第5話 メイベルは聖女様!?クールな辺境伯の大後悔
全力疾走する馬車はアンブロウス城に向かっていた。
気絶したメイベルはその中で横になり、眠っている。
そばに座り、彼女を見つめるアレクシス。
彼は深い悔恨に苛まれていた。
(領主の妻としての責務を、こんなにも決死の覚悟で全うしてくれる女性がいようとは……そしてすぐに逃げ帰ると決めつけ、放置するなど……)
花嫁候補として選ばれた令嬢は過去二人いた。
一人目は迎えに行ったゴブルギボンの顔を見て卒倒。
二人目は城の跳ね橋の前で断固入城拒否。
やむなく国王に相談して選んでもらったのがメイベルだったのだ。
(ここまで素晴らしい女性を選んでいただいた……さすが陛下、人を見る目がおありだ。そもそも最初からそうするべきだったのだ)
実際は王都の貴族で借金の多い順に声をかけていったのだが、そんなことはアレクシスが知る由もない。
マンドレイクに蹴られた泥と鼻血をとりあえず拭かれただけのメイベルの顔を、アレクシスは見つめた。
(なんと気高く、そして美しい……)
アレクシスは感動に打ち震えていた。
「……うーん」
メイベルが目を覚ました。
「あ、閣下」
「そのまま、横になっていてくれ。騒乱の知らせを聞き討伐をフロイドとガルドに任せすぐに戻ったのだが……話は全て城で聞いた。君にこんな思いをさせ、本当にすまない」
「い、いいえ。それよりあの子は?ゼノスの魔法は?」
「族長の子供はまだ大丈夫だ。ゼノスの魔法は材料の金剛石の粉が足りない。君のマンドレイクだけが頼りだ。石化解除薬の生成、お願いできるだろうか」
「もちろんです! 閣下!」
メイベルの目が再び光った。
◇◇
「クックックー!待っていたぞメイベル。下ごしらえは済んでいる。あとはマンドレイクを頼む」
城では討伐から帰還した魔術師ゼノスが待ち構えていた。
中庭では大釜が火にかけられている。
城の守備隊とドンゴバル族の戦士たちが固唾を飲んで見守っていた。
メイベルが出発前に守備隊隊長にお願いしていた他の材料。
竜騎兵が北の洞窟で狩ってきた大蝙蝠三匹。
守備兵たちが近くの山で集めた大袋いっぱいの龍脈苔。
すべてゼノスの手によって処理され、火にかけられていた。
「手順はバッチリね」
「それは……薬師ギルド推奨の標準教本、素人でそんなものを持ってる女、初めて見たぞ」
メイベルの本を見てゼノスが呆れた。
「頑張って買ったのよ。まさかこんなところで役に立つとはね」
(王都の公共用地にいるライバルたちを出し抜いて金目の薬草を集めるために買ったなんて、そのうえ王室直轄地に無断で侵入していたなんて、言えない……)
「ふむ」
見守るアレクシスは感心しているようだった。
(この凄まじい向上心、溢れる知性! やはり俺は愚かだった! この女性の真の姿を見抜けていなかった!)
メイベルは刻まれたマンドレイクを大鍋に投入した。
あとはゼノスが魔法で火力をコントロールする。
焚き火を操作するより圧倒的に正確で速い。
そこから、緊迫の数刻が始まった。
毒々しい色に染まる鍋、噴き出す湯気をものともせずにかき混ぜるメイベルの目は血走っていた。
(絶対に成功させる! 私のニート生活がかかっているのよ! 失敗できない!)
取り囲むドンゴバル族の戦士たちはその姿に圧倒されていた。
「見ろ! あの眼差しを!」
「俺たちの若を助けるために……あそこまで」
「聞くとあの材料を集めるため、従者たちが犠牲になったそうだぞ」
そしてついに、ドロドロに煮詰められた石化解除の薬は完成した。
ちなみにその少し前、ゴブ男とオー吉とドリルはフラフラになりながらも、パメラを先頭に戻ってきていた。
◇◇
メイベルは禍々しい紫の液体の皿を慎重に運ぶ。
族長の子供が寝かせられている城の部屋に持っていくのだ。
子供はベッドの上でぐったりと横になっている。
族長やその側近たちが取り囲む中、メイベルは急いで様子を見る。
(あぁ、石化がもう肩まで……間に合うかしら)
「お願い、飲んで——」
薬の皿を口に運ぶメイベル。
アレクシスとゼノスも固唾を飲んで見守っている。
(回復して!)
その一瞬だけ、メイベルは心から願った。
激苦な液体のはずだったが、子供は弱々しい力で飲み干した。
すると——
「う、ううん……」
子供の目が開いた。
灰色に石化していた体に生気が戻っていく。
「おぉっ!!!」
「若っ!」
ドンゴバル族の一行がどよめいた。
「父上……僕は……」
子供は目を開き、族長に声をかけた。
大騒ぎになった。
◇◇
「アレクシス殿、本当に感謝する。貴公の奥方は王都の貴族出身と聞いたが、その高貴な姿に感動させてもらった! まさに聖女! なんと礼を言っていいのかわからぬ!!」
族長は涙を流しながらアレクシスの手を握った。
「い、いえ……」
アレクシスは戸惑いながらその手を握り返した。
城の中庭ではメイベルが胴上げされている。
「辺境伯夫人バンザイ!」
「奥様、万歳!」
ドンゴバル族の戦士と、城の守備隊は胴上げの順を争っていた。
その後ろではゴブ男とオー吉、それにドリルも見守っている。
族長の手配で、再度の宴会が行われようとしていた。
アレクシスの側に城の衛兵が近づいてきた。
「閣下、近隣のコボルトの村長が閣下と奥様にお会いしたいと来ております」
「なんだ?」
「奥様に村の子供が助けられ、どうしてもお礼をしたいとのことです。先週のことだそうですが」
「なんだと……」
アレクシスは、改めて言葉を失った。
◇◇
翌朝、メイベルはアレクシスの執務室に呼ばれていた。
その表情は穏やかだった。
「今回だけでなく、君の我が領地、そして王国への献身はよく理解した。言葉で言い尽くせるものではないが、改めて礼を言う」
(なんと素晴らしい女性だ。それにこの飾らない笑顔……もう手放したくない)
「いいえ、閣下。辺境伯夫人として当然のことをしただけです」
(なんとか間に合って良かったわ……頑張った甲斐があった)
「ところで少し考え直したいことがある」
「なんでしょう」
「あの結婚の契約条件だが、君さえ良ければ、その……破棄したい」
「えっ!?」
「そして——」
正式な結婚を、と言いかけたアレクシスをメイベルは遮った。
そしてバーンと机を叩き、身を乗り出した。
「よくなーい!!! ダメです!!! 絶対にダメーー!!!」
「そ、そうか……」
(ダメか、ダメなのか。やはり最初に放置したことを許してくれないのか)
「契約は守ってください! 閣下! あと1年残ってるじゃないですか!」
(冗談でしょ! あんなに頑張ったのに、私のニート利権を奪うなんて、そんな理不尽は許されない!)
「わかった……その通りだな」
(そ、そうだな。あと一年ある。その間に真の妻になってもよい、と思ってくれるよう、俺が努力しろと言うことか……)
メイベルは満面の笑みで返した。
「一年後、もう一度決めましょう! 閣下!」
(危ない危ない、せっかくのイケメン旦那をニート生活ごと失うところだった。ちょっとは旦那の機嫌も取らないとってことかしらね)
アレクシスは執務室の大窓に歩み寄って外を見た。
(この結婚……)
メイベルも少し離れてその隣に立った。
(終わらせてなるものですか!)
向かいの屋根の上では幻術使いのパメラが寝っ転がって空を眺めている。
中庭では兵士たちが軍師フロイドの指揮で訓練に励む。
快晴の大空にはワイバーンが舞っている。
辺境の平和な一日は、始まったばかりだった。
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好評いただけたら、「なぜ名前で呼んでくれない!閣下呼びはもう嫌だ!:クールな辺境伯のじれじれ編」か「帰ってきたメイベルはどうみても魔王軍の女幹部です!:衝撃の王都お呼ばれ編」とかに続くかもです!




