53 アマリアの歩む道
公爵家は、アマリアたちの帰宅用に立派な馬車を調達してくれた。それこそ、アマリアの家の寝室くらいはありそうなサイズの箱馬車だった。
手厚い対応は非常にありがたいのだが、これでポルクまで戻ると何事かと思われてしまう。そういうことで、ひとまず王都を出るまではこの馬車に乗り、その後安価な幌馬車に乗り換えて帰ることになった。ユーゴは派手な馬車をそれなりに楽しんでいるようだが、アマリアとレオナルドはあまり快適な気持ちで乗れなかったのだ。
王都を出た最初の宿場でアマリアたちはここまで送り届けてくれた公爵家の者たちを見送り、事の次第を簡潔に記した院長先生宛の手紙を発送した後、幌馬車に乗った。箱馬車に比べると圧倒的に座り心地が悪いし揺れるが、アマリアにはこちらの方がしっくりきた。
「それにしても……本当に慌ただしい滞在になりましたね」
御者台で手綱を握るレオナルドが言ったので、隣に座っていたアマリアも頷いて同意を示す。
「そうね。レオナルドも、色々ありがとう。力を借りちゃったわね」
「僕はたいしたことをしていませんよ。あなたの知恵と記憶力で乗り切ったようなものじゃないですか」
レオナルドは微笑み、春の風に髪を靡かせながらちらっとアマリアを見た。
「それにしても……公爵夫人ともいい形で別れられたようでよかったですね」
「そうね。でも私は、夫人は悪い人じゃないって思っていたの」
……アマリアたちは三人で相談した上で、ユーゴを囮にすることにした。
ユーゴが犯人を見たかもしれない、という噂をアダンに頼んで流してもらい、夫人の耳にも入るようにする。そうすれば、アマリアとレオナルドの不在を狙った夫人がユーゴとの接触を図るだろうと思ったからだ。
「そのときに夫人が持っていたバスケットの中を見たけれど……中に入っていたのはお菓子とおもちゃだけだったわ。夫人に悪心があれば、ユーゴを脅したり口封じしたりするための凶器を持っていたはずだもの」
菓子も普通においしかったらしく、ユーゴがぺろりと平らげていた。元々彼は人間の悪意に敏感なので、彼が夫人の手を取ったり隣に座ったりしていたことでも、夫人に悪意がないというのは分かっていた。
「……トビアス様も、少し表情が明るくなられていたわ。きっと、公爵様や公爵夫人としっかりお話ができたのね」
「そのようですね。……公爵夫人も、トビアス様には引け目があったようですから。お互い思うことはあったにしろ、素直な想いをぶつけ合ったりしたのではないかと」
「公爵家だろうと、そういうのは必要なのね」
アマリアは呟き、自分の左手首を飾るブレスレットに視線を落とした。
これは、「せっかくだから付けてください」と公爵家の使用人に言われたので、箱馬車に乗っている間だけでもと思って付けたのだ。アマリアの白いブラウスの上で、ブレスレットのガラス石が誇らしげに黄色に輝いている。
(お母さんも、こうやって堂々と黄色い光を纏っていたかったんだろうな)
せっかく公爵が贈ってくれたブレスレットだが、身につけられるのは黒い服や手袋の上のみ。このブレスレットを心おきなく身につけ、公爵と一緒に幸福に暮らしたかった――そんな母の悲願が込められているようだ。
「……ねえ、ママ。ママってお嬢様だったんだよね?」
背後から声がしたので振り返ると、幌馬車の垂れ布を捲ったユーゴがこちらを見上げていた。公爵家で仲よくなったトビアスとオリビアの子どもたちから譲られたらしい、牛さんのぬいぐるみを抱えたユーゴは、じっとアマリアを見つめている。
「ママはやっぱり、お嬢様として暮らすのより、おれたちと一緒にポルクで暮らす方がいい?」
「ええ、もちろんよ。……実は、このブレスレットを譲ってもらってからいっそう強く思うようになったの」
「どうして?」
「……私のお母さんも、きっと同じ気持ちだったんだって分かったからよ」
――三十五年前、母は修道院で公爵と出会い、恋に落ちた。
当時は伯爵家の次男であり伯爵夫妻も寛容だったようだが、それでも結婚までに様々な困難が降りかかってきたことだろう。面倒くさい親戚――先代公爵もいたことだし、シスターとして育った母にとっては窮屈だったのではないか。
(それでも、お母さんは公爵様と共に歩む道を選んだ。離婚した後も、ずっと公爵様のことだけを想っていて――)
「たとえもっと楽に生きられる道があったとしても、自分が一番望む道を選んだ。お母さんの場合、大好きな人と一緒にいられた時間は短かったけれど……その選択は間違っていなかったはず」
「ママも、後悔しない?」
「しないわ」
――去り際、アマリアはほんの短い時間ではあるが公爵と話をした。
公爵はアマリアを見、「君の人生に幸が多いことを願っている」という言葉を贈ってくれた。これっきり会うことはないだろう父と娘の会話にしてはあまりにも他人行儀だが、公爵は自分を父親として見てもらうことを望まないのだと分かっていた。
彼には公爵家の家族がある。ルフィナのことはこれから先も公爵家で語り継がれるのだろうが、そこにアマリアが入る必要はない。
公爵家にわだかまっていたものは解け、公爵は自分とルフィナの間に娘が生まれていたのだと知ることができた。アマリアも母の言葉を公爵に伝えただけでなく、形見も分けてもらえた。
これで十分だ。だからアマリアは最後まで公爵のことを「公爵様」と呼び、一度たりと「お父さん」とは呼ばなかった。公爵もそれで満足そうにしていたし、夫人やトビアスとも当たり障りなく別れの挨拶ができた。
ただオリビアだけはアマリアと仲よくなれた分離れるのが残念だったらしく、「手紙交換だけでもできないか」と相談された。ポルクに送るのは難しいがレオナルドはギルドに籍があるため、時間は掛かるものの彼の籍を使わせてもらって最低限のやり取りはできるようにした。もちろん、次期公爵夫人とその義姉としてではなく、ただのオリビアとアマリアとして、だ。




