養護院の王子様
2021年1月9日頃に2巻発売します
ありがとうございます!
少女は激怒した。
「ほんとうに、おとこのこって、やだわ!」
ぷりぷり怒りながら養護院の廊下を歩く彼女は、齢五。花も恥じらうお年頃の、夢見る乙女である。
彼女は、同じ養護院で暮らす男の子たちに対していたく腹を立てていた。というのも、彼女が一生懸命作った泥団子を、「くそきたねー」と一蹴されたのだ。
シスターたちは「とてもきれいに作れたわね」と褒めてくれたというのに、男の子たちはなんとも趣がないことだ。それに、もしそう思ったとしても口では褒めてくれてもいいじゃないか、と彼女は考えている。
「こんなにきれいに、できたのに……」
手元にある泥団子は、とてもぴかぴかだ。今日の午前中を使って磨き上げた最高傑作で、院長先生の許可を取った上で、自分の部屋に飾ろうとしていたというのに。
男の子たちはシスターたちにこんこんと説教されてはいたが、それでも彼女の胸はまだムカムカしている。
「どうしておとこのこってみんな、らんぼうなの! くちもわるいし、がさつだし……きゃっ!?」
文句を言いながら歩いていたので、足元の出っ張りに気づかずに躓いてしまった。
かろうじて手を突けたので怪我をすることは免れたが、特製の泥団子がコロコロと転がっていってしまった。
「ああっ!」
泥団子を追いかけようと、もたもたしつつ立ち上がった彼女だが――廊下の先に、シスターに伴われた男の子が現れた。
ふわふわくるくるとした金色の髪に、同じ色の目。
肌は白くて、なぜだかとてもきらきらして見える。
養護院の男の子ではない、見知らぬ美少年の登場に少女が驚いていると、少年は自分の足元に転がる泥団子に気づいたようだ。
彼は少し迷ったように泥団子と少女を見てからしゃがみ、拾った泥団子を手にぽてぽてと歩いてきた。
立ち上がりかけた格好のまま、少女は息を呑んだ。
天使のような美貌の少年が、自分と視線を合わせるようにしゃがんでいる。
その手には、特製泥団子が。
「これ、君の?」
声まで澄んでいて美しい。
ずきゅん、と何かが少女の胸にぶっ刺さった。
声も出なくて真っ赤になりながらこくこく頷くと、少年はほっとしたように微笑んで、少女の手に泥団子を握らせた。
「ぴかぴかできれいだから、大事にしてあげてよ」
「ひぅ……」
「エレン、お礼は?」
シスターに促されて、少女はハット我に返った。そして、泥団子を手に立ち上がり、きちんと教わっている通りに頭を下げた。
「あ、ありがとう、ございます。あの、おなまえ……」
「おれ? ユーゴだよ」
少年はそう言うと少女に背を向けて、シスターに連れられて行ってしまった。
後に残された少女は、しばらくの間放心していた。
「……ユーゴ、くん……」
真っ赤な顔で恥じらいながら、聞いたばかりの名を復唱する。
その横顔はまさに、恋する乙女(五歳)だった。
翌日から。
少女の初恋を奪っていった旅の少年・ユーゴは、養護院中の恋する乙女(年齢五歳前後)たちにとっての王子様になっていた。
「ユーゴくーん! あそぼ!」
なぜかそろりそろりと忍び足をするように移動していたユーゴを見つけて、少女たちが群がっていく。彼は振り返ると「げっ」と呟き、今度はカニ歩きで逃げ始めた。
「お、おれ、これからレオナルドと一緒に行くところがあるんだ!」
「それじゃ、あたしも行く!」
「わたしも!」
「そ、それはちょっと……」
少女に囲まれたユーゴはきょときょとと視線を彷徨わせ――ふと窓の外を見て、「あっ!」と声を上げた。
「あんなところに、空飛ぶ植木鉢が!」
「ちょっと、うえきばちがとぶわけないでしょ!」
「いや本当に、飛んでいるんだよ! ほら、見て!」
「そんなうそ――ほんとうにとんでる!?」
ユーゴが指し示した方を見れば確かに、植木鉢が飛んでいた。
女の子たちは慌てて窓辺に行き、世にも珍しい光景に釘付けになる。
「うえきばちって、とぶこともあるのね!」
「いいものみられたわ……あれ? ユーゴくんは?」
「いない!」
――その頃ユーゴはレオナルドにしがみつき、「魔法使っちゃった……」と萎れていたのだが、少女たちがそれを知ることはなかった。
みんなの王子様が修道院に滞在したのはたったの三日間で、彼は保護者二人に連れられて修道院を後にした。
彼が去った直後の養護院のプレイルームは、よく晴れた春の日だというのに雨模様だった。
「ユーゴくん……いっちゃった……」
「これが、はつこいだったのね……」
「むねがきりきりいたんで、おかしものどをとおらないの……」
ユーゴに恋していた女の子たちは撃沈で、プレイルームの隅っこに固まってめそめそしていた。
ユーゴにも事情があるし、「おれはママと、その次にレオナルドが大事だから」とはっきり言っていたので、旅に出る彼を止めることはできない。むしろ、その様子にまたしても少女たちの恋心を募らせてしまったのだが、本人は知るよしもなかった。
少女たちの落ち込みはその後も続いたが、シスターたちは楽観的に構えていた。むしろ焦っていたのは、これまで少女たちをからかっていた男の子たちの方。
彼らは知恵を振り絞り、「ユーゴの真似をすれば、女の子たちが振り向いてくれるのではないか」という結論を叩き出し、実行した。
ただし、普通の子どもよりもずっと賢い光竜のユーゴに五歳程度の少年たちが敵うはずもなく、ユーゴのお粗末な真似をしては少女たちを逆に怒らせ、「しらじらしい!」「わざとらしい!」「ごきげんうかがいするひとはきらい!」とけちょんけちょんにやられてしまうのだった。




