ユーゴ、成長する②
ユーゴの正体を知っているブルーノたちに相談したところ、ポルクの北側にちょうど開拓予定地があり、そこならユーゴが竜化しても問題ないだろうと教えてくれた。
脱皮を終えるまで短くとも数時間は掛かるそうなので、その間もユーゴの見守りをし――もし何かあればすぐに助けに行けるように、アマリアとレオナルドも側に付くことにしている。
よって、半日分の食料などを準備して地面に座る際に使うシートなども出したので、まるでピクニックに行くかのようだ。
「よし……ここかな」
ポルクで土木作業をしている若者たちの案内のもと、アマリアたちは件の空き地に向かった。ここは少し前までは木が生い茂っていたが、もう少し家を建てたいということで更地にし、今は土をならしている途中だった。
脱皮途中のユーゴが暴れて土を掘り返したりしないか不安だったが、若者たち曰く、「むしろ地面を掘り起こして、大きな石とかないか確認したいくらいだ」ということだ。ユーゴも、自分にできる限りの地属性魔法で地面をならすと、約束していた。
まだ時刻は朝なので、日が落ちて――ユーゴの金色の鱗が目立つようになるまでには、脱皮を終えられるはずだ。
アマリアとレオナルドが見守る中、空き地の中央に座ったユーゴは服を脱ぐと天を仰ぎ――次第にその姿が変化し、数秒の後には見覚えのある黄金の竜の姿になっていた。
竜化したユーゴを見るのはこれで三度目くらいだが、変化する途中を見るのは初めてでアマリアが目を丸くしていると、ユーゴは早速その場に伸び、カリカリと後ろ足で体中を掻き始めた。
「剥がれた鱗が飛んでくることがあるそうなので、僕たちはもうちょっと離れましょうか」
「そうね」
例の辞典を手にしたレオナルドに言われ、アマリアたちは少し後退して丈の短い草が生える場所にシートを敷き、腰を下ろした。
ユーゴは体をくねくねさせながら体を掻いており、そうしていると透明な鱗のようなものがぼろぼろと剥がれ落ちていった。
「あれが、脱皮なのね……」
「種族にもよりますが、竜は基本的に幼体の頃はしばしば脱皮をするそうです。とはいえ脱皮についてユーゴは知らなかったようですし、魔界では脱皮せずに成長できるのかもしれませんね。奥が深いです」
「……そうね」
アマリアも辞典は読み込んだが、レオナルドはアマリア以上に熱心に熟読しており、内容もほぼ暗記しているようだ。彼がそれだけ、ユーゴについて気に掛けてくれているということだろう。
最初のうちはレオナルドと一緒におしゃべりをしたり茶を飲んだりしながらユーゴを見守っていたが、だんだん脱皮も本格的になってきたようで、かなり大きな皮の欠片がごろごろ転がるようになった。
「……あの皮って、どうするの?」
「とてもきれいなものだと、ギルドで高値で売れたりしますね。黄金の竜の皮膚ならかなりの値で売れそうなので、誰かに拾われる前に燃やしてしまった方がいいでしょう」
「……そうね」
アマリアとしても、息子の体の一部だったものを売り飛ばすつもりはさらさらない。
(でも、そんなにきれいなものなら、成長の記念として取っておくのもいいかも?)
これから先、ユーゴが何回脱皮するのかは分からないが、「最初の成長の証し」ということで瓶などに入れておけば、ユーゴもそれを見るたびに自分の成長を感じられていいかもしれない。
結局のところ、脱皮は四時間ほどで完了した。
周りに皮膚の破片をまき散らしながら高く鳴いたユーゴの鱗は、それはそれは見事に輝いており、昼の日光を浴びるその姿はとてつもなく神々しい。
ユーゴは自分の体にくっついている破片を落とすために水属性魔法で体を洗い、ぶるんと身を震った後、アマリアたちを見て何度か鳴いた。
そうして、みるみるうちにその姿が小さくなり――見慣れた少年姿に戻ったユーゴは、満面の笑みでこちらへ駆けてきた。
「ママ、レオナルド! おれ、脱皮できたよ!」
「ええ、お疲れ様。とてもきれいに成長できていたわ」
「頑張ったな。……ほら、服を着せるから、じっとして」
「えへへ」
アマリアは全裸のユーゴの頭を撫でてたくさん褒め、その間にレオナルドが服を着せてあげる。
見たところ、ユーゴの大きさにはそれほど変化はなさそうだ。だが髪は前よりつやつやしているようだし、もともときめ細やかで美しかった肌もいっそうきれいになっている。
「もう、痒くない? 体に変なところとかもない?」
「ないよ! ものすごく体が軽くて、気持ちいいんだ! 今ならあの山の二個や三個、一瞬で消し飛ばせるよ!」
「気持ちは分かったから、それはやめておこうね」
「うん!」
何を言ってもユーゴはご機嫌で、ぎゅうぎゅうとアマリアに抱きついてきた。
その後、ユーゴが脱ぎ捨てた皮は、一部だけ残して焼却処分した。その一部はレオナルドが持ってきてくれた鋏できれいな円形に切り、保管しておくことになった。
「おれの成長の、証し!」
「そうね。……本当に、きらきらしていてきれいだわ」
「えへへ……あ、もしかしてそろそろお昼ご飯の時間? おれ、お腹空いた」
「そうだね。もしかすると昼を過ぎると思って、食料とかも持ってきていたんだ。脱皮を終えた竜は体力を消耗するとあったし、栄養補給をしようか」
「うん! たくさん食べる!」
ぱっと笑顔になったユーゴにねだられて、特製の茶を淹れた水筒を出しながら――アマリアは、ふふっと笑った。
「ママ?」
「ううん、何でもないわ。……さ、そこに座って、手を拭いて。ユーゴも食べると思って、お肉をたくさん挟んだパンを作ってきたのよ」
「わーい!」
シートに三人で座り、昼食を入れたバスケットを開く。手を拭いたユーゴにパンを渡すと目を輝かせてかぶりつき、「こぼれそうになっているよ」と、苦笑するレオナルドが紙ナプキンを差し出している。
この世のどの子育て指南書にも、「子どもが脱皮するときに気を付けること」なんて項目はないだろう。
だが、これこそがアマリアが愛する日常風景、愛おしく思っている日々で、幸せな子育てのワンシーンなのだった。




