可愛くなろうの会、発足
レオナルドは、ユーゴがなにやら不機嫌であることに気づいた。
「……ユーゴ、何かあったのか?」
「……ん?」
「いや、難しい顔をしているから、何かあったのかと思って」
レオナルドが指摘すると、ぶすっとした顔をしていたユーゴは毒気を抜かれたように目を瞬かせる。どうやら彼自身、自分が分かりやすいほど不機嫌な顔をしていたことに気づいていなかったようだ。
現在、レオナルドとアマリアとユーゴの三人は、修道院に向かうべく旅をしている。
今、アマリアは少し離れたところで昼食の準備をしている。今日のメニューはシチューのようで、甘いミルクの香りが漂う中、レオナルドとユーゴは馬車を拭いていた。
普通なら馬車での旅で新鮮な肉や魚、乳製品などを持っていくことは難しい。だがほぼ全属性の魔法を扱えるユーゴがいるので、凍らせられる物は凍らせ、冷やせばいいものは木箱の中で冷やすことで、道中でも食料が腐らないようにしているのだ。
ユーゴは手元の雑巾をじっと見ると、ため息をついた。
「……レオナルドは、昨日のことを覚えているか?」
「昨日? ……えーっと、アマリアさんが猫型魔物の治療をしたこと?」
「そう、それだ!」
ユーゴは小さな拳を固め、アマリアに聞こえないように声量を落としつつ、言った。
「レオナルド、そなたも見ていただろうが……ママが、あの弱っちい魔物に骨抜きになっていただろう」
「そうだったね。アマリアさんは、ふわふわした生き物が昔からお好きだったし」
「ぐぬぬ……」
「……。……もしかしてユーゴ、結構悔しかったりする?」
レオナルドが指摘すると、ユーゴは頬を膨らませた。
「そ、そうだ! なぜ、あんなちびっこい下級魔物におれが負けなければならないんだ!」
「いや、負けるって」
確かにアマリアが魔物のことを「可愛い」と言ったときのユーゴは、ショックを受けているようだった。
ユーゴと猫型魔物で可愛さ勝負をしようとしても、「可愛い」の基準が違うのだからそもそも勝負のしようがないのではないか、とレオナルドは思っている。
だが、最強種である光竜のユーゴとしては、猫型魔物ごときに負けたことがよほど悔しかったようだ。
「おれがもっともっと可愛くなれば、ママもおれを認めてくれるはずだ」
「そ、そうかな……」
「そうだとも。ということで、レオナルド。付き合え!」
「何に?」
「これより、『可愛くなろうの会』、発足だ! おれとレオナルドで協力して、一緒に可愛くなろう!」
「いや僕は別に、可愛くならなくていいんだけど……」
目を輝かせて闘志を胸にするユーゴには、レオナルドの至極まともなツッコミは届かなかった。
そうしてレオナルドは(半強制的に)「可愛くなろうの会」に入会して、ユーゴと一緒に可愛くなるための研究を(これも保護者としての仕事だ、と割り切って)始めることになったのだが。
なにせ、今は旅の途中。「いかにして可愛くなるべきか」という議論はできても、自分たちの周りに「身につければ可愛くなれそうなグッズ」はない。
「おれは、思うんだ。ママはふわふわの毛皮が好きなのだろう?」
「毛皮……うんまあ、そのようだね」
「ならば俺も竜に変身したときに、ママが気に入るようなふわふわの体になれたらよいのでは、と」
「なれるものなのか?」
これまでにも小型竜や中型竜となら戦ったことがあるし、ギルドで魔物に関する書物で勉強してきたレオナルドだが、竜族でふわふわ毛皮を持つものはいないはずだ。そもそも竜は、トカゲやヘビなどの爬虫類に近い。
「むう……では、これはどうだ? ふわふわの毛皮を羽織って、ママに抱きつくと」
「ああ、それはいいかもね。……でも悪いけれど、そういう防寒着は持ってきていないな……」
「そうだよな……」
大きな町に行けば旅人向けの店で売られているかもしれないが、もう季節は春になっているし、そもそも上質な毛皮のコートは馬鹿にならないくらい高価だ。いくらユーゴ用の小さめサイズとはいえ、簡単に購入できる額ではない。
あれこれ悩んでいる間に、馬車は本日の宿に到着した。
「着きましたよ、アマリアさん」
「ありがとう。ユーゴの面倒も見てくれて、申し訳ないわ」
「いえ、お喋りをしていたので、大丈夫ですよ」
馬車の中で荷物の整理をしていたアマリアが申し訳なさそうに言うので、レオナルドは笑顔で流しておいた。「可愛くなろうの会」についてはアマリアには秘密にしたい、とユーゴがお願いしてきているのだ。
なかなか可愛くなる方法が見つからなくてうんうん唸っていたユーゴだが、新しい宿を前にすると好奇心が湧いてきたようで、「探検する!」とレオナルドの腕を引っ張った。
そうしてレオナルドは馬車を預けてアマリアに宿帳書きなどを頼み、先に部屋の鍵を受け取ってユーゴと一緒に荷物を運んだり宿の中を歩いたりしてみたのだが――
「……失礼します。そちらのお父さんとお坊ちゃんは、今日到着したばかりでしょうか?」
廊下で、洗濯物を抱えている下働きの女性に声を掛けられた。
大人に対して人見知りをするユーゴがさっと隠れたので、レオナルドはユーゴの頭を撫でながら微笑んだ。
「こんにちは。今晩からお邪魔します。……この子は僕の子ではありませんが、一緒に旅をしています」
「あら、そうでしたか、失礼しました」
「いえ、お気になさらず。何か、ご用時でしょうか?」
「……ああ、そうです。お坊ちゃんがよければ、いいものがあるのですけれど――」
宿帳を書いて諸説明を受けたアマリアが、部屋に上がってきた。
「おかえりなさい、アマリアさん」
「ただいま。……あ、荷物も全部上げてくれたのね」
「はい。アマリアさんの服は、そちらに」
「ありがとう。……あら、ユーゴは?」
自分の小さなバッグをソファに置いたアマリアが、きょろきょろと辺りを見回す。
「一人で探検にでも行っているの?」
「いえ、ユーゴは……あ、来ました」
「ん?」
キイ、と続き部屋のドアが開き、アマリアがそちらを見やった――とたん、彼女は藍色の目を見開き、はっと口元を手で覆った。
ドアの前に立っているのは、ユーゴ。彼が着ているのは――先ほど下働きの女性から借りた、子ども用の寝間着だ。
だが、ただの寝間着ではない。
寝間着は着ぐるみのような形になっていて、フードを被ったユーゴの頭には茶色の三角耳が付いているし、尻には縞模様の尻尾がぶら下がっている。
この宿で、子どもの宿泊客だけに特別に貸している、女将手縫いだという着ぐるみパジャマ。
それを着たユーゴが、少しもじもじとしながらアマリアの前に歩いていく。彼の喉には蝶々結びにした赤いリボンも付いており、アマリアの喉から「ひっ」という悲鳴が上がった。
「マ、ママ。これ、女の人に借りたんだ。ちゃんと、ありがとうございます、って言ったよ」
「……かっ」
「えっ?」
「……可愛すぎる……!」
わなわな震えながら言うなり、アマリアはその場に膝を突いてユーゴをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「何なの……どういうことなの……! うちの息子が、可愛すぎるわ……!」
「マ、ママ、本当!? おれ、可愛い!?」
「すっごく可愛いわ! ああ、なんてふわふわ、もこもこなの……着ぐるみパジャマを着るユーゴ、最強に可愛いわ……」
うっとりしながらアマリアに頬ずりされたユーゴは、ふふんと自慢げだ。戦闘面だけでなく可愛さの面でも「最強」になれたユーゴは満足しきった様子で、アマリアからの抱擁を受けていた。
「よかったな、ユーゴ」
「おれにかかれば、なんてことないさ! ……でも、レオナルドも一緒に考えてくれて、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「そうだ、レオナルドもこれ、着てみるか? 頼めば大人用も持ってきてくれるかもしれないぞ!」
「ありがとう、遠慮しておくよ」




