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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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15 再会

 雑貨屋からの帰り道、ふとユーゴが立ち止まって集落を囲む柵の外に広がる森をじっと見つめていることに気づく。


(……あ、これは獲物を見つけたのかな?)


 足を止め、ユーゴの様子をじっと観察した。

 竜の本性を持つユーゴは、たまにふらっと出ていくことがある。どうやら獲物を見つけに行くようで、その後帰ってきた彼はたいてい腹一杯だ。近くにいい獲物が来ると気配で分かるようなので、これまでにも散歩中にいきなり足を止めて森をじっと見つめることがたびたびあったのだ。


「……ユーゴ、行ってくる?」


 静かに問うと、ユーゴは森を見つめたまま頷いた。


「……うん。すっごくうまそうな匂いがする。たぶんかなり大型だから、しばらくはおれの分のご飯はいいよ」

「分かった。じゃあ、気を付けて行ってきてね」

「おれは頑丈だから大丈夫。行ってきます」


 ユーゴはアマリアの手をきゅっと握った後、足音を立てずにさっとその場から立ち去った。


(怪我より、誰かに見つからないかって方が心配だけど……)


 人間の子どもの姿ではあるが、獣の一匹くらいは片手で捻り潰せるそうだ。さらに、もし腕力や体格で負けても、彼はあらゆる属性の魔法が操れる。獣や他の魔物に襲われて怪我をすることより、幼い少年が嬉々として獲物を狩る姿を誰かに見られないかの方が、アマリアは気にしていた。


 アマリアは買い物籠を提げて、ぶらぶらポルクを歩くことにした。通りがかった人に挨拶をし、久しぶりに宿屋にも顔を出したり小高い丘から臨める風景を眺めたりしてみる。


(……そういえば、もうすぐあの日から十年が経つことになるのか)


 草地に腰を下ろしたアマリアは腕の中に顎を埋め、目を細めた。


 先ほど雑貨屋で、カレンダーを見た。そして気づいたのだが、アマリアがユーゴと出会ったあの日から、もうすぐ十年が経過するのだ。


 アマリア自身は十年の歳月を過ごしていないので、カレンダーが示す日付を見てもあまり実感はない。今でも、魔界で保護されている間のあの体感十数分が、現実世界における十年間だったのだということが信じられないくらいだ。


 ユーゴと一緒に生活を始めたのはいいが、やはり郷愁の思いはある。アルフォンスたちはどこかでくたばってくれればいいのだが、生まれたときから面倒を見てくれた修道院の皆や孤児院の院長先生、アマリアを慕ってくれた子どもたちなどには今でも会いたいし、無事を伝えたい。


(……十年のことでユーゴを責めるつもりはない。ないけれど――)


 ユーゴと一緒にいる間はともかく、ひとりぼっちになるとどうしても考えが後ろ向きになってしまう。もうそれほど若くもないのだが、案外自分は大人になりきれていないのかもしれない。


「――」


 耳元で、秋の風が囁く。


 まるで、自分の名前を呼んでくれたかのように感じられ、アマリアは溜息をついて視線の先の光景を眺めた。


「――リア様」


 風が、アマリアの名を呼ぶ。


 アマリアはゆっくり、振り返った。

 緩やかな丘の中腹、アマリアが座っているところより少し低い場所に、人影があった。灰色の外套を纏うその人は、外套の裾を風に靡かせながらそこに立っている。


(……誰?)


 少なくとも、ポルクの人間ではない。集落の中に、こんな姿でうろつく者はいないのだから。


 アマリアは警戒し、傍らに置いていた籠を手に立ち上がった。外套の人は頭をすっぽり覆っていたフードに手を掛けると、さっと取り払う。


 ――風を受けて微かに靡く、さらりとした金色の髪。

 前髪の隙間から覗く双眸は穏やかな灰色で、薄い唇は驚きを表すかのようにほんの少し開いている。


 金髪に灰色の目の、若い男性。

 知らない人――


(……ううん、違う――!)


 衝撃が、アマリアの胸を襲った。

 心は駆け出しそうになったけれど、なぜか体は動いてくれない。


 代わりに、青年の方が早足で丘を上がってきた。近づくにつれてその顔立ちがはっきりしてくる。


 アマリアの知らない青年。

 いや、アマリアの知っている「彼」とよく似た、大人の男。


「……アマリア、様……?」


 掠れた声は、アマリアが知っている「彼」の声よりもかなり低い。当時の「彼」は、まだ声変わりを迎えていなかったのだ。


 草原に棒立ちになったまま動けないでいると、青年はアマリアの目の前で足を止めた。アマリアを見下ろす彼の目は、「昔」と全く変わっていない。だが、身長は驚くほどに差がつき、かつては「彼」を見下ろしていたというのに、今はアマリアの方が見上げなければならない位置に灰色の目があった。


 彼は、腕を伸ばした。ぴくっ、とほんの僅かアマリアが体を震わせると、怖じ気付いたように手が少しだけ引っ込んだが、すぐにまた伸ばされ、籠を持つ手がそっと包み込まれた。


 大きな手。

 グローブ越しに感じる、硬さと温かさ。


「……ああ、やっぱりあなただ――! あなたが、生きていた――!」


 掠れた声で訴えられ、手をぎゅっと握られ、アマリアは籠を取り落とした。


(嘘……)


 なすすべもなく、アマリアはそのまま彼の両腕によって、ぎゅっと抱きしめられた。外套の下に革鎧を着込んでいるのか、彼の胸に押し当てる形になった頬越しに硬い感触がした。


 知っている。

 この姿、この声によく似た少年を、アマリアは知っている。


『アマリア様』


 無邪気に微笑み、アマリアの後ろをとてとてと一生懸命付いてきていた彼は。

 真っ赤な顔で、手製のお守りを渡してくれた彼は。

「約束」を交わした彼は。


「……レオ、ナルド――?」

「アマリア様……!」


 名を呼んだとたん、ぎゅうぎゅうと痛いくらいきつく抱きしめられた。


 レオナルド。

 孤児院で面倒を見ていた男の子。


 十一年前、孤児院で別れたときには十二歳だった少年は今、二十三歳の若者になってアマリアの前に現れた。


(……もう、会えないと思っていた)


 物理的な理由だけでなく、「こんな姿で会うわけにはいかない」という心理的な理由があったから、彼を始めとした修道院や孤児院関連の者と会うのを諦めていた。今でも胸ポケットに彼からもらったお守りを入れつつも、別れ際に交わした「約束」は一生果たせないのだと思っていた。


 だが、レオナルドは現れた。

 見違えるほど立派な大人の男になった彼は、アマリアを力強く抱きしめている――が、耳を澄ませると、微かに洟を啜る音が聞こえてきた。


(泣いている……?)

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― 新着の感想 ―
[一言] 何となく一寸法師を思いだしました。大きくなった一寸法師は、お姫さまとどうなったんでしたっけ…結婚したんでしょうか。 歳の差で恋愛対象でなかった男女が、不可思議な力で似合いのカップルになるとい…
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