16 黄金の竜は空気を読まない
「レオ――」
「アマリア様、僕、あなたが死んだのだと思っていました。……五年くらい前に、ギルドから通知が来たらしくて。あなたはおそらく旅の途中で死亡したので、登録を解消すると――」
震える声で言われ、アマリアはぐっと言葉を飲み込んだ。
(やっぱり、私は五年前には既に亡き者になっていたのね――)
アマリアの体をかき抱くレオナルドの腕が、震えている。
「でも、僕は信じられなくて――! 死体が上がったわけでもないのだから、死んだと決めつけることなんてできない! きっと、どこかで生きていると思っていました」
「……」
「会いたかった――」
――どん、と胸を殴られたかのような衝撃を受けた。
会いたかった。
その一言を、これほどまで悲痛な叫びとして聞くことになるなんて思っていなかった。
(レオナルドは……十年間、私の生を信じてくれていた)
アマリアにとっては一瞬だった十年。だが、レオナルドにとっては気の遠くなるような思いで過ごした十年だったのだろう。
正直で真っ直ぐすぎる想いをぶつけられると、アマリアの心を覆い隠していた鎧も一瞬で剥がれ落ちてしまう。
「……レオナルド。私も――私も、本当はあなたたちに会いたかった」
「えっ……」
「約束、したものね」
レオナルドの腕の拘束が緩んだ隙に身を離し、胸ポケットからお守りを取り出す。
アマリアと一緒に魔界まで持っていったので、十年以上前に作られたものだけれどそれほど汚れていない。旅の間、ずっとアマリアの心の支えになってくれた小さな花は、今もほとんど崩れることなく咲き続けている。
それを見たレオナルドの喉仏が動き、灰色の目が嬉しそうに細まる。その頬がほんのり赤く染まっているのは、西の空から差してくる夕日以外にも原因があるのではないだろうか。
「……持っていてくれたんですね」
「ええ。辛い旅路だったけれど、これが私を守ってくれたわ」
「……。……アマリア様。僕は――」
お守りを持つ手ごと、レオナルドにぎゅっと握られる。かつてはアマリアが引っ張ってあげていた小さな手は今や、アマリアの手をすっぽり覆ってしまうくらいまで大きくなっていた。
熱を持つ灰色の目に見据えられ、わけも分からずアマリアは唾を呑み込んだ。
(こ、これはいったい、どういう状況!?)
なんだかレオナルドの視線がものすごく熱いし、手もガッチリ握られている。本気で引き抜こうとすればなんとかなったかもしれないが、体はちっとも動いてくれない。
灰色の目が、嬉しそうに緩められる。
唇が薄く開き、「アマリア様」と低く優しい声で名を呼ばれ――
「ママ、ママ!」
――少年の声に、アマリアは我に返った。
おそらくレオナルドも、我に返った。
二人が同時に振り向いた先には、丘を登ってくる金髪の少年が。ほんの少し髪と服が乱れているものの、目立った外傷はない。どうやら今日も無事に獲物を捕まえ、おいしくいただいてきたようだ。
ユーゴは丘の上で手を握り合うアマリアとレオナルドを見ると、はたと動きを止め、ほんの少し険悪な表情になった。だがそれも一瞬のことで、すぐに彼はにぱっと笑うと、アマリアの腰に抱きついてくる。
「ママ、お家に帰ろう! ママの淹れたお茶が飲みたい!」
「え? え、ええ……えっと、それはいいんだけど――」
ユーゴ、空気を読んでくれない。むしろ読もうと思えば読めたが、あえて空気をぶち壊してきたのではないかとさえ思われる。
(いや、私たちは親子ということになっているから、ママと呼んでくれてもいいんだけど……いいんだけど!)
ギギギ、と音を立てそうなぎこちなさでアマリアはレオナルドを見た。レオナルドもまた、アマリアを見ている。
――「無」とは、今のレオナルドの表情のことを言うのかとアマリアは思った。
驚くとか戸惑うとか、そういう表情だったならまだしも、「無」の顔をされるとアマリアも反応に困ってしまう。
レオナルドは目だけを動かし、自分の手元を見た。そして見るなり、ぱっと手を離して慎ましく視線を逸らす。
「……え、えっと――すみません! いきなりその……すみません!」
「え、ええ……? あの、ちょっと、落ち着いて?」
「アマリア様がお若い頃と変わらないので、うっかりしていました! すみません、本当に! あの、できたら旦那さんにご挨拶を――」
「待って、待って! 私、結婚してないから!」
「ママー、帰ろー」
相変わらず空気を読まないユーゴに足にまとわりつかれつつ、アマリアは裏返った声で叫んだ。
「あの、これには色々事情があって――」
「ねぇ、この人、だれ? ママの友だち?」
「ユーゴはちょっと静かにしていてね? ……レオナルド」
「……はい」
レオナルドはちゃんと返事をしたが、ついさっきまでほんのり色づいていた顔は今や真っ青で、視線も怪しい。
(……ああ、もう! こうなったら、腹を括るしかないじゃない……!)
アマリアは咳払いをした。
「ちょっと――いや、かなり込み入った話になるわ」




