序話 すれ違う想い
あいつには家族がいなかった。
母も、父も、兄も姉も、弟も妹も。
友達もいなかった。
だから、俺はあいつの傍にいてやりたい。
これはただの依存なのかもしれない。
あいつからは、生意気な弟だと思われてるかも知れない。
それでも、俺のこの想いは変わらない。
ガイアのことが――
夕暮れ時――
建物の屋上に、ガイアと秋葉の姿があった。
しかし、互いに背を向け合い、数歩辺り距離を置いている。
「……逝っちゃったね、クロノス」
「あぁ…………」
「っ!」
秋葉の冷たい態度にシビれを切らしたガイアは、振り向き地面に強く足を踏んだ。
「あんたのせいだろ!! アキレスが裏切りさえしなければ!!」
「…………」
それでも秋葉は、黙って目を伏せるだけだった。
「アキレスは神じゃないけど、神と互角――いや以上の力を持ってるじゃん! 悔しいけど、僕の倍くらいは強い。あんな奴ら一瞬で――」
「あんな奴ら?」
ガイアが口にした言葉に反応し、秋葉は振り向いてガイアと目を合わせる。
「カオスはまともに動けない状態でもお前とクロノスを殴り飛ばせた。荘夜は一度やられたみたいだが、音も殺気も立てずお前に暗殺を仕掛けた。ユノは皆を欺き人質の解放」
「……っ!」
秋葉はさっきまでの夏織たちの評価を述べた。ガイアは圧倒され返す言葉が思いつかなかった。
「そして何より、かなりの短期間で俺たちを超えた身体能力を得た鋭太郎。少なくともこいつには勝てない」
「はぁ!? 確かにあいつは異常だけどアキレス程じゃ――」
「ガイアも見ただろ……あいつが<パニッシュメント・ネメシス>を使ったところ」
「!?」
ガイアは驚き、思わず右足を後ろに引く。クロノスを殺した一発の拳こそが、<パニッシュメント・ネメシス>であることを、ガイアは知らなかった。
「なんかの拍子で力が暴走し、無意識でやったと思うから、大きく警戒する必要もないと思う。だがもしあの力を使いこなせるようになった日が来れば、俺たちは全滅だ。あのエフェクトを対処できるのはアイテールとか上位の神にしかできないだろうな」
「だったら!」
ガイアは秋葉に近づき、秋葉の胸倉を掴む。
「どうしてあの時カオスを逃がしたんだよ!!」
「……………………」
「殺す気で行けばあの日の内に仕事が終わって、妹との平穏な暮らしを取り戻せたじゃないか!」
「…………」
ガイアの強い問いかけに、秋葉は何も答えず、口を堅く閉ざしていた。
「そっか、やっぱり――」
ガイアは手を離し、後ろに下がって秋葉と距離を置いた。
そして悲しげで遠い景色を見るような目でガイアは秋葉を見つめ、口を開く
「――カオスのことが、好きなんだね」
「はぁ!?」
秋葉は理解に困った。
秋葉は神世界にいた時に何度も夏織と会っているが、一度も気になったことはない。それゆえ、その時から秋葉はカオスが人間世界の少年が好きであることを把握済みであった。
「そうだよね、人間世界でもカオスの方が魅力的だもんね。仕草も言葉遣いも女の子らしいし、なにより…………僕より胸大きいし」
ガイアは虚ろな目で下を向き、両手で自分の胸を触る。ガイアの胸はお世辞にも大きいと言える物ではなく、貧乳そのものだった。
「馬鹿言うな! 俺は昔から貧乳好きだって――」
「やっぱロリコンじゃん…………」
「違う! 俺は高校生くらいの女性の貧乳にしか魅力を感じ――」
「僕は見た目中学生っぽいからね……高校の制服着ても」
「落ち込むなって! てかなんで俺がカオスのこと好きってことになってんだよ!」
秋葉が本題に戻すと、ガイアは秋葉を睨み付ける。
「僕たちを裏切った本筋って…………カオスに近づくためでしょ」
「違う!! 俺は妹を殺したエレボスと、そいつに売りつけたアイテールに復讐するために寝返っただけだ! カオスのことなんざどうと思ってない! だからお前もこっちに――」
「あの時も、あの時も、あの時もあの時もあの時も!! カオスとあんなに楽しそうに……!」
「それは誤解だ! 俺はお前と話してる方が――」
「うるさい!!!」
ガイアは秋葉に怒鳴りつけると高く跳躍し、秋葉から逃げるように去った。
「…………」
秋葉は追いかけなかった。
追いついても、今の自分にガイアを説得できないことを、悟っていた――
生まれたときから、僕は一人だった。
親も兄弟も、友達もいなかった。
バケモノみたいな僕のことを、誰も受け入れはしなかった。
でも、彼は違った。
こんな私でも友達になってくれた。
彼の傍にいるだけで、自分は孤独じゃないって思えるような気がした。
僕はアキレスのことが――
好きなのに…………




