が入ると100万ボルトの電流がその人だけに流れる仕組みになってまして! 今解除してきます!」
「お、おう……」
(100万って、桁がデカすぎて逆に強さがわからないな)
夏織は駆け足で階段を下る。
鋭太郎は階段から足を離し、待機する。
「…………」
鋭太郎は自分の服を見て不思議に思う。
(俺の体はともかく、なぜ服が燃えないんだ? これも夏織の力なのか?)
鋭太郎が考えていると、夏織が戻ってくる。
「止めてきました。では、改めて行きましょう」
「おう」
夏織と鋭太郎は、横に並んで歩き始める。
「……強いですね」
「?」
「鋭太郎さんはもう、私よりも強くなりましたね」
「いや、この力はそもそも――」
「いいえ、あなたの力ですよ。さっきの電流は、力を分ける前の私が受けても気絶すると思います」
(まじか、じゃあ俺が耐えれた理由はなんだ?)
「それでも、俺は夏織の方が強いと思う」
「どうしてですか?」
「話の盲点がずれちまうかもしれないが、夏織は数多の神から逃げてるんだろ? 時には戦い、時には死にかけ、時には他の奴に迷惑掛ける。俺なら耐えられなくて自我を失いそうだ。けど夏織は自分を忘れず、前を向いている。試練の壁を乗り越えようとしている。目的の果てが終わりなき地獄と知っていても、俺のことを想って生きている。そんな夏織に、俺は惚れたんだ」
「鋭太郎さん…………!」
(何分かったように語ってんだめっさ失礼だろ!)
「でも、今の環境を地獄とは思ってませんよ」
「?」
「鋭太郎さんが傍にいてくれる――それだけで、幸せです」
※
「明日は土曜日だけど、学校に来るように夏織さんたちに伝えてくれる?」
「わかりました、柚乃先生」
「よろしくね」
「はい、さようなら」
「さようなら、気をつけてね」
鋭太郎たちが隠れ家に入る直前の頃――
学校で柚乃の手伝いを済ませた荘夜は家に帰ろうとしていた。
「?」
正門前で壁に寄りかかり、誰かが来るのを待っているような秋葉の姿があった。
荘夜は秋葉の元に近づき、話しかける。
「――先生から話は聞いた。僕たちの方に寝返ったんだな」
「…………あぁ」
秋葉は俯いたまま
「僕たちは歓迎するが、本当にいいんだな?」
「心配は無用。俺はアイテールに復讐するために寝返ったまでだ」
「そうか、ガイアの方はどうだった?」
「…………だめだった」
「お前ならこっち側に引けると思ったが・・・・・・簡単ではないな」
「あぁ、むしろ俺だからダメだったんだ。今亡きクロノスが言うのであれば気が変わると思うが、まあこっち側にカオスがいる時点で望みは薄いが」
「昔から姉さんとガイアは仲が悪かったな、なぜだ?」
「俺もそこがわかれば苦労し――」
秋葉は途中で言葉を止めた。
頭の中で、ガイアが夏織を嫌っている理由が分かってきた。
――カオスのことが、好きなんだね。
「…………」
「どうした?」
「いや、何でもねえよ」
「ならいいが。そういや、こんなところで何してたんだ?」
「あぁ、お前を待っていた訳なんだが…………頼みがある」
※
鋭太郎と夏織が階段を降りた先には、一つの扉があった。
夏織が扉を開ける。
扉の先には、何気ない普通の一軒家の玄関だった。
「どうぞ」
「おう、お邪魔します」
夏織が靴をがさつに脱いで玄関に上がる。
(靴を揃えない辺り素の性格を隠し切れてないな。俺の前じゃ上品ぶってるが。まあ俺も、この程度で引く男ではない)
鋭太郎も後に続き玄関に上がると、自分の靴と夏織の靴を揃える。
鋭太郎は夏織の後を追い、一つの部屋にたどり着く。
キッチンが見える今時風のリビング。ただ、地下に作ってあるということもあり、窓は一切なかった。
「隠れ家にしては、普通の家って感じだな」
「はい、鋭太郎さんも暮らしやすいように設計しました」
(俺が暮らすこと前提なのか……でもなんか、前に暮らしてた親戚の家のとそっくりで心地良い)
夏織は入ってすぐの壁にあるレバーを下げる。
(あれ多分トラップのスイッチだよな? アナログなのか)
「適当に座っててください。ココア用意してきますね」
「おう、ありがとな」
(人に出すくらい好きなんだな、ココア)
夏織はキッチンに足を運び、ココアを作り始める。
鋭太郎は椅子に座り、大人しく待機する。
(そういや、俺が夏織を家に連れてきた日、帰った理由がココアがなかったからだっけ――ん!?)
鋭太郎はあることに気づき、バッと立ち上がった。
(あれ? もしかして、夏織は俺よりココアの方が好きなのか!? なんか嫌だぞ! 飲み物ごときに負けるなど俺は許さん!)
「どうしました?」
突然立ち上がった鋭太郎に、夏織は尋ねる。
「あっ、いや、何でもない」
鋭太郎はそのまま座った。
謎の焦りが鋭太郎を襲っている。
「お待たせしました」
「おう、サンキュ」
夏織ができあがったココアを鋭太郎の前に置き、自分の分を持ったまま鋭太郎の向かい側の椅子に座る。
鋭太郎は早速ココアを飲もうとコップを持ち、口につけようとした瞬間――
「えっ」
コップの持ち手が砕け、コップが落下する。鋭太郎は床に落ちる前に手で受け止める。しかし、コップが横になってしまったため、ココアが床と鋭太郎のズボンに零れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
夏織は立ち上がり、机に置いてあった台ふきで床を拭き、ティッシュをポケットから取り出し鋭太郎のズボンを拭く。
「わりい、そういうつもりじゃ――」
「いいんです。私がボロいコップを使ったのが悪いんです」
「いや、あれは新品同然のものだったが…………」
「そんなことより、足は火傷してませんか?」
「あぁ、ココアはそこまで熱くないから大丈夫だ」
「よかったです! 鋭太郎さんが無事なら」
(夏織の言い方が大袈裟だったが、とりあえず、ココアに勝った!)
鋭太郎は謎の安心感を得た。
「ズボンが濡れてしまいましたね…………」
「気にすんな。この程度何とも――ふぁ!?」
夏織は鋭太郎の話も聞かず、鋭太郎のズボンのベルトを外し、ズボンを下げようとしていた。
「何してんじゃい!」
鋭太郎は下げられまいとズボンを掴む。夏織の力は尋常ではなく、少しでも手を滑らせたなら一瞬にしてズボンが脱がされてしまいそうだった。
「離してください! ズボンが濡れたままでは気持ち悪いですよ!」
「大丈夫だ! このくらいは自然乾燥で済む!」
「いいえ、シミが残ると思うので私が対処します!」
「だからって脱がす必要は――あっ、そうだ夏織、以前雨で濡れた服はエフェクトで対処できるって言ってたよな? それを使えばいいんじゃないか?」
「ちっ、覚えてたか」
「えっ」
「いえ、何でもありません。ちょっと待っててください」
夏織はズボンを下げる手を離し、濡れた場所に手をかざす。
「混沌<モイスター・イバボレーション>」
夏織がエフェクトを唱えると、ズボンが乾燥した。シミも残っていない。
「なんか悪いな……」
「いえ、気にしないでください」
夏織が心底残念そうに言うと、キッチンに行きココアを作り直した。
今度のコップは金属製だった。
夏織はできたココアを、鋭太郎に差し出す。
「どうぞ。頑丈なコップにしましたので、今回は問題ないかと」
「おう、わりい」
鋭太郎はコップを受け取る。コップが壊れる様子はない。
「恐らく、鋭太郎さんは私の力を得て、まだ体に馴染んでないせいで力の制御がうまくできないんだと思います。明日、柚乃先生のところへ行きましょう。先生なら、制御の仕方を教えてくれるは――」
夏織が突然意識を失い倒れる。
「おい!! 大丈夫か!?」
鋭太郎はコップを机に置き、夏織の体を起こし状態を確認する。
体に異常は無く、寝に着いたように気持ちよさそうに寝ていた。
(先生が回復してくれたとはいえ、疲れは溜まってただろうな……どこかに寝かせた方がいいよな)
鋭太郎は夏織を横抱きし、リビングを見渡す。
「ソファがないのか」
鋭太郎はリビングから出てすぐ右の扉を開けてみる。
その先は廊下が伸びており、左に二つ、右に一つ扉があった。
(恐らく、自室はここにあるだろう)
鋭太郎は扉に近づき、確認する。
左の二つには、夏織、荘夜と書かれた表札が下げられている。右の一つには鋭太郎と書かれた表札が。
「っておい! もう既に俺の部屋が存在するのかよ!」
鋭太郎はその自分の部屋が気になったが、今は夏織を横にさせることを優先し、夏織の部屋に入る。
「失礼します」
夏織の部屋は、女性の部屋にしては殺風景なほど普通の自室だった。自室見本として展示しても違和感がないほど。
(女性…………といっても元が神だからな)
鋭太郎は夏織をベットに寝かせる。
夏織は寝息を立てながら、ぐっすり眠っている。
「さてっと」
鋭太郎は静かに夏織の部屋を抜けると、今度は自分の名が書かれた部屋に入る。
「!?」
鋭太郎は入った瞬間――マンションの部屋に戻ったような感覚に陥る。
鋭太郎が住んでいた部屋と似た配置で、家具が設置されていた。
自分が持っていた漫画、ゲーム、テレビなどが丸々置いてあった。
さらには欲しかったゲームや本、パソコン等々揃っていた。
強いて不満があるなら、ベットがなかったことである。
(強制的に夏織と寝させるためだな。それにしてもよくここまで集めたものだ)
鋭太郎がじっくりと部屋を見渡していると、机に置いてある薄い本に目が行く。
「…………まさかな」
鋭太郎は机に近寄り、本を手に取ってみる。
――案の定、エロ本だった。
しかも数冊あって、どれも鋭太郎好みのものだった。
(一般の女性ならこんなもの認めるわけはないと思うが――ん?)
鋭太郎は薄い本全てがエロ本だと思ってたが、一つだけノートがあった。
※※緊急時のみ開くこと※※
ノートの表紙にはそう書いてあった。
「…………」
その言葉が返って鋭太郎の興味を引いてしまい、開けて見ようとした。
「痛っ!!!」
「!?」
外から突然声が聞こえた。聞き覚えのある声。
鋭太郎は部屋を抜け、玄関の扉を開けると、荘夜が階段を降りてくる姿が見えた。
「あっ、お義兄さん。いたんですね」
「荘夜か。何かあったか?」
「それが――」
「お……い…………」
体を震えさせながら、必死で階段を降りてきた秋葉が、荘夜の背後から現れる。
トラップの電流にやられたのだろう。しかし、100万ボルトの電流に耐えてここまで来たことが、何よりも驚きである。
「トラッ……プをっ! 仕掛けるのは…………いいがっ! もっ…………と電圧を――」
秋葉は気絶し、その場に倒れた。
「……だそうだ」
「そ、そっか…………」
※
「はぁ…………」
時刻は午後九時過ぎ――
どこかのアパートの一室。
ガイアはソファで横になりながら、携帯ゲーム機で遊んでいた。
ガイアはオレンジと赤の水玉模様のパジャマ姿だった。
「…………あぁ、また死んだ! これクソゲーじゃん!」
ガイアは携帯ゲーム機を投げ飛ばす。
「アキレスー、冷蔵庫からアイス取って!」
ガイアは秋葉に頼んだ。だが秋葉は反応しなかった。
「ねえアキレ――あっ・・・・・・・・・・・・」
正確には、反応する秋葉本人がいなかった。
「…………」
静けさが辺りを総べる中、スマホの着信音が響く。
ガイアはすかさずスマホを確認すると、一通のメールが。
『緊急通知
カオス捜索任務を受けている者へ。
アキレスがカオス側に寝返った。
神世界を救った英雄ではあるが、見つけ次第容赦なく殺して構わない。
また、カオスの意中の人間である鋭太郎は確実に殺せ。
カオスの力を得た彼は今後我々の脅威となるだろう。
相手はクロノスを倒した男だ。油断はするな。
以上』
「…………」
ガイアが黙って内容を読んでいると、今度は電話が掛かる。
非通知だ。
ガイアは戸惑うことなく電話に出る。
「もしもし?」
『もしもし? ガイア…………で合ってるよね?』
「!?」
爽やかな青少年の声。ガイアはすぐに誰だかわかった。
「ウラノス?」
『そう! ウラノスだよ!』
ウラノス。
ギリシャ神話に登場する天空神。正式にはウーラノスであるが、呼びにくいのでウラノスと長母音を省略している。
そして現在、ガイアと交際している彼氏である。
『いやーよかった! ガイアの声が聞こえて嬉しいよ!』
「うん、僕も……」
『? どうしたの? 少し元気ないみたいだけど? やっぱりアキレスのことが気にかかる?』
「…………」
『ごめん! 今のは忘れて! それより、明日空いてる?』
「空いてるけど?」
『久しぶりに会わない? もちろん二人きりで』
「いいけどウラノスがどんな姿なのか――」
『大丈夫! 行けばきっとわかるよ! だって、オレたちは恋神同士なんだから!』
「…………そうね」
『それじゃあ明日、文月駅の広場で待ってるよ!』
「わかった。おやすみ」
『おやすみ! いい夢を!』
電話が切れる。
通話を終えるなりガイアはスマホを置き、クッションを抱き抱えて再びソファで横になる。
「…………」
ガイアの頭の中で、秋葉が昔言った言葉が浮かんでくる。
――約束する! 俺はぜってぇーお前を一人にしない!
「……………………嘘つき」




