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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
書籍化感謝SS
135/137

養護院の王子様

2021年1月9日頃に2巻発売します


ありがとうございます!

 少女は激怒した。


「ほんとうに、おとこのこって、やだわ!」


 ぷりぷり怒りながら養護院の廊下を歩く彼女は、よわい五。花も恥じらうお年頃の、夢見る乙女である。

 彼女は、同じ養護院で暮らす男の子たちに対していたく腹を立てていた。というのも、彼女が一生懸命作った泥団子を、「くそきたねー」と一蹴されたのだ。


 シスターたちは「とてもきれいに作れたわね」と褒めてくれたというのに、男の子たちはなんとも趣がないことだ。それに、もしそう思ったとしても口では褒めてくれてもいいじゃないか、と彼女は考えている。


「こんなにきれいに、できたのに……」


 手元にある泥団子は、とてもぴかぴかだ。今日の午前中を使って磨き上げた最高傑作で、院長先生の許可を取った上で、自分の部屋に飾ろうとしていたというのに。


 男の子たちはシスターたちにこんこんと説教されてはいたが、それでも彼女の胸はまだムカムカしている。


「どうしておとこのこってみんな、らんぼうなの! くちもわるいし、がさつだし……きゃっ!?」


 文句を言いながら歩いていたので、足元の出っ張りに気づかずに躓いてしまった。

 かろうじて手を突けたので怪我をすることは免れたが、特製の泥団子がコロコロと転がっていってしまった。


「ああっ!」


 泥団子を追いかけようと、もたもたしつつ立ち上がった彼女だが――廊下の先に、シスターに伴われた男の子が現れた。


 ふわふわくるくるとした金色の髪に、同じ色の目。

 肌は白くて、なぜだかとてもきらきらして見える。


 養護院の男の子ではない、見知らぬ美少年の登場に少女が驚いていると、少年は自分の足元に転がる泥団子に気づいたようだ。

 彼は少し迷ったように泥団子と少女を見てからしゃがみ、拾った泥団子を手にぽてぽてと歩いてきた。


 立ち上がりかけた格好のまま、少女は息を呑んだ。


 天使のような美貌の少年が、自分と視線を合わせるようにしゃがんでいる。

 その手には、特製泥団子が。


「これ、君の?」


 声まで澄んでいて美しい。

 ずきゅん、と何かが少女の胸にぶっ刺さった。


 声も出なくて真っ赤になりながらこくこく頷くと、少年はほっとしたように微笑んで、少女の手に泥団子を握らせた。


「ぴかぴかできれいだから、大事にしてあげてよ」

「ひぅ……」

「エレン、お礼は?」


 シスターに促されて、少女はハット我に返った。そして、泥団子を手に立ち上がり、きちんと教わっている通りに頭を下げた。


「あ、ありがとう、ございます。あの、おなまえ……」

「おれ? ユーゴだよ」


 少年はそう言うと少女に背を向けて、シスターに連れられて行ってしまった。


 後に残された少女は、しばらくの間放心していた。


「……ユーゴ、くん……」


 真っ赤な顔で恥じらいながら、聞いたばかりの名を復唱する。

 その横顔はまさに、恋する乙女(五歳)だった。











 翌日から。

 少女の初恋を奪っていった旅の少年・ユーゴは、養護院中の恋する乙女(年齢五歳前後)たちにとっての王子様になっていた。


「ユーゴくーん! あそぼ!」


 なぜかそろりそろりと忍び足をするように移動していたユーゴを見つけて、少女たちが群がっていく。彼は振り返ると「げっ」と呟き、今度はカニ歩きで逃げ始めた。


「お、おれ、これからレオナルドと一緒に行くところがあるんだ!」

「それじゃ、あたしも行く!」

「わたしも!」

「そ、それはちょっと……」


 少女に囲まれたユーゴはきょときょとと視線を彷徨わせ――ふと窓の外を見て、「あっ!」と声を上げた。


「あんなところに、空飛ぶ植木鉢が!」

「ちょっと、うえきばちがとぶわけないでしょ!」

「いや本当に、飛んでいるんだよ! ほら、見て!」

「そんなうそ――ほんとうにとんでる!?」


 ユーゴが指し示した方を見れば確かに、植木鉢が飛んでいた。

 女の子たちは慌てて窓辺に行き、世にも珍しい光景に釘付けになる。


「うえきばちって、とぶこともあるのね!」

「いいものみられたわ……あれ? ユーゴくんは?」

「いない!」


 ――その頃ユーゴはレオナルドにしがみつき、「魔法使っちゃった……」と萎れていたのだが、少女たちがそれを知ることはなかった。










 みんなの王子様が修道院に滞在したのはたったの三日間で、彼は保護者二人に連れられて修道院を後にした。


 彼が去った直後の養護院のプレイルームは、よく晴れた春の日だというのに雨模様だった。


「ユーゴくん……いっちゃった……」

「これが、はつこいだったのね……」

「むねがきりきりいたんで、おかしものどをとおらないの……」


 ユーゴに恋していた女の子たちは撃沈で、プレイルームの隅っこに固まってめそめそしていた。

 ユーゴにも事情があるし、「おれはママと、その次にレオナルドが大事だから」とはっきり言っていたので、旅に出る彼を止めることはできない。むしろ、その様子にまたしても少女たちの恋心を募らせてしまったのだが、本人は知るよしもなかった。






 少女たちの落ち込みはその後も続いたが、シスターたちは楽観的に構えていた。むしろ焦っていたのは、これまで少女たちをからかっていた男の子たちの方。

 彼らは知恵を振り絞り、「ユーゴの真似をすれば、女の子たちが振り向いてくれるのではないか」という結論を叩き出し、実行した。


 ただし、普通の子どもよりもずっと賢い光竜のユーゴに五歳程度の少年たちが敵うはずもなく、ユーゴのお粗末な真似をしては少女たちを逆に怒らせ、「しらじらしい!」「わざとらしい!」「ごきげんうかがいするひとはきらい!」とけちょんけちょんにやられてしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] からかっていた男の子たちは自業自得やね 空飛ぶ植木鉢は草
[良い点] 子供だ〜! 男の子だぁ〜! [一言] ざま〜みろ〜!
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