48 指輪の行方③
宝物室に行くのは、アマリアとレオナルドになり、ユーゴはまたしてもトビアスの子どもたちと遊ぶことになった。
子どもたちにもみくちゃにされるのを嫌うユーゴなのでアマリアは心配だったが、思いの外当の本人はけろっとしていて、「おれは大丈夫だよ」と言って、迎えに来たオリビアと一緒に部屋を出て行った。
宝物室は、渡り廊下を渡った先の離れにあった。
(もし外部犯がもっと金目のものを狙ったのなら、この離れを襲撃しそうなものだよね……)
そんなことを考えつつ、トビアスが開けたドアをくぐる。
そこには、ありとあらゆる宝物が収められていた。壁には剥製、金の盾、勲章などが掛けられており、甲冑や宝剣、マントなどが展示され、ガラスケースの中には装飾品や小物などが並べられていた。
「す、すごい……お母さんの部屋よりも、もっとすごい……」
「はい。ここはコルネート公爵家に伝わる宝物や、王家から賜った品を保管しております。ここ以外にも、父やアダンしか出入りしない宝物室もありますが、展示に向いているものはここに集めています」
「あの、本当に私たちがここに入っていいのですか?」
既にカーペットに一歩足を踏み出してしまってからではあるがアマリアがおそるおそる尋ねると、トビアスはからりと笑った。
「もちろんですよ。父も、客人に宝物を紹介する際にここへ通しますし、父の認めたあなた方なら誰も文句は言わないです。あ、ただお手には触れないようにしてくださいね」
「もちろんです」
アマリアはこくっと唾を呑み、真っ直ぐガラスケースに向かった。宝剣なども非常に美しいが、今のアマリアが用事があるのは宝石類だけだ。
ガラスケースは母の部屋よりも分厚そうで、純度も高い。トビアスが明かりを付けてくれたので、白い布の上に並べられた指輪やペンダントトップ、ティアラなどに取り付けられた宝石が、きらきら自慢げに輝いている。
あいにく、生まれも育ちも平民のアマリアは宝石に縁がなく、しかも宝石が欲しいとも思わない。食べることのできない石より、食べておいしいものの方が価値があると思っているからだ。
(青、赤、紫、緑……やっぱり黄色はないな)
長方形のガラスケースに収められた宝石類を順に見てみるが、トビアスも言っていたとおり黄色い宝石の付いたものはなさそうだ。もしかするとトビアスが口にしていた公爵やアダン専用の部屋にあるのかもしれないが、そこまで行くと手詰まりだろう。
(一番近いものでも、色がかなり濃い。お母さんは淡い黄色が好きだったから、どんなに色が濃くても薄いピネリ色くらいだと思ったんだけどな……)
「やはり、宝石で黄色というのは珍しいのでしょうか」
「そうですね……少なくともうちには置いていません。稀少だからということもありますがそれ以上に、祖父が黄色を嫌っていたそうなので」
「えっ、そうなんですか?」
ガラスケースに並ぶ宝石を見ていたアマリアが顔を上げると、トビアスは頷いた。
「どうやら祖父は黄色の宝石に嫌な思い出があったようで、身内の者が纏うことを決して許さなかったのです。父も昔はランヘル伯爵家の人間でしたが、コルネート公爵家の影響が強かったため、黄色系統の宝石を購入することすらなかったはずです」
「そうだったのですか……」
トビアスの言葉が本当なら、ますます「黄色のアクセサリー」の謎が深まる。
(お母さんはきっとお父さん――公爵様から黄色のアクセサリーを贈られた。ということは結婚してからだろうし、アダンさんも覚えているはず。でも、すごく怖かったという前公爵にばれたら大変だから、黄色の宝石を取り寄せることもできない……)
だとしたら、母の言う「黄色のアクセサリー」とは何だったのだろうか。そしてもし母の言葉が真実だったとして、父はどうやって母に黄色の宝石を贈ったのだろうか。
アマリアが宝石を観察したりトビアスに質問したりしている間、レオナルドは何かを読んでいた。肩越しに見ると、彼が持っていたのは薄い本のようだった。
「それ、何?」
「そこに置いていた宝石辞典です。トビアス様に許可をいただいたので読んでみました」
そう言うレオナルドだが、ちょうど彼が開いているのは黄色――稀少な色の宝石を集めたページだった。
(レオナルドも、お母さんの形見について調べてくれているんだ……)
宝石とは無縁の人生を歩んできた彼も尽力してくれていると知り、アマリアの胸がきゅっと締め付けられる。
(なくなった指輪もそうだけど、黄色のアクセサリーも早く見つけたい。でも、黄色の宝石なんて……)
「あっ」
「えっ?」
「どうかなさいましたか?」
アマリアが声を上げたので、レオナルドとトビアスが振り返った。二人に何でもない、と言いながら、アマリアは必死で自分のこれまでの発言を思い返す。
(お母さんが口にしていたのは、「黄色のアクセサリー」だった)
そう、あくまでも母が言っていたのは、「黄色のアクセサリー」であり、「黄色い宝石の付いたアクセサリー」ではないのだ。
(どの部分が黄色かなんて、お母さんは一度も言わなかった。紐や金属の部分が黄色ということは考えにくいにしても、それが「宝石」なんて言っていないし、私も「宝石が黄色」だなんて思っていなかった)
では、いつの間にアマリアは「黄色いのは宝石」と思いこむようになったのか。
そして、「黄色」であるのがもし――宝石でなければ?
たとえば、宝石によく似た――
『宝石のようですが……ちょっと違いますね』
アマリアの脳裏に、いつぞやレオナルドが口にした言葉がよみがえる。
あれは確か、孤児院の訪問のためにポルクを出発してから――
「……どうかなさいましたか?」
「アマリアさん?」
呼ばれ、アマリアは振り返った。
もしかすると、この事件は――
「……すみません。調べたいことがあるので……協力願えませんか?」
アマリアは男二人を真っ直ぐ見つめ、凛とした声で助力を求めた。
――ルフィナの応接間を狙った襲撃事件にはこれといった進展のないまま、日が落ちた。
夕方には公爵が戻ったものの、出迎えた使用人たちに挨拶だけして部屋に籠もってしまった。彼のもとへ行くことが許されたのは、執事のアダンだけである。
「おいたわしいことです、旦那様……」
「早く犯人が見つかり、ルフィナ様のご遺品が戻ってこればいいのですが」
「……そういえば、アダン様はどちらへ?」
「あら? 旦那様のお部屋から出られたところは見ましたが、その後は……」
「ああ、あとアマリア様が、ユーゴ様のお夕食は必要ないとおっしゃってました」
「眠いからもう寝られるそうですね」
「そうそう。……それにしても、本当なのかしら。ユーゴ様が、犯人のような人影を見た、というのは」
「まだ六つそこらのお子様ですし、気のせいではないかとトビアス様はおっしゃってましたが……」
メイドたちが話をしながら、廊下を歩いていく。
柱の陰に隠れた「その人」は、血管が浮き出るほど強く手の平を握りしめ、メイドたちの後ろ姿を見送った。




