52 黄色のアクセサリー
夜中近くなった頃、アマリアたちの部屋のドアがノックされた。
「はい、どちら様でしょうか」
「ロドルフォだが……アマリア嬢はいらっしゃるか」
「はい、お通ししますね」
レオナルドがドアを開けると、公爵が入ってきた。ちょうどユーゴを寝かしつけたばかりのアマリアは急ぎ彼にソファを勧め、紅茶の準備も始める。
「夜分遅くにすまない。……マグダレナとの話が終わったので、アマリア嬢に会いに来た」
「奥様とですか」
「ああ。……マグダレナを説得したのは君だろう」
公爵に問われ、アマリアは向かいに座る父親をじっと見、曖昧に頷いた。
「説得、というほどではありませんが、思い詰めてらっしゃったのでお話を伺いました」
「そうか。ということは、君たちは昨夜の真実を知っているのだな」
「ええ……アダンさんには少々無理を言わせてしまいましたが」
茶を淹れつつ、アマリアは言葉を濁した。
今日の夕方、アマリアたちはアダンを見つけて部屋に連れ込み、色々問いつめたのだ。あのときのアダンは真っ青に震えていたので、非常に申し訳ないことをしたと思っている。
「母は生前、『黄色のアクセサリー』ということを口にしていました。私は、おそらくそれは母が父から贈られたものだろうと思っていて、公爵家にお邪魔すればそれを見られると思っていました」
しかし、ルフィナの遺品を集めた部屋のガラスケースに、「黄色のアクセサリー」なるものはなかった。宝物室も同じで、そもそも黄色の宝石の付いた宝飾品は屋敷に存在しなかったのだ。
だが、アダンは明らかに「黄色のアクセサリー」で動揺し――そして、口を滑らせた。
「アダンさんは、『黄色の宝石の付いた宝飾品はない』と言っていました。私は『黄色のアクセサリー』としか言っておりません。しかしアダンさんは動揺した上に、黄色なのは台座でも紐の部分でもなく、宝石だと断言しました」
「……それだけでアダンが怪しいと?」
「いえ、今思い返せば、といった程度です。実際お屋敷の中に黄色い宝石の付いた宝飾品はなかったのですが……当然ですね。公爵様が母に贈ったブレスレットについていたのは宝石ではなく、ガラス石だったのですから」
以前、旅の商人に教えてもらったことがある。ガラス石の中には、角度や場所によって見える色が変わるものがあると。
(その商人は、暗いところでは寒色、明るいところでは暖色に見えるガラス石があるって言っていた)
公爵が母に贈ったブレスレットは、そのガラス石でできていたのだ。
「先代公爵は非常に厳しい人で、伯爵家の人間だった公爵様も黄色――先代公爵の嫌う色を母に贈ることができなかった。でも、どうしても黄色系統のものを贈りたい。でも先代公爵にばれたら叱られる――だから公爵様は、明るいところでは黄色く、暗いところでは青く見えるガラス石のブレスレットを母に贈ったのですね」
あの、ルフィナの遺品を集めた応接間。あそこのガラスケースには公爵がルフィナに贈った宝飾品が並べられていたが、台座の布は黒かった。アマリアも詳しいわけではないが、普通宝石を並べるときに敷く布は宝石の美しさがより際立つ白色ではないか。
そして、絵画に描かれた母は例のブレスレットを身につけていたが、黒の手袋を嵌めていた。あの絵画は間違いなく前公爵の存命中に描かれただろうから、母の白い手やレースの手袋越しに身につけるとガラス石が黄色に見えてしまう。だから、手袋は黒いものを嵌めて、ガラス石の色を青く見せることで前公爵の監視も突破できたのだ。
購入の際には、前公爵に疑われないよう、そっくりな偽物を準備していた。そちらはおそらく青い宝石の嵌った普通のブレスレットで、普段は公爵とアダンしか出入りしない宝物室に保管しておいたのだろう。
あのブレスレットが青と黄色二つの面を持っているというのは、公爵と夫人、そしておそらくブレスレットの手配をしたのだろうアダンしか知らないことだ。そのため、トビアスに聞いたときも彼は全く存ぜぬ様子だったし、彼も応接間に飾られているブレスレットを手に取ると黄色に見えるというのは知らなかったのだろう。
だからアマリアたちはアダンを捕まえ、「あのブレスレットが母の言っていた『黄色のアクセサリー』なのだろう」と問いつめた。最初は知らぬ存ぜぬを通そうとしていたアダンも最後には折れ、一度折れるとあれこれ質問しても素直に答えてくれた。同席していたレオナルド曰く、「たぶん、ルフィナ様にそっくりのアマリアさんの困った顔に弱いのでしょう」とのことだった。
アマリアたちはアダンを引きずって応接間に行き、ブレスレットが偽物であると気づいた。そしてさらにアダンから聞き出した結果、彼が公爵の命令で屋敷の中を攪乱させていることの確信も得たのだ。
レオナルドはアダンを怪しんでいたが、アマリアにもその理由が分かった。アダンは今朝、「指輪は大きいので隙間には隠せない」と不自然なタイミングで言っていた。おそらく同じようなことを屋敷の者に言って回り、ブレスレットを隠している犯人――夫人に揺さぶりを掛けようとしたのだろう。公爵に長らく仕えているアダンだからこそできることだ。
公爵は頷くと、ポケットから小さな箱を取り出した。
「開けてみてくれ」
「はい」
中身にだいたい目星はついているものの、そっと蓋を開く。そこに収められていたのは――薄いピネリ色の石が連なった、金鎖のブレスレットだった。
(これが、お母さんが大切に思っていた――)
昨日見たときはガラスケース越しだったし、黒い布の上に置かれていたので鮮やかな青に見えた。だが今おそるおそる手に取ってみると、ブレスレットはアマリアの手の中で黄色――母の大好きな色に輝いている。
「もう分かっているだろうが、私が君に渡したかったのもそれだ。どうか、もらってほしい」
「よろしいのですか? 公爵様にとっても……奥様にとっても思い出深い品でしょう」
「ああ。もう、いいのだ」
そう言う公爵は、アマリアの予想以上にすっきりした表情をしている。
「マグダレナともきちんと話ができた。……私は三十年間、あれを苦しめてきた。マグダレナはずっと自分のことを責めていたが、気づけなかった私にも咎があるだろう」
「……そう、なのでしょうか」
「そうだと、私は思っている。……ちなみにマグダレナは今、トビアスとも話をしている。私も後でトビアスとオリビアに話をしに行くつもりだ。あの子にも――たくさんの我慢を強いてしまったからな」
そう寂しそうな顔で言う公爵を、アマリアはなんとも言えずに見つめた。
公爵は夫人の秘めた想いや心の叫びに気づけず、夫人は「同士」の誓いを自ら裏切ることをした。そして夫婦ともに、トビアスに対して後ろめたいことがあるのだろう。父とルフィナのことを割り切っている様子のトビアスだが、彼も葛藤したことがあるはずだ。
諸悪の根元は、自分たちの都合で子どもたちを振り回した先代コルネート公爵やグラナド侯爵の野心だろう。だが、親子二代にわたって公爵家にわだかまり続けていたものも、これからはきっと晴れるはずだ。
(公爵家は……きっと大丈夫ね)
ブレスレットをそっと手の中に入れ、アマリアは思う。
この屋敷に、アマリアは必要ない。
むしろ、母の思い出の品を胸にアマリアがここを去っていくことで、公爵家は正しく機能するのだろうから。
翌日、執事のアダンが裏庭の隅に転がっていた指輪を発見した。
おそらく強盗は忍び込んで指輪を盗ったのはいいものの、途中で取り落としてそのまま逃げてしまったのだろう、ということになった。
ガラスの修理費は、「わたくしが持ちます」ということで夫人が負担することになった。なぜ無関係の夫人が……と疑問に思う者もいたが、「わたくしも鍵を管理する者なので」と夫人ははっきり言った。そのときの夫人の横顔は、ここ三十年近く一度も見られなかったほど晴れ晴れとしていたという。
さらに次の日、客人として招かれていたアマリアたちがポルクに戻ることになった。どうやら公爵はルフィナの形見の一つをアマリアに譲ることにしたようで、使用人たちの間でちょっとした騒ぎになった。
だが、譲られたのは遺品の中で一番価値の低かったガラス石のブレスレットだった。あの大粒の指輪なら使用人たちもさすがに躊躇いを見せただろうが、まああのブレスレットくらいなら妥当だろうか、と皆も納得したという。




